飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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「どうした? 出ないのか」
「……っ、……」

 肩に触れる真夜の指が鎖骨を撫でる。こちらを覗き込んでくる瞳に気を取られた瞬間、通話は途切れた。

「会長からだろ? 出りゃよかったのに」
「……分かってる。出損なっただけだ」

 そう、出損なっただけなのだ。なんも、やましいことも後ろめたいこともない、はずなのに。

 にやにやと笑う真夜の手を払い除けていると、再び電話がかかってきた。

「……っ」
「お、すぐ掛かってきた」

「間隔短すぎんだろ」と笑う真夜の腕から抜け出し、俺はそのままソファーを立つ。
 ドクドクと早鐘打つ心臓を必死に落ち着かせながら、なるべく普段通りに俺は電話に出た。

「……はい、愛佐です」

 数回咳払いしたのちに通話に出れば、『ああ、愛佐』と聞こえてきた菖蒲さんの声に胸がきゅっと締め付けられる。

『ごめん、何度もかけて。タイミング悪かったかな?』
「いえ、大丈夫です。こちらこそすみません、すぐに出られなくて」
『気にしないで構わないよ。ただ、ちょっと気になってね』

 その言葉に俺は思わずソファーにいる真夜をちらりと見た。やつは背もたれに膝を乗せ、にやにやと笑いながらこちらを見てる。目があって手を振ってきた。

『今どこにいる?』
「あ……すみません、今日も、その……部屋にいます」
『ああ、だから教室にはいなかったんだね。……体調が優れない?』
「……っ、……はい」

 会長に嘘吐いてしまった。
 というか会長、俺に会いに教室まで足を運んできてくれたのか。
 嬉しくなる反面、申し訳なさで頭が上がらない。
『そうか』と呟いたきり、菖蒲さんは何かを考え込むように黙り込む。そして。

『……今からそっちに行っても構わないかな』
「え……今から、ですか」
『無理にとは言わないけど……少し心配でね。他に欲しいものがあったら届けるよ』
「い、いえ、大丈夫です」
『それはどっちの?』
「俺の方から会長の元へ伺います。会長の手を煩わせるわけにはいきませんので」
『それは気にしなくていいんだけど……無理してない?』
「無理はしてません」
『……そう? じゃあ昼休み、生徒会室で待ってるよ』

 はい、と答えた声は勢いがつき過ぎて少しだけ上擦ってしまう。それからすぐ、通話は切れた。

 まだ耳に菖蒲さんの耳障りのいい声が残っているようだ。けれど、普段以上に緊張してしまった。
 言わずもがなこの男のせいだろう。

「電話の時声高くなんの。それ、会長相手だから?」
「……煩い」
「煩いはないだろ」
「…………言いすぎた」
「……っふ」
「何ニヤニヤと笑ってるんだ」
「……いや、可愛いなと思って」
「なんだと?」
「な。さっき最初電話かかってきたとき電話出なかったの、なんで?」
「別に理由なんて」

 ない、と言いかけたとき。「嘘」と背後から真夜が顔を覗き込んでくる。
 いつの間にソファーから移動していたのか。固まる俺の唇をそっとなぞり、やつは口元を歪める。

「後ろめたかったからだろ」
「っ、ちが……っ」
「浮気してると思ったら電話出られなくなっちゃった?」
「ちが、う。俺は菖蒲さんと恋人ではない」
「あ、そ。じゃ、これも問題ないか」

 ん、と噛み付くように唇を軽く重ねてくる真夜に驚く暇もなかった。
 ぎょっとし、俺は慌てて真夜の胸を押した。が、離れない。そのままどさくさに紛れて頬、耳元、それから首筋へと舌を這わせる真夜。ぢう、と首筋を吸い上げられた瞬間、ぴりっとした痛みが皮膚に走る。

「い……っ! 離れろ、おい……っ」
「おっと、危ね」
「何、して……」
「会長とお話できて元気になったか? 本当、分かりやすいな。愛ちゃんは」

 悪びれた様子もなくからりと笑う真夜。
 この男は、本当に油断も隙もない。
 一応助けてもらった立場ではあるが、こいつの本質は善良とはかけ離れてる。そうだ、呑まれるな。

 自分に言い聞かせるようにそのままじり、と距離を取ると、真夜は「露骨過ぎ」と肩を竦める。

「んで、なんだっけ? 生徒会室に行くなら送ってやるよ」
「盗み聞きするな。……いい、一人でも」
「本当に? もし星名が来たら、愛ちゃん一人でいけそ?」
「大丈夫だ、もう」
「ふ、くく……意地っ張り」

 言いながら今度は頬を揉まれる。
 なんなんだ、この男はベタベタとさっきから。どこか体の一部を触ってないといけないのか。

「そもそも前提としてだな……っ、俺は、ベタベタするのは好きじゃない」
「なら慣れろ。俺はパーソナルスペースクッソ狭いから後が辛いぞ」

 お前が我慢したらいいだけだろ。そもそも、Subに尽くすのが好きとか言っていたくせに。
 言いたいことは山ほどあったが、楽しそうな真夜を見てるとなんだかバカバカしくなってきた。

 それにしても、と俺は先程の菖蒲さんとの通話を思い出す。
 菖蒲さんの言ってたきになることってなんだろうか。
 心当たりは……あった。ありすぎるほどに。

 時計を確認する。
 気付けば昼休みまで時間はそれほどない。今から着替えて準備をすることまで考えればギリギリだ。

 一向に帰る気配のない真夜を追い返す時間もなさそうだ。俺は早速菖蒲さんに会うための用意をすることにした。

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