聖剣なんていらんかったんや~苦し紛れに放った暗殺者が魔王を倒して世界を救ってしまったのだが~

余るガム

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第3章 勇者の栄光は誰のもの?

第3章、終幕

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「……で、戦争ってのは?」

 2人のニヤ付きとからかいを適当に躱し、何故か『自分がやる』と聞かなかったシャーロットが淹れた茶を配膳して、ようやく本題を切り出す。

「まぁ、そう大した話じゃないさ。どうもこの街を教国が狙ってるらしくてな」
「また教国か……」
「しゃーねーよ。連中、最近は大陸の覇権に大詰めをかけてる感じだ」

 教国は聖女を失って求心力がガタ落ちしている最中ではあるものの、グレゴリオ3世は『いずれ起こることが今起きただけのこと。むしろ計算がしやすくなって助かる』とポジティブに考えた。
 そう考えていないとやってられなかったと言うべきかもしれないが。

 現在、この大陸で確認されている魔法使いは5人。教国が囲っている生産魔法使いと、勇者パーティの4人だ。
 以前の悪魔の襲撃があったため、今は悪魔召喚の魔法使いみたいなのが新たに発見された可能性もあるので、もしかしたら6人かもしれないが。

 いずれにせよ、魔法使いの数において教国は在野のそれを下回ってこそいるが、その在野は全員が一所に集まって、特に大きな動きを見せていない。
 再三にわたる教国からのちょっかいに対しても、反撃こそすれ報復まではしていない。

 それを見て『教国を恐れている』なんて考える程、頭のめでたい教皇ではない。
 喧々諤々の議論の末に至った結論は『勇者パーティの4人は教国に興味がない』という、大国に対するにはあまりにも不遜な物だった。

 だが、そうだとすれば、これほどの好機は無い。

 確かに聖女を失い、勇者は失踪し、密葬課は壊滅し、魔法は盗まれた。
 しかし、魔王を倒すにあたって必要な役割の主観的な所を担ったのが教国である事は間違いないし、勇者の名声は最初から教国の物になる契約だ。
 対魔王多国籍連盟を通じて、基軸通貨となるグレゴリオ金貨をより広い地域に浸透させることに成功している。
 それを背景にした無尽蔵の富は、無尽蔵の軍事力と他の追随を許さない科学技術をもたらす。

 確かに、魔力魔法に関連する部分においては絶望的に弱体化している。
 だが魔力にも魔法にも関係ない部分において、今の教国はまさに絶頂期。

 その魔力魔法に関連する部分においてすら、最低でも1名の魔法使いを抑えている。これだけでも他国に対して大きなアドバンテージだ。
 対抗馬の最有力候補である4人は隠遁し、表舞台に姿を表す気は無さそうと来ている。

 乗るしかない、このビッグウェーブに。

 そこで教国が目を付けたのが、最近になって業務委託契約を結んだ、魔王軍包囲戦の街、カリンエルである。
 将来的には勇者が訪れたという地の全てで、同じ様に勇者の名声を使った商売をしようと考えており、この世界初のフランチャイザーが生まれそうな予感もあるこの街だが、その商材となる『勇者の名声』自体が教国からの借り物である。
 これを盾にしてカリンエルに軍の駐屯地を構え、ここに詰め込んだ教国軍で最寄りの港湾施設を狙う。

 西の海を通って、教国までの直通路を作る狙いである。

 編成は精鋭部隊の武装神官団50名を中心に据えた1万人。
 既にある程度の数の密偵がこの街に入り込んでおり、内情や地形情報を探っているとか。

「どう思う?」
「嘘だな」

 アンドリュー達が聞いた話は編成云々と『聖女を失って焦っている』ぐらいだったが、それを聞いたクイームが即座に断じる。

「特に編成の所。武装神官団は1人でも目立つというのに、それが50人? しかも1万の軍勢? 教国からカリンエルまでどれだけの非加盟国があると思っている。通行の度に戦争でもしたというのか? それなら水軍でも作って海上交易路を封鎖した方がよっぽど安上がりだ」
「まぁ、そんなところだろうな」
「だが、そこ以外は多分マジだろう。聖女を失って焦っているのも、大陸覇権の大詰めに入ろうとしているのも」

 茶を一口。

「しかし、嘘だとしても一体何のためにそんなことをするんですか?」
「さて、連中の手札が分からないので何とも言えんが……普通に考えれば、降伏させるために大袈裟にしてるとかだろうな」
「……ああいや、そういう事じゃなくて」
「そう言うことじゃない、とは?」
「どうしてこんなあからさまな嘘を吐くのか、って事ですよ」
「……あぁ、そっちか。確かにな」

 教国と連盟の加盟国の位置関係を大まかに把握していれば、編成の内容が嘘かハッタリである事は容易に想像できる。
 仮に、本当に降伏させるためのハッタリだとすれば、そのハッタリは決してバレないようにきかせなければならない。
 まあ大陸全体の地理なんて把握してる奴の方が圧倒的少数派だが、少なくとも港湾施設を任されるような人間なら、教国の位置ぐらいは絶対に把握している。

「あからさまな嘘、か……部外者でしかない俺たちにそうだとわかる以上、この街の代官にもそうだとわかるはずだ」
「間違いない」
「そもそも、ここまで情報が流れてくること自体が不自然。市井のウワサとして流れてるって事は、可能性は2つ」
「実は教国サイドは嘘なんてついていないが、ウワサに尾ひれがついたか……意図的に流しているか」
「教国の防諜技術なら流れること自体あるまい。後者だな」
「意図的に流した、あからさまな嘘、か……」

 何とも奇妙な話である。

「これ、あれじゃないかい? 教国は、戦争にしたいんじゃないかい?」
「というと?」
「嘘である事を相手が見破ってくれれば、ハッタリをかます必要があるって誤解してくれるだろ?」
「……なるほど。それで、実際の戦力は必勝には程遠く、大きな痛手を覚悟する必要があるぐらい……と、この街の為政者が踏んでくれれば……」
「むしろこちらも示威的に軍事力を揃える可能性はありますね」
「この街は交易都市だ。金がある。金に糸目をつけずに傭兵を揃えれば、数の上では圧倒できるかもな」
「その上で、圧倒的無勢のまま、教国が一方的に戦場を蹂躙すれば?」
「……恐らく、その戦場に飛ばしてある、他国の密偵もそれを見るだろうな。そうか、噂を流したのは、密偵を寄せるためでもある、と」
「その報告もまた、船で大陸中を駆け回るわけだ」

 国家にとって、戦争と言うのは最悪の行為である。
 物質的な損失についてはもはや言うまでもないが、教国ほどに巨大な国ともなると、物質的ではないものも目減りしていく。

 それは威厳だとか、権威だとか、格式だとか、メンツだとか……ともすれば、下らないと断じられてしかるべき、不定形の何かだ。

 だが、それを勘定に入れることで『必要最小限の戦争で大陸覇権を手に入れようとしている』という可能性に気付くことができる。

 教国がその気になれば、教国の他に存在する人間国家を片っ端から族滅させていくことなど、決して不可能ではない。
 そして、将来的な反乱や蜂起のリスク、占領した後の統治の手間などを考えるなら、その選択肢は有力な候補であり続ける。
 この選択肢で特に素晴らしいのは、教国人を外部に入植するまでの間に、戦火によって傷んだ土地や伐採された森などの自然資源が再生する期間を取ることができる点だ。

 だが、今の動きはそのつもりが無い事の証明でもある。
 ある意味で、極めて穏当かつ平和的に、覇権を握りたいらしい。

「教国は偽情報を見破られる事によってこの街を戦争へと誘い込み、それを壊滅的に破る事によって、非加盟国への脅迫とする訳か……」
「だが、私たちが分かる程度のことが、この街の代官に分からないはずもないんだけど……」
「分かっているだろうさ。分かっている上で、戦争をしなければならないんだ」
「……なんで?」
「代官に限らず、政治家って言うのは人気商売なんですよ。左団扇で殿様商売、なんてただの幻想。実態は人気取りのための調整とドサ回りが仕事です」

 その人気商売の究極系である、『政治家系アイドル』という炎上待ったなしの仕事をこなしてきたシャーロットが言うと説得力が違う。

「そしてその『人気取り』おいて、絶対に外せないのが強さ……より正確に言えば、戦争に物怖じすることなく踏み切る決断力です」
「……つまり、民衆の期待に応えるためには、戦争に応じないといけない?」
「御明察です。この街は衛兵をはじめとする常駐戦力が比較的豊富なので、徴兵されないと高をくくっている民衆は勝手なものですよ」
「他人事なら、いくらでも好き放題言えるからな」
「時には『上手く負ける』って事が大切だったりもするんですが……『勝利』って二文字が持つ力は、やはり分かりやすく強力ですからね」
「つーか、それなら教国はわざわざブラフなんてする必要ないじゃないか」

 教国としては、『戦争に乗ってきてほしい』から、わざわざ噂ごしの情報戦なんでまわりくどい真似をしてきたはずである。
 しかし、この街の代官が人気取りの為に『どんな戦争でも乗らざるを得ない』のであれば、この情報戦は全く意味が無い事になってしまう。

「まぁでも、結局教国ってものが大きすぎますからね。民衆が『相手が教国じゃあ降伏するのも仕方がない』って空気感になりかねないので、そこを潰すためにやったのでは?」
「いや、それだと民衆相手の人気取りの為に降伏する可能性が出てくる。単純に『わざわざ民衆の支持を気にしないといけない』なんて弱小政治家の生存戦略が勘定に入っていないんだと思うぞ」
「なるほど、教国が強すぎて、と言う訳か……いずれにせよ」

 そこでアンドリューが一息ついて。

「戦争は、確定か」

 そう零す。

「……まず、間違いないだろう」
「クイームさん」
「濁したって仕方あるまい。戦争は戦争だからな……それで、どうする?」

 あくまでも、努めて淡々とそう問いかけた。

 この場にいる4人には、選択権がある。
 つまり、その戦争で、どちらを勝たせるか決める事が出来る。そういう、勝利の選択ができる。

 順当に行けば、まず間違いなく教国の勝ちだろう。
 だが、その下馬評は、どこまで行っても魔法使いを勘定に入れていない場合だ。

 魔法使い4人……いや、教国が引っ張って来た『本当の陣容』にもよるが、ハッキリ言ってシャーロット1人でも十分に、この戦争はひっくり返すことができる。

 クイームの放ったこのたった一言の問い。

 それは、この戦争をどちらに勝たせるか、という、あまりにも重い選択を迫る一言だった。

「ど、どうするって……」

 クラウンがアンドリューを見る。
 路上でへたり込む彼を見つけたあの日から、アンドリューは見違えるほどに元気になっている。

 風呂に入って清潔になり、飯を食って活力を得て、笑いに笑って明るさを取り戻した。

 それでも、家族同然と公言してはばからない存在を、戦争で失った事実は決して変わらない。
 如何に彼が傭兵であっても、既に戦争それ自体に嫌気がさしているのではないだろうか。

 そしてその『嫌気』が、アンドリューの苛烈ながらもクレバーな判断力を損なわせてはいないだろうか。
 どうしても、そう言う風に不安になってしまうのだった。

「……」

 アンドリューは何も言わない。
 ただ目を瞑り、沈黙を守っている。

 その沈黙が、30秒ほど続いた後、終にアンドリューが口を開く。

「……このまま、教国が大国を統一したら……シャーロットが、家出できなくなってしまうな」

 そんな、ある意味で呑気とも取れる一言が、沈黙した宿の部屋を切り裂いた。

「……は。そいつぁ、一大事だな」

 まず最初に応じたのは、クイーム。

「くく、確かにね。逃げ先なんていくらあってもいいもんさ」

 そう返すのは、クラウン。

「なんだかダシにされたみたいですが……目の前の命を見捨てて、何が聖女ですか」

 最後に、シャーロットがそう締めくくった。

 アンドリューが全員の顔を見まわす。
 あくまでも気楽に。あくまでも自由に。

 そんな、ひょうひょうとした覚悟の光を、全員の瞳の中に見て取ったアンドリュー。

「よし。お前ら……折角だ。これまでクイームが吹っ掛けられてきた、色々な喧嘩……全部に利息付けて返してやろうじゃねえか」

◆◇◆◇

 そんなアンドリューの檄が飛んだ翌日。

「これで……600㎏ですね。確かに。では、これが代金です」
「……よし、代金も確認した」

 クイームは西方海洋互助団の長、ドーゼとの取引を済ませていた。
 大量の重量物からようやく解放されて、全身が軽くなっている。

 ちなみに、運び込みの人手として雇われたクラウンも見守っている。

「あぁそうだ。死神さん」
「なんだ?」
「貴方に言うことじゃあないかもしれませんが、この街で戦争が起きるそうですよ。我々はさっさと逃げるつもりです」
「そうか。だが安心しろ」

 疑問符を浮かべるドーゼに、クイームは続ける。

「その戦争は、一瞬で終わる」
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