恣意的なぼくら。

田原摩耶

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1.イネイブラー

02※

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 僕の家は共働きだから日中、家の中は誰もいない。
 学校をサボった僕たち以外は。

『俺んち来いよ』

 慈門君と付き合い始めてから、その慈門君の誘い文句の意味は変化した。
 決定事項。僕の手を握ったままそう慈門君が囁いてきたときは合図だった。
 それはたまにメッセージのときもあるが、どちらにせよやることは変わらない。

 股を開かされて穴を拡張される。
 指、或いは舌。その後慈門君のもので内臓を掻き混ぜられる。この間、毎回僕は何も考えることができなかった。そして多分慈門君もそれを求めてない。
 言葉も全部飲み込まれて、噛み付かれて、全身に穴が開きそうな程歯を立てられる。

「ん、ぃ゛、痛い……ッ、痛いよ、慈門く……ッ」
「痛くねえって、大丈夫だから、ほら。お前も噛んでよ、俺のこと」
「な、なんで、なんで? そんなの、痛いよ、血が出たら……っ」
「いいから、早くしろ」

 急かすように頭を掴まれて抱き締められる。肩へと頭を押さえつけられ、言われるがままにその鎖骨に唇を寄せ、恐る恐る歯を立てる。
 僕の体よりも頑丈な慈門君の体に傷をつけることなんてできない。それこそ、僕の方がダメージを追うのは明らかだった。
 それでも必死に目の前の慈門君の肩口に噛みつこうとする僕を見つめ、慈門君は嬉しそうに笑っていた。
 痛いのが気持ちいいのか、僕にはわからない。先ほどから慈門君に噛まれた腿や腕が痛くて仕方ないのに、「そういうもんだから」と慈門君に言われたら納得することしかできなかった。


 血の味も噛みついた時の硬い骨の感触も全部好きじゃなかった。
 それでも、慈門君に脳に擦り込まれていく。性的快感とともに痛みを与えられることにより脳が誤認して快感を覚えるように、着々と。



「慈門君、あのさ……傷とか、怪我するやつはやめようよ。……誰かに見られたら変に思われるよ」

 今までどこで性行為に及ぼうとしてきても口出しはしなかった。
 けれど、今回はストッパーが必要だった。それは彼の親友として、幼馴染として、エスカレートしていく未来が見えたからだ。
 他人の性的嗜好を否定するつもりはなかったけど、それは同じ趣味の相手とするべきだ。そのつもりで口を出したが、風呂から上がったばかりだった慈門君は「何言ってんだよ、折」と僕の肩を抱いてくる。

「お前だって好きだろ? なんだかんだ」
「そ……っ、ぉ……いうことじゃなくて、慈門君。お願い、ちゃんと聞いて。……これは大事な話なんだ」
「なに、お前も小緑みたいなこと言うじゃん」

 ――小緑君?
 なんでそこで小緑君の名前が出てきたのか。小言を言ったからかと理解するよりも先に、僕から緊張を感じ取ったらしい慈門君は目を細める。
 それから、つまらなさそうな顔をして頭から被っていたタオルをそのまま僕の頭に被せる。

「わ、ちょ……っ、慈門く……」

 前が見えない。水分で濡れたタオルが鼻と口を塞ぎ、息苦しい。慌てて顔のそれを取ろうとしたが、慈門君はそのままフェイスタオルの両端を掴むように引っ張る。顔面が、視界が、タオルで覆われて何も見えない。

「は、ふ……っ、んぐ……っ」
「なあ、そんな言うなって。……折。お前だって気持ちよさそうにしてたじゃん、いつも」
「む、ぐ」
「ほら、腰あげろよ。綺麗になったばっかしだけど……おい、逃げんなよ。折」

 前が見えなくなり転びかけたところ、手に何かが当たる。柔らかくて弾力性のあるそれはベッドだ。そのままベッドにしがみついたのも束の間、背後から覆い被さってきた慈門君に先ほど着替えたばかりのスウェットも下着も全部引きずり下ろされる。
 まだやるつもりなのか、さっき満足したはずだろう。
 そう青ざめる僕に構わず、慈門君は柔らかく開いたそこに性器を押し当てた。ひっと息を呑もうとするが、それすらもタオルのせいで阻害される。
 せめてタオルはやめてくれ、と震える指先でカリカリと慈門君の腕を引っ掻けば、慈門君は腹で笑う。それから、ようやく視界に色が戻った。

「……っと、ああ、これ、苦しかった?」
「じ、もんくん、やめて……乱暴なことするのは……」
「乱暴じゃないって、なあ、折。お前は真面目すぎんだって。お前だって慣れたら良くなるから」

 言いながら顔を覗き込んできた慈門君に唇、頬、目尻に唇を押し当てられる。
 実際、慈門君はいつだって僕の知らない世界を教えてくれていた。臆病で一歩踏み出すことできない僕の手を引いてくれた。
 けど、今は慈門君の言葉が、目が、なんだか怖かった。

「良く、なるって……」
「苦しいじゃなくて、気持ちいいって」
「慈門君……っ」

 落ちたタオルを手に取り、それを捻って縄のように掴み直した慈門君。縄が自分の首にかけられるのを見て思わず背後を振り返れば、慈門君は笑っていた。
 楽しそうに。

「俺が教えてやるよ、折」

 首に絡みつくその縄に慌てて指をかけるが、慈門君は構わずその縄の両端を引っ張る。首の後ろの方へと。

「ふ、ぅ゛……っ! っ、じ、も、く……っん゛、ぐ」

 やめて、と声を上げるよりも先に中へと入ってくる肉の塊に奥を突き上げられ、思考は霧散する。
 まただ。阻害される。人であろうとするのを慈門君は許してくれない。

「首締められながらここ潰されんの、ハマるんだってさ。なあ、俺、折に気持ちよくなってほしくてさ……っ、色々、調べて、試して……っ、く、はは……っ、やべ、これ……ッ」
「ぅ゛、ん゛ぐ――ぉ゛……っ!」
「きもちい? なあ、折……っ」

 酸素の道を阻害されながら、その代わりに叩き込まれる快楽の塊から逃れる術はなかった。
 縄よりも太く、首全体を締め付けられながら快感から逃れようとすればするほど文字通り苦痛が増す。叩きつけられる腰に、食い込む指に、落ちてくるのは楽しそうな慈門君の声。
 僕は、慈門君の笑顔が好きだった。からっと渇いた真夏の太陽のような笑顔が。
 けど、今は。

 振り返ることも許されないまま床の上で四つん這いのまま犯される。上も下も分からなくなりながら頭を押さえつけられて、何度も腹の中で吐き出される精液の感触を感じながら遠のいていく意識の中、視界が暗くなる。

 慈門君、なんで僕と付き合ってるの?
 これ、僕じゃないとダメだったの?……本当に?

 前髪を優しく撫で付けるように頭部を掴まれ、汗、涙、他の水分で濡れた頬を舐め取られる。涙の筋を辿るように目の淵まで辿り着いた舌。そのまま瞼を大きく捲られ、息を呑む。

「やっ、ん、ぐ……っ」

 視界の一部が遮られる。欠けたように黒くなるその陰とそのまま眼球の上を這いずる舌に声をあげることもできなかった。無理やり開かれた左目に生理的な涙が溢れ出すのを見て、そのまま慈門君は涙を吸い上げた。

「折、お前、かわいいな」

 おかしいよ、慈門君。
 普通、こんなことはしないよ。好きな人に。

 普通ってなんだ。普通の恋人というものを知らない僕に普通を問う資格はあるのか。
 分からない。けど、あれだけずっと一緒にいて、家族同然のように同じ時を過ごしてきた慈門君が知らない人に見えて怖かった。
 そう、怖かったのだ。

「じ、慈門……くん……」
「なあ折、俺、お前のことまじで好きだったんだよ。ほんと……夢みてえ俺のこと受け入れてくれて」

 散々首を締め上げられながら犯され、逃げることもできない僕の体を抱き寄せて慈門君は頬を寄せる。「すげー嬉しい」と、楽しげに僕の首を撫でる。絡みついたタオルを床に放り捨て、彼の濡れた髪もいつの間にかに乾いていた。
 僕は、何も答えることもできなかった。
 抵抗すれば今度は優しく愛おしそうに僕の首を撫でるこの掌にいとも容易く首を絞められるのではないかと思ったからだ。だから、曖昧に微笑むことしかできない。

 その時から僕たちの関係は対等ではなくなっていた。

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