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イレギュラーは誰なのか
過剰防衛本能
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生徒会室から出て、どうなったのだろうか。
あいつから離れたくて、ひたすら走っていた俺は最早自分がどこにいるのかすら判断つかなかった。それなのに。
「キョウっ!」
背後から聞こえてきた名前を呼ぶ声。心臓が軋み、我武者羅に足を加速させようとしたが伸びてきた手に腕を引っ張られ、無理矢理引き止められた。
「っく、」
掴まれた箇所が軋むように痛み、振り払おうとしたが力強い手はちょっとやそっとじゃ外れない。このままでは関節のほうが外れてしまいそうだが、こいつに捕まるくらいならそっちのがましだ。
そう、目の前のそいつを無理矢理引き剥がそうとするが、呆気なくもう片方の手首を掴まれてしまう。
戸惑ったような、心配そうな顔をしたヒズミは俺の顔を覗き込む。至近距離。全身が震え、歯がガチガチと音を立て始めた。急激に全身の体温が冷えていくのがわかった。
「なぁ、なんで逃げるんだよ?!皐月たちか?あいつらにむかついたのか?」
うん、と言ったら多分こいつはあいつらにも簡単に手を出すだろう。わかっていたから、俺は「ちが、う」と首を横に振った。
「なら、なんで……」
まるで、理解できないとでもいうような顔だった。
こいつには、こいつの頭の中では自分がヒーローかなにかのつもりなのだろう。
何を言ったところで、俺の気持ちも理解出来ない。しようともしない。自分が絶対だから。だからこそ、俺はこいつと対峙するのが怖かった。
こいつは、物理的にも精神的にも人を変える。ぐしゃぐしゃに壊して、また一から自分の思い通りに作り変える。ヒズミと過ごした短い間、俺はそれをよく目の当たりにしてきた。――そして、自分も。
「……っ、離せよっ!」
「嫌だ」
「離せっ、離せってば!」
振り払おうとすればするほど、腕を掴む力は強くなっていく。それどころか、癇癪を起こす子供を宥めるかのような動作で俺を抱き締めてきた。
隙間がなくなるくらいぎゅうっと強く抱き締められれば、全身が緊張する。
マコちゃんとは違う、細い腕。なのに、マコちゃんに抱き締められたときよりも心臓が煩くなって、全身の毛穴からどっと汗が吹き出した。
「なんでだよ、キョウ。なんでそういうこと言うんだよ!」
「知るか、っんん…っ!」
反論しようとした矢先だった。後頭部を掴まれ、無理矢理唇を塞がれる。
唇の感触に、息が止まった。
「っふ、ぅ、んーっ!」
なにかが腹から込み上げてくる。全身が粟立ち、寒気が走った。
アタマが真っ白になって、恐怖で凍り付いた俺は金縛りにあったみたいに動けなくなって。
「っは、ぁ、っ」
どれくらいの間だったろうか。実際にはそれほど経っていないのだろうが、ひどく長く感じた。
唇が離れ、レンズ越しにヒズミと視線がぶつかり合う。
「落ち着けって言ってんだろ」
低い声。忘れていた、脳の奥に押し込めていたヒズミとの記憶が一斉にフラッシュバックし、ぞくりと背筋が震えた。
量の多い黒い髪。分厚い瓶底眼鏡。あの時よりも滑稽な姿なのに、あの時と変わっていない。いや、寧ろ、それ以上の。
「…嫌だ、嫌だ、嫌だ…っ!」
「どうしたんだよ、キョウ。なんでそんなに震えるんだよ」
吐き気とともに込み上げてくる震え。自分が錯乱しているのか混乱しているのかもわからない。
不思議そうな顔をしたヒズミは、何を思ったのか、抱きしめた俺の背中を優しく撫でる。背筋を確認するようにゆっくりと這う大きな手に、一瞬息が止まった。
「ここに俺しかいないだろ?そんなに怖がる必要はねえって、ほら、な?」
「…っ」
「キョウ?」
こちらを覗き込む分厚いレンズ。
制服のポケットに手を突っ込み、中を探る。探していたものはすぐに見つかった。
「…触んないでよ」
「え?」
「俺に、触んな」
予め忍ばせておいた、市販の折り畳み式ナイフ。取り出すと同時に素早くそれを開いた俺は、尖った先端をヒズミの首先に突き付けた。
「……っ、ぶっ殺すぞ」
あいつから離れたくて、ひたすら走っていた俺は最早自分がどこにいるのかすら判断つかなかった。それなのに。
「キョウっ!」
背後から聞こえてきた名前を呼ぶ声。心臓が軋み、我武者羅に足を加速させようとしたが伸びてきた手に腕を引っ張られ、無理矢理引き止められた。
「っく、」
掴まれた箇所が軋むように痛み、振り払おうとしたが力強い手はちょっとやそっとじゃ外れない。このままでは関節のほうが外れてしまいそうだが、こいつに捕まるくらいならそっちのがましだ。
そう、目の前のそいつを無理矢理引き剥がそうとするが、呆気なくもう片方の手首を掴まれてしまう。
戸惑ったような、心配そうな顔をしたヒズミは俺の顔を覗き込む。至近距離。全身が震え、歯がガチガチと音を立て始めた。急激に全身の体温が冷えていくのがわかった。
「なぁ、なんで逃げるんだよ?!皐月たちか?あいつらにむかついたのか?」
うん、と言ったら多分こいつはあいつらにも簡単に手を出すだろう。わかっていたから、俺は「ちが、う」と首を横に振った。
「なら、なんで……」
まるで、理解できないとでもいうような顔だった。
こいつには、こいつの頭の中では自分がヒーローかなにかのつもりなのだろう。
何を言ったところで、俺の気持ちも理解出来ない。しようともしない。自分が絶対だから。だからこそ、俺はこいつと対峙するのが怖かった。
こいつは、物理的にも精神的にも人を変える。ぐしゃぐしゃに壊して、また一から自分の思い通りに作り変える。ヒズミと過ごした短い間、俺はそれをよく目の当たりにしてきた。――そして、自分も。
「……っ、離せよっ!」
「嫌だ」
「離せっ、離せってば!」
振り払おうとすればするほど、腕を掴む力は強くなっていく。それどころか、癇癪を起こす子供を宥めるかのような動作で俺を抱き締めてきた。
隙間がなくなるくらいぎゅうっと強く抱き締められれば、全身が緊張する。
マコちゃんとは違う、細い腕。なのに、マコちゃんに抱き締められたときよりも心臓が煩くなって、全身の毛穴からどっと汗が吹き出した。
「なんでだよ、キョウ。なんでそういうこと言うんだよ!」
「知るか、っんん…っ!」
反論しようとした矢先だった。後頭部を掴まれ、無理矢理唇を塞がれる。
唇の感触に、息が止まった。
「っふ、ぅ、んーっ!」
なにかが腹から込み上げてくる。全身が粟立ち、寒気が走った。
アタマが真っ白になって、恐怖で凍り付いた俺は金縛りにあったみたいに動けなくなって。
「っは、ぁ、っ」
どれくらいの間だったろうか。実際にはそれほど経っていないのだろうが、ひどく長く感じた。
唇が離れ、レンズ越しにヒズミと視線がぶつかり合う。
「落ち着けって言ってんだろ」
低い声。忘れていた、脳の奥に押し込めていたヒズミとの記憶が一斉にフラッシュバックし、ぞくりと背筋が震えた。
量の多い黒い髪。分厚い瓶底眼鏡。あの時よりも滑稽な姿なのに、あの時と変わっていない。いや、寧ろ、それ以上の。
「…嫌だ、嫌だ、嫌だ…っ!」
「どうしたんだよ、キョウ。なんでそんなに震えるんだよ」
吐き気とともに込み上げてくる震え。自分が錯乱しているのか混乱しているのかもわからない。
不思議そうな顔をしたヒズミは、何を思ったのか、抱きしめた俺の背中を優しく撫でる。背筋を確認するようにゆっくりと這う大きな手に、一瞬息が止まった。
「ここに俺しかいないだろ?そんなに怖がる必要はねえって、ほら、な?」
「…っ」
「キョウ?」
こちらを覗き込む分厚いレンズ。
制服のポケットに手を突っ込み、中を探る。探していたものはすぐに見つかった。
「…触んないでよ」
「え?」
「俺に、触んな」
予め忍ばせておいた、市販の折り畳み式ナイフ。取り出すと同時に素早くそれを開いた俺は、尖った先端をヒズミの首先に突き付けた。
「……っ、ぶっ殺すぞ」
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