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知らない陛下…知らないわたくし

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部屋へと戻ったわたくしはテラスでワインを嗜んでいた。陛下と彼女たちが話し合うことをわたくしは自分で望んで晩餐会を開いた…はずだった。

わたくしはどうしたかったのだろうか。
彼女たちと関係を続けて欲しいのか…
……もし、陛下が誰かを側妃にと望んだら…
わたくしは寄り添いあうその光景を死ぬまで見続けられるのかしら。

綺麗に煌めいている星空を見上げても、わたくしの心が晴れやかになることはなかった。

どれだけ空を見上げていたのか、扉をノックされる音でわたくしはハッと現実に帰った。

こんな夜更けに誰かしら…?
それを確認するまでもなく、開かれた扉から現れたのは陛下だった。

「…少しよいか?」

「………はい。陛下。」

本当はいまは陛下に会いたくなどなかった。そんな気持ちを気づかせないようにわたくしはいつもの微笑みを浮かべ頷いて見せた。

わたくしが紅茶を入れている間、陛下もわたくしも沈黙を貫いていた。先程の話し合いの結果のことだろう…。

(…そういえば、陛下がこの部屋にいらっしゃるのは、わたくしが私になってから…初めてのことね。)

わたくしが目を覚ましてから一度たりと見舞いにも訪れなかった陛下。

(………皮肉なものね。これが最初で最後かもしれないわね。)
紅茶を入れながら、自嘲気味に笑みを浮かべた。

背を向けて座っている陛下には、そんなわたくしの心境などきっと伝わることはないだろう…。
陛下に紅茶を出すその時にはわたくしはまた王妃の仮面を被っているのだから。

向かいの席にわたくしも腰を下ろした後も陛下は黙ったまま口を開こうとしない。ただじっとわたくしが入れた紅茶を見つめていた。

ため息をつくのを堪えて、わたくしは紅茶を一口、口に含んだ。香り高い花の香りが鼻に抜けるその瞬間が幸せに感じる…わたくしの好きな時間だった。いつもこの紅茶で心を落ち着かせてきた。

「………そんな風に笑うこともあるんだな。」

そんなわたくしをいつの間にか見つめていた陛下は寂しそうにそう口を開いた。

「この紅茶も……。入れることができることも……知らなかった。」

「…………。この時間、メイドたちはもう眠っている頃ですからね。紅茶を入れる為だけに待機させるなんて…申し訳ないでしょう。わたくしは一通りのことは自分でできるつもりですわ。」

そうか…。そう一言だけ返し、陛下はゆったりとした動作で紅茶を口に入れた。

「………うまいな。」

その言葉にはありがとうも返すことはできなかった。

美味しいものを飲んだときの喜びや驚いた声色ではなく……低く、何かを堪えるように発せられたその声と…自嘲するように浮かべた笑みに……先ほどのわたくしを見ているようで、わたくしは何も言えなくなってしまった。

「…なにを見てきたのだろうな…そなたと出会って、もう35年も経つというのに…。」

「さん…じゅう……ご…ねん…?そんなに前からわたくしは陛下と知り合っていたのですか…?」

「あぁ。わたしたちが出会ったのは7才の時だ。年が近い高位の貴族は他にいなかったから…遊び相手としてわたしたちは社交界デビューする前に引き合わされていたんだ。」

「……そう…でしたか。」

自分でも知らない自分のこと。その忘れてしまった年月がどれだけの重みがあるのか、わたくしは今更ながらに恐怖を抱いた。

「幼い頃のソフィは活発で表情がくるくる変わって…いたずらをしては二人でよく怒られたものだ。」

どうして…涙が出そうになるのだろう。
忘れているはずの記憶なのに…胸が詰まって苦しい。

「……初めてあったあの時から。……わたしはずっと君だけを愛してきた。」

力強い瞳で…。わたくしの瞳から目を離さずに…陛下はそう告げた。

その瞬間、わたくしの瞳から涙が溢れ落ちていった。



吃驚して戸惑う心とは反対に…涙はただ淡々と流れ続ける。

「どうして…涙が……」

まるで身体と心が別物かのように止まらない涙にわたくしは困惑した。

そんなわたくしのさまを黙ってみていた陛下もまた瞳を潤ませ、辛そうにしている。

「ソフィ…すまなかった。長い間、辛い思いをさせて…わたしが間違っていた。すまない…すまない…すまない…。」

一国の王である陛下が頭を擦り付けるかのように何度も…何度もそう謝り続けた。




「やめてください、陛下。わたくし…少し、感情的になってしまったようですわ。

…それで?彼女たちとはちゃんと話せたのですか…?」

ようやく止まった涙を拭うと、制御出来なかった感情がなんだか気恥ずかしく感じた。わたくしはそれを誤魔化すように…謝り続ける陛下を止めると、本題を切り出した。

「あぁ。彼女たちにはすまないことをした。…だが、わたしは彼女たちを側妃にするつもりはない。……もちろん、愛人にも。」

側妃にしない、その言葉にわたくしはほっとした。けれど…あの子達の想いは…どうなるの?矛盾する思いがせめぎあっていた。

「…そう……ですか。ですが、彼女たちはそれでちゃんと納得なさったのですか?」

「初めは納得してくれなかった。側妃になれなくとも、愛人でもいいと言ってくれる者もいた。」

失う恐怖とただ側にいたい、彼女たちのその気持ちが今なら痛いほどよく分かる。

「昔の…話をしたんだ。恥も外聞もかなぐり捨てて、情けないわたしの想いを全部伝えた。

……彼女たちも、情けないわたしに愛想が尽きたんだろう、みな、納得してくれたから。

ソフィ…きみにもきちんと聞いて欲しい。いま以上にきみに嫌われたとしても…それが彼女たちときみへの私なりの誠意だから。」

「………はい。陛下。」

覚悟を決めたように…陛下は強い瞳でわたくしの瞳を捕らえていた。

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