モノマニア

田原摩耶

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崩壊前夜

嘘がつけない男

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 ちーちゃんから話を聞いた後、なっちゃんが扉を蹴破る前に解散することになる。

「本当に五分も経たずに出てきやがった」
「五分? なんのことですか?」
「いや、なんでもねえよ」
「もしかして僕が早漏だって馬鹿にしてます? 僕は遅漏ですよ」
「してねーよ! つうか誰もテメェのシモ事情聞きたかねえんだよ!」

 相変わらずこの兄弟は仲良しさんだな。
 俺もちーちゃんの早さとか知りたくなかったけど。

「ま、いいでしょう。あとはこの子の面倒は千夏に任せておきましょうか」
「この子って、もしかして俺のこと言ってる?」
「貴方以外に誰がいるんですか、仙道。……千夏、目を離さないようによろしくお願いしますね。仙道は見た目以上にじゃじゃ馬ですよ」

 言いながらなっちゃんの肩を叩こうとするちーちゃん。
 じゃじゃ馬って、と呆れる俺の横でなっちゃんは「知ってる」とその手を振り払ってた。
 ちーちゃんは「おやおや」と肩を竦め、それからそのまま歩き出した。

「それじゃあ、仙道。また」

 背中向けたままひらりと手を振るちーちゃんに、「ん」とだけ返しておく。

 ちーちゃんと別れたあとの部屋の前、なっちゃんの突き刺さるような視線を感じた。

「あ、俺急に便所行きたくなってきた」
「おい」
「いてて、なに~ちょっと乱暴やめてよー」
「……あいつと何話してた?」

 あ、やっぱ一応気になるんだ。

「そんなに気になるんならちーちゃんに聞けばよかったのに」
「あいつが素直に答えると思うか?」
「思わない」
「……変なこと聞いたんじゃないだろうな」

 ほんの少しだけ、ただでさえ怖いなっちゃんの顔が更に怖くなった。
 それを見て、あ、と思う。

「変なことってなあに?」
「ああ? なんでお前が質問すんだよ。聞いてんのはこっちだっての」
「言い出したのはそっちじゃん」

「それに、本当になっちゃんに言えるようなことはなんも話してないしね」まあこれは嘘だけど。
 適当に笑っておけば、益々なっちゃんの顔がおっかないことになってる。

「あのな、こっちは委員長の命令もあるんだからな」
「あ、なに? マコちゃんを盾にしてる? それ」
「そうじゃねえけど、お前、……」
「あのさ、なっちゃん。君って嘘吐くの下手すぎでしょ」

「ああ゛?」となっちゃんの額に青筋浮かんでるの見て、言い過ぎたかなと思ったけど逆にここまで分かりやすいのは助かる。本当にね。

「なっちゃんの方こそ、俺になにか隠し事してんじゃないの?」

 そう、目の前なっちゃんを見上げる。
 うーん、ちーちゃんと血の繋がってる双子っていうのに本当に似ていない。
 トントンとその分厚い胸板を叩けば、なっちゃんの顔が分かりやすく変色するのを見た。

 ――嘘が下手なのも、ちーちゃんと似てないな。

「っ、仙道……お前、やっぱなんか聞いたのか?」
「あはっ、なっちゃんってば変な顔~。
……なんかって、ヒズミのこと?」

 ここまで来たらもう引っ掛ける必要もないだろう。
 なっちゃんの顔を覗き込めば、その表情が更に苦々しく歪んだ。
 本当正直者だ、マコちゃんの教育の賜物かもしれない。

「……ッ、の野郎……」
「あー待って、別にちーちゃんから聞いたってわけじゃないから。いまのはただのひっかけ」
「……っ、は?」
「でも、なっちゃんの反応見て確信した。……やっぱヒズミのやつ、いなくなったってこと?」

 ちーちゃんの名誉のためにも一応フォローしてやることにした。
 というか、さっきからなっちゃんが分かり易すぎるのも問題だと思う。
 ぷい、とそっぽ向くなっちゃん。今更だんまりなんて無意味だってのに。

「ねーえ、なに。どこ見てんの?」
「……お前には、余計な負担はかけないようにって……言われてんだよ」
「マコちゃんに?」

 どうやらとうとう観念したようだ。
 目元を手で覆ったまま、こくり、と頷くなっちゃん。
 この顔はもう、マコちゃんに怒られるのを覚悟してる顔だ。
 そこまで考えて、はっとした。

「……ってことはさ、そのことマコちゃんも知ってるの?」

 ふと疑問に思い、そのままなっちゃんに尋ねればなっちゃんは「いや」と首を横に振る。

「そもそも、日桷のやつの話だってまだごく一部にしか伝わっていないはずだ。なんでまた……」
「それはまあ、俺にもネットワークってものがあるからね」

 そこらへんの情報屋よりも情報の早いネットワークが。
 そう答える俺に、なっちゃんは「はあ」と露骨にクソでかいため息をついた。

「ちょっと、人の顔見てため息つかないでよ」
「……委員長には言うなよ、日桷のこと」
「まあ、そりゃね。……言えるわけないでしょ」

 普通に考えたら。
 ヒズミのことは俺だって怖くないわけではない。
 けど今現状恐ろしいのは、これ以上マコちゃんの立場が悪化することだった。
 頷き返す俺に安心したようだ。タバコを取り出し、そのまま咥えるなっちゃんに「あ」と声を上げたら本人も気付いたらしい、「うるせえ!」と言いながら俺の口を塞いできた。
 無茶苦茶だ。

「もが……、風紀のくせに煙草吸ってる~」
「ちが、これは……作りもんだ」
「だとしたら余計おかしいでしょ」
「……っ、とにかく!」

 都合が悪くなったちーちゃんはそのまま煙草をもみくちゃにしてポケットに突っ込んでた。
 あーあ、もったいね。と思いながら見てたら、いきなり両肩を掴まれる。

「そういうことだから、お前は部屋で大人しくしてろ」

 やっぱそうなるのね。
 振り出しに戻る、という言葉が頭に浮かんだ。
けどまあ、ここは大人しくした方がいいだろう。
 ……一応、純にも連絡したしな。
 俺は「はーい」とだけ応え、なっちゃんに押し込められるがまま部屋へと戻された。
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