幼馴染でマジカルなアレが固くなる

余るガム

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第二部 高校生編

終わりと始まりは夢現

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 渡辺公大わたなべきみひろ
 自己紹介タイムでラストに自己紹介した男である。

 眼鏡でいかにも真面目そうな彼は、無難な挨拶をして無難に自己紹介を終えた。

「不知火先生、自己紹介終わったんでもう帰ってもいいんですか?」

 全員が着席しながらも落ち着きなくソワソワとしているので、聞いてみる。

「終わった? なら帰っていいぞ。こっからは自由時間だ。あ、部活動見学は月曜からな」

 無駄にエロい格好のまま、気だるげに言い放つ先生に教室中はざわつく。
 こんな教師もいるんだな、程度の印象である俺はさっさと机に格納されている諸々の書類を鞄に放り込んでいく。

 部活動は何にしようか、中学時代は色々やっていたし習いもしたが所属はしていなかった。
 おかげで器用貧乏ではあるが、高水準にまとまった運動能力を獲得している。

 この学校は文化系に力を入れているというし、いっそ文化部に入ろうか。
 ピアノなら趣味でやっていたし、吹奏楽部だろうか。というかそもそもピアノってどこに分類されるんだ? キーボードって意味なら軽音楽部か?
 前世の創作を流用して文芸部なんてのもいいかもしれない。いや、それをすると著作権侵害か。ほどほどに抑えよう。

 そういえばなじみはどうするのだろう。
 確か中学では美術部に所属していたらしいが、詳しくは知らない。
 特にコンクールで好成績を残したわけでもなさそうなので、他の部に行くかもしれない。
 親の影響でマンガとか好きだから、漫画研究部とかかもな。

「失礼しますっと」

 適当に教室の中央に向かって手を振りながら退室する。
 そしてそんな俺に特に何も言わない先生を見て『あ、ホントに帰っていいんだ』となった教室内は一気に騒がしくなった。

 蝶ヶ崎さん! という大声が聞こえる辺り、なじみはさっそく声をかけられている様だ。

 助けたくはあるが、そうすると折角自己紹介の時に気を遣って波紋を広げまいとしたなじみの行動を無駄にしてしまう。
 というか、なじみはいい加減自分のルックスが極めて優れていることを自覚するべきなのだ。
 こうして大勢に囲まれるのは良い経験だろう。



 なじみと久々に完全別行動をとり始めた俺は、さっさと帰るのも味気なく思って校内を適当にぶらつくことにした。一人暮らしの気楽さはこういう所にあるよな。
 部活動見学は月曜からだが、それの予行演習的なことをやってる部活もあるだろうし、しばらく校内にいても構わないだろう。一年はさっさと帰れ、なんて言われてないのだから問題あるまい。

 さて。
 ざっとでも見ておきたい部分は結構ある。
 各種運動設備に、図書室や資料室。
 特に運動設備はあってくれるとありがたい。身長が止まったのでそろそろマシンによる筋トレを始めたいのだが、ジム通いにせよ買うにせよそれっぽいものを作るにせよ金がかかる。一人暮らしなんて金欠との戦いだ。絞れるところは絞りたい。
 まああったとしても運動部専用とかだろうが、それについては時々助っ人に入るなどが交渉材料にはなるだろう。空きがあったら、ぐらいには使えるはずだ。

「そーいや自己紹介の時にその辺の事言っとけばよかったな・・・」

 思わぬ失態だ。まあおいおいで良いだろう。
 誰も安心院あんしんいんと呼んでくれないので、正直孤立しそうだが。

 階段横に大雑把な見取り図があったので、それで構造を見聞する。
 四階建ての校舎が四つ並んでおり、それぞれが渡り廊下で連絡しているわけか。

 図書室と体育館は・・・離れか?
 それに結構デカいグラウンドだったし、相当面積広いな。

 とりあえず近かった図書室、いや図書館を見に行こう。



 図書館のある離れは教室のある第二校舎の最寄だった。
 一階部分は食堂と講堂になっているようで、その間の階段から上がれる二階部分が図書館のようだ。

「こりゃ人来ねーぞ・・・」

 多くの人でにぎわう、という目的の施設ではないにせよ、一日の訪問者数がいったい何人になることやら。
 図書委員は割と退屈そうだ。

 階段を上って二階へ。
 この階段も一回折り返しがあるので見通しが悪く立ち入りづらい。その上若干急だ。
 誰かを招き入れる想定をしているのか疑問だな。

 図書館の中へ入ると、静謐な空気がふわりと身を包む。
 なんとなくの直感で、静かにすべきと思ってしまう雰囲気と、それに混じる古紙とインクの匂い。

 そして視界に入りこむ、少し前まで見ていた背中。

「あ、仁科先輩?」
「ぇ・・・安心院君?」



 思わぬ再会であった。
 なんでこの人との再会はこう・・・拍子抜けというか、意表を突くというか。
 中学で再会したときはめっちゃ犬に吠えられて腰抜かしてたのを助けたんだよな。肩貸して犬の視界外まで運んだのを思い出す。柔らかかったです。何がとは言いませんが。

「仁科先輩もこの学校来てたんですね」
「ええ・・・安心院君も来るかなと思って」
「ははは、なら落ちてたら期待を裏切ったことになりますね」
「そういう事じゃないわ」
「え? 俺ならこの学校入れるって期待してくれてたんですよね?」
「・・・・・・・・・・・・そう」
「先輩って嘘つくとき、鼻の頭に血管が浮き出ますよね」
「ええ?」

 先輩が鼻に手を当てる。

「嘘でしょ?」
「嘘ですよ。ただ、間抜けは見つかったみたいじゃあないですか」
「ハッ!?」

 やはり先輩もジ〇ジョを読んでいたか。
 流石は世界が変わっても変わらないただ一つの作品だ。実際随分影響は大きいらしいし。

 まあここまでが一種の定型文、いうなれば茶番だ。
 多分『そういう事じゃないわ』あたりから誘導されていたのだろう。

「ところで先輩は実家から通ってるんですか?」
「いいえ、私は一人暮らししてるわ。実家は遠いからね」
「そうなんですね、俺もなんですよ。一人暮らし初心者の俺に何か薫陶とかくれませんか?」
「お金とご近所付き合いは大事」
「単純ですけど重い言葉ですねえ」
「特に私は憂鬱だわ。これまでいなかったお隣さんが入居するらしいから」
「あー先輩新しい誰かとのコミュニケーション嫌いですよね。表面上はともかく」
「そう、つまり気兼ねなく話せるあなたは特別なの」
「光栄ですね」

 さて、会話も一段落したところで次の所に行きますか。
 見ておきたい個所はまだあるし、月曜からは新入生で溢れかえってしんどいし。

「じゃあ先輩、俺はそろそろ」
「ぁっ・・・もう少し、くらい」
「いえ、時間もないので」
「じゃ、じゃあ最後に・・・」

 最後って・・・別に今生の分かれでもあるまいに。

「名前で呼んで」
「名前?」
「『かすか』って、昔みたいに」

 出会った当初、小学生時代では名前の呼び捨てでよかったのだが、中学に入ると年功序列が幅を利かせ、流石に逆らってもいいことはなかろうと呼び名を変えた。
 体育会系の風習で面倒くさくはあったが、所詮一生徒に何かできるわけでもなく。
 それが不満だったのだろうか。

「わかりましたよ」
「敬語もなし」
「えぇ・・・わかったよ、微」

 仁科先輩、いや微は。
 かなり親しい人間でもわからない程度の笑みを浮かべてそれを聞いていた。

「これから二人きりの時は微って呼んで」
「そうそう二人きりなんてなりそうにないですが」

 主になじみによって。

「いいの。先輩命令」
「うわーい横暴だぁ。ま、良いけどさ」
「やっぱり安心院君はそっちの方がいいわね」
「微は俺の呼び名変えないの?」
「元からこうだったじゃない」
「そうでした・・・」
「敬語」
「めんどくさいっていわれない?」
「言ってくれる友達が居ないもの」
「それはゴメン」
「謝らないでよ・・・悲しくなる」


 微との再会とその会話を楽しんでからしばらく後。
 交渉の結果、陸上部の手伝いを時々する代わりに各種マシンを使えるようになった。
 その手伝いもビブス畳むとかストップウォッチ止めるとかの軽作業だ。安上がりでありがたい限り。

 とここで電話が掛かってきた。
 なじみからだ。

「どうした?」
『今どこ?』
「今? 下校するべく校門に差し掛かったところだが」
『じゃあ早く帰ってきて。できるだけ』
「はいよ。ついたら電話するね。そんだけ?」
『うん』
「そうか。じゃまた後で」

 ブッ、と電話を切ると鞄を握りなおして走り出した。
 大量の紙媒体は相当な重量だが、学校から家までの道中ぐらいなら問題ない。

 道程を三分程度で駆け抜けた俺は、閉じつつあるエレベーターに滑り込み、自分の部屋の階を指定した。
 エレベーターの稼動中に深呼吸して息を整える。
 到着したので今度は普通に歩く。ここで走ってもいいが、流石に近所迷惑だ。仁科先輩・・・じゃなくて微にも言われたことだし。

 で、自分の部屋についたわけだが。

「着いたぞ」
『わかったー』

 30秒ほどしてベランダの窓がノックされる。
 カーテンを開けてみると、そこにはなじみがいた。

 カラカラと窓を開けた。

「ただいま」
「おかえり」

 冗談めかしたやり取りをしてなじみを迎え入れる。
 なじみ用のスリッパはすでに足元にある。もふもふのウサギだ。ちょっとあざと過ぎない? と聞いたが、可愛いでしょ? と返されればぐうの音も出ない。

 同じくもふもふの『まさに部屋着』といわんばかりのパーカーとショートパンツを着用したなじみは俺の部屋に立つ。

「ケーくん」
「はい」
「私は怒っています」
「でしょうね」
「なぜかわかりますか?」
「見捨てたから」
「五十点です」

 確実にコレが100だと思ったのだが。

「好きな人いるっていったのに『付き合ってください』攻勢にさらされました。ケーくんが撤退したのは実に良い判断だったと思います。けどケーくんが恋人ってことにしとけばあんなことにはなりませんでした」

 ああ、つまりなじみは。

「恋人じゃないって言われたのが嫌だったのか。言ってないけど」
「言ってないけど! 言わないようにって釘刺したじゃん! 首横に振ってさ!」

 確かに首を横に振ったし、そういう意図だったが、なじみは一つ見落としをしている。

「そもそも俺たち恋人じゃないよな?」
「え?」
「いや、お前に『ずっとそばにいろ』って言われたからいるけど、恋人ってわけじゃないだろ。すくなくとも俺は違うと思ってるが?」
「あ、覚えててくれたんだ・・・それ、は嬉しいけど。私たち、恋人じゃないの? 全部、私の独り善がり?」

 ここで誤魔化すのはなじみのためにもなるまい。
 ハッキリと言わなければ、またうやむやになる。

「ああ、恋人じゃないな」
「あ、そう、なんだ・・・ハハ、そうなんだ・・・」

 絶望に染まるなじみに罪悪感が浮かぶが、これくらいはいいだろう。

「だからなじみ」
「ッ!?」

 人とは言葉を使わずここまで絶望を表現できるのか。
 驚いたが、臆面にも出さずに言う。

「俺と、恋人になってくれ」
「・・・ぇ?」

 涙も流してない。
 今俺が言ったことすら、まるで夢幻のように捉えているのではないか?
 闇に沈んだ瞳を見ていると、強ち間違いでもない気がする。

「幼馴染っていう関係を終えて、お前に言われたからじゃなくて、俺が俺の意思でなじみの傍にいて、なじみがなじみの意思で俺の傍にいてくれないか?」
「ぁ、ぁぁ・・・」

 言葉を重ねても、なじみの絶望は消え切らない。
 やりすぎたか、そんな風に思ったとき。

「うわああぁぁぁぁぁぁ!!」

 なじみが大粒の涙をこぼしながら泣き出した。
 瞳に絶望は、無い。

 そして泣きじゃくったままに俺の胸に飛び込んでくる。
 抱き留め、抱き締め、頭をなでて背中をなでて。
 それでもなじみの声は止まらない。

「良かった・・・嫌っくわれたかと、思っひぇ・・・良いんだよね? 本当に私たち恋人ってっく事でえぇ・・・」
「ああ、良いぞ。俺となじみは今この瞬間から恋人だ」

 嗚咽交じりの中から聞き取れた断片を読み取って返事をしていく。
 なじみの体が揺らいで、ボスンと二人纏めて倒れこむ。

 これくらいはいいだろう?
 俺だってやられたんだから。
 これくらいの意趣返しはさ。



 嗚咽をこぼすなじみ。
 それを抱き留める俺。

 どれほどそうしていたのかは、もうわからない。
 けれど、いつの間にか夜になっていて、すぐ側じゃないとなじみの顔も見えなかった。

「ケーくん」
「どうした」

 久々の乾いた単語だった。

「そこにいるよね?」
「ああ、ここにいるぞ」

 夜は静かだ。
 二人の鼓動さえ聞こえてくる。

「夢じゃないよね? 私、ケーくんと恋人なんだよね?」
「夢じゃないし、俺となじみは恋人だ。なじみはそれでいいのか?」
「勿論」

 はっきりとは見えないが、なじみが笑顔を見せたような気がする。

「でも、なんだか実感わかないや。これ以上距離が近くなることもないと思うし」
「実感か・・・証でも、刻んでみるか?」

 抱きしめていたなじみをそのままベッドに組み敷いて、耳元でささやく。

「うん、刻んで。私の全身に、ケーくんの証。刻んで、注ぎ込んで、ケーくんの女ってこと証明して」

 ペロリ、となじみの耳を舐める。

「にゃあ!?」
「・・・良いんだな?」

 なじみが久しぶりに猫になって少しムードが削がれたが、それも『らしい』ような気がする。自業自得な所も含めて。

「うん、良いよ・・・来て」
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