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第1話

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「アイリーン。君はどんなことでも僕の言う事を聞くと誓ったよね」

 ここはフォークト辺境伯家が所有する邸宅のホールで、今はフォークト辺境伯の誕生日を祝うパーティーのさなかである。

 周囲には王国を代表する貴族や商人たちが集まり、私の婚約者であるシュヴァルツ・フォン・メッサーシュミットの話しを聞いていた。

「もちろんですわ。今更確認することでもないですわよね」

 ギャラリーが思っているように私も、それがなにか? 何かわざわざ確認する必要がある用事でもあるのかと気になった。

 周囲のギャラリーもまた、聞き耳を立てシュヴァルツの言葉を待った。まぁどうせろくでも無いコトか大したことではないコトかのどちらかだろうが。

「アイリーン。悪いが、僕たちの婚約はなかったことにしてくれ」

「あらそんなことなら喜んで。婚約は破棄しましょう」

「君には悲しませてしまうが……え?」

 ほら碌でも無い。なんて思いつつとびきりの笑顔で婚約破棄を了承する。でも、シュヴァルツはその得意げな馬鹿面をただの馬鹿面に変えてほうけていた。

 周囲も同じだ。突然の婚約破棄宣言とそれをたいそう嬉しそうに即答で了承するという事態にギャラリーはどういうことかとざわめく。

「そろそろ潮時かなと思っていたところよ。ありがとうシュヴァルツ様。これでやっと貴方から解放されるわ」

 だって、乙女ゲームの世界に転生したと思ってメイン攻略キャラクターのシュヴァルツと婚約したらワンコ系の可愛らしさというのは芯のないヘナヘナな優柔不断な性格を美化しただけのものだったからだ。

 話をしていてイライラするし、馬鹿すぎて会話をしようという気持ちがどんどん失せていく。向こうはどう思っていたか知らないが、まだ結婚していないのにシュヴァルツへ向けていた愛情は完全に冷えていた。

 って。あらら余計に混乱しちゃって。フリーズしてしまったみたい。ブルースクリーンってあるのかしら?

「さっきから固まっているけど大丈夫かしら? 具合が悪いなら……」

「シュヴァルツ様から離れて!」

 流石に大丈夫かと思い、一応婚約者だったのだし心配する素振りぐらいはしげあげようかと近づこうとすると突然割り込んできた影に邪魔をされた。

 『誰だてめぇ』とはならない。よーく・・・知っている相手だからだ。

 エリザ・フォン・ハインケル男爵令嬢。私の大っ嫌いな女だ。

「エリザ。下がっているんだ。極悪非道なアイリーンから君を守らせてくれ」


 お、再起動した。今はセーフモードかしら? というか誰が極悪非道よ。誰が。

「はぁ、まぁあなたの中では極悪非道なのでしょう。あなたの中では。ところで参考までに理由を聞いても?」

 こいつがバカなのは何年も前から知っている話なのでそこに突っ込みはしない。貴族社会的にいろいろと否定しないとまずいが、このバカのことを真に受けるのも貴族社会的に死を意味するので、てめぇーの中ではそうなんだろうなてめぇーの中ではな。といっておけばひとまず大丈夫だろうか。

 私がそんなことを考えている間にもシュバルツいつもの自身を取り戻したようで笑顔になる。本当は私が婚約破棄を嫌がっているとでも思ったのだろうか。そのポジティブさは本来良いことなのだろうが、見習ったら人として何かが終わるような気がしてしまう。

「君がいじめをするような極悪非道な人間だからだ!」

 そのどや顔をさせる自信はどこから来るんだ。マジで。

「いじめ? 心当たりがないのですが」

 マジでない。一応、立場をわきまえない下々たちに出る杭は打つといわんばかりにいじめをするのは上級貴族令嬢のささやかな楽しみだったりするらしいし、その点、ハインケル男爵令嬢はお手本のような出る杭だったが、私はしていない。だってそんなことして何か利益があるわけではないもの。

「心当たりがないとは言わせない! 女子生徒をいじめていたという証言は上がっている!」

 いやもう言いましたが。だいたい3秒ぐらい前に。

 というか、言わせないとかいうんだったらノータイムでかぶせるぐらいしなさいよ。そうすればたまたまタイミングがかぶったでごまかせるんだから。それなのに3秒も遅れるとか……三流吉本芸人のコントでもこんなお粗末な糾弾にならんだろうよ。

 それともあれか、お前のナメクジ並みのおつむで必死に考えてつまらない台本でもあるんか? その通りにこなすので必死で人の話を聞いていないのか? お前のメモリーは最大64キロバイトのRAMをトグルスイッチでバンク切り替えができますってか? 70年代のパソコンじゃんか。おいジョンタイター。お前の探しているコンピューターは地球でなくても異世界にあるぞ。アメリカで先祖とあっていたり、秋葉原でバイトしている暇があったらこっちこいや。そしてこの粗大ごみを引き取ってくれ。

「証言とは? 一体何処の何方が仰っていたたのですか?」

「それはエリザが…いや、誰かなんてどうでもいい」

「いいわけありませんよね。そこをはっきりしていただかないといくらでも冤罪を作れますよね」

 というか今名前行ったぞ。馬鹿か? バカなのか?

「なに? 貴様、彼女を嘘つき呼ばわりする気か?」

 いや、証言者は秘密だったのでは? それなのに性別を特定できるようなことを言うのは良くないのでは。あぁ、頭痛が痛い……。

「それでエリザさんは私が誰をいじめたといっているのですか?」

「だからエリザ自身を……」

 バーカ。まんまとひかかってやんの。言ったあとに気づいてもおせーわバカ。


「なるほど。エリザさんはエリザさんをいじめていた人間の証言をしたと。しかもいじめていた人間の婚約者に言うとはなかなかに度胸がありますわね。それだけ度胸があるのであれば大人しく虐められているはずがないと思いますが」


「彼女の名前が貴様から出た時点で真実だということが証明された! 心当たりがあるからその名前が出たのだろう!」


 いやだから、さっきから何度も名前出してるじゃん。というかあんたの後ろに隠れている女は誰なんですかね。


「他にも証拠は山ほどある!」

「例えば?」

 なんか面倒くさくなってきたなと思いつつ付き合って上げる私結構優しくないかな。

「ビリビリに破られたノートや教科書がある!」

「それを私がやったという証拠は?」

「そ、それは後で探す! まだあるぞ。彼女の胸にアザがあった」

「やっていませんが。というか、胸のあざを見たということは服を脱いだということでは? 不貞では?」

「ぐっ。不貞ではない! 彼女から話があると呼ばれたのだ」

「へぇー。どこに呼ばれたのですか。」

「翡翠宮の裏だ! 不貞ではないのだから問題ないだろうが!」

 いや、翡翠宮の裏だ。と自信満々に言われましても……。そこ有名な青姦スポットですけどね。

「まぁ、これから婚約破棄するにですから不貞についてはそこまで問題ではないでしょう。しかし、そのあざにしても私がやったという証拠はあるのですか?」

「ぐっ……、それはあとから探す!」

 その後から探すものこそが本当の証拠なのでは?

 要するに状況証拠にもならない小道具はあるけどそれが私やったという証拠はないらしい。本当にお粗末。

 バカバカしいにもほどがある。

 大方エリザにでも唆されたのだろう。こんな単純な直情バカなら簡単に乗ってくれると踏んだのだろうが、逆にこんなお粗末な糾弾もどきをするようなオツムと結ばれて満足なんですかね。玉の輿希望のエリザさんは。

「私を極悪非道だとか言ってくれましたが、そんな証拠とも言えないようなお粗末な証拠もどきで陥れようとしたのですか」


「お嬢様。そのぐらいにしてあげたほうが宜しいかと」

「え? イヤよ。ようやく面白くなってきたのに」

 反論できずに涙目になってきたシュヴァルツを見てザマァと思ってきたところでメイドのサリアに止められる。せっかくいいところだったのにとは思うが、物心ついたときから一緒にいるサリアを無視することはできない。

「これ以上ズタボロに糾弾してしまうとシュヴァルツ様のなけなしのプライドが粉砕されてしまってそれはもう逆に面倒な事になりかねないかと」

 ……あぁ、激おこじゃんサリア。私よりもダメージを与えてる気がする。 

「まぁいいわ。きちんとした証拠を持ってきてからにしてくださいね」

 優雅に一礼をしてから会場を後にする。

「あぁ、そうそう」

 思い出して振り返る。

「お馬鹿な芝居で忘れていましたが、婚約破棄するのでしたね。手続きはこちらでするので、あなたは何もしなくていいですわ。後ほど書類を送らせていただきますね」

 ではごきげんようと言って今度こそ会場から出る。

 晴れやかな気持ちで会場へ続く巨大なドアが閉まったのを確認してハイタッチを決める。前々からどうやって婚約破棄するか悩んでいたけど向こうがバカで助かった。これで諦めていた慰謝料も貰えそうだ。
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