亡霊が思うには、

田原摩耶

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ふたつでひとつ

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「……藤也、何してるんだ?」
「見てわからない?」

 すっかり雨も上がり、以前以上の蒸した熱に包まれた屋敷前。
 黙々と花のない花壇のその土をスコップで叩く藤也。
 砂遊び……にしては全く楽しくなさそうだ。それとも虫でも殺して遊んでいるのだろうか。
「わからない」とだけ答えれば、俺を一瞥した藤也は深く溜め息を吐く。

「埋めてるの、カエル。……動かなくなったから」

 そして、静かに口にする藤也に俺は義人が憑いていたあのカエルの死体を思い出す。
 そういえば、結局あのカエルの中にいたのは義人の悪霊だったのだろうか……それとも、義人だったのか。
 分からない、分からないが、藤也が間違えるとも思えない。
 藤也が守っていた義人と、幸喜が探していた悪霊。そして、俺が庇っていたカエル。

 どこで入れ替わったのか、考えてもわからないが間違いなく悪趣味であるあの人の手が加えられているのだろう。
 そして、まんまと踊らされた俺は二人の揉め事をややこしくしてしまったということか。

 後日、花鶏に問い詰めたところ部屋には結界が張られていたという。もうその時点で頭が痛くなるところなのだが、現にそれを破ってしまった俺からしてみたらなんとも言えない。
 それを肉体労働ならぬ精神労働で扉を作り、再度、花鶏は斧で扉を叩き割った。
 以前のように斧が突き刺さった子供部屋は扉を突き破らない限り結界は破れないだろうという。

 いつの間に花鶏が結界師になったのかと尋ねたところ、「人は誰しも触れたくないものがあるでしょう」と笑顔で流された。
 そして、再び直された扉の奥に義人が眠っていることを藤也と幸喜は知らない。

「藤也……」

 藤也の背中がどこか寂しそうに見えて、何かフォローしようとしたその矢先だ。

「そんなのいいだろ別に、ほっとけば土になるっての」

 背中にずしりと何かが伸し掛かってくる。
 それだけでも心臓が口から出そうになったというのに同時に耳に息を吹き掛けられ、俺は凍り付く。

「っ、退けッ!馬鹿っ!」
「んだよ、つれないねえ準一は~」

 慌てて振り払えば、以前と変わらぬ笑みを浮かべた幸喜がそこに立っていて。
 その笑顔を向けられただけで、抉られた腹が痛くなってきた。やばい。
 慌てて距離を取る俺。その横、立ち上がる藤也は鬱陶しそうに幸喜を睨み付けた。

「幸喜」
「あ?なに?お兄ちゃんに会いたかったのか?」
「……制服、脱げよいい加減。気持ち悪いんだよ、似合わなすぎて」

 単刀直入。
 それは、正直俺も思っていた。
 あの日、義人の悪霊を食らった幸喜はあいつが着ていた学ランを着用し続けていた。
 毎日花鶏の着物の色が変わるのには慣れていたが、正直、幸喜が学生服というだけでこう、違和感しかないのだ。学業と幸喜が結び付かないため俺の頭の中が軽いパニックを起こすのだ。
 そのくせ、

「あはっ、お前よりはましだっての」
「……」

 その言葉に、一瞬想像してしまった俺は確かに、と吹き出してしまう。
 それが藤也の怒りに火を付けたようだ。
 無言でスコップ片手に殴りかかろうとする藤也を羽交い締めにし、慌てて止める。

「おい、喧嘩すんなよ」
「喧嘩じゃねえって、こいつのこと鍛えてんの。泣き虫ヘタレ野郎だから」
「黙れ単細胞」
「おいっ!俺を挟んで言い合うな!つか引っ張るな!」

 何故か途中からどさくさに紛れて耳を引っ張られる。おい幸喜てめえこの野郎。

 死闘の末、なんとか幸喜から藤也を引き剥がした俺。
 そして肝心の二人は全く疲れていない。なんで仲裁に入った俺だけ満身創痍になってんだよおかしいだろ。


「そういうや藤也お前、準一食ったんだってな」

 矢先、また突っ掛かり始めた幸喜の言葉につい「は?」と間抜けな声を漏らしてしまう。
 食われたというには語弊があるが、確かに少し力を分けたが……というか待て、なんで知ってるんだ。

「……」
「お前だけずるくね?」
「そういうお前は随分な真似をしたと聞いた」

 藤也の言葉にえっとなる俺。

「暴れるのは勝手にしろ。けど、見境をなくすな。……見苦しい」

 軽蔑の眼差しを幸喜に向ける藤也。
 確実にあのとこを言ってるんだよな、というか心当たりがあり過ぎて怖いんだけど。いや、そうじゃない。だからなんで知ってるんだよ!

「お?やんのか?」
「今度こそ地獄に落としてやる」
「お、おい……」

 ようやく宥められたと安堵した矢先のことだ。
 再び勃発する兄弟喧嘩に結局巻き込まれることになったのは言われるまでもない。
 それよりも、なんで筒抜けになってるんだ。
 俺にはそっちの方が死活問題なのだが、そんな俺の問いに応えてくれるやつはいなかった。



「ははっ、あいつに殴られると痛いんだよなー。なんでだろ」
「なら煽んなよ、馬鹿かよ……」
「馬鹿だけど?」
「……」

 結局、藤也と幸喜の喧嘩は途中からたまたま通り掛かった南波に標的が代わり、南波への物理的なやつ当りがまたもやたまたま通り掛かった奈都に飛んでいきブチ切れた奈都と幸喜の大喧嘩に発展し、花鶏のコレクションから被害が出始めたところで花鶏によって強制的に二人は別々に引き離される。
 そして、俺は今幸喜とともに破片の掃除をさせられていたわけだが。

「ん?どうした?珍しいじゃん、俺のところから逃げないって」
「掃除、しろって言われてっから」
「それだけ?」
「……」

 逃げれることなら逃げたいし、関わりたくないって気持ちも変わってない。
 けれど、藤也と幸喜のことを知れば、ただの意味分かんねー不気味なやつって印象が変わったのは事実だった。
 その理由は、わかってる。

「……お前のことは、嫌いだし、すげえムカつく、……けど、ちょっと意外だった」
「あ?」
「家族思いなんだな」
「は?」

 幸喜の大きな目が更に丸くなる。
 自分がこっ恥ずかしいこと言ってる自覚はあったが、そんなに驚かれると余計恥ずかしくなってきた。

「だって、あの時カエル殺そうとしたのも、人形燃やしたのも、藤也を悪霊から守るためだったんだろ?」
「…………………………」

 押し黙る幸喜。
 いつもの笑みはなくて、ただきょとんと俺を見る幸喜。
 どうしたのだろうかとやつを振り返った、その時だった。

「ぶふっ」
「っ!なんで笑うんだよ!」
「ひ、ふふ、や、あほだな~って思って」
「はっ?!」
「俺が藤也を守るため?ンなわけねえだろ。カエルみたら殺したくなるしあの薄汚い人形もそろそろ目障りだったから消したんだよ。意味なんてねえけど?」

 にやにやと笑いながら言い切る幸喜は嘘を吐いてる様子はなくて、今度は俺のほうが呆気に取られる番だった。
 一瞬、フリーズする俺に幸喜はおかしそうに喉を慣らし、笑う。

「本当、どこまでも平和脳なんだよな~準一って。羨ましいわ、それ」
「な……ッ!あ……ッ!」

 そこで漸く、自分が馬鹿を見ていることに気付く。
 次の瞬間、怒りと恥ずかしさが同時に腹ん中で膨れ上がり、勢い良く溢れ出した。

「こ、この野郎……っ!!」
「ははっ、すっげタコみたい」

 こんなことなら余計なこと言わなければよかった。
 示唆されたわけでもなく、純粋な自分の気持ちを吐露したつもりだった分余計、居た堪れなくて。
 にやにや笑う幸喜に、顔から火が出そうになるのを必死に堪えながらもう知るかとそっぽ向いた矢先だ。

「準一さんっ!」

 奈都だ。慌ただしくこちらへと駆け寄ってくる奈都はいつもに増して顔色が悪い。しかし、そんなこと今の俺には関係ない。

「今度は何だよ!」
「仲吉さんがっ!仲吉さんが……っ!」

 また花鶏が無茶苦茶な命令でもしてきたのか、そう構えていた俺は奈都の口から出た予想外の名前に「えっ?」と凍り付いた。

「と……とにかく、準一さんも来てくださいっ!」

 しかし、奈都はそれ以上言わず、そのまま再び走っていく奈都。
 本当、次から次へと。
 俺はいつになったら成仏できるんだ。
 思いながらも、しっかりと奈都を追いかけている自分には苦笑すら出ないわけだが。



【Episode6.ふたつでひとつ】END
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