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番外編 魔王城のとある一日

エジタスとの買い物 (前編)

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 「うーん…………」



 ある日の早朝、サタニアは自室で未だかつて無い、窮地に立たされていた。



 「どっちにするべきかなー?」



 サタニアの目の前には、二種類の服がベッドに置かれていた。一種類目は、以前エジタスが帰還してくる際に手に取った、赤を基調とする赤と黒の二色を使った服。もう一種類は、アルシアが一緒に選んでくれた薄い黄緑色のワンピースでその下から白いレーススカートが見え隠れした服。



 「やっぱり無難にこの前のワンピースにしようかな…………でも、僕男だしな……」



        コンコン……ガチャ

 「失礼しますサタニア様…………おや、どうなされたのですか?」



 サタニアが服選びで悩んでいると、クロウトが扉をノックして入って来た。



 「あ、クロウト。実はね今日着ていく服はどっちが良いかなって思って……」



 「成る程そうでしたか…………これは私見ではございますが、サタニア様は何を来ても似合うと思います」



 「ほ、本当にそう思う?」



 「はい、勿論でございます」



 クロウトから見ても、サタニアはかなりの美形である。何度、女の子なのでは無いのかと疑った事か…………。その事も踏まえ、率直な意見を述べた。



 「そっか…………うん、よし決めた!エジタスとの買い物は、このワンピースの方で行く事にしよう!!」



 「…………え?」



 「ありがとうクロウト!それじゃあ僕着替えるから、一旦部屋を出て貰えるかな?…………その、少し恥ずかしいから……」



 「あ……はい、分かりました……それでは失礼します…………」

           バタン!



 クロウトはサタニアに言われるがまま、部屋を後にした。



 「(…………サタニア様が、エジタス様と買い物…………)」



 クロウトは扉の前で、一度停止してしまった思考を回転させ始めた。



 「(あんな……あんな道化師の何処が良いと言うのですか……サタニア様…………)」



 サタニアのエジタスに対する想いを、クロウトは知っていた。正直な所、何故サタニアがエジタスにそこまで好意を寄せるのか、理解出来ないでいた。



 「サタニア様……私はどうしても、あの男を信用する事が出来ないんですよ…………」



 クロウトの呟きは虚しくも、エジタスとの買い物を楽しみにしているサタニアの耳には、届かなかった。







***







 「エジタスー!」



 魔王城城門前。エジタスはサタニアとの買い物をする為、待ち合わせをしていた。



 「おお~、サタニアさん。こっちですよこっち~」



 「ごめん、待った?」



 「いえいえ、私も今丁度着いたのでそんなに待ってはいませんよ」



 「本当?良かった……」



 サタニアは待ち合わせに遅れて、迷惑を掛けてしまったのでは無いかと心配していたが、エジタスの言葉にホッと胸を撫で下ろす。



 「おや?その服はもしかして…………」



 「あ、うん。前に着た時にエジタスが褒めてくれたから、また着てみたんだけど…………どうかな?」



 「とても良くお似合いですよ~、何度見ても可愛いらしいと思います」



 「……や、やった!」



 エジタスに分からない様に、小さくガッツポーズを取ったサタニア。



 「それでは行きましょうか。サタニアさん、私の手にしっかり捕まってて下さいね」



 「うん!」



 サタニアは言われた通りにエジタスの手を握ると、パチンという音と共に視界が変わり、一瞬で近くの町まで転移した。



 「はい、到着ですよ~」



 「エジタスの転移は、いつもながら凄い能力だね」



 「場所や人を一度でも見ていれば、そこに行く事が出来ますからね~、今回の様な買い物関係も最短で済みますよ」



 「…………僕は、出来るだけ長くエジタスと一緒にいたいんだけどな……」



 だが悲しい事にサタニアの独り言は、エジタスには届いていなかった。



 「しかし、本当に大丈夫なのでしょうか?」



 「えっ、何が?」



 「魔族のトップであるサタニアさんが、こう平然と町中を歩き回って命とか狙われないのですか?」



 サタニアは曲がりなりにも魔王。おいそれと城から出ていい存在では無い。いつ何処で命を狙われても可笑しくないこの状況に、エジタスが心配事を口にした。



 「ああ、それなら心配要らないよ。基本的にほとんどの魔族が、魔王の姿を知らないんだ。それは、指揮官である魔王は滅多に表に姿を現さないのが、原因かもしれないね。特に三代目、僕の存在は魔王城でも上層部の人達しか知らない極秘情報なんだ」



 「ほぉ~、それなら安心ですね~」



 心配事が解消されたエジタスは、安心してサタニアと一緒に町の中を歩き始めた。



 「はぁ~、本当にこの町は魔族の方々ばかりなのですね~?」



 「それはそうだよ。ここら一帯の地域は魔族が支配しているんだから、多いのは当然だよ。そのお陰でこうして僕達は、買い物が出来るんだ…………ほら見えて来た!あそこが家具屋だよ!」



 サタニアが指差す方向には、一際目立つ大きな店が建っていた。



 「じゃあ、行こうかエジタス…………あ、ごめんなさい」



 後ろを振り向きながら歩いていた為、前から来ていた二人の魔族の内、一人の体にぶつかってしまった。



 「おいおい、何処見て歩いてやがるんだガキ!?……ん、あー!アニキの大切な一張羅にシワが出来てるじゃねぇーか!!どう落とし前付けてくれるんだ」



 「ご、ごめんなさい!!」



 「ごめんで済んだら魔王は要らねーんだよ!!アニキの一張羅はな、一億kもする超ブランド品なんだぞ!!許して欲しければ一億k、耳揃えて持って来んかい!!」



 「え、えっと、い、今は持っていません。一度家に帰って持ってきます」



 サタニアは魔王、1億位のお金は簡単に払う事が出来る。しかし、今はエジタスとの買い物で所持金は1000万kしか持ち合わせていない。



 「おいおい、俺達を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。そんな嘘で騙される俺達じゃねぇーんだよ!!家に取りに戻る振りをして逃げるつもりだろ!」



 「そ、そんな事しません!」



 「しらばっくれたって無駄……「待て……」……アニキ」



 ギャーギャー、喚き散らしているとぶつかった魔族、アニキと呼ばれている方がもう一人の言葉を遮る。



 「よく見れば嬢ちゃん、中々の美人さんじゃないか……そうだな、ウチが取り仕切っている店で働いてくれるって言うんだったら弁償しなくてもいい……」



 「えっ、で、でも僕はその……」



 「その辺にしてもらえますか~?」



 サタニアが戸惑いを見せていると、ようやくエジタスが助け船を出してくれた。



 「エジタス…………!」



 「何だ、お前は……?」



 「私はこの方の付き人です。私達はこれから、買い物の予定があるので先に進んでもよろしいでしょうか?」



 「寝言、言ってんじゃねぇーぞ!!アニキの大事な一張羅にシワを付けたくせに進んでもいいかだと!?……駄目に決まってんだろ!!」



 「…………うるせー、ちょっと黙ってろ……」



 「あ、アニキ……すんませんでした……」



 再び喚き出した魔族を、アニキと呼ばれている魔族が言葉で黙らせた。



 「ウチの者が騒いで悪かったな。だが、アイツが言った通りぶつかったのは事実。それ相応の誠意は見せて貰わないとこっちもメンツが保てません……」



 「おや~、おかしいですね。私が見た時、あなた達はサタニアさんとはかなり離れた位置を、歩いていた筈何ですけどね~。サタニアさんが通ろうした瞬間、素早く横にずれて、わざとぶつかった様に見えましたけど~」



 「えっ!?ほ、本当なんですか!」



 「チッ、見られてたのか。おい、相手は変な仮面野郎だけだ、片付けるぞ!」



 「ヘイ!」



 手口がバレた途端、実力行使に出た二人は、エジタスに襲い掛かって来た。



 「エジタス!!」



 「サタニアさん、少しの間目を瞑っておいて下さいますか~?」



 「えっ、あ、うん!」



 サタニアはエジタスに言われた通り目を瞑った。すると暗闇の中でも音は聞こえており、風を切る音や、何かがぶつかり合う音、大きな爆発音が響いて来た。しばらくすると、音は鳴り止み静寂が場を支配した。



 「サタニアさん、終わりましたよ」



 「エジタス?」



 サタニアがゆっくりと目を開けると、そこには無傷のエジタスと叩きのめされ、倒れている魔族の二人がいた。



 「エジタス、大丈夫!?怪我とかしていない!?」



 「ええ、この通りピンピンしていますよ~」



 そう言うとエジタスは、両腕の力こぶを見せながらスクワットをして見せた。



 「ぷっ、あはははは」



 「それじゃあ、行きましょうか」



 「そうだね!」



 「…………ま、待て!!」



 エジタスとサタニアが、改めて家具屋に向かおうとすると、アニキと呼ばれていた魔族がよろよろになりながらも何とか立ち上がり、声を掛けて来た。



 「今度は何ですか~?」



 「こ、こんな事して只で済むと思うなよ!!…………名前、名前は何て言う?」



 「そう言えば、自己紹介がまだでしたね~」



 アニキの言葉にエジタスは振り返り、いつもの“あの”ポーズを決めながら名乗りを上げる。



 「ど~も初めまして“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」



 「“道楽の道化師”エジタス…………その名前確かに覚えたからな……」



 そう言うとアニキは、もう片方の魔族を担ぎ上げ、何処かへと歩いて行ってしまった。



 「…………それじゃあ、行きましょうか」



 「うん!」



 そうして、エジタスとサタニアは家具屋へと向かったのであった。
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