恣意的なぼくら。

田原摩耶

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2.シャーデンフロイデ

03※


「どういう……」
「驚いた。織和チャン、なんも知らないんだ」
「え……」
「利千鹿」
「えーだって普通わかんじゃん。もしかしてあいつのこと真面目に信じてた?」

 指先から熱が抜け落ちていくように冷たくなっていく。
 ただ僕を揺さぶるために言っているだけだ。
 そう思いたいのに、意識が傾いていく。視界がぐらつく。足元から崩れ落ちていく。

「慈門君は、そんなこと……」

 しません、と言いたかったのに、喉に言葉が突っかかる。

 疑問はあった。気にならなかったわけではない。
 慈門君の性欲の強さとあの態度からして初めてではないのではないかと思っていた。
 それでも。だとしてもだ。

「んじゃ、今電話してみたら? 多分あいつお気に入りんところいるから」

 そんなわけ、ないだろ。

「どうしたの? 織和チャン」
「信じません、そんなの……」
「まあ別にどっちでもいいけどね俺は。君とやれるんなら」
「き、……もち悪いです、なんでそんな簡単に……っ」
「君の方こそなにそんなムキになってんの? 寧ろ俺ってすげー優しい方よ? な、藤」
「……ノーコメント」
「はは、だってさ」

 何を笑ってるんだ、この人は。
 見えてるものも感じてるものも全て違うのだろう。目の前の男が同じ人間とは思えなかった。

「ま、じゃあいいよ。君が相手してくんないってんなら用はないしね。んじゃね~」

 そう言ってあっさりと僕から手を離した犬馬先輩は代わりに純白君の頭を掴む。そのまま純白君を連れて行かれそうになって、僕は咄嗟に「待ってください」と声を絞り出した。

「せ、先生に報告します……こんなの、非合意で……」

 許されるわけがない。
 そうスマホを取り出そうとした時、「あーあ」と犬馬先輩は笑った。それから僕の手ごとスマホを握りしめる。がっちりと掴まれた手に手のひらごと押し潰されそうになり体が強張った。

「ダメだよ、織和チャン」
「……っ、……」
「それやったら困るの、多分こいつの方だから」

 そう純白君に目配せをする犬馬先輩。
 純白君は小さく息を吐き、それから僕の手からスマホを取り上げてそのまま僕の上着のポケットにするりと戻す。

「……先輩、放っておいてくださいって言いましたよね。俺」
「し、純白君……」
「余計なことをしないでください」

 冷たく切り捨てるような一言。
 そして純白君は犬馬先輩を睨むように見た。

「お前も、必要以上に先輩を虐めるのやめろよ」
「だって織和チャン可愛いからさ。仲良くなりたいんだもん」
「誤解しか産まないから、その態度」

 息を吐く純白君。
 目の前で交わされる純白君と犬馬先輩のやり取りに遠慮はない。それでいて、まるで友人同士のような軽口の応酬に今度はこちらが困惑する。

「……取り敢えず、入って下さい。ここじゃ目立ちますんで」

 純白君は面倒臭そうに僕を見た。
 どうして、君は逃げ出したいんじゃないのか。
 そう尋ねたかったが、僕が問いかける暇もなかった。
 そのまま犬馬先輩と純白君に捕まえられ、教室の奥へと引き摺り込まれる。
『さっさと逃げ出せばよかったのに』――そう言いたげな純白君の視線を痛いほど感じながら、僕は二人に招かれるように椅子に座らせられた。


 閉め切られた教室の中の空気は籠っており、そこに残った形跡がより生々しく感じた。

「先に言っておきますけど先輩、なんか勘違いしてますよね」

 椅子に座る犬馬先輩の膝の上に強引に座らせられたまま、背後から抱きすくめられる僕を純白君は見下ろしていた。

「こいつは僕の幼馴染で……」
「彼氏だよ」

 そうにこっと笑う犬馬先輩にぎょっとする。
「え」と固まる僕に、純白君は「付き合ってないから」と付け足した。

「みたいなもんじゃん。弟みたいに可愛がってやってんのにさ~酷くね? なあ、織和チャン」

 頭がこんがらがる。
 だとしたら、そんな相手に暴力を振るっていたのか。

「ど、どうして……純白君の怪我……」
「んぁ? ああ、はは。これ? 俺ってそんな殴りそうな面してる?」
「……え?」
「先輩、これは別に関係ないやつだから」

 そう、純白君は自分の前髪を掻き上げて顔を見せる。
 なんでもないように続ける純白君に今度は僕が戸惑う番だった。

「ほ、……本当に……?」
「嘘を吐いてまでこいつを庇うメリットはない」
「まじでひっでえよな」
「で、でも……嫌がってた……よね。無理させられてるんじゃ……」
「だとしても、先輩がこいつとやるくらいなら全然まし。……だから関わってほしくなかったんですよ。ここまで分かります? 先輩」
「う、うん……」
「藤、本当好きじゃん。織和チャンのこと。声やさし」
「うるさ。黙れ」
「つめて」

 悲しそうな目で僕を見る。
 じゃあその傷は誰にやられたんだ。聞きたいのに、不意に伸びてきた犬馬先輩の手にシャツ越しに胸をまさぐられて息を呑んだ。
 筋張った指先に柔らかく乳首を捏ねられ、体の芯にじんわりと痺れが広がる。
 驚いて先輩の手を掴めば、にっこりと微笑んだ先輩はそのまま僕の肩に顎を乗せた。

「……っ、ゃ……」
「ほっそいねー、織和チャン。藤より薄いんじゃない?」
「せ、んぱい……っ」
「乳首感じるんだ? いっぱい彼氏に弄ってもらった?」
「……っ、し、純白、君……っ」

 助けて、と思わず喉元まで出かけて言葉を飲み込んだ。
 純白君は諦めたように目を伏せる。

「……」
「はは、藤。お前言えばいいのに。誰にやられたのか、それ」
「……黙れって言ってんだろ、利千鹿。元はと言えばお前の二枚舌のせいだろ」
「仕方ないだろ。俺、あいつのことも可愛いから」

 何を言ってるんだ。この人たちは。
 指を広げ、長い指先で両胸を寄せるように揉まれる。布越しに乳輪に食い込む指に息を飲む。思わず腰を浮かせようとしたところで股の間に潜り込んできた犬馬先輩の膝に足をこじ開けられるのだ。

「ぁっ、あ、の……僕は、先輩とこういうことをするつもりはありません……っ、ので……」
「いいの? 天翔のこと、知りたくない?」
「……っ」
「利千鹿。お前性格悪いよ」
「だって可哀想だよ、織和チャン。何も知らないのって仲間はずれみたいじゃん。入れてあげようよ」
「…………」

 聞きたくないのに、聞きたい。知りたい。
 大きく開かれた股の奥、縮み込んでいたそこを強調するように腰を持ち上げられる。
 純白君はもう言い返すのも諦めたように傍の机に腰をかけた。そして僕を見ていた。

「ぁっ、や……見ないで……」
「すみませんね、先輩。……けど、こいつと二人きりにするくらいなら俺がいた方が断然マシなんで」

「我慢して下さい」と、伸びてきた手にそっと唇を撫でられる。
 おかしい、なんなんだこれは。
 僕は純白君を助けたかっただけのはずなのに、これは。

「織和チャン」

 胸を撫でるように抱きしめられたまま、耳のすぐ後ろで犬馬先輩の声が聞こえてきた。
 濡れた舌先が耳朶に触れる。くすぐるように吐息を吹きかけられ、目眩を覚えた。

「仲良くしようよ」

 囁かれると同時に指先に押し付けられる純白君の唇。さらりと落ちた前髪の下、じっと見据えられる瞳から目を逸らすことすらも許されなかった。

 この状況は異常だ。
 逃げ出さないといけない。
 二人を振り払ってでも、帰らなければ。

 ……どこへ?
 ……慈門君のところに?

「……っ、ぁ……」

 爪、関節、手の甲の筋へと這わされる赤い舌先から目を逸らすことはできなかった。
 慈しむように、慰めるように優しく這わされる舌に触れられた箇所はぴりぴりと疼き出す。

「ぉ、おかしいです……こんなのは……っ」

 大きく開かれた下腹部、ベルトを緩めていた犬馬先輩の手が止まる。
 そして、

「「知ってる」」

 二人の声が綺麗に重なった。

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