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第3話

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「アイリーンさぁん。おはようござぁいまぁーす」

 学園の廊下を大声を上げて走って近づいてくるエリザ。

 それを見つけた男子生徒が嬉しそうに手を振る。

「……おはようございます。ハインケルさん」

「やだなぁ、エリザって呼んで下さいっていつも言っているじゃないですかぁ」

 昨日の今日でよく声を掛けられたなとおもいつつ、挨拶をするがそれには気が付かずにいつも通り名前で呼ぶように言うエリザ。

 お前みたいな大嫌いな女を名前で呼ぶわけ無いだろう。

 と言えたらどんなに楽なことか。

 そんなことを考えつつの彼女の話は続く。

 彼女は常に友好的な態度を取る。

 馴れ馴れしいとも言うが。

「エリザちゃんはいつもかわいいね」

「きゃあ、からかわないでくださぁいよ!」

 隣の友人はデレデレしながら彼女を褒める。そして彼女が照れたように顔を赤くしながらペチペチと叩くまでがいつもの流れで今日もそうだった。

 そしてペチペチと叩かれた彼が軽いボディータッチにデレデレして、それを私が白けた目で見るのも変わらない。

 フワフワ系の語尾を伸ばす独特な話し方。

 それだけならば特に悪印象はなかった。だって前世でハマったゲームの主人公だ。メインのプレイアブルキャラクター口調や行動原理が気持ち悪いと感じたのであればゲームも気持ち悪くなる。そんなゲームにははまらないというわけだ。

 それなりに感情移入はしていたし、シュヴァルツ以外の攻略対象のルートに入ったときは悲恋に泣いたときもあった。

 この学園に入ってきた彼女を始めてみたときはゲームの主人公そのもので、自分がいわゆる悪役令嬢ポジであることに悲しむことすらあった。

「昨日はパーティーだったんですよね? いいなぁ、私じゃ辺境伯様のパーティーに呼ばれることはないからなぁ…。どんな感じなんですかぁ?」

 お前、出席しとったやろが。とは思うが、そんなこと言っても捏造扱いされるのが関の山で周囲もなぜか同調するため追及しない。きっと主人公パワーという名の脚本の甘さなのだろう。

「どうという感じもないわ。あいさつ回りと情報収集といったところね」

 退屈なく笑いピントのズレたこと言って周りの笑いを誘う。男たちにチヤホヤされても調子に乗って態度がデカくなることもない。天然だと指摘されるとそんなことはないとむくれて見せる。

 それだけ紀寺彼女を嫌うなんておかしいのかもしれない。実際私だって前世ではけなげでかわいい主人公だと思っていたわけだ。

「いつも通りですかぁ……? わたしが利いていたのと違いますねぇ」

 意味深に声を潜めて首で傾ける。

 やっぱり張り倒してやろうか。

 私がこの女を嫌う理由の中に天然ではなくどう考えても養殖であるということだ。どう考えてもあざとすぎるし、男子生徒がいなくなれば途端に冷淡になるそれは計算高く養殖ボケだというのはすぐにわかった。思えば私がゲームとしてこの世界に触れていた時も男ってこんなこと言えばいちころだろうよと思って選んでいた。

 実際見ると死ぬほどうざいなこれ。結局この世界で彼女を傍観していて思ったのはそんな感想だった。

 そのことに気が付いてからはかかわらないようにした。そして、謎の主人公パワーを確認してからは取り巻きたちにも関わらないように言ったし、いじめをしようとする都度にお使いを言い渡して彼女たちを通じて間接的に関わり合いを持たないようにもした。

 しかし、彼女はスルーしてくれなかった。

 彼女がヒロインで、私が悪役令嬢だからだろうか。

 そうとも考えたがどうやら違うようだった。

 そもそもゲームにおいて悪役令嬢に対してあまり多くのセリフは用意されていないし、そのセリフも半分は定型文の悪役令嬢BOT状態だった。

 それなのに赤ラマに私への悪意と敵意を向けてくる。見つけるたびに近づいてきて長髪を繰り返す彼女にもううんざりしていた。

 シュバルツに粉をかけようとするのはわからなくもない。整った顔と明るく快活なしゃべり方で友人も多いし爵位もかなり高い。

 これだけ聞けば超優良物件ではある。しかし、その財務体質は火の車では言い表せないほどに悪く、領地は重税と圧制で反乱寸前まで不満をため込んでいるし、そこまでやっても慢性的な赤字は解消できていない。それに本人が財務体質や領地の状況を除いたうえでもそれらの条件を上回るぐらいにアホだ。

 シュバルツも貴族だ。愛人の一人や二人作る義務があるだろう。そのことについては認めよう。しかし、それは入り婿でなければの話だ。入り婿の場合は直系子孫である婦人の子供だけに継承権が付与されるため、愛人を何人囲おうとも跡継ぎの数が増えるわけではない。だから愛人を囲む意味がないし、そもそも婚約者と結婚していない段階で愛人を囲むのは貴族のマナーに反する。子育てがひと段落してから夫婦生活がマンネリ化して離婚危機に陥ったら大変なことになるからとW不倫が貴族のたしなみレベルにまで容認されているのであって継承権問題を引き起こすような不貞は認められていない。

 それでもアプローチする度胸は認めてあげよう。諸々のマイナス点を知らないのだから羨ましがってライバル意識を持つのもわからなくはない。

「大変なことが起こったって聞いていたんですけれどぉ……本当に何もありませんでしたかぁ_」

 一応『公式』にはあのパーティーで何かあったという事実はない。そういうことになっているためもともと招待客リストにも載っていない彼女が出席したという事実はない。そのため、彼女の言い方についても公式にはおかしな点はない。

 しかし、非公式には彼女がいたのだ。口外厳禁であるため出席者以外には漏れていないだろうが、それでも確信犯である。本題はこれかと思いつつ、どう返すか少しだけ考えてみる。

 婚約破棄を言い渡されて、一晩立ってだんだんと悔しくなってきたのだろうと思って追い打ちをかけたのだろう。

「ええ、何もなかったわね。でもそうね、しいて言うならば積年の悩みだった粗大ごみを遂に処分できて晴れやかな気持ちではあるわ」

 あの時内心で『不良債権処理キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』って思っていたから間違ってないわね。

 それを聞いた彼女は一瞬どういうことというかを浮かべたが、すぐににっこりと笑っていつもの表情を張り付ける。

 しかし、この女。まだやるらしい。人の婚約者を惑わすだけでなくて、徹底的に私を陥れたいらしい。高身長のやり手の起業家。それでいて目つきが悪く成績優秀なかわいげのない女。客観的に見て私はそんな人間であり、彼女の外図らとは正反対である。どんぐりのように丸くかわいらしく見える絶妙な体系と顔の造形というのをよく理解している彼女は出会ったときから私を自分のブランド構築のためにロックオンしていたのだ。

 よく考えればシュバルツを私から奪ったとしても、婚約者を奪った女として自分が悪者になることぐらいはすぐにわかる。だったらどうすればいいかと考えた結果、婚約破棄されてもしょうがないようなクズというラベルを私に張れば、彼女が悪者になることがないと考えたのだろう。

 そんなに私のことが嫌いか。よろしい。そちらが望みであるというのであれば戦争だ。

 教室で、廊下で、運動場で、パーティーで、貴族街で、平民街で、商店街で、王城で、郊外で、領地で、外国で、ありとあらゆる場所で存分に相手してあげようじゃない。

 そんな決意と共に私はうっすらと微笑みを浮かべた。
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