ひとまず一回ヤりましょう、公爵様

木野 キノ子

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第9章 決戦

2 ギリアムとフィリー入場で~す

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誰が指示したでもなく、会場内が静まり返る。
やがて上段から階段をゆっくりと、ギリアムにエスコートされたフィリーが
降りて来る。

そしてギリアムとフィリーの衣装を見た人々が、再びざわめく。

「あらまぁ…二人でお揃いの衣装だなんて…」

「しかもあれ…チェルグ地方の最高級品の上、一枚布から作られた一品よ」

チェルグ地方…絹織物の品質では大陸一を誇る。
最高品質ではあるが、生産量がものすごく少ないため、かなりの希少品だ。
ましてドレスとタキシードが作れる一枚布は、染色も難しいため、滅多に
出回らない。
上位貴族でも手に入れるのは難しいため、騒ぐのも無理はない。

「しかも素晴らしいデザイン…。
公爵閣下はいつにもまして、凛々しくてらっしゃる」

「それにあのブローチ…まさか例の…」

こういった席ではいつも後ろに下がるテオルド卿が、思わず身を乗り出す。

「…驚いた。
あのブローチをお付けになるとは…」

「お二人がつけているブローチは…まさか例の家宝か?
間違いないのかね?」

「ええ。
前公爵閣下と夫人が、結婚式で身につけていたのを、この目で見て
覚えていますので…」

テオルド卿はギリアムの父母の結婚式の警備の一人だった。

「そんなものを婚約者のお披露目でお互いつけるとは…。
ギリアム公爵閣下は本気なのだな…」

ギリアムとフィリーは所定の位置に陣取った。
普通なら黒山の人だかりができるだろうが、次は王家の入場である。
そこで席を立つようなバカはいない。

「ケイルクス王太子殿下、レティア王女殿下のご入場です」

お互い決まったパートナーはいないので、兄妹で連れ添っての
入場なのだが…

(あ~あ)

フィリーはレティア王女の視線に気づく。

(まるで親の仇みたいに睨んでくら)

フィリーは気づかないふりを決め込む。

両殿下が入場したのち、壇上から国王陛下と皇后陛下のご挨拶があり、
それがすむと、ダンスに移行する。
ファーストダンスは会の始まりを祝う意味もあるので、通常は結構な
人数が踊るのだが、義務ではないため、踊らない者もいる。
そして今回はフィリーとギリアムの一挙手一投足に皆が集中したいため、
踊る者より踊らない者のほうが、圧倒的に多かった。

そしてダンスが始まる。

ギリアムとフィリーが動き出すと、染色による独特な模様が優雅に
弧を描き、お揃いの衣装だからこそに一体感が見る者を魅了する。
それにもまして、初めて公に披露されるギリアムのステップが、
優雅でとても洗練されており、まるで熟練の者を思わせる。
常にフィリーをリードし、気遣い、しかし出すぎず、お互いの
美しさを高め合う…。

しかしそれとは別のものが、同じくらい人目を引いた。

ギリアムの表情だ。

その顔には、いつもの能面のような無表情も仏頂面もない。
とても穏やかで…嬉し気な笑顔が最初から張り付いていた。
そしてそれはただ一か所…。
パートナーであるフィリーに向けられていたのだ。

誰もがわかっただろう。

ギリアムがパートナーをとても大切にしているということが。

人々は口々に、

「ギリアム公爵閣下があんなお顔をされるなんて…」

「これはたまげた」

「よっぽど婚約者様のことがお好きなのねぇ」

そんなことを音楽に紛れ、ひそひそする。

やがてダンスは終わりを告げる。

この時を逃すまいと待ち構えていた人々を嘲笑うかのように、
ギリアムはフィリーを姫ダッコして、テラスへと出てしまった。

テラスはカーテンを閉めると、入ってくるなという意思表示である。

「フィリー…お疲れさまでした。
体は大丈夫ですか?」

「はい…ギリアム様が終始リードしてくださったおかげで…。
社交ダンス…お上手なんですね…驚きました」

(練習してたようには見えなかったからさー)

するとギリアムはフィリーの手を取り、

「当然です。
もし社交パーティーであなたにお会いできて、ダンスを申し込むなら…
アナタのドレスの裾を踏む、などという醜態をさらすわけにはいきません。
必死で練習しました」

(あ~そういえば、私を探しに社交パーティーへも顔を出していたん
だっけ…)

フィリーの手の甲に、何度もキスすると、

「飲み物と軽食を持ってきますので…、ここから出ないでくださいね。
カーテンも開けてはいけませんよ」

「仰せの通りに」

フィリーの答えに満足し、カーテンの向こうに消えていった。

「う~ん、涼しくて気持ちい~」

この世界には日本と同じように四季がある。
現時点はいわゆる春真っ盛り、4月初めである。
ほんのりかいた汗が、外気の風にあたると本当に爽やかで気持ちがいい。

涼んでいると、テラスの扉が開く音が…。

(ありゃ…、随分と早かったなぁ…)

と、フィリーが思ったのは、ホールに戻った以上、ギリアムとはいえ
いろんな人に声をかけられると思っていたからだ。

しかし…

「ちょっと、そこのアナタ!!」

明らかに女性の声だ。
しかも怒気をはらんでいる。
驚いて振り向けば、その女性はすでにテラスの中に入っており、仁王立ち
している。
レティア王女殿下だ…しかも同年代の令嬢も二人一緒に。
どう見ても取り巻きだろう。

(…………………………………少ねぇな。
確かレティア王女の腰巾着って、メインで5人いるって聞いたぞ。
まあいっくらレティア王女の庇護があるって言っても、この状態で
入ってきたくはなかったのかもな…)

フィリーがこう思うにはワケがある。
エマに行儀作法を習う際、テラスに関することは、かなり口を酸っぱくして
言われたからだ。
カーテンの下がっているテラスの、カーテンを勝手に開ける、もしくは
中の人の断りなく勝手に入る行為は…例えるなら更衣室のカーテンを開けたり
勝手に入ったりする行為と同じなのだ。
つまり、身分に関係なく失礼なのである。
そして身分が上の人間がこれをやると、下の人間は特に文句も言えない場合が
多い。
だから身分の上の人ほど、下への配慮と品格を保つため、やってはいけない
ことだと…。

(この人らのキョーイク係…何やってんだろ…)

しかしそんなことを表に出すわけにはいかないので、

「これは…レティア王女殿下。
オルフィリア・ステンロイド男爵令嬢がご挨拶申し上げ」

「そのブローチ!!!」

フィリーの挨拶が終わらないうちに、レティア王女殿下がしゃべりだす。

「さっさと外して私に渡しなさい!!」

ただでさえ吊り上がった目をさらに吊り上げて、怒鳴る。

「…なぜでしょうか?」

(ホンットめんどくせぇぇぇ)

「それはアナタにはふさわしくないからよ!!」

「…おっしゃっている意味が分かりません」

するとレティア王女殿下の顔が、さらに険しくなる。

「そのブローチはアナタのような下賤な人間が見ることさえ許されない
ものよ!!さっさと渡しなさい!!」

今にも飛び掛かってきそうな勢いだった。

(ホンットしょーもねぇな…)

フィリーの心は落ち着いていた。
前世でこんな修羅場など経験しつくしていたし、こういうタイプの女も
随分相手にしたからだ。

「それはできません」

「あなたなんかが私に逆らうなんて、どうなるかわかっているの!!」

(こういうタイプは話通じねぇからなぁ…距離を取るのが一番)

「まずこのブローチは、とても大切なものなので…ドレスに縫い付けて
あります。
ドレスを脱がない限り、渡せません」

(ちなみに嘘だけど。
この場を離れるのには、いい口実だからね)

「あら…そうでしたの…。
じゃあさっさとドレスを脱いで、渡しなさい!!」

「でしたら更衣室に…」

「あなた!!
私の言うことが聞こえなかったの?
今すぐ脱いで渡しなさいと言っているでしょう!!」

(う~ん…頭にウジでも湧いてんのか…)

テラスを更衣室に例えたが、そこはテラスである。
外からは丸見えだし、本当に間違えて入ってきてしまう人もいるかも
知れない場所なのだ。

(さて…どうするかな…)

フィリーは人前(男の前であっても)でのスッパダカで傷つく心など
とうの昔に置いてきたが、さりとて相手の意図通りに動くのは、ハッキリ
言ってむかつく。
何より…。

(カネもらえねぇだろうしなぁ…それに…)

レティア王女殿下を見れば、あからさまに勝ち誇った、にやけた顔を
している。

(そもそも…ブローチだけじゃなく、このドレス自体も最初から取り上げる
つもりだったのかもなぁ…ここで)

レティア王女殿下のギリアムへの執着を考えれば、十分にあり得る。

(とりあえず、稼げるだけ時間を稼ぐしかないな…うん)

「しかしドレスというものは…一人では脱げないので…」

「あら…じゃあ私たちがお手伝いしてあげますわ。
それにしてもアナタ…侍女もつけてもらえないなんて、哀れねぇ」

完全に見下した笑いを顔に浮かべている。

(いや…エマさんがついてくるって言ったのを、私が断ったんだよ。
周りが何やってくるか、見たくてさ~)

そんなことを考えていたら、レティア王女殿下の後ろにいた令嬢
たちが、フィリーの方へと歩み寄る。

「さあさ、手伝いますわ」

こちらの返事など当然聞かず、一人がいきなり腕を掴んできた。
見なくてもわかるが、かなり下卑た笑みを浮かべながら。
しかもかなり強く。
そして引っ張る。
捩じ上げる…と言う表現の方がしっくりくるだろう。

(ふーん、そう来るんだ…じゃあ)

フィリーは心の中で舌なめずりする。

(こっちも手加減いらねぇなぁ)
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