恣意的なぼくら。

田原摩耶

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2.シャーデンフロイデ

02


 慈門君の態度が明確に変わったと感じたのはあの日、図書室の出来事があってからだ。
 それから明らかに慈門君はよそよそしくなった。
 というよりも、僕の機嫌を伺うようになったのだ。

 それは元々の僕らの関係よりも遠いもので、友達ですらないような距離感に違和感はすぐに覚えた。

 手を繋ぐくらいなら、とこちらからスキンシップを測ろうともした。その時だけはようやく慈門君は安心したような顔をしたが、以前のように手を握り返してくれることはなくなった。
 まるで腫れ物でも触れるかのようにそっと繋がれた手はただ熱い。

 僕といる時もずっと緊張していて強張った肩。なんとなく落ち着かなさそうな様子は時折感じていた。
 それに、僕がいないところで他の友人たちと楽しそうに笑ってる慈門君を見た時、「ああ」と思った。
 自然な笑顔。それは僕がいつも隣で見てきたものだ。
 それが、今では遠く感じるなんて。

 人通りの少なくなった廊下で遠巻きに慈門君を眺める。
 以前ならこちらから声をかけたりしていたが、それを邪魔するのも悪い気がして僕はそのまま素通りした。

 さっさと別れて元の関係に戻った方が慈門君も良いんじゃないのか。
 そう思うのに、別れたくないと慈門君が言うから。

「……」

 寂しさとは違う、感情の齟齬は日々増していく。
 慈門君とは朝と帰り、なるべく一緒に過ごすようになっていたが、それも段々お互い別の用事が入ったりして噛み合わなくなっていく。
 一緒にいてもお互いに気を遣って不自然な間が空くし、その沈黙に余計気まずくなる。そんな時間を過ごすのも嫌で、予定がなくとも急用があるフリをして避けることもあった。

 けれど、恐らくこれは良い傾向なのだろう。
 元々常楽先生が言っていたことを思い出す。――自然消滅を狙え、というあの言葉。
 あの慈門君が、とあの時は思ったが……随分と呆気ないものと思った。




「おい、織和」

 ぼんやりと考え事しながら廊下を歩いている時、ふと名前を呼ばれて顔をあげる。
 目の前には常楽先生が立っていた。『ちょっと来い』と顎をしゃくる先生。
 何かしてしまったのだろうか。それとも授業の準備の手伝いか。図書委員関連か。
 緊張しながらも常楽先生の後についていく。

 やってきたのは地歴倉庫室だ。
 ここにきたのは久しぶりな気がする。
 あの時とは別の緊張とともに、僕は先生に促されるまま椅子に腰を下ろした。安っぽいパイプ椅子が小さく軋む。その音がやけに煩く聞こえた。

「あの、何か……」
「ここ最近どうだ、という話だ」
「……」
「顔を合わせることはあるけど、こうして話す機会はなかったからな」

 向かい側のパイプ椅子に腰をかけ、常楽先生はこちらへと向き直る。
 距離の近さに少しだけ緊張したが、教壇からの先生を見慣れてしまっていたせいもあるだろう。

「特に何も……ここ最近は平和ですね」
「天翔とは?」

 上手くいってます。心配ありません。
 そう言えば良い。それだけでこの面談もすぐに終わると分かっていてもほんの一瞬、つい言葉に詰まってしまう。

「……」
「……」
「……あ、あの、先生……」
「何かあったのか?」
「いえ……何も。……けど」
「けど?」
「多分……きっと、僕たちはもう大丈夫だと思います」

 常楽先生の目が僕を見下ろす。
 心の奥まで見透かされてしまいそうなその目が僕を見てる。

「慈門君、多分……もう僕に飽きたんだと思います」

 その言葉が自分の口からすんなりと出てきたことに自分でも驚いた。テーブルの上に置かれていた常楽先生の手がぴくりと反応するのが見えた。
 こんなの、まるで寂しがってるやつみたいじゃないか。
 恥ずかしいのに、口から言葉を止めることができない。

「この間、僕……慈門君に触れられるのが嫌で、つい強く言ってしまったんです。その日から慈門君、僕を避けるようになって」

 自分で言いながら語弊があると思った。
 大袈裟に言っている。その理由は何故なのか。

「だから、きっと慈門君も僕のこと嫌になったんだと思います。……だから、もう大丈夫です。今までご迷惑をおかけしました」

 先生の目が僕を見てくれている。僕だけを映してる。
 その一瞬に縋り付くみたいで自分が恥ずかしいのに、口から出てくる言葉を引っ込めることもできない。
 こんなの、構ってほしい子供みたいだ。
 思うのに、また先生に優しくしてもらえることを期待してしまっている自分に気付いた瞬間吐き気がした。なのに、止められない。
 先生が何も言わずに僕を見ていた。前みたいに「よくやった」「大丈夫だ」って言ってほしい。そんな思考ばかりが頭に浮かんで、止められない。
 のに。

「せんせ……」
「そうか。あいつとは距離が置けてるのか」

 そう、先生の視線が僕から外れた。
 それから、テーブルの上に置かれていた伏せられたボードを手に取る。

「良い傾向だ。……距離を取るのはお互いの頭を冷やすのにも有効だ」
「……――」
「その調子で距離を置け。……近づきすぎるほど麻痺する。あいつにも一人で考える暇を与えるのは有効だ」
「……」
「もう戻って良いぞ。また何かあれば連絡しろ」

 そう、ボードを片手に先生が立ちあがろうとする。
 考えるよりも先にその腕を掴んでいた。

「どうした?」
「……」

 ――それだけですか?

 そう喉元まで迫り上がってきた言葉に、冷たい汗が滲んだ。
 僕は、何を求めているんだ。先生に。
 先生の対応は間違ってない。僕の休み時間を無駄にしないために切り上げてくれたのに、僕は。

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