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第十章 冒険編 魔王と勇者

真実

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 「し、師匠?」



 「エ、エジタス?」



 死んだと思われていたエジタスは、生きていた。それだけでも驚きの出来事なのだが、真緒とサタニアを強く抱き締めたと思った瞬間、真緒とサタニアのそれぞれの背中に、戦闘用ナイフが深く突き刺さっていた。



 「「…………あ」」



 するとエジタスは、先程まで強く抱き締めた真緒とサタニアを、体から引き剥がして床へと突き飛ばした。真緒とサタニアは、体の自由が何故か効かずそのまま横になって、倒れてしまった。



 「師匠……こ、これは……」



 「エジタス……何なのこれ……」



 突然の出来事に、理性が追い付かない真緒とサタニアは、口と目線だけでエジタスに問い掛ける。



 「“何”と言いますと……あぁ!!その刺さっているナイフについて、伺っているのですね~。そのナイフは元々“コピス”と呼ばれる剣でしてね~。この剣の特徴は、歴史ある剣の中でも最も古いという事で大きさは70㎝~80㎝なのですが、私がナイフサイズまでの大きさに改良を加えたのですよ~」



 しかしエジタスは、真緒とサタニアが問い掛けたナイフを刺した事では無く、そのナイフ自体について答えた。



 「あ……れ……?」



 「口が……上手く……動……か……ない……」



 次第に口が痙攣を起こし始め、まともな会話は出来なくなって来た。



 「ふふふ…………実はそのナイフには、麻痺する薬が塗ってあったのですよ~。覚えていますかサタニアさん?私とあなたが初めて会った時、あの時使用した痺れ茸を材料にしているのです」



 「「あ……あ……」」



 やがて痺れは、完全に体に回った。真緒とサタニアは、瞬きすら出来なくなってしまった。



 「~~~♪~~♪~~♪“すり抜け”」



 エジタスは、鼻唄交じりに倒れている二人の側に近づくと、両手を真緒とサタニアそれぞれの腹部へと突き刺した。



 「「あ……がぁ……!!」」



 しかし出血はしていなかった。まるで皮膚をすり抜けて、直接内蔵を触られている様に感じた。



 「…………よっと!!」



 ある程度内蔵をこねくり回した後、エジタスはゆっくりと両手を真緒とサタニアの体から、引き抜いて行く。すると引き抜かれた両手にはそれぞれ、白く輝く王冠と黒く輝く王冠が握られていた。



 「おぉ~!!漸く、漸く手に入れました!!“光の王冠”と“闇の王冠”!!」



 真緒とサタニアの体から、引き抜いた二つの王冠を掲げて喜ぶエジタス。



 「マオさん!!」



 「マオウサマ!!」



 「エジタスさん、これはいったいどういう事ですか!!」



 「エジタス……てめぇ、いったい何してやがる!!」



 「マオぢゃん!!エジタスざん、どうじでナイフを刺じだんだぁ!!?」



 「答えなさいエジタスちゃん……返答によっては、あなたを殺すわよ……」



 そんな一連の出来事を、目の当たりにしてしまった事で理解が追い付かず、動けなかった六人はエジタスを問い詰める。



 「はぁ~、外野がワー、キャー、やかましいですね~」



 それに対してエジタスは、呆れた様に深い溜め息をついた。



 「分かりました……そこまでお聞きになるのであれば、お答えしましょう~。全ての真実という物を…………」



 “真実”その言葉に、全員が口を閉じて耳を傾ける。



 「私にはね、ある目的があったのですよ…………」



 「目的…………?」



 「この世界を、“笑顔の絶えない世界”にする事です」



 エジタスは、光の王冠と闇の王冠をそれぞれ親指で優しく撫でながら、問い掛けに答える。



 「この世界はもはや、修復不可能な程に病んでいるのですよ。戦争、貧困、いじめ、差別、いちいち数えていたら切りがありません……そこで私は考えました。そうだ!世界中の人が笑顔になれば、全て解決するとね~」



 「そんな……突拍子も無い事が、出来る訳が無いだろう!!」



 「エジタスさんの言葉は、確かにとても理想的だ。だが、皆が笑顔になるだけで全てが解決するとは思えない」



 「もし…………仮にそれが本当だとしも、いったいどうやって、笑顔の絶えない世界を実現させようとしているの?」



 エジタスの言葉にシーラが怒鳴り声をあげて、それに賛同するかの様にフォルスがエジタスの言葉を否定する。そして、アルシアがそのやり方について問い掛けて来た。



 「それは出来ませんね~。こんな所で、計画についての全貌を教えるのは野暮って物ですよ~。ですがそうですね、マオさんとサタニアさんを刺した理由位なら、教えて差し上げましょうかね~」



 それは願ってもない事だった。六人にとって、エジタスの目的よりも真緒とサタニアを刺した理由の方が、気になっていた。



 「それはですね…………私の計画には“ワールドクラウン”が、必須だったからですよ」



 「“ワールドクラウン”?」



 「ぞれっで、アーメイデざんの所で読んだ伝記に出で来る、伝説の王冠の事だがぁ?」



 「えぇ、あのお話に記されていた双子の姉妹『長女はこの世界とは別の世界へ、次女は魔族達が住むとされる暗い森の中へ、それぞれ姿を眩ますのだった』この姉妹の意思を受け継いだ者こそ、マオさん、サタニアさん、あなた達二人なのですよ!!」



 「「「「「「「「!!」」」」」」」」



 エジタスの口から告げられた、衝撃の真実にその場にいる全員が、驚きの表情を隠せなかった。



 「それってつまり……マオさんと魔王は……姉妹?」



 「いえ、それは違いますね。伝記によれば『二つの王冠を体に取り込んだ』とあります。これを元に、分かりやすく説明するのであれば、双子の姉妹が死んだ後も王冠その物は消滅せずに、所有者である双子の姉妹と同じ意思を持つ者の体の中へと、自動的に移るという訳です」



 「それじゃあ……魔王様と勇者は……」



 「双子の姉妹と同じ意思を抱く者。つまり、光の王冠と闇の王冠を所有出来る人物だったのですよ~!!」



 双子の姉妹と同じ意思を持つ人物が、両方揃う事など、こんな偶然が本当にあるのだろうか。



 「そもそも、私がサタニアさんに近づいた理由は、闇の王冠を持つ可能性が一番高いと思ったからなんですよね~」



 「…………えっ?」



 「伝記には、『次女は魔族達が住むとされる暗い森の中へ』と記されています。これを察するに、闇の王冠は魔族の誰かが持っていると確信し、伝記に記されている次女の性格と照らし合わせた所、見事サタニアさんが最も近しい性格の持ち主だったのです!!」



 サタニアは信じられなかった。あのエジタスが、魔族である自分に優しく接してくれたエジタスが、最初から闇の王冠が目当てで近づいて来ただなんて、信じられなかった。いや、信じたくなかった。



 「でも問題は、そこからでした。闇の王冠を見つけたは良い物の、肝心の光の王冠が見つからなかった……伝記には、『長女はこの世界とは別の世界へ』と記されています。私は、異世界の事だとすぐに分かりました。しかし、異世界からの転移をさせられるのは、カルド王国の王家だけ……どうすれば意図的に異世界から、転移させられるだろうかと思った矢先、都合良くカルド王国の王女が、異世界から転移させて来たではありませんか~!」



 エジタスが、試行錯誤を重ねているその最悪のタイミングで、シーリャは異世界転移を行ってしまったのだ。



 「そこで私はチャンスだと思い、偵察と言って転移者を下見に行きました。しかし、見たらがっかり……長女の性格に近しい人物はいませんでした……皆傲慢で自分中心の人しかおりませんでした。諦めて魔王城に帰ろうとした瞬間、出会ったのです……そう、マオさん……あなたにね!あなたこそが、長女の性格に最も近しい存在だったのです!!」



 「……えっ……?」



 「しかし、悲しい事にマオさんは心に深い傷を負っていた。このまま心が衰弱した状態で光の王冠を取り出しても、本来の力を発揮出来ないのではないか……そう思った私は、マオさんを鍛え上げる事にしたのですよ~」



 「そん……な……」



 全て、光の王冠を正常に取り出す為の芝居だった。そんな受け入れがたい真実に、真緒の心は押し潰されてしまった。



 「おや~、お二人ともどうしたのですか~?そんなに落ち込まないで下さいよ~。まぁでも、私がこの世界を“笑顔の絶えない世界”にすれば、すぐに幸せな気分になると思…………!!」



 エジタスが次の言葉を話そうとするが、フォルスの矢とシーラの槍に遮られてしまった。



 「もういい……それ以上、口を開くな……」



 「これ以上、マオの事を傷つける様なら、エジタスさんでも容赦はしませんよ…………」



 「…………全く……短気は損気……という言葉を知らないのですか……それとも、早く殺されたい人達なのかな?」



 真緒とサタニアの心を守る鳥人と竜人、そしてそんな心を壊そうとする一人の道化師。戦いの火蓋が切って落とされる。
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