ひとまず一回ヤりましょう、公爵様 9

木野 キノ子

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第1章 取締

5 スペードはどうなった?

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スペードは…咄嗟の判断で、デイビス卿を救い…、ラディルスたちが作った穴に、真っ逆さまに
落ちて行った…。
だが…。

「ぐうっ!!」

そこは…流石というか、何というか。
凹凸のある岩の表面に…自分の服をわざと引っかけ、落下速度を軽減した。
だが…スペードの体重に対し、引っかけられた服がわずかであるため、引っかけてはすぐに破れ…
を繰り返し、やがてスペードの体は…下水道に叩きつけられた。

しかし速度を軽減したおかげで、たいしたケガもなく…軽い打ち身程度だったため、叩きつけられて
すぐ、体制を整えた。

(まったく…ラディルスの奴らは、毎度毎度やることが大胆だから、面倒くさい…)

そう思いながら、当たりを見回せば、

(下水道か…ちょうどいい。
他に落ちて来る人間はいないから…オレは地上に出るだけで良さそうだ…)

ひかり一つない、真っ暗闇だが…スペードにとってみれば、慣れたもの…だ。

「へ~、こいつは驚いた、生きてるよ」

闇からの声に、思わず臨戦態勢を取る。

「ラディルスかよ…」

「ああ、そうだ…。久しぶりだなぁ…」

感慨深げに言うが…向こうも臨戦態勢の様だ…。

「お前らは…どこの飼い犬になる気もない…。
飼い犬になるくらいなら、死ぬって言ってなかったか?」

何だか…茶化すような…それでいてどことなく真面目腐った…そんな声だった。

「…世の中ってのは、思いもよらない…意外なことが沢山ある。
お前はわかっていると思ったんだが?」

スペードも…負けず劣らず、不敵な声を出す。

「確かにな…」

その声は…不思議だった。
様々な感情の色を…孕んでいたから…。

「まあでも…逃げられるとは思ってないよな?」

ラディルスのその声と共に、かなりの本数の松明がその場で灯された。
その光の中には…ラディルスの配下であろう者達が…。

「なるほど…強化週間あとに、ひと悶着あるって…計算済みかよ」

「当たり前だろう?
どれだけ危ない橋を渡ってきたと思ってやがる?」

(くそっ!!仕込み杖が無いのが痛い…だが…)

スペードは覚悟を決めたように、

(あれは…オレのものじゃない…奥様のものだ…だから…。
オレが誰かに奪われるようなことがあっちゃ、ダメだ…)

構える…。

「ほお…この人数と、やる気かよ?」

「こちとら諦めが悪いんだよ…、知ってるだろう?」

スペードは…こんな時でも悪態を忘れない。
この強さが…スペードたちを底辺であっても、屈強に…質が高くいさせた理由かもしれないな。

「オレは…お前らのそういう所、好きなんだがなぁ」

ラディルスの言葉は…真意のように感じる。

「うっせえよ、オレはお前が大っ嫌いだ!!」

その言葉を最後に…その場に言葉…というものが、発せられることは無かった。
ただ…音と音のぶつかり合い…それだけだった。
そして…言葉にならない声という音だけが、しばらく響き渡るのだった。


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そこは…簡素どころかボロボロの部屋だった。
壁紙は所々剥げ…というか、壁の漆喰自体が、崩れている所さえある。
そして床も…板が何度も補強してあったり、場所によっては…穴が開いたままになっていたり…。

乱雑にゴミも散乱しており、何だか…本当に廃墟と言うにふさわしい…。
しかし廃墟とは、人に遺棄されたものを言う。
…ならば、この建物は違う。

その部屋の中央には椅子が一つ置かれ…そこに座っているのは、間違いなく人間だから…。

ラディルスだ。

足を無造作に開き、前に突き出し…椅子の背もたれに寄りかかる形で、座っている…。
だらりとしているように見えるが、その眼光の鋭さは…周囲の様子をつぶさに観察して…
警戒している。

その証拠に…わずかな風を感じ取り、ラディルスの体は即座に動く。
何かを脇から…投げるような動作…。
それを他人が確認し終えるころには…対象はこと切れているだろう。
通常は。

「あっぶないなぁ…ボクでなければ、死んでいましたよ、今の…」

ランプを片手に入ってきた男は…ナイフを指で挟んでいる。
それを無造作に…またラディルスの方へと、投げつけた。
いとも簡単に、キャッチするラディルス…。
しかも、刃の方を…。

「そもそもこのぐらいでくたばるなら、オレのギルドにはいらない」

無機質なその声には、感情は一切籠っていない。

「全く…」

呆れた声を出す男…年齢は30になるかならないかだろう。
栗毛のくせっ毛を、整える気もない…と言いたげに、かきむしる。
顔は…暗くてよく見えないが、丸みを帯びて…でも、太っている感じではない。

「先生連れてきました。
あらかた調べ終わりましたので」

見れば…ランプの明かりの下、ちょっと怯えつつ…小太り小柄な人間が、
鞄を持って、立っていた。

「報告しろ、シュケイン」

シュケイン…と呼ばれたのは、先ほどの栗毛の男だ。

「さっきボクが報告したのと、大して変わりませんよ。
先生…お願いします」

先生…と呼ばれた小太り男は、かなり怯えつつ、

「ええと…まず…」

何だか…前置き長いね…怯えているからだな。

「彼の健康状態ですが…悪いどころか大変良いです。
血色も、肌つやも申し分ない…。
栄養が十分にいきわたっている証拠です」

それを聞いたラディルスの顔が…初めて感情の色を帯びた。

「そして…ここ最近に限定しての、拷問の跡などは一切ないです。
疲れも見えませんから…十分な睡眠と休息も…しっかりとっている人間です…」

「そんなはずが、あるかぁぁっっ!!!!」

ラディルスの叫びともとれる、怒鳴り声は…崩れかけた部屋の壁を、より一層崩す。

「あのスペードはな!!
4人の中でも特に…オルフィリア・ファルメニウスを傷付けた人間なんだ!!
ギリアム・アウススト・ファルメニウスにとって…最も忌むべき存在だ!!
それを手中に収めておいて、そんな事があるわけない!!」

いつの間にか椅子から立ち上がっている。

「そんな事言われても…事実を報告したにすぎません。
それとも…嘘を報告した方が、良かったですか?」

シュケインも…かなり苛ついている…。
この結果に…納得がいかないのは、ラディルスと同じの様だ。

「へ~、じゃあ、イシュロの下っ端どもが、言っていたことって、正しいんだぁ」

「なんか意外~、あいつ等って嘘ばっかつくっから、てっきりまた嘘だと思ったんだけど~」

両方とも女の声…。
とてもよく似ているが…僅かなトーンの違いがある。

「もう来たのか?早かったな…」

シュケインの言葉に、

「あらぁ、いつもお世話になってる、ギルドマスターの為なら…ね」

顔は見えないが…、声の抑揚から30…は、いっていないようだ。

「しかし…いいんじゃないか?
もし嘘じゃないなら…高い確率で、すぐに助けに来るだろう」

ラディルスの奥…暗がりの中から、声だけがする。

「うっわ、びっくりした…、来てたなら、そう言えよぉ、レグザク」

シュケインが、お前もかよ…と、言いたげに声を発する。

「ずっといたさ。気づかないお前が悪い…」

レグザクと呼ばれた人物は…悪態をつきつつ、とても愉快気な声だ。

「来るとすれば…誰が来ると思う?」

そんな2人の間に割って入るように…ラディルスが言った。

「そうですね…スペードの仲間は確実に来ますよね」

「あいつ等…仲間意識強いからな…」

やっぱりトランペストは…それなりに知られているよう。

「あとは…王立騎士団から精鋭を見繕って…って所だろうなぁ。
どこまで仕掛けて来るか…は、何ともなぁ」

シュケインがすごーく一般的な予想を述べていると、

「ちょっと~、アタシら戦闘は出来ないわよ」

女性2人が、ちょっとイライラしながら、ハモリつつ言う。

「お前たちにはやらせんから、安心しろ。
もしこちらの策が成功すれば…別の任務に最適だったから、呼んだだけだ」

ラディルスが答えるが、

「わかってるけど~」

納得いっていない様子。

「戦闘員は、それなりに配置済みだ、心配しなくていい」

レグザク…仕事はできるよう。

「戦闘員より、仕掛けは配置したのか?」

するとレグザクは…。

「もちろん!!
前菜からメインディッシュまで、全て…だ」

ラディルスはそれを聞いて、とても愉快そうに、

「そりゃーいい…王立騎士団はどの程度来ると思う?」

「少数精鋭なら、5~10…って所だろうよ」

戦闘ができる人間の見解として、至極真っ当だ…。
人数が多くなり過ぎれば、統率が難しくなるし、かといって少人数にし過ぎても、様々な対処が
遅くなる…。
何かあった時に、外部に連絡に行く人間も必要と考えたら…ね。

「ギルドマスター!!来ました!!」

手下のその声に、

「何人だ!!」

とだけ。

「まず…この建物の周囲を囲むように…王立騎士団が配置されています…。
到達予想時間…5分ほどの所に待機しています!!」

「この建物には!!」

「7人です!!ですがその中に…」

ここで手下の声は、初めて…まごまごする。
どうも…信じられないと言いたげだ。

「要点を言え!!」

ラディルスの激に即され、

「7人の中に…ギリアム・アウススト・ファルメニウスとオルフィリア・ファルメニウスがいます!!」

「なん…だと…」

それはラディルスだけでなく…その場の全員が、凍り付いた。
信じられない…からだ。
だが、ラディルスだけは、直ぐに持ち直し、

「はっ!!面白いじゃないか!!」

とだけ、吐き捨てると、早々に部屋を出ていくのだった。
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