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第5章 因縁
4 負け犬の躾
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「全く意に介してらっしゃらないようですね…」
ヒルダ夫人…ちょっと感心してるなぁ…。
だってさぁ…全部本当の事だから、なんでしょーか…ぐらいしか、私は思わんからね。
「あら…負け犬共の遠吠えなど…いちいち気にしていたら、キリがございません。
どこにでもいますもの。そんな輩…。
まあ…あまり図に乗るようなら、躾をすればよいだけです。
私…しょーもない負け犬の躾には、自信がございますので」
にっこにこしながら、言って差し上げると、ちょっと皺だらけの唇が緩み、
「ダイヤは…本当にいい家族、いい職場、いい上司に恵まれたのですねぇ…」
ダイヤに向けてそう言うと、改めてダリアに向き直り、
「ダリア…アナタが、悪質な話をする人間に、負けたくないと思うのは勝手です!!
ですが…それにグレッドを巻き込んだこと…それだけは絶対にやってはいけなかった!!」
すると…ダリア夫人の胸の前の手は…顔へと行き、
「だって…だって…あの人たち…。私だけじゃなくて…主人まで…。
ハズレ嫁を選んだ、眼が節穴の夫って…。私が悪いのに…私が情けないだけなのに…。
私の力が及ばないだけなのに…主人まで…」
ようやっと…本音が出た感じだな…。
結局…愛する者の悪口は、自分の事以上に響くもんだ。
そこにダリアの負けん気の強さと、1人で何でも解決しようとする性格が…災いしちまった。
でも…同情はできない。
子供を…辛い目に遭わせたのは、事実なのだから…。
私のダリアを見る目は…ものすごーく、冷たくなっていたと思う。
だから…本当に淡々と…ホッランバック伯爵家や、ケイシロン公爵家の事を話し…。
「子供がどうかもそうですが…。相方がどうかもアナタは、確認しなかったんじゃないですか?
グレッド卿がどうしたいのか…。グレンフォ卿がどうしたいのか…ね」
「僭越ながら…」
おや…デイビス卿が出てきたよ。
「我が家も妻が一時期…随分と酷く言われたので、言わせていただきますが…。
そもそも私、妻を貶める人間に、よく言われたいとも、認められたいとも、仲良くしたいとも思い
ません。
私をバカにしてくる連中もそう。そういうヤツに限って…口だけだからですよ。
じゃあ同じことやってみろと言えば、直ぐに逃げ出す…」
よくわかってんなぁ…。
「ギリアム公爵閣下の副官もそうですが、ローエン閣下の副官とて、並大抵の者では務まりません。
それを…半世紀勤めてきたグレンフォ卿の真似ができる人間など、ほとんどいないし、仮にいると
したら、人をそんな事でバカにしたりしないと思いますよ。
性格が良くなきゃ、務まらないと思いますので」
「私は…妻と結婚出来て幸せなので。妻が笑っていてくれれば、私はそれでいいんで。
それ以外を…望む気はありませんし、外野のバカなヤジなど、オルフィリア公爵夫人と同じように、
行きすぎたら躾けます。それだけですよ…」
ここで…ギリアムまで前に出てきた。
「あのですね…。私はフィリーの才能に惚れたわけじゃありません。
例え何の才能もなくたって、私のそばにいて欲しかったんだ。
その為に私が悪く言われるなら、そんな事はいくらでもやればいいと思っていましたよ。
大体…私と同じことができる奴なんて、どうせいない。
じゃあお前は、何があっても助けてやらんと言ったら、みんな一斉に黙る…。
そんな連中に良く思われたいですか?アナタは?」
2人の言葉が…ダリアにどう刺さったかはわからない。
震えるだけで…一言も言葉を発せず、何も答えようとはしない。
「ダメですよぉ。そんなこと言ったって…」
うおっ!!イザベラがまた出た…。相変わらずヘラヘラ笑って…。この人もかなりイっちゃってるな。
「グレッド様の日記にありましたよねぇ…。その人は承認欲求の塊なんですよぉ…。
だから…自分を否定する人の言葉…ひいては存在なんて、自分の中に入れません。
グレッド様が剣術がお好きでない事…この人に進言した気骨あるラスタフォルス侯爵家の人たちは…。
み~んな、この人が辞めさせたんです。しかも…紹介状も退職金も一切出さず、身一つで追い出した。
そして自分に逆らわない人間だけで、周りを固めたんです」
「成功したかに見えたでしょうねぇ…。
私の目を潰したお姉様を…庇いだてすることに成功しましたからねぇ…。
もっとも…あの一件で、グレッド様はお姉様にも母親にも、見切りをつけたみたいですけどぉ」
薄ら笑いが…怖い…。
「でも残念でしたねぇ…。キリアンを囲い込んだのが…ファルメニウス公爵家だなんて。
私の実家のような…吹けば飛ぶような家だったら、アナタはキリアンを手中に出来たでしょうに…。
グレッド様の意志…ひいてはキリアンの意志を重視して、アナタと徹底抗戦の構えを取った。
ファルメニウス公爵家を潰すのは、王家だって無理って言われていますからねぇ…。
せっかく頑張って、ラスタフォルス侯爵家にアナタの血を入れたのにねぇ…」
イザベラの言葉に…震えながら顔を上げたダリアは…。
「……私の血なんて…どうでも…いいの…」
本当にぼそぼそと…か細い声で唱えるように…言った…。
「主人の血を…残したいだけだった!!役立たずの私を…ずっと庇ってくれた主人の血を…。
私を…私がいいって言ってくれた主人の血を…」
息も絶え絶えに言いながら…真っすぐにこっちを見た…。
この時ダイヤは…私のすぐ脇にいたんだけど、ダリアの目は…ダイヤと言うより、私に向けられて
いるようだった。その証拠に…。
「ダイヤを返してください…」
言った言葉がこれだもんなぁ…。
「私がいてはダメなら、ラスタフォルス侯爵家から、永久にいなくなります!!
だから…どうか…お願いです…」
最初の威勢が嘘のようにしおらしい…。最初から…そうやってきていりゃあ…。
いや…。
ダメだったろうな…。
ダイヤはそもそも、貴族になりたがってなかった。
なりたくないもんを…無理にやらせる気は、私もギリアムも無かった。
まして…今の法律を捻じ曲げる事だからなぁ…。
「結局アンタは自分の事だけかよ、くそばばぁ」
私の考えが正しいと言わんばかりに、後ろに下がっていたダイヤが声を上げる。
「親父が…死んでもアンタの所に、戻りたくないって言った気持ちがよくわかるぜ。
アンタは結局…自分の望みを叶えたいだけだ。自分の事しか考えてない。
親父の剣術をやりたくないっていう望みも、自分の為に受け入れなかった。
そして…オレがファルメニウス公爵家にいたいって、言う望みも、受け入れる気が無い」
「今更いかにもしおらしくして、それを叶えない奥様が悪人だなんて言ってみろ!!
親父の日記と遺書!!全部実名でぶちまけてやるからな!!
オレはテメェがいようがいなかろうが、ラスタフォルス侯爵家なんざ、死ぬほどどうでもいい
からな!!」
私はダイヤを落ち着かせるために、少し背中をさすってやる。
診断のために…この部屋には使用人が、全員集められていたからね…。
すごーくざわざわしているよ。
「さて…では、罪人を連行しろ、デイビス卿…」
「はい、団長」
デイビス卿は…本当に無表情に、サクサクと指示を出している。
「お、お待ちください!!ギリアム公爵閣下!!」
誰ともなく…使用人たちから声が上がる。
「何卒…実名公表だけは、お許しください!!
ダリア夫人に逆らえば…紹介状も退職金もなく、追い出されるのがわかっていたから…。
何もできなかったのです!!」
「ウチには小さい子供がいるのです!!」
「私にはデビュタントを控えた子が…」
「母と妊娠している妻が…」
ギリアムは…静かに目をつぶっている…。
たぶん…思い出しているんだろうな…。思い出したくもない…幼い日の記憶を…。
「私はな…別にキミらを攻める気は無い…」
その証拠に…恐ろしく冷たい表情を張りつけて…逆の事を言っている。
「誰だって、大切なものがあり、守りたいものがある…」
やがて…カッと目を見開き、
「だからと言って、子供を虐待した事実は変わらん!!」
重暗く…ずしんと人の心にのしかかる声で…、
「私は…しっかりとチャンスは与えただろう!!」
言った…。
「実名公表されたくなければ!!今度こそ見て見ぬふりなどせずに!!
ダリア夫人をキッチリ!!抑える事だな!!
それが出来なければ…約束通り、全てを実名で公表させてもらう!!」
ギリアムは…それだけ言うと、さっさと撤退した…。
その後がどうなるかなんて、知らね。
ヒルダ夫人とイザベラ夫人は…一緒にまた、ファルメニウス公爵家に帰って、匿った。
望みが永遠にかなわない。
そうなった場合のダリアの行動は…予測がつかないから…。
「少し、おしゃべりして行かれますか?」
私は…ヒルダ夫人を誘ってみた。
これは…私がこの人が…どこまで状況をわかっているのか、確認したいからでもあった。
ヒルダ夫人は笑みをこぼし、
「オルフィリア公爵夫人のお誘いでしたら…」
そう言ってくれたので、ギリアムも一緒になり、エマに新しいお茶を入れてもらう。
「さてと…これで本当に、どうなるか…ですね」
私の言葉に、
「これで動かぬなら…自業自得ですよ…。
実際に…今日顔ぶれを確認した限りで…見事に気骨のある人間は、いなくなっていました」
「やっぱりですか…」
私が…少しはにかむと、
「そりゃあもう…。
20年以上前ですが、あの家を出ていくまで…私があの家を取り仕切っていましたからね。
当時の使用人の性格は…把握しておりますよ」
「……当時、アナタがラスタフォルス侯爵家の離宮に移動する際、8割ほどの使用人が、
アナタについて行ったそうですね。
ダリア夫人は認めないでしょうが、アナタが引き抜いたわけではなく、アナタとダリア夫人の
力量の差が出ただけでしょう」
「あらまぁ…。さすがファルメニウス公爵家ですね。
そんなことまで、調べがついていたのですか…」
「ええ。そして…グレッド卿が子供のころ、ヒドイやめさせられ方をした人たちで…
ご存命の方には、話を聞けました」
「そうですか…。凄いですね。口の軽い者たちでは、無かったのですがね…」
そりゃそうだろう。ヒルダ夫人が選んだ人たちなんだから。
「あ~、オレが居ましたからね。
親父の日記には…その人たちのその後を、心配する記述があったんです。
それを見せたら…聞いてもいないことまで、結構喋ってくれましたよ」
「なるほど」
心底納得したような空気を、纏った言葉だった。
「これは私の予想ですがね…。
今ラスタフォルス侯爵家にいる使用人は、ダリア夫人の強引さと…本人が認めていない傲慢さには
少なからず辟易しているでしょう。
しかし…根が悪い人でないとわかっているからこそ、やめるまでには至っていない」
「実際…ダリア夫人のようなタイプは、自分の欲しい言葉をくれれば、機嫌を良くします。
でも意思に反することをすれば、かなり…自分勝手な理論でまくし立てるでしょうね。
だから…それがわかっている今の使用人は、自分に害が無ければ、ダリア夫人の言う事を大人しく
聞いておくでしょう。
それが…彼らの生き残り戦略でもあるのでしょう」
私は…持っていたティーカップを置き、
「私はこの予想に至ったからこそ、作ってみることにしたんですよ。
直接の被害を…被る例をね。
逆に…己の子や孫…親族が非難されるような事…されるとしても、すり寄れるのは、単なる自分だけが
可愛い人間。
自分の為なら、子や孫を平気で食い物に出来る人間です。
そのような人間に、遠慮はしません。
弊害が出るなら…出た時に処理いたします」
キッパリと言い切る。
ヒルダ夫人は…言葉を発せず、にこにこしながら、私の言葉を聞いていた。
「どうなるか…まあ、様子見です」
私は…ちょっとお茶とお菓子をつまみつつ、
「でも…残念ですよ。
ダリア夫人は…根はいい人だったのだろうに、なぜあそこまで歪んでしまったのか…」
私のこの言葉で…ヒルダ夫人から笑みが消え、
「……1人で何でも…抱え過ぎたのでしょうね…。
私は家にいる時…それを何度も注意したんですがね…」
「ヒルダ夫人は…本当に平等な目で見て、そうおっしゃったんでしょうね。
でも…残念ながら、ダリア夫人はその時もう…ヒルダ夫人の言葉を素直に受け取れなくなって
しまっていたんですよ。
本人の気の強さも災いして…傷ついてもそれを見せなかった」
「まあ…敵と対峙している時は、そういった事も必要ですが…。
そればかりでは、確実に疲弊しますよ」
ギリアムが…何だか突然入ってきた…。
多分…病気になった時の事…言っているんだろうな…。
「恐らく…グレッドの部屋で、日記を見つけて破棄したのは、ダリアでしょうね…」
重々しい口調で…ヒルダ夫人が呟く。
やはり…この人の目は欺けないなぁ…。
ヒルダ夫人…ちょっと感心してるなぁ…。
だってさぁ…全部本当の事だから、なんでしょーか…ぐらいしか、私は思わんからね。
「あら…負け犬共の遠吠えなど…いちいち気にしていたら、キリがございません。
どこにでもいますもの。そんな輩…。
まあ…あまり図に乗るようなら、躾をすればよいだけです。
私…しょーもない負け犬の躾には、自信がございますので」
にっこにこしながら、言って差し上げると、ちょっと皺だらけの唇が緩み、
「ダイヤは…本当にいい家族、いい職場、いい上司に恵まれたのですねぇ…」
ダイヤに向けてそう言うと、改めてダリアに向き直り、
「ダリア…アナタが、悪質な話をする人間に、負けたくないと思うのは勝手です!!
ですが…それにグレッドを巻き込んだこと…それだけは絶対にやってはいけなかった!!」
すると…ダリア夫人の胸の前の手は…顔へと行き、
「だって…だって…あの人たち…。私だけじゃなくて…主人まで…。
ハズレ嫁を選んだ、眼が節穴の夫って…。私が悪いのに…私が情けないだけなのに…。
私の力が及ばないだけなのに…主人まで…」
ようやっと…本音が出た感じだな…。
結局…愛する者の悪口は、自分の事以上に響くもんだ。
そこにダリアの負けん気の強さと、1人で何でも解決しようとする性格が…災いしちまった。
でも…同情はできない。
子供を…辛い目に遭わせたのは、事実なのだから…。
私のダリアを見る目は…ものすごーく、冷たくなっていたと思う。
だから…本当に淡々と…ホッランバック伯爵家や、ケイシロン公爵家の事を話し…。
「子供がどうかもそうですが…。相方がどうかもアナタは、確認しなかったんじゃないですか?
グレッド卿がどうしたいのか…。グレンフォ卿がどうしたいのか…ね」
「僭越ながら…」
おや…デイビス卿が出てきたよ。
「我が家も妻が一時期…随分と酷く言われたので、言わせていただきますが…。
そもそも私、妻を貶める人間に、よく言われたいとも、認められたいとも、仲良くしたいとも思い
ません。
私をバカにしてくる連中もそう。そういうヤツに限って…口だけだからですよ。
じゃあ同じことやってみろと言えば、直ぐに逃げ出す…」
よくわかってんなぁ…。
「ギリアム公爵閣下の副官もそうですが、ローエン閣下の副官とて、並大抵の者では務まりません。
それを…半世紀勤めてきたグレンフォ卿の真似ができる人間など、ほとんどいないし、仮にいると
したら、人をそんな事でバカにしたりしないと思いますよ。
性格が良くなきゃ、務まらないと思いますので」
「私は…妻と結婚出来て幸せなので。妻が笑っていてくれれば、私はそれでいいんで。
それ以外を…望む気はありませんし、外野のバカなヤジなど、オルフィリア公爵夫人と同じように、
行きすぎたら躾けます。それだけですよ…」
ここで…ギリアムまで前に出てきた。
「あのですね…。私はフィリーの才能に惚れたわけじゃありません。
例え何の才能もなくたって、私のそばにいて欲しかったんだ。
その為に私が悪く言われるなら、そんな事はいくらでもやればいいと思っていましたよ。
大体…私と同じことができる奴なんて、どうせいない。
じゃあお前は、何があっても助けてやらんと言ったら、みんな一斉に黙る…。
そんな連中に良く思われたいですか?アナタは?」
2人の言葉が…ダリアにどう刺さったかはわからない。
震えるだけで…一言も言葉を発せず、何も答えようとはしない。
「ダメですよぉ。そんなこと言ったって…」
うおっ!!イザベラがまた出た…。相変わらずヘラヘラ笑って…。この人もかなりイっちゃってるな。
「グレッド様の日記にありましたよねぇ…。その人は承認欲求の塊なんですよぉ…。
だから…自分を否定する人の言葉…ひいては存在なんて、自分の中に入れません。
グレッド様が剣術がお好きでない事…この人に進言した気骨あるラスタフォルス侯爵家の人たちは…。
み~んな、この人が辞めさせたんです。しかも…紹介状も退職金も一切出さず、身一つで追い出した。
そして自分に逆らわない人間だけで、周りを固めたんです」
「成功したかに見えたでしょうねぇ…。
私の目を潰したお姉様を…庇いだてすることに成功しましたからねぇ…。
もっとも…あの一件で、グレッド様はお姉様にも母親にも、見切りをつけたみたいですけどぉ」
薄ら笑いが…怖い…。
「でも残念でしたねぇ…。キリアンを囲い込んだのが…ファルメニウス公爵家だなんて。
私の実家のような…吹けば飛ぶような家だったら、アナタはキリアンを手中に出来たでしょうに…。
グレッド様の意志…ひいてはキリアンの意志を重視して、アナタと徹底抗戦の構えを取った。
ファルメニウス公爵家を潰すのは、王家だって無理って言われていますからねぇ…。
せっかく頑張って、ラスタフォルス侯爵家にアナタの血を入れたのにねぇ…」
イザベラの言葉に…震えながら顔を上げたダリアは…。
「……私の血なんて…どうでも…いいの…」
本当にぼそぼそと…か細い声で唱えるように…言った…。
「主人の血を…残したいだけだった!!役立たずの私を…ずっと庇ってくれた主人の血を…。
私を…私がいいって言ってくれた主人の血を…」
息も絶え絶えに言いながら…真っすぐにこっちを見た…。
この時ダイヤは…私のすぐ脇にいたんだけど、ダリアの目は…ダイヤと言うより、私に向けられて
いるようだった。その証拠に…。
「ダイヤを返してください…」
言った言葉がこれだもんなぁ…。
「私がいてはダメなら、ラスタフォルス侯爵家から、永久にいなくなります!!
だから…どうか…お願いです…」
最初の威勢が嘘のようにしおらしい…。最初から…そうやってきていりゃあ…。
いや…。
ダメだったろうな…。
ダイヤはそもそも、貴族になりたがってなかった。
なりたくないもんを…無理にやらせる気は、私もギリアムも無かった。
まして…今の法律を捻じ曲げる事だからなぁ…。
「結局アンタは自分の事だけかよ、くそばばぁ」
私の考えが正しいと言わんばかりに、後ろに下がっていたダイヤが声を上げる。
「親父が…死んでもアンタの所に、戻りたくないって言った気持ちがよくわかるぜ。
アンタは結局…自分の望みを叶えたいだけだ。自分の事しか考えてない。
親父の剣術をやりたくないっていう望みも、自分の為に受け入れなかった。
そして…オレがファルメニウス公爵家にいたいって、言う望みも、受け入れる気が無い」
「今更いかにもしおらしくして、それを叶えない奥様が悪人だなんて言ってみろ!!
親父の日記と遺書!!全部実名でぶちまけてやるからな!!
オレはテメェがいようがいなかろうが、ラスタフォルス侯爵家なんざ、死ぬほどどうでもいい
からな!!」
私はダイヤを落ち着かせるために、少し背中をさすってやる。
診断のために…この部屋には使用人が、全員集められていたからね…。
すごーくざわざわしているよ。
「さて…では、罪人を連行しろ、デイビス卿…」
「はい、団長」
デイビス卿は…本当に無表情に、サクサクと指示を出している。
「お、お待ちください!!ギリアム公爵閣下!!」
誰ともなく…使用人たちから声が上がる。
「何卒…実名公表だけは、お許しください!!
ダリア夫人に逆らえば…紹介状も退職金もなく、追い出されるのがわかっていたから…。
何もできなかったのです!!」
「ウチには小さい子供がいるのです!!」
「私にはデビュタントを控えた子が…」
「母と妊娠している妻が…」
ギリアムは…静かに目をつぶっている…。
たぶん…思い出しているんだろうな…。思い出したくもない…幼い日の記憶を…。
「私はな…別にキミらを攻める気は無い…」
その証拠に…恐ろしく冷たい表情を張りつけて…逆の事を言っている。
「誰だって、大切なものがあり、守りたいものがある…」
やがて…カッと目を見開き、
「だからと言って、子供を虐待した事実は変わらん!!」
重暗く…ずしんと人の心にのしかかる声で…、
「私は…しっかりとチャンスは与えただろう!!」
言った…。
「実名公表されたくなければ!!今度こそ見て見ぬふりなどせずに!!
ダリア夫人をキッチリ!!抑える事だな!!
それが出来なければ…約束通り、全てを実名で公表させてもらう!!」
ギリアムは…それだけ言うと、さっさと撤退した…。
その後がどうなるかなんて、知らね。
ヒルダ夫人とイザベラ夫人は…一緒にまた、ファルメニウス公爵家に帰って、匿った。
望みが永遠にかなわない。
そうなった場合のダリアの行動は…予測がつかないから…。
「少し、おしゃべりして行かれますか?」
私は…ヒルダ夫人を誘ってみた。
これは…私がこの人が…どこまで状況をわかっているのか、確認したいからでもあった。
ヒルダ夫人は笑みをこぼし、
「オルフィリア公爵夫人のお誘いでしたら…」
そう言ってくれたので、ギリアムも一緒になり、エマに新しいお茶を入れてもらう。
「さてと…これで本当に、どうなるか…ですね」
私の言葉に、
「これで動かぬなら…自業自得ですよ…。
実際に…今日顔ぶれを確認した限りで…見事に気骨のある人間は、いなくなっていました」
「やっぱりですか…」
私が…少しはにかむと、
「そりゃあもう…。
20年以上前ですが、あの家を出ていくまで…私があの家を取り仕切っていましたからね。
当時の使用人の性格は…把握しておりますよ」
「……当時、アナタがラスタフォルス侯爵家の離宮に移動する際、8割ほどの使用人が、
アナタについて行ったそうですね。
ダリア夫人は認めないでしょうが、アナタが引き抜いたわけではなく、アナタとダリア夫人の
力量の差が出ただけでしょう」
「あらまぁ…。さすがファルメニウス公爵家ですね。
そんなことまで、調べがついていたのですか…」
「ええ。そして…グレッド卿が子供のころ、ヒドイやめさせられ方をした人たちで…
ご存命の方には、話を聞けました」
「そうですか…。凄いですね。口の軽い者たちでは、無かったのですがね…」
そりゃそうだろう。ヒルダ夫人が選んだ人たちなんだから。
「あ~、オレが居ましたからね。
親父の日記には…その人たちのその後を、心配する記述があったんです。
それを見せたら…聞いてもいないことまで、結構喋ってくれましたよ」
「なるほど」
心底納得したような空気を、纏った言葉だった。
「これは私の予想ですがね…。
今ラスタフォルス侯爵家にいる使用人は、ダリア夫人の強引さと…本人が認めていない傲慢さには
少なからず辟易しているでしょう。
しかし…根が悪い人でないとわかっているからこそ、やめるまでには至っていない」
「実際…ダリア夫人のようなタイプは、自分の欲しい言葉をくれれば、機嫌を良くします。
でも意思に反することをすれば、かなり…自分勝手な理論でまくし立てるでしょうね。
だから…それがわかっている今の使用人は、自分に害が無ければ、ダリア夫人の言う事を大人しく
聞いておくでしょう。
それが…彼らの生き残り戦略でもあるのでしょう」
私は…持っていたティーカップを置き、
「私はこの予想に至ったからこそ、作ってみることにしたんですよ。
直接の被害を…被る例をね。
逆に…己の子や孫…親族が非難されるような事…されるとしても、すり寄れるのは、単なる自分だけが
可愛い人間。
自分の為なら、子や孫を平気で食い物に出来る人間です。
そのような人間に、遠慮はしません。
弊害が出るなら…出た時に処理いたします」
キッパリと言い切る。
ヒルダ夫人は…言葉を発せず、にこにこしながら、私の言葉を聞いていた。
「どうなるか…まあ、様子見です」
私は…ちょっとお茶とお菓子をつまみつつ、
「でも…残念ですよ。
ダリア夫人は…根はいい人だったのだろうに、なぜあそこまで歪んでしまったのか…」
私のこの言葉で…ヒルダ夫人から笑みが消え、
「……1人で何でも…抱え過ぎたのでしょうね…。
私は家にいる時…それを何度も注意したんですがね…」
「ヒルダ夫人は…本当に平等な目で見て、そうおっしゃったんでしょうね。
でも…残念ながら、ダリア夫人はその時もう…ヒルダ夫人の言葉を素直に受け取れなくなって
しまっていたんですよ。
本人の気の強さも災いして…傷ついてもそれを見せなかった」
「まあ…敵と対峙している時は、そういった事も必要ですが…。
そればかりでは、確実に疲弊しますよ」
ギリアムが…何だか突然入ってきた…。
多分…病気になった時の事…言っているんだろうな…。
「恐らく…グレッドの部屋で、日記を見つけて破棄したのは、ダリアでしょうね…」
重々しい口調で…ヒルダ夫人が呟く。
やはり…この人の目は欺けないなぁ…。
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みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。
でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。
王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!
藤野ひま
ファンタジー
わたくし王妃の身でありながら、夫から婚姻破棄と王都から出て行く事を言い渡されました。
初めての田舎暮らしは……楽しいのですが?!
夫や、かの女性は王城でお元気かしら?
わたくしは元気にしておりますので、ご心配御無用です!
〔『仮面の王と風吹く国の姫君』の続編となります。できるだけこちらだけでわかるようにしています。が、気になったら前作にも立ち寄っていただけると嬉しいです〕〔ただ、ネタバレ的要素がありますのでご了承ください〕
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