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新しい暮らし
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朝の光が差し込む窓辺。
柔らかな布団に身を包みながら目を覚ますと、いつもより胸が軽い気がした。
フェルナンドの屋敷に来てから、もう一週間が経っていた。
最初こそ周囲の視線は冷たかった。素性の知れない女を、いきなり騎士団長が屋敷に迎え入れたのだから当然だ。けれど日を追うごとに、その眼差しは変わっていった。
食堂で出会った料理長のエレナは、頬笑みながら皿を差し出してくれる。
「食欲が戻ってきてよかったわ、イザ」
「はい……本当に、美味しいです」
湯気の立つスープを口に運ぶと、胃の底まで温かさが広がる。かつての王宮では豪華な料理ばかりだったけれど、この屋敷で口にする料理には人の温もりがあった。
また、庭の手入れをしていた少年の騎士見習いに声をかけられたこともある。
「イザさん、花の名前知ってる?」
「ええ、これはラベンダー。疲れを癒やす香りがするの」
そう答えると、少年の瞳がきらきらと輝いた。
「すごい! ぼくのお母さんがよく眠れないって言ってたから、教えてあげる!」
そんな小さな交流が、わたしの心を少しずつ解きほぐしていく。
⸻
けれど、夜になるとやはり夢を見た。
妹の冷笑、王太子の冷たい言葉。
目を覚ましたとき、涙が頬を濡らしているのに気づくこともある。
そんなある夜、ふと窓辺で外を眺めていると、背後から声がかかった。
「眠れぬのか」
振り返れば、フェルナンドが立っていた。夜会服に身を包み、窓から差し込む月光を浴びた姿はまるで絵画のように美しい。
「すみません……目を覚ましてしまって」
「謝ることはない」
彼はわたしの隣に歩み寄り、同じように月を見上げる。
「ここに来てから、君はよく笑うようになった」
その言葉に胸が震える。
わたし自身、気づかぬうちに笑えていたのだろうか。
「でも……まだ夢にうなされます。過去を忘れようとしても、どうしても」
布で覆った頬の傷に指先が触れる。わたしの最大の傷跡。
フェルナンドの青い瞳がこちらを射抜いた。
「忘れる必要はない。傷は消えぬ。だが、君を縛る鎖でもない」
彼の声は低く、けれど確かな力を帯びていた。
胸の奥が熱くなる。涙がにじみそうになり、慌てて顔をそむけた。
「……ありがとうございます」
それ以上は言えなかった。
けれど、その夜は不思議と穏やかな眠りにつけた。
⸻
日が経つにつれ、わたしは屋敷の仕事を手伝うようになった。
庭の草花に水をやり、使用人たちと洗濯物を干す。かつての聖女としての務めよりもずっと小さな役割だったが、それがかけがえのないものに思えた。
そして何より――フェルナンドと過ごす時間が増えていった。
騎士団の稽古場を訪れると、彼は剣を振るっていた。
鋭い軌跡を描く剣筋に、思わず息を呑む。
「見惚れているのか?」
気づかれてしまい、顔が赤くなる。
「そ、そんなことは……!」
彼が薄く笑うのを見て、心臓が跳ねた。
気づけば、わたしの毎日は少しずつ輝きを取り戻していた。
⸻
◆side:王太子レオンハルト
王宮の会議室に怒号が響いていた。
「税を減免しなければ、民の不満は爆発します!」
「しかし財源は尽きかけております! 北部の鉱山は崩落し、収入が激減しているのです!」
次々と飛び交う声に、こめかみを押さえる。
なぜ、これほどまでに国が乱れるのか。
そのとき、ふと臣下のひとりが口にした。
「やはり……真の聖女はイザベル様であられたのでは」
会議室が凍りつく。
「な、何を言う!」とマリアが声を荒らげた。彼女は玉座の隣で白いドレスを纏い、聖女の証を掲げている。けれど、その手は震えていた。
「民の声を聞いてください、殿下。病は広がり、収穫は減り……これでは国が持ちませぬ」
老臣の言葉に、わたしの胸は締めつけられる。
イザベルの祈りは確かに大地を潤し、民を癒やしていた。
だが彼女を偽者だと断じ、追放したのは――わたしだ。
会議が終わった後、ひとり廊下を歩く。
窓の外、沈む夕陽に赤く染まる街並みを眺めながら、思わず呟いた。
「イザベル……本当に、君が偽者だったのか?」
答えは、誰もしてくれなかった。
柔らかな布団に身を包みながら目を覚ますと、いつもより胸が軽い気がした。
フェルナンドの屋敷に来てから、もう一週間が経っていた。
最初こそ周囲の視線は冷たかった。素性の知れない女を、いきなり騎士団長が屋敷に迎え入れたのだから当然だ。けれど日を追うごとに、その眼差しは変わっていった。
食堂で出会った料理長のエレナは、頬笑みながら皿を差し出してくれる。
「食欲が戻ってきてよかったわ、イザ」
「はい……本当に、美味しいです」
湯気の立つスープを口に運ぶと、胃の底まで温かさが広がる。かつての王宮では豪華な料理ばかりだったけれど、この屋敷で口にする料理には人の温もりがあった。
また、庭の手入れをしていた少年の騎士見習いに声をかけられたこともある。
「イザさん、花の名前知ってる?」
「ええ、これはラベンダー。疲れを癒やす香りがするの」
そう答えると、少年の瞳がきらきらと輝いた。
「すごい! ぼくのお母さんがよく眠れないって言ってたから、教えてあげる!」
そんな小さな交流が、わたしの心を少しずつ解きほぐしていく。
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けれど、夜になるとやはり夢を見た。
妹の冷笑、王太子の冷たい言葉。
目を覚ましたとき、涙が頬を濡らしているのに気づくこともある。
そんなある夜、ふと窓辺で外を眺めていると、背後から声がかかった。
「眠れぬのか」
振り返れば、フェルナンドが立っていた。夜会服に身を包み、窓から差し込む月光を浴びた姿はまるで絵画のように美しい。
「すみません……目を覚ましてしまって」
「謝ることはない」
彼はわたしの隣に歩み寄り、同じように月を見上げる。
「ここに来てから、君はよく笑うようになった」
その言葉に胸が震える。
わたし自身、気づかぬうちに笑えていたのだろうか。
「でも……まだ夢にうなされます。過去を忘れようとしても、どうしても」
布で覆った頬の傷に指先が触れる。わたしの最大の傷跡。
フェルナンドの青い瞳がこちらを射抜いた。
「忘れる必要はない。傷は消えぬ。だが、君を縛る鎖でもない」
彼の声は低く、けれど確かな力を帯びていた。
胸の奥が熱くなる。涙がにじみそうになり、慌てて顔をそむけた。
「……ありがとうございます」
それ以上は言えなかった。
けれど、その夜は不思議と穏やかな眠りにつけた。
⸻
日が経つにつれ、わたしは屋敷の仕事を手伝うようになった。
庭の草花に水をやり、使用人たちと洗濯物を干す。かつての聖女としての務めよりもずっと小さな役割だったが、それがかけがえのないものに思えた。
そして何より――フェルナンドと過ごす時間が増えていった。
騎士団の稽古場を訪れると、彼は剣を振るっていた。
鋭い軌跡を描く剣筋に、思わず息を呑む。
「見惚れているのか?」
気づかれてしまい、顔が赤くなる。
「そ、そんなことは……!」
彼が薄く笑うのを見て、心臓が跳ねた。
気づけば、わたしの毎日は少しずつ輝きを取り戻していた。
⸻
◆side:王太子レオンハルト
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「しかし財源は尽きかけております! 北部の鉱山は崩落し、収入が激減しているのです!」
次々と飛び交う声に、こめかみを押さえる。
なぜ、これほどまでに国が乱れるのか。
そのとき、ふと臣下のひとりが口にした。
「やはり……真の聖女はイザベル様であられたのでは」
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「な、何を言う!」とマリアが声を荒らげた。彼女は玉座の隣で白いドレスを纏い、聖女の証を掲げている。けれど、その手は震えていた。
「民の声を聞いてください、殿下。病は広がり、収穫は減り……これでは国が持ちませぬ」
老臣の言葉に、わたしの胸は締めつけられる。
イザベルの祈りは確かに大地を潤し、民を癒やしていた。
だが彼女を偽者だと断じ、追放したのは――わたしだ。
会議が終わった後、ひとり廊下を歩く。
窓の外、沈む夕陽に赤く染まる街並みを眺めながら、思わず呟いた。
「イザベル……本当に、君が偽者だったのか?」
答えは、誰もしてくれなかった。
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