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諦めきれない

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 あれは、まだ私が誘拐される前の事。

 その日私は母と一緒に買い物に来ていた。

「お母さん! 早く早く!」
「急がなくても、ちゃんとケーキは買ってあげるわよ」

 その日は私の誕生日ケーキを買う為、雪が降る中ケーキ屋への道を歩いていた。

「何がいいかなー? いちごにー、チョコレートにー、生クリームたっぷりでー!」

「はいはい、好きなものを選んでいいからね」
「やったー!」

 そう私ははしゃいでいて、先に行こうと走り出して。

「オリヴィア、そんなにはしゃぐと……。
危ないっ!」

「うわっ!」

 その後、凍った地面に足を滑らせてしまい、盛大に転んでしまった。

「うぅ~痛ぁい……」

 私の右膝からはじわじわと血が溢れ出ていた。

「大丈夫?」
「え?」

 私が必死に泣くのを堪えて立ち上がろうとすると、近くにいた少年が声をかけて来た。

「良かったら、これ使って」

 そう少年は、真っ白な綺麗な布に、花が刺繍されているハンカチを、私の怪我した足に丁寧に巻いてくれた。

 白かったハンカチは、徐々に血で汚れてしまった。

「……ありがとう」

 私は何だか照れてしまい、小さな声でお礼を言った。

「オリヴィア、大丈夫?
あんなにはしゃぐから」

 そう後ろから私を追いかけて来た母は、手を差し出して私を立たせてくれた。

「あら、ハンカチ、坊やの?」

 そう母は私のすぐ側にいた少年に声をかける。

「はい、痛そうだったので」

「あら、それはありがとう。高級そうなハンカチだけれど、大丈夫なの?」

「はい、困った人は助ける様にいつも言われてるので」

 少年はそうニコニコと話す。

「本当にありがとう、そうだ、何かお礼にお菓子でも買ってあげるわ」

 そう言われて少年は両手を振る。

「大丈夫です。他所の人から貰い物をしない様言われてるので」
「あらそうなの? でも……」

 そう母はうーんと悩む。
 すると少年は困った様な顔をして口を開いた。

「あの、実は俺、ケーキ屋さんを探してて、お母さんと姉さんがそこに行くと言った途中ではぐれちゃって……」

 そう少年は悲しそうに話す。

「あ、私達もね、ケーキ屋さんに行くの!
なら一緒に行こう!」

 私は少年の手を引いてケーキ屋に向かおうとした。

「あ、でも知らない人に着いていったら駄目って」
「なら、友達になれば大丈夫だよ!」

 そう私は笑顔で返した。

「とも……だち」

 少年はそう小さく呟いた。

 そしていざ歩き出そうとするが歩こうとすると、足がズキンと痛んだ。

「うっ!」
「大丈夫?」
「う、うん大丈夫! ケーキ食べたら治るもん!」
「ははっ、何それ」

 少年は笑いながら、なるべく私の足に負担がかからない様に、わざとゆっくり歩いてくれた。

 ケーキ屋に着くと、綺麗な女の人と、可愛らしい少女のお客さんがいた。

 その隣にはボディガードの様な男の人もいたが、何ともケーキ屋さんには似合わない人だった。

「あ、ルイス!
良かった、どこに行ってたのよ」

 そう少女が少年に話しかける。

「良かったわ、ちょうど警察に行こうとしていた所だったのよ」

 そう綺麗な女の人は少年を見てほっと胸を撫で下ろした。

 そして、私達親子を見やった。

「うちの息子がお世話になりました。
もし良かったら何かお礼を……」

「いえいえ、こちらこそ、娘が転んだのを手当てして貰ったんです。
ハンカチまで汚してしまって、申し訳ないです」

 母ともう一人の女性はそう何やら会話していたが、私はそんなことよりショーウィンドウの中のケーキにすっかり夢中だった。

「ケーキ好きなの?」
「うん!」

 そう私は少年に尋ねられて満面の笑みで答える。

 その笑顔を見た少年は、今までにない衝撃を受けた。

 それ以来、少年もといルイスは、オリヴィアの事を忘れられずにいた。


「あー、思い出しました」

 オリヴィアは過去の純真無垢な自分に羞恥しながらも、そう言えばそんな事もあったなと思い出していた。

「ん? 思い出したって、覚えていなかったの?」

 ルイスは不思議そうに問いかけて来る。

「いや、私別の人と勘違いしていた様で……」

 そうオリヴィアは苦笑いする。

 確かに転んだ時にいた少年も栗色の髪に青目だった。

 しかし、その少年と誘拐されそうな所を助けてくれた少年は私が覚えている限り別人である。

 まず背丈が違う。

 転んだ時に居た少年は私より背が高かったが、その後の誘拐されそうになった時助けてくれた少年は私と同じくらいの身長だった。

 それに、顔つきも違ったはず。
 8年も前の事だから、詳しくは覚えていないけれど。

 それに、もし同一人物なら、誘拐事件の時に前に会ったって言ってくるだろうし、ルイスだってそっちの方の話をするだろう。

「つまり、オリヴィア様の言う恩人は、俺ではない、と」

 ルイスはそう残念そうな顔をして言う。

「えーと、そうなりますね。
いや、まあ手当てしてくれたし恩人と言えば恩人ですけど」

 オリヴィアはそうフォローも混じえて言う。

「そうなると、オリヴィア様がお礼をしたいのは、俺じゃないってことになるのか……」

 そう明らかにルイスはしょんぼりする。

「まあ、そうですけど……」

 さて、どうしようかとオリヴィアは悩んだ。

 確かに私の言っていた恩人とは違ったが、確かにルイスも恩人と言えば恩人でもある。

 まあ私は傷の手当てをして貰った代わりにルイスの道案内をした、という事でどっこいな気もするが……。

「その、オリヴィア様はもう俺と文通したくはないですよね?
人違いだという事ですし……」

 そう寂しそうに言うルイスが少し不憫に見えた。

 別に、文通くらいは続けても良いかな……。

 そう思ったオリヴィアは、しかしハッと我に返る。

 相手を期待させるのは良くないって、この前エマに言ったばかりじゃないか。
 自分が期待を残そうとしてどうする。

 私はギュッと自身のドレスを握りしめた。

「その、文通はもうやめましょう」

 そうオリヴィアははっきりと言った。
 ルイスの方を見ると残念そうに微笑んでいた。

「そうだよね……。
分かった。でも、俺諦めきれないから」

 そうルイスはまっすぐにオリヴィアを見やる。

「だからこれからは一方的に手紙を送るよ。返事はくれなくても良いから」

「え?」

 私は困惑した。
 返事はくれなくて良いと言われても、貰いっぱなしなのは悪い気がする。

「いや、あの」

「分かってる。迷惑だよね?
でも俺はノア君やルーカスさんと違ってずっと君の側にいられないし、これくらいしか出来ないから、許して欲しい」

 私の言葉を遮ってルイスはそう訴えかけて来た。
 そこまで言われてしまうと、もうどうしようもない。

「……分かりました」
「ありがとう」

 私が渋々承諾すると、ルイスは嬉しそうに笑った。

 その中性的な顔はやはり美しく、何故私なのだろうと思ってしまう。

 他にも沢山女の子は居るはずなのに。
 それはまあ、ルーカスやノアにも言える事なのだけれど。

「そうそう、猫達も見てくかい?」

「あ、はい。まあ、本当は見なくても良いと言えば良いんですけど、私の方に懐いているらしいですし、折角ですし、見ていきます」

「ふふ、本当に猫が好きなんだね」
「え? いやそう言う訳では」

 こうしてオリヴィアは猫をたっぷりと堪能していった。
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