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第二話 謎の能力

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「さぁ、能力解析してもらおう」
 チガヤは伊吹の手を引き、神殿の中を進んでいく。
 伊吹の胸中は複雑だった。様々な形状のユニットとすれ違い、これは夢ではないかと思う一方で、握られた手から伝わるぬくもりが、そうではないという気にさせる。
 ガチャ部屋の隣に入ると、幾人かの人が長机の前に並んでいた。伊吹たちも一番すいてそうな列に並び、自分たちの順番が来るのを待った。
「並んでから言うのも何だけど、僕は特技みたいなの無いから、能力解析してもらっても……」
「レア以上だから大丈夫だよ。ガチャから出れば、何か新しい能力が得られるから」
「そっかぁ……」
 取り敢えず納得してみる。ガチャから出れば、特殊な能力が使えるようになっているということなのだろうが、自分の体を見る限りでは星印以外の変化は見られない。拳を握って力を気合いを入れてみたが、周りに変な目で見られただけだった。
 1分ほどで順番が巡ってくる。
 長机の先にはフードをかぶった老婆がいた。その手には星が4つ並び、彼女がSレアであることを示している。
「お願いしまーす」
 チガヤに背中を押され、伊吹は老婆の前に出された。老婆は伊吹に目を向けようとはせずに、下を向いたまま事務的に話し始めた。
「まず、規則なので能力の説明をする。能力にはスキルとアビリティという2つの種類がある。スキルは対象以外に影響力を持たない能力。アビリティは発動すると特定の条件下にある者を巻き込む能力となっておる。2つとも、この世界に召喚された際に備わるものじゃが、コモンやアンコモンは無能力者であることが多い」
 スキルもアビリティも似たような言葉じゃないかと思ったが、そういう風に変換しているのは自分の知識なのだと、心の中で自ら突っ込む。
「次に挙げる特定スキルとアビリティを有している場合は、国に対して届け出が必要になり、違反した場合には金貨50枚以上の罰金が科せられる。え~、脳内で自動翻訳する『脳内変換』。能力を判別する『能力解析』。一定以上の負荷が肉体にかかる前に瞬間移動させる『強制離脱』。ユニットの肉体を数分前の状態に戻す『可逆治癒』。対象の能力を発動させなくする『発動阻止』。能力によって生じた事象を打ち消す『無効波動』。それから、ガチャで呼び出すユニットを限定するものになる。あとは、ユニットを元いた……おぉっと、いかんいかん」
 老婆はキョロキョロと辺りを見回し、周囲に大きな動きが無いのを見て安堵した。
「……説明は以上だ」
「で、どんな能力ですか?」
 チガヤに急かされて、ようやく老婆は伊吹に目を向け、口をあんぐりと開けた。老婆とは対照的に、チガヤは期待の眼差しを彼女に向けている。
「まず、アビリティ名は『無限進化』」
「無限進化?」
 伊吹は聞き返す。
「進化は通常、同一型ユニットを素材として行われる能力強化じゃが、無限進化の場合は同一型ユニットでなくとも構わない。ただし、特定の条件を満たした者に限られる。それ以上は、わからん」
「はぁ……」
 使えるんだか、使えないんだかわからない能力に、伊吹もチガヤも言葉が無かった。
「次に、スキル名は……」
 言い淀んだかと思えば、老婆は目線をそらし、小声で続けた。
「スキル名は『快感誘導』」
 伊吹は聴いていて恥ずかしくなった。
「発動条件は接触。効果は欲を満たす……以上だ」
「欲を満たすって、具体的にはどうなるんですか?」
「以上だ」
「欲って、どんな欲ですか?」
「以上だ」
 老婆は口をつぐんだ。伊吹は仕方ないなと、これ以上訊くのを諦めることにしたが、チガヤは別のことを訊こうとしていた。
「病気を治す能力……じゃないよね?」
「ああ、それはない」
 キッパリと否定されて肩を落とす。そんな彼女に何か声をかけようと、伊吹が言葉を探していると、後ろに並んでいた大男に避けるよう手で合図された。
「行こう」
 そっとチガヤに声をかけ、伊吹は列から外れた。

 近くの列では、10連ガチャをまわしたヒューゴが吠えていた。
「っかぁ~! 何だよ、クソみたいな能力ばっかだな」
 怒りの矛先は、先ほど召喚した骨だけの者や揺れ動く液体状の者だった。彼らには星が3つ付いている。
「レアだし、見た目もイマイチだし、家に置きたくないし……。参ったなぁ、ホント。あっ、そうだ。強化すれば片付くじゃん」
 ヒューゴは引き連れていたナイスバディのお姉さんを指差す。
「ベースユニットをセット!」
 ナイスバディのお姉さんの身体が赤い光に包まれる。彼女の腕に付いた4つの星がより赤みを増す。
「素材ユニットをセット!」
 今度は骨だけの者と液体状の者を指差す。指された側の身体が青い光に包まれ、星印の色が薄くなった。
「強化開始!」
 スッと強化素材ユニットの姿が無くなり、ベースユニットの赤い光が強まった。ナイスバディのお姉さんは、心なしかムチムチ感が増したように感じられる。
「断捨離、完了! 帰るぞ、お前ら」
 ヒューゴは何もなかったかのように、ガチャで出した者たちを引き連れ去って行った。伊吹は強化素材になったユニットがレアだったこともあり、自分が置かれている境遇のヤバさに気が気でなくなっていた。
「素材になったユニットは消えるんだ……」
「うん、いなくなっちゃうの」
「元の世界に帰るとか?」
「わかんない。とにかく、いなくなるの」
 チガヤが寂しそうに答える。伊吹は死を意識し、不安に押し潰されそうになった。
「僕も……素材にされるの?」
「私、そんな酷いことしないよ!」
 強い口調に圧倒される。
「ユニットは友達だもん。強化や進化なんて酷いことはしない。だから、無限進化もダメだからね!」
「……はい」
 召喚したのがチガヤで良かったと痛感する。ただ、強化をしないということは、家には大勢のユニットがいるような気がしてきた。
「君のユニットって、どのくらいいるの?」
「ウチにいるのは4人。君が5人目だよ」
「少ないんだね」
「うん。だって、ウチは貧乏だもん」
 チガヤは屈託のない笑顔を見せる。貧乏だと言われてホッとしたような、別の意味で不安になったような、何とも複雑な伊吹だった。
「私たちも帰ろう」
 促されるままに、伊吹はガチャ神殿を後にした。


 神殿の外は緑の世界だった。
 石造りの建物が幾つも見えたが、そのどれもが緑色の苔で覆われていた。地面も土が露出している場所は少なく、大半が苔で覆われていて、場所によっては平仮名の“し”の字を逆さにしたような植物が茂っている。その植物の先端に、綿が付いている場合もあった。
 伊吹は苔だらけの山に入ったような気分になったが、ふかふかした地面の上を歩くのは悪い気はしなかった。
「ここって何て言うの?」
「この街のこと? ここはスコウレリア。マ国の中では、そこそこ大きな街だよ」
「マ国? マって?」
「この国の名前だよ」
 なんて短い名前だと思わずにはいられない。もちろん、これも変換された名前である。
 しばらく歩いているうちに、だいぶ人気のない場所に辿りついた。神殿近くよりも苔が茂っていて、湿度の高さを肌で感じる。見かける建物の数が減り、代わりに何かの鳴き声をよく聞くようになった。それは鳥の鳴き声のようでもあり、虫の鳴き声のようでもある。
「結構、歩くんだね……」
「もうすぐ着くよ。ほら、見えてきた」
 進行方向に小さな家が一軒だけ見えてくる。そこも白い壁が苔に覆われていて、苔が無いのは窓だけだった。近づくにつれ、それが窓と言うよりは四角い穴であることがハッキリしてくる。後で空いた穴ではなく、建築時に意図的に開けられたもののようだった。
「ただいまー!」
 木製のドアを開けてチガヤが中に入る。
「お邪魔します」
 続いて入った伊吹を待っていたのは、ワニ皮の大男と鳥獣戯画で見たようなカエル、手足のある大きな魚に、羽の付いた小人だった。
「レアか」
 伊吹の腕を見て小人が言う。背中にモンシロチョウのような羽を持ち、体長20cmほどの姿は、おとぎ話に出てくる妖精を彷彿とさせる。丸みを帯びた女性らしい体つき、長めの銀髪は正にそれだったが、目つきの悪さが神秘性を失わせていた。彼女の腕にも星が3つあった。
「サーヤ達と同じですね」
 130cmほどのカエルが妖精を見て喋る。聴こえてくる声は女性のものに思えた。立ち姿は鳥獣戯画のそれに近いが、表情的には狸の信楽焼が近かった。カエルの星は2つだった。
「男か……」
 2m近くあるワニ皮の大男が、伊吹を見て低い声でつぶやく。ゲームでよく見るリザードマンに似ていたが、頭はトカゲと言うよりはワニに似ていた。星の数は3つある。
「まだ、夕飯を食べてないんだな」
 手足のある大きな魚は、伊吹とチガヤが食料を持っていないか気にしていた。魚の声質には男性特有の低さがあった。手足と言うよりは、尾の部分から二股に分かれた足のようなものと、ヒレが伸びて手のようになっているものがあるといった方が正確だ。頭の部分は魚のブリに近く、右のヒレには星が1つ付いていた。マーマンと呼ぶには、あまりに魚に近すぎる外見だ。
「はーい、みんな自己紹介」
 チガヤは手を叩いて、妖精に視線を送った。
「あたいはサーヤ。ここじゃ、一番の古株ユニットさ。アビリティは湿度を上げる『加湿香炉』、スキルは弱い電気を操る『電気操作』……まぁ、よろしくな」
 サーヤはカエルを見て顎で合図する。
「シオリンでーす。アビリティは無いんですけどぉ~、『毒素感知』というスキルがありまーす。食べても大丈夫か調べられるんですよぉ。次は、ブリオですね」
 手足付きの魚が少し考えた後に話し出す。
「オイラ、ブリオなんだな。その……。能力は……ないんだな」
 自然と、残ったワニ皮の大男に皆の視線が集まる。
「俺はワニック、戦士だ。……ああ、これは前にいた世界での話だ、忘れてくれ。アビリティは『水分蒸発』、スキルは『瞬間加速』だ。効果は、大体想像がつくだろ」
 一通り聞き終え、伊吹は変な名前ばかりだと思ったが、これも変換した結果なのかと思うと、自分の知識レベルが少し情けなく思えた。
「僕は山根伊吹です。アビリティは『無限進化』で、スキルは『快感誘導』って言われたんですけど、どんな能力かよくわかってません」
「何じゃ、そりゃ」
 すかさずサーヤから突っ込みが入る。
「能力解析の人も、詳しいことはわからないって」
「テキトーだなぁ……」
「あはは、そうだね」
 フォローに入ったチガヤも笑うしかなかった。そんな彼女たちの傍で、ブリオがそわそわしている。
「チガヤ、食べ物、持ってないんだな」
「うん……」
「金貨1枚、持っていたでしょ? 何も買ってこなかったの?」
 と、サーヤ。金貨1枚と聞いて、伊吹は何に使ったか見当が付いた。
「まさか、僕を呼び出したガチャに……」
 チガヤは黙って頷いた。
「金貨1枚って、プレミアムガチャじゃないですかぁ~!?」
 シオリンが仰け反る。
「全財産をガチャに……」
 ワニックが頭を抱える。
「プレミアムでレアって言ったらハズレじゃん!」
 サーヤが絶望する。どうやら、プレミアムガチャはレア以上確定らしい。
「ご飯、無いんだな……」
 ブリオが座り込む。
「みんな、ごめんね……。本当は食べ物、買う予定だったのに……」
「何でプレミアムに手を出しちゃうかなぁ……」
 サーヤの嘆きに他のユニットが頷く。
「市場でね、食べ物を増やすスキルを持ったユニットが、プレミアムガチャで出たって聞いて、それで……」
「夢、見ちゃったワケ?」
「……うん」
「ねぇ、それってガセじゃないの? 最近、プレミアム回す人が減って、宣伝がえげつないしさぁ……」
 まだ何か言いたげなサーヤだったが、うつむいたチガヤを見て軽く息を吐いた。
「まぁ、やっちゃったもんは仕方ないか。ブリオ、ご飯はナシだ。井戸の水でも飲みな」
「水、汲んでくるんだな」
 ブリオは桶を持って外に出て行った。
 伊吹は想定していた以上の貧乏っぷりに呆気にとられていた。強化素材にならないのはいいとしても、この家で生きながらえることができるか不安が募った。
「あの、お金が入る予定は……?」
「そりゃ、働けば手に入るさ」
 チガヤに訊いたつもりだったが、サーヤが答えた。
「働くって、どこで?」
「会社」
 皆が声を揃えて言う。
 “会社”なんていう近代的な単語が出てきたことに、伊吹は面食らっていた。
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