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第二部 高校生編
音楽性の違いと収益性の違いはニアリイコール
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あの搾乳体験(意味深)から週が明けた月曜日。
そろそろ衣替えも見えてきた頃合いであり、教室では夏服の割合が着々と増加している。
元々夏服常用者であった俺としては視界の色合い以外にさしたる変化などありはしないが、放課後の部活の時間にはそれなりの変化がある。
しばらくの間休部状態であった部長が今日付で部活に復帰するのだ。
一人で適当にピアノを弄って時間を潰していた身としては、さっさと復帰して欲しい限りであったので嬉しい事だ。
しかし部長は何故あんなに部活を休んでいたのだろう。学校自体は普通に通学していたっぽいが。
実家の方で何かあって、さっさと帰らないといけない状況だったとかだろうか。小さな洋食屋を経営しているので、経営状況が悪化したって可能性は高そうだ。
そういえばあそこでのバイト、事実上クビになってしまったが、もういいのだろうか。別のバイト探しても。働けないから給料入ってこなくて家計楽にならんし。
まあ、こっちから触れることもあるまい。最後以外。
それより部長はまだ来ないのだろうか。
部室で待機する事10分。そろそろ来てもいい頃合いだ。
・・・暇だし、先にピアノ弾き始めるか。
元より活動自体そこまで活発でもないのだし、あまりきっちりやる必要もないだろう。
ピアノの前に座り、カバーを開けて鍵盤と向き合う。
改めて言うが、俺のピアノの腕など大したものではない。素人と比べれば練習した分は上手い、その程度だ。別にそこまでの情熱があって弾き始めたわけでもなし。凡人程度であることも特に気にしていない。頻繁に弾いてないとフラストレーションが溜まるという事もない。
それでも、一度弾き始めるとそれなりに楽しい。趣味など、それぐらいで良いのだろうと思う。
ドの鍵盤を叩く。
呼気まで揺らすような低温が響く。
シの鍵盤を叩く。
耳に残る高温が響く。
指一本で行うそれらを二本で、三本で、と段々指の数を増やして、一度にいくつもの鍵盤を同時に叩く。
耳と指に心地よい様に。
思い通りの和音が耳朶を打つたびに仄かな満足感が体を走り、ズレた音階があればクラっとイラつく。
指使いなんて滅茶苦茶で、その道の人が見れば嘲笑を浴びるだけであろうが、別にかまわない。
こんなもの、ただの自己満足なのだから。
もしかしたら今世か前世で聞いていたメロディを模倣していたりもするかもしれないが、どうでもいい事だ。
だって弾いてる俺が楽しいんだから。
そして何となく手を止めた時、背後から聞こえる拍手の音。
パチ、パチ、パチ。
「部長」
振り返ったその先には、部長がいた。
「やあ安心院君。ここで会うのはしばらくぶりだけど、腕は衰えて無い様で何よりだ」
「部長がいない間、ずっと一人で引いてましたからね。腕がどうこうって言うなら部長の方がそうじゃないんですか?」
「おっとこれは一本取られたな。いいさ、私の美技に酔いたまえよ」
なんか部長ちょっとキャラ変わった?
男子三日会わざば刮目してみよ、ともいうし、気にしたら負けか。
半袖から覗く二の腕が眩しい。
なんというか、本当に代謝が子供のそれなのではなかろうかと思う。
言語化するなら『健康的な危うさ』だ。
なじみの醸し出す雰囲気と少し似ているが、なじみは退廃的で厭世的なもので、部長は社会的な犯罪って感じ。
とても身近な危険である。近寄り難さはどっこいどっこいなのに感じる圧は部長の方が強い。
「う”ん、んっんー」
喉を慣らしている。
部長はギター専門だと思っていたが、管楽器もやるのか。
背丈からしてリコーダーしか似合いそうにないのは決して口出すべきではない。たとえ事実であったとしてもだ。
ところでこの部屋に管楽器などあっただろうか。
一応音楽室ではあるので無いことは無いだろうが・・・。
そう考えていると部長はギターを手に取った。
弦楽器に喉の調子など関係あるのか・・・?
何せ楽器などピアノしか触ったことのない人間なので、そんな俺にはわからない機微があるのかもしれない。
そうこうしているうちに部長は演奏し始める。
と、ここで部長は唐突で意外な行動に出た。
「僕の考える話をしよう」
部長は突如として歌いだしたのだ。
成程、最初の喉鳴らしはこのための調整であったか。ノールックで弦を調整できる部長も本職でないボーカルには準備が必要らしい。
「せめて友達の君には聞いて欲しい」
ふーむ、今回の部長は『らしく』ないな。
歌を歌うのもそうだし、曲調もそうだ。
アップテンポな曲調を好む部長には珍しく、しっとりとしたバラードの様な出だしだ。
気持ちはわかる。どんな好物もそれだけでは飽きる。たまには趣向を変えたいのは人情だろう。俺となじみですら、色々な『やり方』を模索し続けているのだから。
しかし今回はブランクの調整だろうに、なんでまた普段通りじゃない曲選びをしたのか。
片方だけなら気分だとかなんとなくとかで通るが、両方共となると妙である。何か理由があると考えるべきだろう。
「君が良いなら、それでもいい。嘘つきの僕にせめて、天邪鬼でも歌わせてね」
そもそもこれは多分、ギターではなく歌声に重点を置いた曲だ。
ギタリストであることを本当に楽しんでいる部長じゃない。
一抹の不安の様なものを感じながら、俺は淡々と彼女の情熱的な歌を聞いていた。
*
時間としてはおおよそ3分。
轢き終わった部長はさわやかな笑顔でこちらに問うてきた。
「どうだい安心院君! 衰えていないだろう?」
「衰えてはないと思いますが迷走はしていると思います」
「あれぇ!?」
生粋のギタリストがボーカルにシフトチェンジしたら正気を疑うに決まってるだろうが。
モーツァルトが『俺の尻を舐めろ』とかいうタイトルの曲を出すのと同じくらい正気を疑う。
「な、なんでだい!? 自分で言うのもなんだが僕の歌声は結構なものだっただろう!? 練習だってしたんだぞ!?」
「確かに部長の歌自体は良いものだったと思います。特に歌詞の『想い焦がれる女子』感の再現率というか、マッチング具合は素晴らしいものでした」
「そ、そうかい・・・」
そもそもなんでギタリストのくせに発声だの滑舌だのまで完璧なんだ。
褒められて恥ずかし気に目を逸らすような出来でもなかっただろうに。
「ですが部長本来のスタイルというか、本能みたいな部分が声楽の為に抑え込まれているように感じます。『良い曲』ではありますが、『感動する曲』ではなかったですね」
「・・・」
「前までの部長の方が良かったと思うので☆3つです」
「食べログじゃないんだから・・・」
部長は弱々しくそれだけ言って、傍にある椅子に座り込んだ。
それからしばらく、沈黙が続く。
破られたのは、奇しくも曲と同じだけの3分が流れたときだった。
「実はね、ずっと休んでた理由はこれなんだ」
沈黙を守り、目線で先を促す。
「放送部に友人が居てね。その人に勧められたのさ。『可愛い声してるんだから』・・・ってさ」
部長はギターを抱え込む。
「そこから先はトントン拍子だったよ。その友人が声楽やってる人に渡りをつけて、僕にその辺の事教えてくれた。休んでたのは、その練習のためだったんだ。いやぁ、みんな凄くよくしてくれたけど・・・そうか。別に、飾っても意味ないか」
何とも、満ち足りた表情だった。
そんな表情で、部長はギターを撫でる。
「うん、なんだかハッとした気分だよ。どうやら僕は酔っぱらっていたらしい」
「はあ・・・」
正直な所、部長が何を言いたいのかはピンと来ない。
抱いた感想としては『いよいよ軽音楽部は余所に吸収合併されるのだろうか』ぐらいのものだ。
しかしまあ、部長は何やら満足気なので、もうそれでいいだろう。
もし吸収合併されるなら、陸上部に移籍するだけだ。あっちも相当緩いのは分かったしな。
「じゃあ、セッションしようか。前までと同じ様に、ね」
「喜んで」
それから部長は前までと同じ部長だった。
いつも通りの、のびのびとした部長だった。
そろそろ衣替えも見えてきた頃合いであり、教室では夏服の割合が着々と増加している。
元々夏服常用者であった俺としては視界の色合い以外にさしたる変化などありはしないが、放課後の部活の時間にはそれなりの変化がある。
しばらくの間休部状態であった部長が今日付で部活に復帰するのだ。
一人で適当にピアノを弄って時間を潰していた身としては、さっさと復帰して欲しい限りであったので嬉しい事だ。
しかし部長は何故あんなに部活を休んでいたのだろう。学校自体は普通に通学していたっぽいが。
実家の方で何かあって、さっさと帰らないといけない状況だったとかだろうか。小さな洋食屋を経営しているので、経営状況が悪化したって可能性は高そうだ。
そういえばあそこでのバイト、事実上クビになってしまったが、もういいのだろうか。別のバイト探しても。働けないから給料入ってこなくて家計楽にならんし。
まあ、こっちから触れることもあるまい。最後以外。
それより部長はまだ来ないのだろうか。
部室で待機する事10分。そろそろ来てもいい頃合いだ。
・・・暇だし、先にピアノ弾き始めるか。
元より活動自体そこまで活発でもないのだし、あまりきっちりやる必要もないだろう。
ピアノの前に座り、カバーを開けて鍵盤と向き合う。
改めて言うが、俺のピアノの腕など大したものではない。素人と比べれば練習した分は上手い、その程度だ。別にそこまでの情熱があって弾き始めたわけでもなし。凡人程度であることも特に気にしていない。頻繁に弾いてないとフラストレーションが溜まるという事もない。
それでも、一度弾き始めるとそれなりに楽しい。趣味など、それぐらいで良いのだろうと思う。
ドの鍵盤を叩く。
呼気まで揺らすような低温が響く。
シの鍵盤を叩く。
耳に残る高温が響く。
指一本で行うそれらを二本で、三本で、と段々指の数を増やして、一度にいくつもの鍵盤を同時に叩く。
耳と指に心地よい様に。
思い通りの和音が耳朶を打つたびに仄かな満足感が体を走り、ズレた音階があればクラっとイラつく。
指使いなんて滅茶苦茶で、その道の人が見れば嘲笑を浴びるだけであろうが、別にかまわない。
こんなもの、ただの自己満足なのだから。
もしかしたら今世か前世で聞いていたメロディを模倣していたりもするかもしれないが、どうでもいい事だ。
だって弾いてる俺が楽しいんだから。
そして何となく手を止めた時、背後から聞こえる拍手の音。
パチ、パチ、パチ。
「部長」
振り返ったその先には、部長がいた。
「やあ安心院君。ここで会うのはしばらくぶりだけど、腕は衰えて無い様で何よりだ」
「部長がいない間、ずっと一人で引いてましたからね。腕がどうこうって言うなら部長の方がそうじゃないんですか?」
「おっとこれは一本取られたな。いいさ、私の美技に酔いたまえよ」
なんか部長ちょっとキャラ変わった?
男子三日会わざば刮目してみよ、ともいうし、気にしたら負けか。
半袖から覗く二の腕が眩しい。
なんというか、本当に代謝が子供のそれなのではなかろうかと思う。
言語化するなら『健康的な危うさ』だ。
なじみの醸し出す雰囲気と少し似ているが、なじみは退廃的で厭世的なもので、部長は社会的な犯罪って感じ。
とても身近な危険である。近寄り難さはどっこいどっこいなのに感じる圧は部長の方が強い。
「う”ん、んっんー」
喉を慣らしている。
部長はギター専門だと思っていたが、管楽器もやるのか。
背丈からしてリコーダーしか似合いそうにないのは決して口出すべきではない。たとえ事実であったとしてもだ。
ところでこの部屋に管楽器などあっただろうか。
一応音楽室ではあるので無いことは無いだろうが・・・。
そう考えていると部長はギターを手に取った。
弦楽器に喉の調子など関係あるのか・・・?
何せ楽器などピアノしか触ったことのない人間なので、そんな俺にはわからない機微があるのかもしれない。
そうこうしているうちに部長は演奏し始める。
と、ここで部長は唐突で意外な行動に出た。
「僕の考える話をしよう」
部長は突如として歌いだしたのだ。
成程、最初の喉鳴らしはこのための調整であったか。ノールックで弦を調整できる部長も本職でないボーカルには準備が必要らしい。
「せめて友達の君には聞いて欲しい」
ふーむ、今回の部長は『らしく』ないな。
歌を歌うのもそうだし、曲調もそうだ。
アップテンポな曲調を好む部長には珍しく、しっとりとしたバラードの様な出だしだ。
気持ちはわかる。どんな好物もそれだけでは飽きる。たまには趣向を変えたいのは人情だろう。俺となじみですら、色々な『やり方』を模索し続けているのだから。
しかし今回はブランクの調整だろうに、なんでまた普段通りじゃない曲選びをしたのか。
片方だけなら気分だとかなんとなくとかで通るが、両方共となると妙である。何か理由があると考えるべきだろう。
「君が良いなら、それでもいい。嘘つきの僕にせめて、天邪鬼でも歌わせてね」
そもそもこれは多分、ギターではなく歌声に重点を置いた曲だ。
ギタリストであることを本当に楽しんでいる部長じゃない。
一抹の不安の様なものを感じながら、俺は淡々と彼女の情熱的な歌を聞いていた。
*
時間としてはおおよそ3分。
轢き終わった部長はさわやかな笑顔でこちらに問うてきた。
「どうだい安心院君! 衰えていないだろう?」
「衰えてはないと思いますが迷走はしていると思います」
「あれぇ!?」
生粋のギタリストがボーカルにシフトチェンジしたら正気を疑うに決まってるだろうが。
モーツァルトが『俺の尻を舐めろ』とかいうタイトルの曲を出すのと同じくらい正気を疑う。
「な、なんでだい!? 自分で言うのもなんだが僕の歌声は結構なものだっただろう!? 練習だってしたんだぞ!?」
「確かに部長の歌自体は良いものだったと思います。特に歌詞の『想い焦がれる女子』感の再現率というか、マッチング具合は素晴らしいものでした」
「そ、そうかい・・・」
そもそもなんでギタリストのくせに発声だの滑舌だのまで完璧なんだ。
褒められて恥ずかし気に目を逸らすような出来でもなかっただろうに。
「ですが部長本来のスタイルというか、本能みたいな部分が声楽の為に抑え込まれているように感じます。『良い曲』ではありますが、『感動する曲』ではなかったですね」
「・・・」
「前までの部長の方が良かったと思うので☆3つです」
「食べログじゃないんだから・・・」
部長は弱々しくそれだけ言って、傍にある椅子に座り込んだ。
それからしばらく、沈黙が続く。
破られたのは、奇しくも曲と同じだけの3分が流れたときだった。
「実はね、ずっと休んでた理由はこれなんだ」
沈黙を守り、目線で先を促す。
「放送部に友人が居てね。その人に勧められたのさ。『可愛い声してるんだから』・・・ってさ」
部長はギターを抱え込む。
「そこから先はトントン拍子だったよ。その友人が声楽やってる人に渡りをつけて、僕にその辺の事教えてくれた。休んでたのは、その練習のためだったんだ。いやぁ、みんな凄くよくしてくれたけど・・・そうか。別に、飾っても意味ないか」
何とも、満ち足りた表情だった。
そんな表情で、部長はギターを撫でる。
「うん、なんだかハッとした気分だよ。どうやら僕は酔っぱらっていたらしい」
「はあ・・・」
正直な所、部長が何を言いたいのかはピンと来ない。
抱いた感想としては『いよいよ軽音楽部は余所に吸収合併されるのだろうか』ぐらいのものだ。
しかしまあ、部長は何やら満足気なので、もうそれでいいだろう。
もし吸収合併されるなら、陸上部に移籍するだけだ。あっちも相当緩いのは分かったしな。
「じゃあ、セッションしようか。前までと同じ様に、ね」
「喜んで」
それから部長は前までと同じ部長だった。
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