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第4話

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「細事、ですかぁ……」

「あぁ、意味がわからないかしら? 全く重要ではないだとかとても小さなことという意味よ」

 思っていたのと違う反動だったのか少しムッとした表情をしたエリザに追い打ちをする。彼女はあまり学業の成績が良くないのだ。希少な魔法属性を持ち、体内魔力も膨大であるため退学になっていないだけで、本来なら入学すらできなかっただろうと言われほど頭の出来は良くないし、勉強する気もないらしい。

 そもそも原作ゲームからして男を捕まえるために入学しているのがこの女だからそれについて私がとやかくいうつもりはないのだが。まぁ、それでも細事という言葉ぐらいは知っていると思うのだが、バカにされた事に気がついて悔しそうな顔をした。

「細事。って婚約破棄がですか?」

 悔しさのせいか語尾を伸ばすのも忘れてエリザが声を鋭くする。へぇー。こんな声も出せるんだ。いやむしろこちらが本消化と感心していると盗み聞きをしていたらしい生徒の一人が目を丸くしながら驚きの声を上げる。

「自分から言うのか……」

 後ろに控えていた、サリアが引き気味で小さな声を漏らす。いつもは取り繕っているが驚いたときは貧民街育ちの汚い言葉が出てくるというのがサリアの特徴で、絶句していることがよくわかった。

「あぁそんなこともありましたね。え? もしかして大変なことってそれのことですか?」

 どうでも良すぎても結びつかなかったと言って鼻で笑う。今までこんな露骨な悪意を言われたことがないのだろう。貴族的ではないスマートかつ言い逃れがしやすい文学的な嫌味を彼女が理解できていたとは思えないから入学してから初めて言われたと認識している可能性すらある。

 しかし、こちとら貧民街育ちのサリアとの喧嘩でもっと直接的な言葉の刃で口喧嘩をしたこともあるし、中身は日本人の庶民だ。バカにもわかる嫌味のボキャブラリーは無限大にある。

 そんな私の嫌味に彼女が少し怯んだ。



「いやですわ、ごめんなさい。厄介事が片付いて浮かれていたみたい。勝って兜の緒を締めよ。と言いますものね。正式に婚約破棄が決まるまでは油断してはなりませんね。そのことをすっかり忘れておりましたわ。お陰で致命的なミスを侵さずに済みそうです。お礼を言わせていただきますわ」

「厄介事ってまさかシュヴァルツのことですか!?」

 ハイ呼び捨てきました~。それと多分すが出てますよ~。

 普通婚約者の前で呼び捨てなんてしないよね。そんなに親しい関係なんだと考えるのも無理はないように思えるけど、後で教会の方に純血審判の申立でもしておこうかしら。まぁ、聖職者以外を対象にしていないから言うだけになるが。

 浮気されました婚約破棄したいです。これが相談実績です。潔白を証明しろといったのに逃げられました。

 なんて言えるから無駄にはならない。

 それにしても常識ないよね彼女は。まぁわかってて見せつけてるんだろうけど。でも、それって婚約破棄調停で調停官の心象に影響すると思うけど、そのへんどう考えているんだろうね。

「アイリーンさんひどい! そんなだからシュヴァルツ様は……!」

 まるでシュヴァルツは自分のものみたいな言い方するわね。まだ正式に婚約が破棄されていない以上はあなたのものと言えることはまずないけれど、そこはわかっているのかしら。でもどうせ私と彼女に対する周囲のイメージを考えれば私のほうが見えるという計算の上なんでしょうね。

 それがわかっているからこそ私も商売に差し支えが出ると思って矛を収めていたけど、飛ぶ鳥を勢いのメデューク商会に取って多少のスキャンダルは炎上商法として躍進の取っ掛かりにすることすらできる。もう遠慮する必要はないか。

「『私に誘導されて婚約破棄を言い出したんです』って?」
「なっ!?」

 私の言葉にぎくりとした顔でエリザが固まる。

「わたしっ、そんなことしましぇん!」

 周囲の視線に気付いたのか、唐突にキャラを思い出して泣き始める。もう手遅れではないかと思うが自由自在に涙を流せるのがこの女の特徴だ。その目を覆う拳の中には目薬でも入っているのか? なんて思うこともなくはないが、この世界に拳の中に隠せるような目薬はまだ存在しない。

「アイリーン! なんでそんな言いがかりを」

 横で聞いていた男子生徒が焦ったように言ってエリザを背後に庇う。

 冷淡な笑みを浮かべる私と泣きながら怯える彼女。どちらが非難されるか議論の余地もない。

 私に対する非難の声が小さく聞こえた。

 エリザが大きな声を出したのはこれが狙いだろう。

 いつものパターンだ。私があれしたこれしたと言ってないことないことを吹き込んで周囲の道場を誘うのだ。

 付き合っていられない。保育園のご遊戯かっての。

「はぁ、行きましょうサリア」

「はい、お嬢様」

「ま、待て! まだ話は……」

 正義感を暴走させた友人が背を向けて去ろうとした私の手首を掴もうとした。

 しかし、その寸前で彼は空を舞うことになった。サリアがその腕を極め、激痛に耐えかねた友人が腕の力を緩めた瞬間にしゃがみながら背負落を決めた。


「ぐ、あっ」

 友人が苦しげに呻く。しかし、流れるように関節技に移行したサリアにどうすることもできずにあがくことすらできなくなった。

「……お嬢様に触れたら許さない」

 サリアが目を細めてすごむと友人は何とか謝罪を口にできた。それを聞いたサリアが立ち上がる。

「ええ、二度と手を出さないで」

 生まれたての小鹿のように足を震わせた友人にサリアがうなずく。それを見ていたエリザが私が悪いのと叫ぶが、それを無視して立ち去る。
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