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第二部 高校生編
二人で楽しめるから楽しい。その二人をどの二人にするかが肝だがね
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とりあえずなじみの持っていたおそらく弁当一式が入っているのであろう鞄を請け負う。
しかしここで一つ問題がある。
「それで、どこに行くの?」
「いやこれがとんと決めとらんでな」
さっき突然決めたので当然っちゃ当然だが、行き先が決まってないのだ。
デートは男が主導するものだが、今回ばかりは流石に無理がある。
「まあ弁当は作ったんだし、広めの公園に行ってピクニックもどきってところか?」
「お金ないからねー」
「ふぐぅ」
当然のことながら、バイトを始めたのは昨日。
五月なのだからその給料はどうやっても月末まで手に入らない。まさか新人に給料の前借りを認可するわけもあるまいし。
そんなわけで、あくせく働いても豊かになるのは来月以降だ。このペースだといつまでかかることやら。
「まあ私はケーくんと一緒に居れればそれでいいんだけどね」
ふっとその顔を見れば、いつも通りの綺麗な笑顔。
ああ、やっぱりなじみで良かった。
恋人つなぎの手のひらをもう少し強くして、赤い頬を隠すように足を速めた。
*
そうして到着した公園。
この公園は市が管理している公共施設だ。正式名称は知らん。
しかし市が管理しているだけあってか無駄に広く、広場に陸上トラックに池に鯉に城にと何でもありだ。
そのくせ店舗と言ったら池のボート貸と鯉の餌の自販機に移動販売のソフトクリームぐらい。
まあ景色は良いので一緒に居るだけで楽しいという段階の恋人のデートには最適だろう。
「おー・・・涼しいうちに歩いてきてよかったな」
「もう五月だもんねー・・・いい加減日中は多少暑いし」
運動慣れしていないなじみに三十分行脚は流石に辛いものがあったようで、珍しく愚痴っぽい。
朝方の涼しい時間帯を使ってのことだったが、それでもやや汗ばんでいる様子。
「とりあえず、あそこのベンチに座ろうか」
「さんせーい」
指さしたベンチはいささか古ぼけているものの、十分実用に足るだろう重厚感を放っている。
なじみの座る部分を軽く手で払いその隣に座る。
「ありがと」
衛生面で言えばブルシートでも引かない限り大した意味もないだろうが、わざわざ言う事でもあるまい。
「あ、鞄貸して」
「ほい」
渡した鞄からハンカチを取り出したなじみは汗を拭い軽く自分を扇ぐ。
汗ばんで頬を紅潮させたなじみは色気五割増しと言ったところだが、その気密性の高そうな服のせいではなかろうか。初冬ぐらいの装備だし。
「ふー」
「・・・」
特に話すこともなくなって目の前にある遊歩道をのんびり眺める。
無言の時間が続くが、気まずさはない。心地よい沈黙の帳が降りて、上りつつある日光を遮る様な感覚。
なじみとの間にある距離は20センチほど。
普段を考えればこれはすさまじいソーシャルディスタンスだ。
寛いでいる最中にこれほど離れるのは随分久しぶりではないだろうか。
ぺちん。
「・・・どうした」
「虫がいたから」
突如張り手をかまされて何事かと思ったが、どうやら蚊のようだ。
なじみはハンカチと同じく鞄から出したティッシュで手を拭ってそのティッシュを手近にあったゴミ箱に放り込んだ。
*
そうしてしばらくするとやがて昼食に程よい時間になる。
沈黙以外何もしてないのにこの時間経過。体感20年ぐらいで死にそう。
「という訳で急ごしらえですがお弁当で~す」
「わー」
そうして出された弁当は今朝決まってさっきの今という現状を鑑みれば十分過ぎる代物であった。
華やかさなんて欠片もない。バランスこそある程度取っているが、ある程度の域を出ない真っ茶色の弁当。
しかし男子高校生にはこれ以上にご馳走なメニューもないんだな、これが。
むしろある程度とはいえバランスを取っているだけ健康的な方だ。
筋肉増強が捗る。
「めしあがれ」
「いただきます、ってなじみは食べないのか?」
「私には別のお弁当あるし」
そういってなじみが取り出したのは俺のものとは全く違うメニューだった。
総合的な栄養価に優れつつもカロリー自体はリーズナブル。
ぱっと見ではビタミンの割合が非常に大きく、もはや弁当の形をしたサプリメントというレベルにも思える。
「・・・少し、いや、病的に健康的だな?」
「これぐらいしないと女の子は綺麗になれないの!」
「・・・まあ、頑張って惚れ直させてくれ」
「どんな感じに惚れ直したい?」
「なじみと俺以外で男女の区別がつかなくなるくらい、とか?」
「んふ、了解」
そうして始まった昼食だが、今回食べさせるというのは無しだ。
恥ずかしいとかの感情論抜きに、栄養バランスが崩れるから。
まあ、水筒は共有していたんだが。
*
さて、昼食も終わって散策の始まりだ。
なにせこの公園にきたことはない。適当に回っているだけでも十分新鮮で楽しかろう。
特に土曜日という事もあってかまさしく市民の憩いの場。
少年がサッカーしている周りを若者がランニングして、その道すがら御老体が城を見ながらスケッチしているのを少年らの母親であろう婦人が見物しているのを後ろからぼんやりと眺める夫と思しき中高年男性。
軽く見回しただけでもこれだけ多様な人間が思い思いに過ごしている。
にぎやか過ぎて関係がある程度成熟したカップルには不向きだろうが。
「なじみも何か描くか?」
「私風景画はあんまり。人物画専門だから」
「漫画に背景は重要だぞ。ここの手を抜くとマンガ全体が薄味になるからな」
〇NEPEACEの作者は動くもの全て自分で描いているくらいだ。大群衆もすべて一人で描いている。
流石海賊版サイトの対抗策に『金を払いたくなるような漫画を描けばいい』と言い放っただけのことはある。商業なら振り込めない詐欺はないのだ。
若干海賊版サイトを擁護しているようにも思えるが、まあ海賊マンガ書いてるんだし、多少はね?
「やっぱりそうなのかな・・・」
「キャラは料理、背景は皿だ。どんな高級料理でも皿がみすぼらしければ安く見える。逆もしかり」
「頑張ってはいるんだけど・・・やっぱり人物画書いてる時の方が楽しいなぁ」
「まあ同人レベルならそれでもいいと思うがね」
創作なんてのは極論すべて自己満足。
やりたいからやった、それだけだ。そこに他人の評価が介在する余地はない。
ただ評価されれば嬉しいし、金になればやりたい創作以外に仕事をする必要もない。そしてその評価を貰うのに必要なのが今回の場合背景と言うだけの話。
もっとも、自分で創れば創るほどやりたくない創作がどれほど悲惨な出来になるかよくわかるので、あまり無理強いもしたくないのだが。
「やっぱり商業レベルだと大変だよね」
「まあ同人上がりは商業だとダメってジンクスを聞いたことがあるけどな」
と、ここで視界の中に不自然な人だかりを見つけた。
道の横側だ。
「なじみ、あれなんだと思う?」
「んー?」
誰かが怪我をした、と言うには明るい様にも感じられるが。
「・・・なんだろ。イベントでもあるのかな?」
「そんな話があるのならもう少し舞台装置とかあってもいいと思うが・・・」
「行ってみる?」
「・・・そうだな、別に目的らしい目的もなかったし」
個人的にはストリートミュージシャンがフリースタイルのラップバトルをおっぱじめている事を期待するが、昼日中に公園で見られる景色ではないだろう。
身長の都合上、最後列でも十分見えるのでそこで待機。
なじみは・・・見えてないな。
「前行くか?」
「んーん、ここで良い。よくわかってない私が前行ってもね」
「それもそうか」
たとえ見えずとも音ぐらいは聞こえるだろうし、音すらないとしてもある程度なら俺から話せばいい。
で、最後列から見える景色だが。
ロリがエレキギターの配線をしていた。
内心三度見したが、間違いなくロリがエレキギターの配線をしていた。
その体形では一抱え程にもなるバッテリーをふらふらと運んでいる。
周囲を見れば年齢層は割と高い。おそらく子供の可愛い時期が終わっている衆だ。
「ちょっとアンタ!」
「え?」
いきなり肩を叩かれながら話しかけられ何事かと振り向けば、そこには一部のおばちゃんが。
「アンタ、あんな小さい子が頑張ってるんだから少しは手伝おうとか思わないの!?」
「え、いや、その・・・」
「っとこれだから男ってのは気が利かないんだから、ねえ?」
ねえ~。
おばちゃんの大合唱である。
おばちゃんなのに姉ちゃんとはこれいかに。
「ほら、さっさと行くんだよ!」
「うおおう!?」
「ケーくん!?」
アイコンタクトで『少し待っといて』と送って背中を押されるままに前列へ。
人込みがモーゼの海開きが如きかち割れ方をしたが、今俺の背中を押すおばちゃんはどういう存在なのだろう。
そしてロリの前に放り出された俺であるが。
「安心院君!?」
「数日ぶりです・・・部長」
現実逃避を止めるなら、ロリは部長だった。
そりゃそうだ、エレキの配線ができるロリ体系の女性なんてそう多くはないだろう。この地域に限れば部長だけと言っても良い程。
そんな人間が大量にいるなら、とりあえずこの地域の風水を調べるところから行政を始めるべきだと思う。確実に変な通り方してるぞ。
「なんで君がここに・・・」
「そりゃお互い様です」
「僕は、月に数回ここでストリート演奏してるのさ。結構人気なんだよ?」
確実に人気の理由は演奏以外だと思う。
だってエレキギターと合わないもの、客層が。
「そうですか。俺は単純にこの公園に遊びに来てただけです」
「あらなぁに!? 梅雨ちゃんこの人とお知り合い!?」
ここでおばちゃん再来である。襲来の間違いかもしれない。
「もーうこんないい男捕まえるなんて梅雨ちゃんも隅に置けないわね!」
「いえ! 待ってください違うんですかれとは単純に部活の先輩後輩関係なだけで別に恋人とかそういうアレじゃないって言うか・・・」
「そうですよー、全く違いますよ薄桃色の他人ですよー」
「どういうことなんだいそれは!?」
「多少知り合ってはいるがそれ以上ではない他人同士です。具体的には休日に鉢合わせると『うわっ』ってなるレベルの相手です」
「今君は『うわっ』って思っていると!?」
「部長とは逃れられないカルマみたいなものがあるんでしょうね」
「運命の赤い糸とか! 言い方があるだろう!」
「そのような概念を本当に信じていらっしゃるので?」
「それはッ! ・・・そういうことも、ある、あったら、いいなと・・・」
「仲いいねえ! アンタ! 名前は!?」
おばちゃんのその怒鳴り声に内心驚きながらも『安心院です』とだけ返す。
「変わった名前だね。ともかくアンタら一緒にやりな!」
「演奏を、ですか?」
「勿論さ。あんたが梅雨ちゃんに相応しいかしっかり見極めさせてもらうよ」
「だからそーいうんじゃ・・・もういいや」
部長が諦めた顔をしている。
実際おばちゃんのエネルギーは凄まじく、多少の諦念も沸いて来ようというもの。
「では部長、いえ利根川さん。一曲お願いできますか?」
「・・・そうだね。一つ舞おうか」
俺の差し出した手に部長が小さな手を乗せる。一瞬で離れたけど。
その後に巡業団の長さながらの一礼をして、予備であろうギターを手に取る。
それを見て部長は頷き、演奏を始めた。
*
実の所、俺はギターなんて弾けない。
ピアノをやっていた理由は前世からの憧れみたいな部分もあって練習していたが、ギターにそういうものは感じていなかった。
なので部長が謎にテンション高めなのを利用して、俺はギターを弾いている振り。
主にコーラスで参加した。
それでもまあ一体感みたいなものは感じられたようで、観客の皆さんからの評価は結構よかった。
「いやあ、ありがとう安心院君! やっぱり君は最高だ!」
まだ観客のいる中、部長からの賞賛が響く。
とはいえ俺がギターを弾いていないことは部長には丸分かりだろう。
それでもこうして賞賛してくれるのだから、コーラスのみとはいえ頑張った甲斐があるというものだ。
多分俺が演奏していないことに気付いている人を封殺するための賞賛なのだろうが。
「こちらこそ、良い一時を過ごさせてもらいました」
自分から再度手を差し出してと握手する。
興奮しているのか、部長は手をしっかりと握ってくれた。
「またやろう」
「ハイ、でも今度は本業でお願いします」
「はは、わかってるさ」
そういって別れると観客たちに『よかった』とか『幸せにな』とか『末永く爆発しろ』とか『お似合い』とか、演奏の感想よりコンビ感への言葉ばかり貰う。
見れば部長の方も似たような感じらしい。
割と辟易しながら人込みを抜け、なじみを待たせていたところに戻る。
「・・・なじみ?」
見回しても、そこになじみはいなかった。
しかしここで一つ問題がある。
「それで、どこに行くの?」
「いやこれがとんと決めとらんでな」
さっき突然決めたので当然っちゃ当然だが、行き先が決まってないのだ。
デートは男が主導するものだが、今回ばかりは流石に無理がある。
「まあ弁当は作ったんだし、広めの公園に行ってピクニックもどきってところか?」
「お金ないからねー」
「ふぐぅ」
当然のことながら、バイトを始めたのは昨日。
五月なのだからその給料はどうやっても月末まで手に入らない。まさか新人に給料の前借りを認可するわけもあるまいし。
そんなわけで、あくせく働いても豊かになるのは来月以降だ。このペースだといつまでかかることやら。
「まあ私はケーくんと一緒に居れればそれでいいんだけどね」
ふっとその顔を見れば、いつも通りの綺麗な笑顔。
ああ、やっぱりなじみで良かった。
恋人つなぎの手のひらをもう少し強くして、赤い頬を隠すように足を速めた。
*
そうして到着した公園。
この公園は市が管理している公共施設だ。正式名称は知らん。
しかし市が管理しているだけあってか無駄に広く、広場に陸上トラックに池に鯉に城にと何でもありだ。
そのくせ店舗と言ったら池のボート貸と鯉の餌の自販機に移動販売のソフトクリームぐらい。
まあ景色は良いので一緒に居るだけで楽しいという段階の恋人のデートには最適だろう。
「おー・・・涼しいうちに歩いてきてよかったな」
「もう五月だもんねー・・・いい加減日中は多少暑いし」
運動慣れしていないなじみに三十分行脚は流石に辛いものがあったようで、珍しく愚痴っぽい。
朝方の涼しい時間帯を使ってのことだったが、それでもやや汗ばんでいる様子。
「とりあえず、あそこのベンチに座ろうか」
「さんせーい」
指さしたベンチはいささか古ぼけているものの、十分実用に足るだろう重厚感を放っている。
なじみの座る部分を軽く手で払いその隣に座る。
「ありがと」
衛生面で言えばブルシートでも引かない限り大した意味もないだろうが、わざわざ言う事でもあるまい。
「あ、鞄貸して」
「ほい」
渡した鞄からハンカチを取り出したなじみは汗を拭い軽く自分を扇ぐ。
汗ばんで頬を紅潮させたなじみは色気五割増しと言ったところだが、その気密性の高そうな服のせいではなかろうか。初冬ぐらいの装備だし。
「ふー」
「・・・」
特に話すこともなくなって目の前にある遊歩道をのんびり眺める。
無言の時間が続くが、気まずさはない。心地よい沈黙の帳が降りて、上りつつある日光を遮る様な感覚。
なじみとの間にある距離は20センチほど。
普段を考えればこれはすさまじいソーシャルディスタンスだ。
寛いでいる最中にこれほど離れるのは随分久しぶりではないだろうか。
ぺちん。
「・・・どうした」
「虫がいたから」
突如張り手をかまされて何事かと思ったが、どうやら蚊のようだ。
なじみはハンカチと同じく鞄から出したティッシュで手を拭ってそのティッシュを手近にあったゴミ箱に放り込んだ。
*
そうしてしばらくするとやがて昼食に程よい時間になる。
沈黙以外何もしてないのにこの時間経過。体感20年ぐらいで死にそう。
「という訳で急ごしらえですがお弁当で~す」
「わー」
そうして出された弁当は今朝決まってさっきの今という現状を鑑みれば十分過ぎる代物であった。
華やかさなんて欠片もない。バランスこそある程度取っているが、ある程度の域を出ない真っ茶色の弁当。
しかし男子高校生にはこれ以上にご馳走なメニューもないんだな、これが。
むしろある程度とはいえバランスを取っているだけ健康的な方だ。
筋肉増強が捗る。
「めしあがれ」
「いただきます、ってなじみは食べないのか?」
「私には別のお弁当あるし」
そういってなじみが取り出したのは俺のものとは全く違うメニューだった。
総合的な栄養価に優れつつもカロリー自体はリーズナブル。
ぱっと見ではビタミンの割合が非常に大きく、もはや弁当の形をしたサプリメントというレベルにも思える。
「・・・少し、いや、病的に健康的だな?」
「これぐらいしないと女の子は綺麗になれないの!」
「・・・まあ、頑張って惚れ直させてくれ」
「どんな感じに惚れ直したい?」
「なじみと俺以外で男女の区別がつかなくなるくらい、とか?」
「んふ、了解」
そうして始まった昼食だが、今回食べさせるというのは無しだ。
恥ずかしいとかの感情論抜きに、栄養バランスが崩れるから。
まあ、水筒は共有していたんだが。
*
さて、昼食も終わって散策の始まりだ。
なにせこの公園にきたことはない。適当に回っているだけでも十分新鮮で楽しかろう。
特に土曜日という事もあってかまさしく市民の憩いの場。
少年がサッカーしている周りを若者がランニングして、その道すがら御老体が城を見ながらスケッチしているのを少年らの母親であろう婦人が見物しているのを後ろからぼんやりと眺める夫と思しき中高年男性。
軽く見回しただけでもこれだけ多様な人間が思い思いに過ごしている。
にぎやか過ぎて関係がある程度成熟したカップルには不向きだろうが。
「なじみも何か描くか?」
「私風景画はあんまり。人物画専門だから」
「漫画に背景は重要だぞ。ここの手を抜くとマンガ全体が薄味になるからな」
〇NEPEACEの作者は動くもの全て自分で描いているくらいだ。大群衆もすべて一人で描いている。
流石海賊版サイトの対抗策に『金を払いたくなるような漫画を描けばいい』と言い放っただけのことはある。商業なら振り込めない詐欺はないのだ。
若干海賊版サイトを擁護しているようにも思えるが、まあ海賊マンガ書いてるんだし、多少はね?
「やっぱりそうなのかな・・・」
「キャラは料理、背景は皿だ。どんな高級料理でも皿がみすぼらしければ安く見える。逆もしかり」
「頑張ってはいるんだけど・・・やっぱり人物画書いてる時の方が楽しいなぁ」
「まあ同人レベルならそれでもいいと思うがね」
創作なんてのは極論すべて自己満足。
やりたいからやった、それだけだ。そこに他人の評価が介在する余地はない。
ただ評価されれば嬉しいし、金になればやりたい創作以外に仕事をする必要もない。そしてその評価を貰うのに必要なのが今回の場合背景と言うだけの話。
もっとも、自分で創れば創るほどやりたくない創作がどれほど悲惨な出来になるかよくわかるので、あまり無理強いもしたくないのだが。
「やっぱり商業レベルだと大変だよね」
「まあ同人上がりは商業だとダメってジンクスを聞いたことがあるけどな」
と、ここで視界の中に不自然な人だかりを見つけた。
道の横側だ。
「なじみ、あれなんだと思う?」
「んー?」
誰かが怪我をした、と言うには明るい様にも感じられるが。
「・・・なんだろ。イベントでもあるのかな?」
「そんな話があるのならもう少し舞台装置とかあってもいいと思うが・・・」
「行ってみる?」
「・・・そうだな、別に目的らしい目的もなかったし」
個人的にはストリートミュージシャンがフリースタイルのラップバトルをおっぱじめている事を期待するが、昼日中に公園で見られる景色ではないだろう。
身長の都合上、最後列でも十分見えるのでそこで待機。
なじみは・・・見えてないな。
「前行くか?」
「んーん、ここで良い。よくわかってない私が前行ってもね」
「それもそうか」
たとえ見えずとも音ぐらいは聞こえるだろうし、音すらないとしてもある程度なら俺から話せばいい。
で、最後列から見える景色だが。
ロリがエレキギターの配線をしていた。
内心三度見したが、間違いなくロリがエレキギターの配線をしていた。
その体形では一抱え程にもなるバッテリーをふらふらと運んでいる。
周囲を見れば年齢層は割と高い。おそらく子供の可愛い時期が終わっている衆だ。
「ちょっとアンタ!」
「え?」
いきなり肩を叩かれながら話しかけられ何事かと振り向けば、そこには一部のおばちゃんが。
「アンタ、あんな小さい子が頑張ってるんだから少しは手伝おうとか思わないの!?」
「え、いや、その・・・」
「っとこれだから男ってのは気が利かないんだから、ねえ?」
ねえ~。
おばちゃんの大合唱である。
おばちゃんなのに姉ちゃんとはこれいかに。
「ほら、さっさと行くんだよ!」
「うおおう!?」
「ケーくん!?」
アイコンタクトで『少し待っといて』と送って背中を押されるままに前列へ。
人込みがモーゼの海開きが如きかち割れ方をしたが、今俺の背中を押すおばちゃんはどういう存在なのだろう。
そしてロリの前に放り出された俺であるが。
「安心院君!?」
「数日ぶりです・・・部長」
現実逃避を止めるなら、ロリは部長だった。
そりゃそうだ、エレキの配線ができるロリ体系の女性なんてそう多くはないだろう。この地域に限れば部長だけと言っても良い程。
そんな人間が大量にいるなら、とりあえずこの地域の風水を調べるところから行政を始めるべきだと思う。確実に変な通り方してるぞ。
「なんで君がここに・・・」
「そりゃお互い様です」
「僕は、月に数回ここでストリート演奏してるのさ。結構人気なんだよ?」
確実に人気の理由は演奏以外だと思う。
だってエレキギターと合わないもの、客層が。
「そうですか。俺は単純にこの公園に遊びに来てただけです」
「あらなぁに!? 梅雨ちゃんこの人とお知り合い!?」
ここでおばちゃん再来である。襲来の間違いかもしれない。
「もーうこんないい男捕まえるなんて梅雨ちゃんも隅に置けないわね!」
「いえ! 待ってください違うんですかれとは単純に部活の先輩後輩関係なだけで別に恋人とかそういうアレじゃないって言うか・・・」
「そうですよー、全く違いますよ薄桃色の他人ですよー」
「どういうことなんだいそれは!?」
「多少知り合ってはいるがそれ以上ではない他人同士です。具体的には休日に鉢合わせると『うわっ』ってなるレベルの相手です」
「今君は『うわっ』って思っていると!?」
「部長とは逃れられないカルマみたいなものがあるんでしょうね」
「運命の赤い糸とか! 言い方があるだろう!」
「そのような概念を本当に信じていらっしゃるので?」
「それはッ! ・・・そういうことも、ある、あったら、いいなと・・・」
「仲いいねえ! アンタ! 名前は!?」
おばちゃんのその怒鳴り声に内心驚きながらも『安心院です』とだけ返す。
「変わった名前だね。ともかくアンタら一緒にやりな!」
「演奏を、ですか?」
「勿論さ。あんたが梅雨ちゃんに相応しいかしっかり見極めさせてもらうよ」
「だからそーいうんじゃ・・・もういいや」
部長が諦めた顔をしている。
実際おばちゃんのエネルギーは凄まじく、多少の諦念も沸いて来ようというもの。
「では部長、いえ利根川さん。一曲お願いできますか?」
「・・・そうだね。一つ舞おうか」
俺の差し出した手に部長が小さな手を乗せる。一瞬で離れたけど。
その後に巡業団の長さながらの一礼をして、予備であろうギターを手に取る。
それを見て部長は頷き、演奏を始めた。
*
実の所、俺はギターなんて弾けない。
ピアノをやっていた理由は前世からの憧れみたいな部分もあって練習していたが、ギターにそういうものは感じていなかった。
なので部長が謎にテンション高めなのを利用して、俺はギターを弾いている振り。
主にコーラスで参加した。
それでもまあ一体感みたいなものは感じられたようで、観客の皆さんからの評価は結構よかった。
「いやあ、ありがとう安心院君! やっぱり君は最高だ!」
まだ観客のいる中、部長からの賞賛が響く。
とはいえ俺がギターを弾いていないことは部長には丸分かりだろう。
それでもこうして賞賛してくれるのだから、コーラスのみとはいえ頑張った甲斐があるというものだ。
多分俺が演奏していないことに気付いている人を封殺するための賞賛なのだろうが。
「こちらこそ、良い一時を過ごさせてもらいました」
自分から再度手を差し出してと握手する。
興奮しているのか、部長は手をしっかりと握ってくれた。
「またやろう」
「ハイ、でも今度は本業でお願いします」
「はは、わかってるさ」
そういって別れると観客たちに『よかった』とか『幸せにな』とか『末永く爆発しろ』とか『お似合い』とか、演奏の感想よりコンビ感への言葉ばかり貰う。
見れば部長の方も似たような感じらしい。
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「・・・なじみ?」
見回しても、そこになじみはいなかった。
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