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優しい薄情者
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10年前、下町のとある教会にて。
その日の事ははっきりと鮮明に覚えていた。
大体の人が黒の服を着て、何人かの人は涙を流していた。
「お母さん、何でみんな泣いてるの?」
それは子供ながらの素朴な疑問だった。
「オリヴィア、お父さんがね、うーんと遠くにいっちゃって、しばらく会えないからみんな悲しくて泣いてるのよ」
そう言って母は私を優しく抱きしめた。
私を抱く母の肩は震えていた。
恐らく私に涙を見せまいと必死に隠していたんだと思う。
(あ、お父さん死んじゃったんだ)
何となく私は理解した。
もう二度と父と会えない事。
悲しい筈なのに、涙は出なかった。
(……あれぇ?)
多分泣く事が正解なのだろうけれど。
でも、誰も私が泣かない事を不思議に思ったり、責めたりしなかった。
恐らく、まだ小さい私には理解出来ていないと思われたのだろう。
(お父さん、泣けなくて、ごめんなさい……)
私は心の中で亡くなった父に謝った。
それから10年後。
ハワード家に来て初めて葬儀に参列していた。
と言っても、亡くなったのは義理の父のジョン男爵の遠い親戚で、私は会った事がない人だった。
流石に会った事すらない人の葬儀に参列しても特に悲しむ事など出来ない。
「私葬式なんて初めてだわ」
「というか僕ら3人とも初めてですよ」
「そうだな、結婚式は行ったことあるが葬式は初めてだな」
3人とも悲しんでる様子が見られない所をみると、こちらもあまり会った事がない人なのかもしれない。
「私は10年ぶりね」
「オリヴィアちゃん葬式出た事あるの?」
「ええ、父が亡くなった時にね」
私がそう返事をすると、エマは申し訳なさそうな顔をする。
「あ……ごめんなさい、オリヴィアちゃん」
「エマ姉さん、あんまり人の不幸話なんて訊くもんじゃないですよ」
「別に気にしなくていいわよ。私が言い出したんだし。
それに父親の事あんまり覚えてないから」
それを聞いて3人とも明らかに暗い顔をする。
「だから、本当に気にしなくていいから。
私、ろくに父親に会った事なくて殆ど覚えてないの」
「ろくに会った事がない?」
ルーカスが不思議そうに首を傾げる。
「私の父、船乗りだったの。
一度海に出たら半年くらいは帰って来ないし、帰って来ても1週間もしない内にまた船に乗っていたから、だから殆ど覚えていないし、亡くなって寂しいとすら思えなかった。
中々薄情者でしょ?」
すると私の話を聞いていた3人が何故か同時に抱きついてくる。
「は? 何事?」
「だって、なんか、寂しいとすら思えないなんて、それが寂しいなって」
そして何故かエマは泣きそうになっている。
「何であんたが泣きそうになるのよ?」
「だってオリヴィアちゃんが泣かないからぁ」
「オリヴィア様も泣きたかったら泣いていいんだぞ?」
「オリヴィア姉様、手でも繋ぎましょうか?」
「だから何で私が慰められてるのよ?」
私は何故か泣き出したエマの頭を軽く撫でる。
「あんたも人の父親の話くらいでそんなに泣かないでよ」
「うっ! でも! オリヴィアちゃんは薄情者なんかじゃないわ!
だって、オリヴィアちゃんはきっと私達の誰かが死んだら悲しむと思うし!
それに、誰かの死を悲しめない本当の薄情者なら、自分を薄情者だなんて言わないもの!」
エマは涙目ながらにそんな事を言う。
「……でも……。
いや、そうね」
「オリヴィア姉様?」
私はこの場で言うにはあまりに不謹慎だなと思い口を閉ざす。
ノアはそんなオリヴィアを不思議そうに見ていた。
「オリヴィア様、エマの言う通り薄情者なんかじゃないですよ!
オリヴィア様はお優しい方なのですから!」
「……そういう事にしとくわ。
それより葬儀ももう終わるし帰るわよ」
「あ、待ってよオリヴィアちゃん!」
「エマ、慌てると危ないぞ」
「……」
こうして4人は葬儀を終えてお屋敷へと戻ってきた。
「はぁ~、流石にこの黒のワンピースじゃあ気分も滅入るわね。さっさと着替えよう」
私が着替えようとすると、誰かがドアをノックする音がした。
「……誰かしら?」
「ノアでーす♡」
ドアの向こうから何やら明るく声を掛けられる。
「何の用かしら?」
私はドアを開けずに問い掛ける。
「ちょっと訊きたい事があったので」
何だか今は葬儀の後だからか気分が乗らない。
何となく、誰とも顔を合わせたくないと思ってしまった。
「大した用じゃないならドア開ける必要も無いかしら?」
「もしかしてオリヴィア姉様、悲しくて泣いるの?」
だから私は悲しくも落ち込んでも無いと言ってるのに。
「はぁ!? 泣いてる訳ないでしょ!?」
オリヴィアはドアを勢いよく開けながらツッコむ。
「開けてくれたね」
「あっ」
ついイラッときて開けてしまった。
「はぁ、まあいいわ。
それで? 訊きたい事って何?」
私はドアを開けたまま、廊下にいるノアに質問をする。
「オリヴィア姉様、さっき何を言い掛けたの?」
「は? さっきって……。
ああ、あの時か」
恐らく葬儀中の、エマの質問に対しての事だろう。
私はうーん、と少し悩む。
「まあ大した事じゃないわ」
「本当は俺たちが死んでも悲しめなかったら、みたいな馬鹿な事考えてたんじゃないの?」
「え?
な、何で」
何でバレたんだろう?
あの時そんなに顔に出てただろうか?
「その顔は当たりかな?」
ノアは薄く笑いながら問い掛けてくる。
「……私、そんなに分かりやすかったかしら?」
「そりゃあ半年以上も側で見ていれば分かるよ。
ルーカス兄さんやエマ姉さんは気付かないだろうけどね。
……オリヴィア姉様って、自分の事優しいなんて思っていないし、そんな風に言われたくないんでしょ?」
「あんたって、本当嫌なくらい鋭いわよね」
「もっと褒めてくれてもいいよ?♡」
「褒めてない」
私は溜め息を吐いて観念する。
「優しいって、都合の良い言葉だと思わない?」
「?
それはどうして?」
「だって、優しい、なんて考えようによっては誰にだって言える様な言葉じゃない。
なんていうか、安っぽい、というか」
「そうかな? 俺は誰にだって言える様な安い言葉だとは思わないけどね。
オリヴィア姉様がそう思うのは、多分オリヴィア姉様が人の優しい所を見つけるのが上手だからそう言えるだけだと思うけど」
人の優しい所を見つけるのが上手、なんて、とてもじゃないがそれは買い被り過ぎだろう。と思う。
「それに私が本当に薄情者で、あんた達が死んでも何とも思わないかもしれないじゃない。
それでも優しいって言えるの?」
「ああ、そもそもオリヴィア姉様が悲しまないなんて事は絶対にない。
100%断言できる」
ノアは自信満々にそう言い切った。
「何で断言出来るのよ? そんなのその時にならなきゃ分からないじゃない」
「どうせ実の父親の死すら悲しめないから他の人が死んでも悲しめないとか思ってるかもしれないけど、そもそも殆ど会ったことない人の死なんて悲しめって言う方が無理でしょ?
今日の葬式だって僕ら誰も心から悲しんでないし。
そりゃあ葬式だし悲しむフリくらいはするけど」
ノアはそう自身の頭を掻きながら答える。
「まあ、そりゃあそうかもしれないけど」
「それに、オリヴィア姉様覚えてる?
前に自分の為に死ねるかって訊いてきた時、オリヴィア姉様は俺たちの誰にも死んで欲しいなんて思ってなかったでしょ?
俺たちの死ぬ事をどうでもいいと思ってるなら、その時点で何とも思わないでしょうに」
ああ、そう言えば前にそんな質問をしたっけ。
確かにあの時死んで欲しくないとは思ったけど。
「そうだけど、あれは私がそう言ったせいで死なれたくないって事で、悲しむとはまた違う意味だと思うけど」
私がそう言うとノアは大きくはぁ~、と溜め息を吐く。
「ここまで言っても信じないなら、分かったよ。
ちょっと失礼」
「え? な、何で急に部屋に入ってきたのよ?」
ノアは構わず私の部屋の奥へと歩き出す。
そしてバンッと窓を開いた。
外のひんやりとした風が部屋に舞い込んでくる。
「それじゃあ実際に死んだら分かる?」
「は? あんた何言って……」
すると、ノアは窓枠に足をかけた。
「ちょっと、何してんのよ?」
「何って、口で言っても分からないなら行動で示すまでだけど?」
ノアは窓枠からこちらに振り向いて笑顔で手を振った。
そして。
その日の事ははっきりと鮮明に覚えていた。
大体の人が黒の服を着て、何人かの人は涙を流していた。
「お母さん、何でみんな泣いてるの?」
それは子供ながらの素朴な疑問だった。
「オリヴィア、お父さんがね、うーんと遠くにいっちゃって、しばらく会えないからみんな悲しくて泣いてるのよ」
そう言って母は私を優しく抱きしめた。
私を抱く母の肩は震えていた。
恐らく私に涙を見せまいと必死に隠していたんだと思う。
(あ、お父さん死んじゃったんだ)
何となく私は理解した。
もう二度と父と会えない事。
悲しい筈なのに、涙は出なかった。
(……あれぇ?)
多分泣く事が正解なのだろうけれど。
でも、誰も私が泣かない事を不思議に思ったり、責めたりしなかった。
恐らく、まだ小さい私には理解出来ていないと思われたのだろう。
(お父さん、泣けなくて、ごめんなさい……)
私は心の中で亡くなった父に謝った。
それから10年後。
ハワード家に来て初めて葬儀に参列していた。
と言っても、亡くなったのは義理の父のジョン男爵の遠い親戚で、私は会った事がない人だった。
流石に会った事すらない人の葬儀に参列しても特に悲しむ事など出来ない。
「私葬式なんて初めてだわ」
「というか僕ら3人とも初めてですよ」
「そうだな、結婚式は行ったことあるが葬式は初めてだな」
3人とも悲しんでる様子が見られない所をみると、こちらもあまり会った事がない人なのかもしれない。
「私は10年ぶりね」
「オリヴィアちゃん葬式出た事あるの?」
「ええ、父が亡くなった時にね」
私がそう返事をすると、エマは申し訳なさそうな顔をする。
「あ……ごめんなさい、オリヴィアちゃん」
「エマ姉さん、あんまり人の不幸話なんて訊くもんじゃないですよ」
「別に気にしなくていいわよ。私が言い出したんだし。
それに父親の事あんまり覚えてないから」
それを聞いて3人とも明らかに暗い顔をする。
「だから、本当に気にしなくていいから。
私、ろくに父親に会った事なくて殆ど覚えてないの」
「ろくに会った事がない?」
ルーカスが不思議そうに首を傾げる。
「私の父、船乗りだったの。
一度海に出たら半年くらいは帰って来ないし、帰って来ても1週間もしない内にまた船に乗っていたから、だから殆ど覚えていないし、亡くなって寂しいとすら思えなかった。
中々薄情者でしょ?」
すると私の話を聞いていた3人が何故か同時に抱きついてくる。
「は? 何事?」
「だって、なんか、寂しいとすら思えないなんて、それが寂しいなって」
そして何故かエマは泣きそうになっている。
「何であんたが泣きそうになるのよ?」
「だってオリヴィアちゃんが泣かないからぁ」
「オリヴィア様も泣きたかったら泣いていいんだぞ?」
「オリヴィア姉様、手でも繋ぎましょうか?」
「だから何で私が慰められてるのよ?」
私は何故か泣き出したエマの頭を軽く撫でる。
「あんたも人の父親の話くらいでそんなに泣かないでよ」
「うっ! でも! オリヴィアちゃんは薄情者なんかじゃないわ!
だって、オリヴィアちゃんはきっと私達の誰かが死んだら悲しむと思うし!
それに、誰かの死を悲しめない本当の薄情者なら、自分を薄情者だなんて言わないもの!」
エマは涙目ながらにそんな事を言う。
「……でも……。
いや、そうね」
「オリヴィア姉様?」
私はこの場で言うにはあまりに不謹慎だなと思い口を閉ざす。
ノアはそんなオリヴィアを不思議そうに見ていた。
「オリヴィア様、エマの言う通り薄情者なんかじゃないですよ!
オリヴィア様はお優しい方なのですから!」
「……そういう事にしとくわ。
それより葬儀ももう終わるし帰るわよ」
「あ、待ってよオリヴィアちゃん!」
「エマ、慌てると危ないぞ」
「……」
こうして4人は葬儀を終えてお屋敷へと戻ってきた。
「はぁ~、流石にこの黒のワンピースじゃあ気分も滅入るわね。さっさと着替えよう」
私が着替えようとすると、誰かがドアをノックする音がした。
「……誰かしら?」
「ノアでーす♡」
ドアの向こうから何やら明るく声を掛けられる。
「何の用かしら?」
私はドアを開けずに問い掛ける。
「ちょっと訊きたい事があったので」
何だか今は葬儀の後だからか気分が乗らない。
何となく、誰とも顔を合わせたくないと思ってしまった。
「大した用じゃないならドア開ける必要も無いかしら?」
「もしかしてオリヴィア姉様、悲しくて泣いるの?」
だから私は悲しくも落ち込んでも無いと言ってるのに。
「はぁ!? 泣いてる訳ないでしょ!?」
オリヴィアはドアを勢いよく開けながらツッコむ。
「開けてくれたね」
「あっ」
ついイラッときて開けてしまった。
「はぁ、まあいいわ。
それで? 訊きたい事って何?」
私はドアを開けたまま、廊下にいるノアに質問をする。
「オリヴィア姉様、さっき何を言い掛けたの?」
「は? さっきって……。
ああ、あの時か」
恐らく葬儀中の、エマの質問に対しての事だろう。
私はうーん、と少し悩む。
「まあ大した事じゃないわ」
「本当は俺たちが死んでも悲しめなかったら、みたいな馬鹿な事考えてたんじゃないの?」
「え?
な、何で」
何でバレたんだろう?
あの時そんなに顔に出てただろうか?
「その顔は当たりかな?」
ノアは薄く笑いながら問い掛けてくる。
「……私、そんなに分かりやすかったかしら?」
「そりゃあ半年以上も側で見ていれば分かるよ。
ルーカス兄さんやエマ姉さんは気付かないだろうけどね。
……オリヴィア姉様って、自分の事優しいなんて思っていないし、そんな風に言われたくないんでしょ?」
「あんたって、本当嫌なくらい鋭いわよね」
「もっと褒めてくれてもいいよ?♡」
「褒めてない」
私は溜め息を吐いて観念する。
「優しいって、都合の良い言葉だと思わない?」
「?
それはどうして?」
「だって、優しい、なんて考えようによっては誰にだって言える様な言葉じゃない。
なんていうか、安っぽい、というか」
「そうかな? 俺は誰にだって言える様な安い言葉だとは思わないけどね。
オリヴィア姉様がそう思うのは、多分オリヴィア姉様が人の優しい所を見つけるのが上手だからそう言えるだけだと思うけど」
人の優しい所を見つけるのが上手、なんて、とてもじゃないがそれは買い被り過ぎだろう。と思う。
「それに私が本当に薄情者で、あんた達が死んでも何とも思わないかもしれないじゃない。
それでも優しいって言えるの?」
「ああ、そもそもオリヴィア姉様が悲しまないなんて事は絶対にない。
100%断言できる」
ノアは自信満々にそう言い切った。
「何で断言出来るのよ? そんなのその時にならなきゃ分からないじゃない」
「どうせ実の父親の死すら悲しめないから他の人が死んでも悲しめないとか思ってるかもしれないけど、そもそも殆ど会ったことない人の死なんて悲しめって言う方が無理でしょ?
今日の葬式だって僕ら誰も心から悲しんでないし。
そりゃあ葬式だし悲しむフリくらいはするけど」
ノアはそう自身の頭を掻きながら答える。
「まあ、そりゃあそうかもしれないけど」
「それに、オリヴィア姉様覚えてる?
前に自分の為に死ねるかって訊いてきた時、オリヴィア姉様は俺たちの誰にも死んで欲しいなんて思ってなかったでしょ?
俺たちの死ぬ事をどうでもいいと思ってるなら、その時点で何とも思わないでしょうに」
ああ、そう言えば前にそんな質問をしたっけ。
確かにあの時死んで欲しくないとは思ったけど。
「そうだけど、あれは私がそう言ったせいで死なれたくないって事で、悲しむとはまた違う意味だと思うけど」
私がそう言うとノアは大きくはぁ~、と溜め息を吐く。
「ここまで言っても信じないなら、分かったよ。
ちょっと失礼」
「え? な、何で急に部屋に入ってきたのよ?」
ノアは構わず私の部屋の奥へと歩き出す。
そしてバンッと窓を開いた。
外のひんやりとした風が部屋に舞い込んでくる。
「それじゃあ実際に死んだら分かる?」
「は? あんた何言って……」
すると、ノアは窓枠に足をかけた。
「ちょっと、何してんのよ?」
「何って、口で言っても分からないなら行動で示すまでだけど?」
ノアは窓枠からこちらに振り向いて笑顔で手を振った。
そして。
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