飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

文字の大きさ
41 / 82

40

 菖蒲さんの部屋を出たあと、そのままの足取りで自室へと戻る。
 またあいつが待ち伏せしているのではないか――そんなじっとりと絡みつくような緊張感から逃れることはできなかった。
 けれど、あの時とは違い廊下は明るく、まだ沢山の生徒がいる。
 煩わしくて仕方なかった人の目があることに安堵する日が来るとは、何が起きるか分からない。
 そんなことをぼんやりと考えながら、それでもまだあいつの気配がないか常に神経を研ぎ澄ませながらもなんとか自室へと戻ってきた。

 逃げ帰った自室。慌てて扉を閉め、ようやく一人になれたことに一先ず安堵する。
 気付けば額は汗でぐっしょりと濡れていた。

 きっと、菖蒲さんは俺が一人で部屋に戻ったところで“こう”なることは分かっていたのだろう。
 それでもあのまま菖蒲さんと一緒にいることは怖かった。菖蒲さんがどんどん知らない人間みたいに感じるのは、嫌だった。

 結局また俺は逃げている。

「……疲れた」

 菖蒲さんの部屋で休んで体調はマシになったはずなのに、気分がどんどん落ち込んでいく。
 休もう。今は。
 逃げるようにシャワーを浴び、ベッドへと潜ってもずっとどこからも見られているような感覚はこびり着いたままだった。
 それでもまだ、あの時よりはましだ。
 ……そう思い込むことが今の俺にできる精一杯だった。






 翌朝。
 菖蒲さんと約束した通り、俺は学内のダイナミクス専門クリニックの診察を受けることになる。
 元々定期検診もあった、そのついでのつもりだった。正直なところ、気乗りはしない。
 まだ癒えていない傷口を他者にほじくり返されたくもない。
 サブドロップに陥りかけた、陥ったのかも自分ではよく分かってない状況だ。だからこそかもしれないが、誰とも話す気はなかった。
 だからいつものようにカウンセリングでも当たり障りのない答えと――取り敢えず体調面の不調だけを口にしていたつもりだったが、思ったよりも長引いてしまった。

 それから、『一週間程休学した方がいい』『また二日後きてください』と言葉を添えられ、俺は曖昧に頷いてそのまま診察室を後にした。こちらから頼まずとも診断書も出される。それと、薬も何種類か増えていた。

 クリニックを後にし、俺は学生寮へと戻ることにした。このまま日光浴をする気にも、授業に出席する気分にもなれなかった。

 丁度休み時間のチャイムが鳴り、ぞろぞろと学園前には人影が増えてくる。
 タイミングが悪かったようだ。診断書をくしゃくしゃに畳み、そのままポケットへと仕舞おうとしたときだった。

「――一凛」

 いきなりすぐ背後から聞こえてきた声に全身の毛がよだつ。飛び上がりそうになりながら振り返れば、そこにはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた男がいた。

「なーんてな、ビックリした?」
「お、まえ」

 ――月夜野小晴。
 よりによって悪趣味な挨拶をかましてくる小晴に気を取られたとき。つい手にしていた診断書を地面に落としてしまう。

「ん? なんだこれ」
「っ、触るな……!」

 慌ててやつより先に診断書を拾おうとするが、遅かった。呆気なく俺の頭を掴んで押し退けた小晴は、そのままひょいと長い指でそれを摘んだ。そして、あろうことか俺の目の前でそれを開くのだ。
 最悪だ、と血の気が引いていく。診断書から顔を上げた小晴の口元には嫌な笑みが浮かんでいた。

「診察書……ねえ、また来いってよ。なに? サブドロしたんだ?」
「……ッ」
「ま、んなことだとは思ったけど……星名は『大丈夫そうだった!』とか言ってたけど」

 言いながら、固まる俺の肩に馴れ馴れしく手を回してくる小晴。やつの手から診断書を取り返せば、小晴はからからと笑う。中身が見たかっただけらしい、それを取り返そうともしてこない小晴に余計腹立った。
 けど、それ以上に。

「こんなところで一人でいていいのか? 会長は知ってんのかよ」
「……」
「おい、どこ行くんだよ」
「……っ、お前が今更先輩面するな。第一、あいつを唆したのもお前だろ……!」

 八つ当たりだと、言いがかりだと分かってても止めることはできなかった。
 こいつが星名に妙なことを吹き込まなければ、元々こんなことにはならなかった。それだけは確かだったから。
 だけど、やつは怒るわけでもなくただ両手を上げ、笑った。

「あれ? バレた?」
「……ッ」
「なんだ? 『言い過ぎたかも』みたいな顔しちゃって、本当愛佐君って変なところで真面目だよなあ? ……ま、つうか俺はただ相談に乗ってやってただけだけどな。お前が露骨に星名のやつ避けるからあいつ、悩んでたぞ」

 頭に血が昇っていく。
 Domに対する恐怖も忘れる程の熱を抑えきれなかった。
 咄嗟にやつの胸ぐらを掴めば、小晴は舌を出して笑う。

「――なんて言ったらお前はスッキリしたか?」

 この男はどこまでも俺をコケにするつもりらしい。

感想 25

あなたにおすすめの小説

響花学園

うなさん
BL
私の性癖しか満たさない。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。