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瓦解氷消【勇者ルートif】
03
しおりを挟むメイジに付き合えと言われたときはどうなるかと思ったが、本当に三人はただの旅支度で集まったらしい。
人通りの多い路地は活気溢れている。並ぶ露店や屋台の前で呼び込みする店主たちを避けながら、俺は好き好き興味のある店を見て回る三人をやや離れたところから眺めていた。
本来ならばここにいるのは俺ではなくイロアスだった。そうわかっていたからこそ余計居心地の悪さを感じるのかもしれない。
どうせ荷物持ちをやらされるのだ、あいつらが戻ってくるまで俺も好きにさせてもらうか。
そう、近くを散策しようとしたとき。
「お……」
その店はフルーツや果実などを売ってるようだ。
この辺りでは取れないような珍しいフルーツなども取り揃えられている。人混みをかき分け、その店に近付く。
バスケットに乗せられもりもりと並ぶ果実たちの中、懐かしいものを見つけた。拳程の大きさの色鮮やかな真っ赤な実。そのまま食べると硬くて酸っぱいが、火を通すと柔らかくなり甘みが増す。まだ村も平和だった頃の記憶が蘇る。
『スレイヴ……何でもかんでもすぐに口に入れるのは良くない。それに、こいつは火を通さなきゃ食えたものじゃないぞ』
『……っ、そういうことは先に言えよ、くそ、口の中がまだ変な感じがする……』
『俺は待てと言っただろ。……それに、毒はないから大丈夫だ。……ほら、これで食べられるはずだ』
『……ん』
まだあいつが――イロアスが勇者様と崇められるようになるよりも前のことだ。そのとき、まだ幼かった俺は山菜や果実の知識がなんの役に立つのかまるで理解できなかった。それでも博識なイロアスが眩しく見えたのだ。
それからだ、村にもいられなくなり、飢えを凌ぐため、生きていくのに必要な術は身に着けようと思ったのは。
――確か、イロアスはこの赤い果実のことを好きだと言っていた。
食べるのに一々ひと手間掛けなければならないのが面倒だろうと言ったら、あいつは『それでも、この味が好きなんだ』とかなんだと言っていたのも思い出す。
気付けば俺は沢山あるフルーツの中からその実に手を伸ばしていた。こんなもの買ってどうするんだ。……妙な夢を見たせいだ、昔のことばかり思い出してしまうのは。感傷に浸る思考を振り払い、咄嗟に実を戻そうとしたときだ。
「貴殿はそれが食べたいのか?」
背後から聞こえてきた声に思わず実を落としそうになり、受け止める。そこにはいつの間にかに戻ってきたらしいナイトがいた。
「ナイト……っ、いや、これは……あいつが……」
「あいつ?」
「……っ、……なんでもない」
言い掛けて、やめた。ナイトにはあいつのことを気にしてると思われたくなかった。
けれど、ナイトはそんな俺が戻した実ともういくつかの実を手に、近くにいた店主に声をかける。
「店主、これを頂こう。いくらだ?」
「……っ、おい」
「勇者殿の手土産に持って帰ろう。……ここ最近、食事も儘ならぬようだからな」
食事もか?と、思わず固まったとき。金貨を店主に渡したナイトは代わりに紙袋に雑に入れられた赤い実を受け取る。そして、それを俺に手渡してくるのだ。見た目よりもずしりとした重みに思わず顔を上げる。
「これは貴殿から勇者殿に渡しておいてくれないか。……いくら勇者殿の腕前でも栄養が足りなくなっては敵わないだろう」
「アンタは……やっぱりお人好しだ」
「む、そうだろうか」
「そうだよ」
あんたがお人好しじゃなかったらなんなんだ。紙袋を受け取れば、袋の中から懐かしい匂いがした。……甘酸っぱい実の匂いだ。
「……悪いな、変な気を遣わせて」
「自分が好きでしたことだ、気にするな」
「ナイト……」
「仲直り、できるといいな」
ただの喧嘩のがまだマシだ。なんて、ナイトに言えるはずもなかった。ああ、とだけ頷き返し、俺は落とさないようナイトからもらった実を革袋に詰め込んだ。
それからメイジやシーフたちとも再び合流することになる。相変わらず好き勝手買い物をする二人の量は尋常ではない、このまま夜の街へ繰り出すという二人に荷物を押し付けられた俺は仕方なく一度宿に戻ることになった。
『一人でこの量は無茶だろう』とナイトも荷物を持つのを手伝ってくれたお陰でそれほど苦ではなかった。
そして、雑用としての役目を終えた俺はようやく自室へと帰ってきた。
机の上には赤い実がごろりと転がっている。そっとそれを手に取れば、つやつやとした表面に情けない自分の顔が映った。
「……」
――今更、どんな面して会えっていうのだ。
俺を避けてるのはあいつだと言うのに。無意識に溜息が漏れる。
けれど、ナイトの気持ちを無碍にするわけには行かない。くよくよ悩んでたって仕方ない。
……渡すだけだ。別に、やましいことはない。
それに、とナイトの言葉が過ぎった。……まともに食事もできていないというイロアスのことが気にならないといえば嘘だ。
明日、長期クエストに出掛ける前に顔だけでも見てやるか。
そう実を袋に詰め直し、それを抱えたまま俺は部屋を出た。
日はすっかり落ち、夜も耽けてきた時間帯。
メイジとシーフたちも明日に備えて早めに戻ってきたらしい。流石にあいつも部屋にいるだろう。そう踏んでいたが……。
あいつの部屋の前。
静まり返った通路の中、扉を叩くが一項に開く気配はない。ドアノブを捻り、扉を開けばそこには薄暗い室内が広がっていた。……どこにもイロアスの人影はない。
――まさか、あいつ出掛けてるのか?
こんな時間だ、開いてる店も限られている。それに明日は朝早いはずだ。変なところで真面目なあいつを知ってるからこそ違和感を覚えた。
そして、踵を返し俺はそのまま宿の中を探す。
……結論から言えば、あいつは宿の中にもいなかった。
宿屋の受付の女に聞けば、どうやらあいつは夕方頃に一人で出かけて行ったらしい。流石に行き先はわからないと言っていたが、装備はしてなかったと聞いて俺はすぐに宿屋を出た。
勇者である証の剣も持たずに出掛けるなんて不用心にも程がある。それに、他の仲間も連れてないなんて。
夜の街は暗い。少しでも大通りから外れれば真っ暗闇だ。酒気を帯びた人混みを掻き分け、俺はあいつの影を探した。
あいつを勇者様と崇めたてるやつがいるのと同じように、勇者という存在をよく思っていない連中も少なくない。魔物や賊、かつてあいつに倒されたやつが逆恨みしてくることも日常茶飯事だった。
あいつは強い。一人でも十分強い。俺が何人かかっても倒せないとわかっていた。それでも、ここ最近のあいつを見てきたからだろうか。胸の奥で嫌な予感がするのだ。
「いってぇな! 危ねえだろガキ!」
「っ悪い!」
ぶつかりそうになる酔っ払いを押し退け、飲み屋街を探す。……そして、見つけた。
不意に「勇者様っ」と女の悲鳴が聞こえ、立ち止まる。喧騒、怒号、女の悲鳴。それまでの楽しげな空気とは一変して凍り付くような不穏な空気が流れるその中央、女を庇うあいつを見付けた。
「勇者様だぁ? 嘘吐くなよ、こんなひょろひょろのガキが勇者なわけねーだろ」
「お前が勇者様だってんなら証拠出せよ、証拠。伝説の剣でも見せてみろよ!」
「……」
恐らく山賊だろう、酒で赤らんだ顔に下卑た笑みを浮かべ挑発する複数の輩を前に、あいつはただ立っていた。どういう状況なのかすぐに分かった。だから俺は再び駆け出し、そしてあいつの胸倉を掴もうとしていた山賊の横っ面に思いっきり飛び蹴りをかましたのだ。
「っ、ぐぁ!!」
「っ、な、……!!」
――その瞬間、連中の視線が俺に向けられる。
そして、あいつも――イロアスも俺が現れるとは思ってなかったのだろう。俺はそれを無視して近くにいた男の顔を殴った。
「イロアス……ッ!!」
「うるせえ、お前はさっさとその女連れて逃げろ!」
幸い、俺の腕力はナイトの程のパワーも無い。つまり、殺すまでもないゴロツキとの喧嘩には丁度よかった。
イロアスも状況が読めたのだろう。女を逃がす。それから始まる周りを巻き込んだ大乱闘騒ぎはその街の自警団が到着することによって収束を迎える。
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