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最終章 笑顔の絶えない世界
エジタスの本当の望み
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皆の感情を注ぎ込んだ“フィーリング・ストライク”と、隕石として地上に向けて落下して行くエジタスがぶつかり合った。
「「はぁあああああ!!!」」
真緒とサタニアが握り締める純白の剣と、エジタスがぶつかり合う事で火花が激しく散って行く。
「行け、マオ!!この戦いに終止符を打つんだ!!」
「魔王様!!頑張って下さい!!エジタスの奴なんかに負けないで下さい!!」
「マオぢゃん!!負げるなぁ!!」
「マオウサマ!!センセイヲ、トメテクダサイ!!」
「マオさん!!私は、マオさんがエジタスさんを助けられると信じています!!」
「サタニア様!!サタニア様の想いは、必ず届きます!!諦めないで下さい!!」
「私達の……二千年前から続いているこの呪いを断ち切ってくれ!!」
「「「「「頑張れ!!」」」」」
「「「「「負けるな!!」」」」」
地上では、真緒とサタニアの勝利を願って仲間達がそれぞれ声援を送っていた。遥か上空にいる事から、声援は真緒とサタニアの耳には届いてはいない。しかしその想いは確りと伝わっている。
「「はぁあああああ!!!」」
「(仲間達の声援を糧に、全力を尽くして奇跡の勝利を収める……夢見すぎだろ)」
仲間達の声援に、必死に答えようとする真緒とサタニア。そんな二人を嘲笑う様に、エジタスの落下は止まらない。
***
「だ、駄目だ!!押し切られる!!」
徐々に高度が下がり始める真緒とサタニアを見ながら、フォルスが絶望の声で叫ぶ。その絶望は、地上にいる者達全員に伝染し始める。死への不安と恐怖が場を支配する。
「お、おい……速くここから離れた方が良いんじゃないか?」
「そ、そうよ……もしかしたら、運良く助かるかもしれないわ」
「そうだ……逃げよう」
「「「「逃げよう……逃げよう……逃げよう……逃げよう……」」」」
海賊、人魚、鳥人。各々の種族がこの場から離れようと相談し始める。
「おい!!この場から逃げ出そうとしたら、この俺が切り刻んでやるからな!!」
「「「「「!!!」」」」」
逃げ腰の三種族に対して、ジェドが怒鳴り声を上げた。そんな怒鳴り声に一同、黙り込んでしまった。
「皆さん……あの遥か上空では、マオさんと魔王の方が懸命に戦っているのですよ。そんな方々を置いて逃げようだなんて、恥ずかしいと思わないんですか!?」
「どうやら見込み違いだった様だね……優秀で勇敢な鳥人達を選抜したつもりが……どうやら只の腰抜けだった様だね」
「あんた達が逃げるのは勝手だけどさ……あんな巨大なエジタスが地上に落ちてきたら、何処に隠れたって消し炭になると思うよ……」
「「「「「………………」」」」」
ジェドに続き女王、トハ、スゥーの三人も逃げようとした三種族に対して、哀れみの目を向ける。
「“あいつら”を見ろ。一時も目を離さないでマオ達を見守っている」
「……例え怖くても……恐ろしくても……逃げ出したいと思っても……最後まで信じなさい……彼等の様に」
「「「「「…………」」」」」
怖い。恐ろしい。死にたくない。時間が立てば立つ程に、恐怖の感覚は大きくなっていく。ビントとククの言葉を切っ掛けに、今すぐに逃げ出したいという気持ちを押し殺し、三種族は、真緒とサタニアの二人を信じて地上から見守る事にした。
***
「「うっ……ぐぐぐ……!!!」」
先程の威勢とは裏腹に、真緒とサタニアの勢いは確実に弱くなっていた。突き出した剣先が震え始める。
「そ、そんな……皆の感情を一つにしたのに……師匠の殺意には勝てないって言うの……?」
「あ、諦めたら駄目だよ!!最後まで希望を捨てちゃいけない!!僕達の手でエジタスを止めるんだ!!」
「で、でもこれ以上は……もう……」
「うっ……うぅ……」
不安と絶望が、真緒とサタニアの剣に迷いを生じさせる。剣先の震えが次第に大きくなり、徐々に押し切られて行く。
「所詮、お前達の感情などその程度だったという訳だ。例え何人もの感情が集まろうと、俺の世界に対する感情の方が上だ。こんな状況下で、助けたいだ何だと綺麗事を並べているお前達では、俺に勝つのは不可能だ。世の中はもっとシンプル、“生きる”か……“死ぬ”かなんだよ!!」
「「!!!」」
剣先に更なる重みが加わった。エジタスは、真緒とサタニアを潰しに掛かって来た。次第に高度が下がって行く。
「いったい……どうしたら……」
「マオ……くそっ…………」
終わった。全てが終わった。皆の感情を一つにして放てば、隕石として落下して行くエジタスを止められると思っていた。しかし、現実は非情。希望を失い、二人が諦めようとしたその時…………“時が止まった”。
「「!!?」」
否、正確には止まっていなかった。真緒とサタニアの周りの時間がゆっくりになっていたのだ。空気の流れ、風の音、エジタスの落下速度。その全てがゆっくりになっていた。
「こ、これって……?」
「……走馬灯……いや、何かが違う……これはいったい……?」
真緒とサタニアは、走馬灯の線を疑ったが、それにしてはとても現実的であり、何よりも過去の記憶がフラッシュバックしない。いったい何が起こったのか訳が分からず、酷く混乱し始める。
「何が……どうなっているの?」
「…………あっ、マオ!!あれを見て!!」
「!?」
真緒は、大声を上げるサタニアの目線の先に顔を向ける。するとそこには、青白い光の玉が空中に浮かんでいた。
「あ、あれって……ヴァルベルトさんの時と同じ…………」
真緒には見覚えがあった。それは、元四天王であるヴァルベルトの屋敷で見掛けた、ヴァルベルトの亡き恋人エルの魂に酷似していた。
「でも……エルさんの魂は成仏した筈……それじゃあいったい誰の……?」
「えっ、ちょっ、ち、近付いて来るよ!?」
誰の魂なのか考えていると、浮かんでいた魂は、真緒とサタニア目掛けて勢い良く近付いて来た。そして何の躊躇も無く、真緒の純白の剣に飛び込んで来た。するとその瞬間、純白の剣は今までに無い程に光輝き始めた。
「こ、これは!?」
「いったい何がどうなっているの!?」
その輝きは、真緒やサタニアがエジタスを助けたいという感情を注いだ時とは、まるで比べ物にならない程の輝きであった。
“あの子を……あの子を救ってあげて……”
「「!!?」」
純白の剣に何者かの魂が取り込まれ、かつて無い程の光を放ったと思った矢先、純白の剣の柄を握っている真緒とサタニアの脳内に、誰かの声が流れ込んで来る。
「あ、あなたは…………?」
“あの子を……救って上げて……あの子を心の底から愛しているあなた達にしか出来ない……お願い……あの子を……”
声から察するに女性だが、お姉さんというより、年相応のお婆ちゃんに近い声であった。
「知らない人の筈なのに……どうしてだろう……この人の声を聞いていると、凄く安心出来る……」
“エジタスを……救って上げて……”
真緒とサタニアには、それが誰かは分からなかった。だがそれよりも、その声はとても暖かく優しい声だった。先程まで不安と恐怖で押し潰されそうになっていた自身の心が、落ち着きを取り戻していた。
「「…………」」
二人は何も言葉を口しなかった。謎の声にお願いされずとも、二人の想いは既に決まっている。真緒とサタニアの柄を握る力が強まる。
「サタニア……終わらせよう……」
「うん……これ以上、エジタスに甘えてばかりはいられないもんね……」
心の成長。今までずっと、エジタスを心の支えとしていた真緒とサタニアが、大人としての一歩を踏み出した。エジタスから言わせれば、感情の高ぶりによる一時的な気の迷い……そうかもしれない。だがしかし重要なのは、現状において一歩踏み出そうとしている事だ。例え一時的な気の迷いだとしても、生きるか死ぬかの現状で一歩踏み出すというのは、勝利への道に大きな意味をもたらす。
「「はぁあああああ!!!」」
ゆっくりと動いていた時間が、元の速さを取り戻す。
「な、何だ!!?」
元の速さに戻った事で、エジタスは急激に強さを増した真緒とサタニアに、驚きと困惑を隠せなかった。
「こ、この力は……あり得ない……こんな急激に強さが増すだなんて……!?」
「おぉ!!徐々にマオ達が押して行ってるぞ!!」
「行ける!!そのまま押し切るんだ!!」
地上では歓喜が高まっていた。勢いを取り戻した真緒とサタニアに比例して、地上からの声援の大きさや熱量が強くなって来ていた。
「ふ、ふ、ふざけるなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
エジタスは感情を剥き出しにしながら、全身の力を余す事無く、真緒とサタニアのぶつかり合いに注ぐ。
「ぐぐぐっ…………!!!」
しかし、それでも状況は好転せず次第に押し切られ始める。
「(こんな……こんな展開……認められるか!!何故、俺が劣勢にならなければならない!!二千年……二千年だぞ!!ここまで来るのに、二千年もの時間を掛けたんだぞ!!それを……こんな一時の感情に己の命を賭ける様な……浅い望みを抱く連中なんかに、追い詰められる訳が無い!!)」
完全に有利な立ち位置にいた筈が、瞬く間に不利な立ち位置に入れ替わってしまった。そんな理不尽な展開に、エジタスは激しい怒りを覚えた。
「(くそっ!!くそっ!!くそっ!!俺はこの世界を“笑顔の絶えない世界”にするという、崇高な望みの元に動いているのに……何故だ!!?何故なんだ!!?)」
“それは君が、本当に望んでいる事では無いからじゃないかな”
「!!?」
また聞こえた。耳元で囁く様に、幼き少年の様な声が聞こえた。
「(お前は…………!!)」
その声が聞こえた瞬間、エジタスは自身の意識を内側へ向けた。
***
真っ暗な世界。周りには何も存在せず、闇だけが広がっている。しかし、真っ暗な世界にも関わらず、エジタスの姿形はハッキリと確認する事が出来た。だがそれよりも不可解なのが、エジタスの真横に並ぶ形で、仮面を被ったもう一人の“エジタス”が立っている事だ。
『「…………」』
ここは“意識の世界”、エジタスが抱く多くの感情の中心地。つまり今現在立っているのは、仮面を外した“化物”としてのエジタスと、その真横に並ぶ仮面を被った“道楽の道化師”としてのエジタスの二人という事だ。
『「…………」』
そんな二人は互いに、正面の一点だけを見つめていた。コツコツ……と、誰かが近付いて来る足音が聞こえる。二人は、ある人物と接触する。
“やぁ、久し振りだね……二千年振り位かな……?”
「……今更何しに来た?」
その人物は“子供”だった。幼く小さい容姿に対して、“エジタス”と同じ様に皮膚が爛れており、歯茎が剥き出しであった。
“辛辣だな……僕が基本人格の筈なのに……”
「基本人格だと?甘えた事を言ってんじゃねぇよ!!お前は二千年前に死んだ!!家族に裏切られたという事実から逃げたいが為に“俺”という人格を作り、殻に閉じ籠った只の臆病者だ!!」
『その通りです!!この二千年間、考えて行動を起こしていたのは“私”と彼です!!今まで介入して来なかったあなたが、今更横槍を入れようだなんて虫が良すぎるんですよ~!!』
基本人格。その言葉を聞いた二人のエジタスは、声を荒げる形で目の前の子供を怒鳴り付けた。
“確かにそうだね……僕は逃げた。家族に裏切られた事実が受け入れられなくて、認めたくなくて、目を背ける形で君という存在を作り出した……これ以上、自分が傷付かない様に……”
目の前の子供の正体。それは二千年前、惨めにも愛する家族に捨てられた本来の人格を持つ幼き“エジタス”だった。
“だけど、今回こうして二人と向かい合ったのは、何も横槍を入れようと思った訳じゃない……君達の……いや、僕達の本当の望みを思い出させる為に、向かい合ったんだ”
「俺達の……」
『本当の望みですって~?』
幼きエジタスの発言に、道化師のエジタスと化物のエジタスは、疑問の表情を浮かべる。
「何を今更……俺達の望みは、この世界を“笑顔の絶えない世界”にする事だ」
“本当にそうかな?”
『何が言いたいのですか~?』
“笑顔の絶えない世界……それは僕達の望みじゃなくて……オモトの望みだろ?”
「『!!?』」
オモト。エジタスの命の恩人であり、道楽の道化師が生まれる切っ掛けとなった人物。良くも悪くも、オモトの存在はエジタスに大きな変化をもたらした。
「ど、どう言う意味だ?」
“どう言う意味も何も、そのままの意味だよ。笑顔の絶えない世界にしたいと望んでいたのはオモトであって、僕達では無い。僕達はあくまで、あの人の望みを代行しているだけに過ぎない”
『それは違いますよ~。オモトさんを失ったあの時、私達はこの世界の在り方に疑念を抱き、この世界から争いを失くそうと望み始めた。つまり、私達の望みはオモトさんと同じ“笑顔の絶えない世界”……決してオモトさんの代行ではありません!!』
「そうだ!!俺達は……俺達自身の意思で行動を起こしている!!ババァの死は、切っ掛けに過ぎない!!」
道化師のエジタスは、幼きエジタスの意見を全否定する。それに便乗する形で、化物のエジタスも幼きエジタスの意見を全否定する。
“そう……それなら聞くけど……仮にこの世界を笑顔の絶えない世界に出来たとして、その後君達は何がしたいの?”
「何がしたい……だと……?」
幼きエジタスの予想外の言葉に、二人のエジタスは思わず呆気に取られてしまった。
“この世界を笑顔の絶えない世界にしたとして……それから先、君達は何がしたいの?”
「それは勿論、この世界から虐めや差別や争いを失くして……」
“それは過程の話だろ?僕が聞いているのは笑顔の絶えない世界になった後、虐めや差別や争いが失くなった後に何がしたいのかだよ”
「…………」
『…………』
二人のエジタスは口籠る。何がしたいのか適当に述べようとするが、そのどれもが適切では無く、明確な答えでは無かった為、結果何も反論する事が出来なかった。
“君達はマオ達、サタニア達の望みが浅いと言っていたけど……僕から言わせれば、後先の事を考えてない君達の方が余程浅い望みだと思うよ”
「……っ!!」
幼きエジタスに論破され、舌打ちを鳴らす化物のエジタス。自ら発した言葉が、ブーメランとなって胸を抉る。
『それが……それが一体何だと言うのですか!?私達の望みがマオさん、サタニアさんと同じ浅い物だとしても、私達の方が二千年という時間を経由しているんです!!重みが違いますよ!!重みが!!』
“でも……実際問題、押し切られそうになっているよね?”
『うっ……そ、それは……』
幼きエジタスの言う通り、今現在エジタスは真緒とサタニアに押し切られそうになっている。その現実が、道化師のエジタスの口を黙らせた。
“浅い望みの上に他人の望み……そんなんじゃ、押し切られそうになるのは至極当然…………僕達はそろそろ思い出すべきなんだよ……”
「思い出す……?」
『いっ、一体何を……?』
二人のエジタスに問われると、幼きエジタスは静かに目を閉じる。そして、一呼吸間を置いてからゆっくりと目を開ける。
“君達の……いや、僕達の本当の望みを……”
「俺達の……」
『本当の望み……?』
幼きエジタスは首を縦に振り、二人のエジタスとの距離を徐々に詰める。
“オモトが亡くなったあの日、記憶の奥底に封印した僕達の本当の望み……”
そう言いながら幼きエジタスは、道化師のエジタスと、化物のエジタスの手をそれぞれ握った。
「『!!!』」
その瞬間、二人のエジタスの脳裏にあの時の記憶が甦る。オモトが亡くなった運命の日の出来事。忘れていた。否、本当は覚えていた。しかし、オモトの意思を尊重する為に、記憶の奥底に封印した“エジタス”の本当の望み。
「そうだ……そうだった……忘れていた……忘れようとしていた……俺達の……俺達の本当の望み……」
『オモトさんの為……世界の為……私達は、私達自身の本当の望みを封印した……』
“それが幸せへの近道だと言い聞かせて……だけど、思い出す時が来た。二千年間、封印して来た僕達の本当の望み……”
本当の望みを思い出した三人のエジタスは、お互いの目を見つめ合う。
『私達は……』
「俺達は……」
“僕達は……”
***
「「「「「行けぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」」」」」
「「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」
「“私”は……“俺”は……“僕”は……」
『「“只、誰かに側にいて欲しかった”」』
それこそが“エジタス”の本当の望み。家族に裏切られ、大切な恩人は目の前で殺された。それから二千年、“笑顔の絶えない世界”の為に無我夢中で動いた。しかし気が付けば、側には誰もいなかった。エジタスは只純粋に、誰かに側にいて欲しかった。独りぼっちになってしまう寂しさ、心苦しさを誰かに埋めて欲しかった。だが、醜い見た目のエジタスを受け入れる者は、誰もいなかった。エイリスやオモトなど、受け入れてくれる極僅かな人々も、すぐに側を離れてしまった。だからこそエジタスは、虐めや差別や争いの無い“笑顔の絶えない世界”を求めた。自身の本当の望みを満たす為に。
仲間達の声援、真緒とサタニアの強い想い、純白の剣の突然の強化、エジタスの戸惑いと気の緩み。全ての偶然が重なり合う。
そして………………。
真緒とサタニアの剣が、エジタスの体を勢い良く貫いた。
「……バ……バ……バ……バァアアアアアアカァアアアアアアなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
体を貫かれたエジタスは、両手を天に掲げながら仰け反る。そして叫び声と共に爆散した。飛び散る肉片と血液の雨の中、空一面を覆っていた肉と骨は晴れ、綺麗な青空が広がっていた。
***
「……うっ……あ……あぁ……」
綺麗な青空の下、エジタスは瓦礫の山と化した魔王城に仰向けで倒れていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「「…………」」
仰向けで倒れているエジタスの姿は、非常に酷い物だった。呼吸はか細く、全身の皮膚は黒く変色している事から、壊死している事は明白だった。そんなエジタスに真緒達、サタニア達が側へと歩み寄って来た。その悲しげな表情から、非常に心を痛めてる事が伺えた。
「はぁ……はぁ……自分の細胞を……無理矢理分裂させたんだ……こうしたデメリットは覚悟していた……だがまさか……負けるだなんて思っても見なかった……残念な事だが、もう間も無く俺は死ぬ…………」
「自業自得だな」
「アーメイデさん!?」
そんな中、アーメイデが皆より一歩前に歩み出る。そんなアーメイデも全身がひび割れており、中からは青白い光が漏れ出ており、いつ砕け散ってもおかしくない状況だった。
「はぁ……はぁ……アーメイデ……か……へっ、良い気分だろうな……復讐を成し遂げられて……これで満足か!?」
「…………馬鹿言ってるんじゃないよ……こんなんで満足なんかしないよ……」
そう言いながらアーメイデは、仰向けで倒れているエジタスの側に座り込み、距離を縮める。
「そうか……なら、気が済むまで俺を痛め付けるがいい……どうせ俺もお前も長くは無いんだからな!!」
「そう……長くは無い……私もあんたも……だから一緒にあの世で、コウスケに謝りに行こう」
「…………は?」
エジタスは一瞬、アーメイデが何を言っているのか理解出来なかった。
「私自身、あの世に行ってもコウスケに許して貰えないかもしれないって、ずっと踏ん切りが着かずにいた。でも、あんたと一緒ならコウスケに謝る事が出来る……そして仲直りしたら、また三人で一緒に……いや、初代魔王のサタニアも一緒に入れて、四人で一緒に冒険に出掛けよう……」
「…………」
アーメイデは、優しくエジタスの頬を撫でる。そしてゆっくりと顔を近付けて、エジタスの耳元で静かに囁く。
「先に行って待ってるよ」
その瞬間、役目を終えたのかアーメイデの体は崩壊し、青白い光と供に天へと登って行った。
「アーメイデさん……ありがとうございました……」
「…………」
真緒達、サタニア達は空を見上げながらアーメイデを見送る。そんな中エジタスも、青白い光となって消えたアーメイデをじっと見つめていた。
「……くっ……くくく……あっははははははははは!!!」
すると突然、大声で笑い始めた。
「何が『先に行って待ってるよ』だ!!そもそもあの世が存在するかどうかも分からないってのに、夢見てるんじゃねぇよ!!散々、俺を殺そうとした癖に最後の最後で綺麗事並べて死にやがった!!結局お前も、罪悪感を残して死ぬのが怖い只の軟弱女だったって訳だ!!あっははははは!!!」
「師匠……」
「エジタス……」
「ははは……次はお前達か……何だ?お前達も綺麗事並べに来たのか?」
アーメイデが消え去った事を、笑い飛ばすエジタス。そんなエジタスの側に、今度は真緒とサタニアが歩み寄って来た。するとエジタスは、真緒とサタニアを煽る。
「はい、その通りです。私は、師匠の事が本当に大好きです……師弟としてでは無く、一人の男性として……」
「僕も、エジタスの事を心の底から愛しているよ……男が男に恋するのは気持ち悪いと思うかもしれない……けど、やっぱり自分の気持ちに嘘はつきたくない……」
「けっ!!胸糞悪い!!さっきからどいつもこいつも口ばかり!!口だけなら何とでも言える!!俺に愛してる事を認めさせたいなら、行動で示せ!!まぁ、残念ながらもうすぐ俺は死ぬ!!時既に遅しってな!!あっはははははははははははははは……は……は……は?」
エジタスが高笑いを上げていると、真緒とサタニアがエジタスを抱き抱え、両頬に自身の唇を押し当てた。それは紛れもない“キス”であった。
「これで……認めてくれますか?」
「僕達の愛が本気だって事……」
「……気持ち悪い……俺の頬に唾を押し付けやがって……」
二人の愛を示した行動に対して、エジタスは憎まれ口を叩く。
「師匠……例えあなたがどれだけ拒絶したとしても……」
「僕達は、エジタスの事を愛し続ける……僕達はエジタスと同じ、普通じゃないから……」
「師匠……」
「エジタス……」
「私は……」
「僕は……」
「「あなたの事が大好きです!!」」
告白。真緒とサタニアは、エジタスを抱き締めながら、耳元で愛のある言葉を口にした。その言葉はとても暖かく優しい言葉であり、エジタスの耳を心地よく擽った。
「…………」
するとエジタスは、残された力を振り絞り、両腕を真緒とサタニアの背中に回す。そして強く抱き締め返す。
「そこまで……そこまで俺の事を……その真剣な気持ちに答えなければ、男として廃ってしまうな……今こそ答えよう……俺の……俺の本当の気持ち……俺は……俺はお前達の事が……」
首を前に突き出して、真緒とサタニアの耳元で優しく囁いた。二人に対するエジタスの本当の気持ち。
「この世で一番“大嫌い”だ」
エジタスの本心。真緒とサタニアがどれだけエジタスの事を愛してようと、エジタスの心は揺るがない。エジタスの本心を受け取った真緒とサタニアは、顔を引いてエジタスにその表情を見せる。
「「知ってる!!」」
「!!!」
満面の笑み。一点の曇りも無い純粋無垢な笑み。二千年間、エジタスが今まで見て来た笑顔の中で、最も輝いていた。そんな笑顔を見たエジタスは、深い溜め息を吐いた。
「…………あ~あ、つまんねぇ人生だったなぁ…………」
そう言いながらエジタスは、綺麗な青空を見上げる。そしてゆっくりと目を瞑り、眠る様に息を引き取った。
「師匠……」
「エジタス……」
「「おやすみなさい」」
こうして、世界を平和にしようとした“道楽の道化師”エジタスは、平和を望まぬ少女達の手によって、その二千年の生涯を終えた。
「「はぁあああああ!!!」」
真緒とサタニアが握り締める純白の剣と、エジタスがぶつかり合う事で火花が激しく散って行く。
「行け、マオ!!この戦いに終止符を打つんだ!!」
「魔王様!!頑張って下さい!!エジタスの奴なんかに負けないで下さい!!」
「マオぢゃん!!負げるなぁ!!」
「マオウサマ!!センセイヲ、トメテクダサイ!!」
「マオさん!!私は、マオさんがエジタスさんを助けられると信じています!!」
「サタニア様!!サタニア様の想いは、必ず届きます!!諦めないで下さい!!」
「私達の……二千年前から続いているこの呪いを断ち切ってくれ!!」
「「「「「頑張れ!!」」」」」
「「「「「負けるな!!」」」」」
地上では、真緒とサタニアの勝利を願って仲間達がそれぞれ声援を送っていた。遥か上空にいる事から、声援は真緒とサタニアの耳には届いてはいない。しかしその想いは確りと伝わっている。
「「はぁあああああ!!!」」
「(仲間達の声援を糧に、全力を尽くして奇跡の勝利を収める……夢見すぎだろ)」
仲間達の声援に、必死に答えようとする真緒とサタニア。そんな二人を嘲笑う様に、エジタスの落下は止まらない。
***
「だ、駄目だ!!押し切られる!!」
徐々に高度が下がり始める真緒とサタニアを見ながら、フォルスが絶望の声で叫ぶ。その絶望は、地上にいる者達全員に伝染し始める。死への不安と恐怖が場を支配する。
「お、おい……速くここから離れた方が良いんじゃないか?」
「そ、そうよ……もしかしたら、運良く助かるかもしれないわ」
「そうだ……逃げよう」
「「「「逃げよう……逃げよう……逃げよう……逃げよう……」」」」
海賊、人魚、鳥人。各々の種族がこの場から離れようと相談し始める。
「おい!!この場から逃げ出そうとしたら、この俺が切り刻んでやるからな!!」
「「「「「!!!」」」」」
逃げ腰の三種族に対して、ジェドが怒鳴り声を上げた。そんな怒鳴り声に一同、黙り込んでしまった。
「皆さん……あの遥か上空では、マオさんと魔王の方が懸命に戦っているのですよ。そんな方々を置いて逃げようだなんて、恥ずかしいと思わないんですか!?」
「どうやら見込み違いだった様だね……優秀で勇敢な鳥人達を選抜したつもりが……どうやら只の腰抜けだった様だね」
「あんた達が逃げるのは勝手だけどさ……あんな巨大なエジタスが地上に落ちてきたら、何処に隠れたって消し炭になると思うよ……」
「「「「「………………」」」」」
ジェドに続き女王、トハ、スゥーの三人も逃げようとした三種族に対して、哀れみの目を向ける。
「“あいつら”を見ろ。一時も目を離さないでマオ達を見守っている」
「……例え怖くても……恐ろしくても……逃げ出したいと思っても……最後まで信じなさい……彼等の様に」
「「「「「…………」」」」」
怖い。恐ろしい。死にたくない。時間が立てば立つ程に、恐怖の感覚は大きくなっていく。ビントとククの言葉を切っ掛けに、今すぐに逃げ出したいという気持ちを押し殺し、三種族は、真緒とサタニアの二人を信じて地上から見守る事にした。
***
「「うっ……ぐぐぐ……!!!」」
先程の威勢とは裏腹に、真緒とサタニアの勢いは確実に弱くなっていた。突き出した剣先が震え始める。
「そ、そんな……皆の感情を一つにしたのに……師匠の殺意には勝てないって言うの……?」
「あ、諦めたら駄目だよ!!最後まで希望を捨てちゃいけない!!僕達の手でエジタスを止めるんだ!!」
「で、でもこれ以上は……もう……」
「うっ……うぅ……」
不安と絶望が、真緒とサタニアの剣に迷いを生じさせる。剣先の震えが次第に大きくなり、徐々に押し切られて行く。
「所詮、お前達の感情などその程度だったという訳だ。例え何人もの感情が集まろうと、俺の世界に対する感情の方が上だ。こんな状況下で、助けたいだ何だと綺麗事を並べているお前達では、俺に勝つのは不可能だ。世の中はもっとシンプル、“生きる”か……“死ぬ”かなんだよ!!」
「「!!!」」
剣先に更なる重みが加わった。エジタスは、真緒とサタニアを潰しに掛かって来た。次第に高度が下がって行く。
「いったい……どうしたら……」
「マオ……くそっ…………」
終わった。全てが終わった。皆の感情を一つにして放てば、隕石として落下して行くエジタスを止められると思っていた。しかし、現実は非情。希望を失い、二人が諦めようとしたその時…………“時が止まった”。
「「!!?」」
否、正確には止まっていなかった。真緒とサタニアの周りの時間がゆっくりになっていたのだ。空気の流れ、風の音、エジタスの落下速度。その全てがゆっくりになっていた。
「こ、これって……?」
「……走馬灯……いや、何かが違う……これはいったい……?」
真緒とサタニアは、走馬灯の線を疑ったが、それにしてはとても現実的であり、何よりも過去の記憶がフラッシュバックしない。いったい何が起こったのか訳が分からず、酷く混乱し始める。
「何が……どうなっているの?」
「…………あっ、マオ!!あれを見て!!」
「!?」
真緒は、大声を上げるサタニアの目線の先に顔を向ける。するとそこには、青白い光の玉が空中に浮かんでいた。
「あ、あれって……ヴァルベルトさんの時と同じ…………」
真緒には見覚えがあった。それは、元四天王であるヴァルベルトの屋敷で見掛けた、ヴァルベルトの亡き恋人エルの魂に酷似していた。
「でも……エルさんの魂は成仏した筈……それじゃあいったい誰の……?」
「えっ、ちょっ、ち、近付いて来るよ!?」
誰の魂なのか考えていると、浮かんでいた魂は、真緒とサタニア目掛けて勢い良く近付いて来た。そして何の躊躇も無く、真緒の純白の剣に飛び込んで来た。するとその瞬間、純白の剣は今までに無い程に光輝き始めた。
「こ、これは!?」
「いったい何がどうなっているの!?」
その輝きは、真緒やサタニアがエジタスを助けたいという感情を注いだ時とは、まるで比べ物にならない程の輝きであった。
“あの子を……あの子を救ってあげて……”
「「!!?」」
純白の剣に何者かの魂が取り込まれ、かつて無い程の光を放ったと思った矢先、純白の剣の柄を握っている真緒とサタニアの脳内に、誰かの声が流れ込んで来る。
「あ、あなたは…………?」
“あの子を……救って上げて……あの子を心の底から愛しているあなた達にしか出来ない……お願い……あの子を……”
声から察するに女性だが、お姉さんというより、年相応のお婆ちゃんに近い声であった。
「知らない人の筈なのに……どうしてだろう……この人の声を聞いていると、凄く安心出来る……」
“エジタスを……救って上げて……”
真緒とサタニアには、それが誰かは分からなかった。だがそれよりも、その声はとても暖かく優しい声だった。先程まで不安と恐怖で押し潰されそうになっていた自身の心が、落ち着きを取り戻していた。
「「…………」」
二人は何も言葉を口しなかった。謎の声にお願いされずとも、二人の想いは既に決まっている。真緒とサタニアの柄を握る力が強まる。
「サタニア……終わらせよう……」
「うん……これ以上、エジタスに甘えてばかりはいられないもんね……」
心の成長。今までずっと、エジタスを心の支えとしていた真緒とサタニアが、大人としての一歩を踏み出した。エジタスから言わせれば、感情の高ぶりによる一時的な気の迷い……そうかもしれない。だがしかし重要なのは、現状において一歩踏み出そうとしている事だ。例え一時的な気の迷いだとしても、生きるか死ぬかの現状で一歩踏み出すというのは、勝利への道に大きな意味をもたらす。
「「はぁあああああ!!!」」
ゆっくりと動いていた時間が、元の速さを取り戻す。
「な、何だ!!?」
元の速さに戻った事で、エジタスは急激に強さを増した真緒とサタニアに、驚きと困惑を隠せなかった。
「こ、この力は……あり得ない……こんな急激に強さが増すだなんて……!?」
「おぉ!!徐々にマオ達が押して行ってるぞ!!」
「行ける!!そのまま押し切るんだ!!」
地上では歓喜が高まっていた。勢いを取り戻した真緒とサタニアに比例して、地上からの声援の大きさや熱量が強くなって来ていた。
「ふ、ふ、ふざけるなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
エジタスは感情を剥き出しにしながら、全身の力を余す事無く、真緒とサタニアのぶつかり合いに注ぐ。
「ぐぐぐっ…………!!!」
しかし、それでも状況は好転せず次第に押し切られ始める。
「(こんな……こんな展開……認められるか!!何故、俺が劣勢にならなければならない!!二千年……二千年だぞ!!ここまで来るのに、二千年もの時間を掛けたんだぞ!!それを……こんな一時の感情に己の命を賭ける様な……浅い望みを抱く連中なんかに、追い詰められる訳が無い!!)」
完全に有利な立ち位置にいた筈が、瞬く間に不利な立ち位置に入れ替わってしまった。そんな理不尽な展開に、エジタスは激しい怒りを覚えた。
「(くそっ!!くそっ!!くそっ!!俺はこの世界を“笑顔の絶えない世界”にするという、崇高な望みの元に動いているのに……何故だ!!?何故なんだ!!?)」
“それは君が、本当に望んでいる事では無いからじゃないかな”
「!!?」
また聞こえた。耳元で囁く様に、幼き少年の様な声が聞こえた。
「(お前は…………!!)」
その声が聞こえた瞬間、エジタスは自身の意識を内側へ向けた。
***
真っ暗な世界。周りには何も存在せず、闇だけが広がっている。しかし、真っ暗な世界にも関わらず、エジタスの姿形はハッキリと確認する事が出来た。だがそれよりも不可解なのが、エジタスの真横に並ぶ形で、仮面を被ったもう一人の“エジタス”が立っている事だ。
『「…………」』
ここは“意識の世界”、エジタスが抱く多くの感情の中心地。つまり今現在立っているのは、仮面を外した“化物”としてのエジタスと、その真横に並ぶ仮面を被った“道楽の道化師”としてのエジタスの二人という事だ。
『「…………」』
そんな二人は互いに、正面の一点だけを見つめていた。コツコツ……と、誰かが近付いて来る足音が聞こえる。二人は、ある人物と接触する。
“やぁ、久し振りだね……二千年振り位かな……?”
「……今更何しに来た?」
その人物は“子供”だった。幼く小さい容姿に対して、“エジタス”と同じ様に皮膚が爛れており、歯茎が剥き出しであった。
“辛辣だな……僕が基本人格の筈なのに……”
「基本人格だと?甘えた事を言ってんじゃねぇよ!!お前は二千年前に死んだ!!家族に裏切られたという事実から逃げたいが為に“俺”という人格を作り、殻に閉じ籠った只の臆病者だ!!」
『その通りです!!この二千年間、考えて行動を起こしていたのは“私”と彼です!!今まで介入して来なかったあなたが、今更横槍を入れようだなんて虫が良すぎるんですよ~!!』
基本人格。その言葉を聞いた二人のエジタスは、声を荒げる形で目の前の子供を怒鳴り付けた。
“確かにそうだね……僕は逃げた。家族に裏切られた事実が受け入れられなくて、認めたくなくて、目を背ける形で君という存在を作り出した……これ以上、自分が傷付かない様に……”
目の前の子供の正体。それは二千年前、惨めにも愛する家族に捨てられた本来の人格を持つ幼き“エジタス”だった。
“だけど、今回こうして二人と向かい合ったのは、何も横槍を入れようと思った訳じゃない……君達の……いや、僕達の本当の望みを思い出させる為に、向かい合ったんだ”
「俺達の……」
『本当の望みですって~?』
幼きエジタスの発言に、道化師のエジタスと化物のエジタスは、疑問の表情を浮かべる。
「何を今更……俺達の望みは、この世界を“笑顔の絶えない世界”にする事だ」
“本当にそうかな?”
『何が言いたいのですか~?』
“笑顔の絶えない世界……それは僕達の望みじゃなくて……オモトの望みだろ?”
「『!!?』」
オモト。エジタスの命の恩人であり、道楽の道化師が生まれる切っ掛けとなった人物。良くも悪くも、オモトの存在はエジタスに大きな変化をもたらした。
「ど、どう言う意味だ?」
“どう言う意味も何も、そのままの意味だよ。笑顔の絶えない世界にしたいと望んでいたのはオモトであって、僕達では無い。僕達はあくまで、あの人の望みを代行しているだけに過ぎない”
『それは違いますよ~。オモトさんを失ったあの時、私達はこの世界の在り方に疑念を抱き、この世界から争いを失くそうと望み始めた。つまり、私達の望みはオモトさんと同じ“笑顔の絶えない世界”……決してオモトさんの代行ではありません!!』
「そうだ!!俺達は……俺達自身の意思で行動を起こしている!!ババァの死は、切っ掛けに過ぎない!!」
道化師のエジタスは、幼きエジタスの意見を全否定する。それに便乗する形で、化物のエジタスも幼きエジタスの意見を全否定する。
“そう……それなら聞くけど……仮にこの世界を笑顔の絶えない世界に出来たとして、その後君達は何がしたいの?”
「何がしたい……だと……?」
幼きエジタスの予想外の言葉に、二人のエジタスは思わず呆気に取られてしまった。
“この世界を笑顔の絶えない世界にしたとして……それから先、君達は何がしたいの?”
「それは勿論、この世界から虐めや差別や争いを失くして……」
“それは過程の話だろ?僕が聞いているのは笑顔の絶えない世界になった後、虐めや差別や争いが失くなった後に何がしたいのかだよ”
「…………」
『…………』
二人のエジタスは口籠る。何がしたいのか適当に述べようとするが、そのどれもが適切では無く、明確な答えでは無かった為、結果何も反論する事が出来なかった。
“君達はマオ達、サタニア達の望みが浅いと言っていたけど……僕から言わせれば、後先の事を考えてない君達の方が余程浅い望みだと思うよ”
「……っ!!」
幼きエジタスに論破され、舌打ちを鳴らす化物のエジタス。自ら発した言葉が、ブーメランとなって胸を抉る。
『それが……それが一体何だと言うのですか!?私達の望みがマオさん、サタニアさんと同じ浅い物だとしても、私達の方が二千年という時間を経由しているんです!!重みが違いますよ!!重みが!!』
“でも……実際問題、押し切られそうになっているよね?”
『うっ……そ、それは……』
幼きエジタスの言う通り、今現在エジタスは真緒とサタニアに押し切られそうになっている。その現実が、道化師のエジタスの口を黙らせた。
“浅い望みの上に他人の望み……そんなんじゃ、押し切られそうになるのは至極当然…………僕達はそろそろ思い出すべきなんだよ……”
「思い出す……?」
『いっ、一体何を……?』
二人のエジタスに問われると、幼きエジタスは静かに目を閉じる。そして、一呼吸間を置いてからゆっくりと目を開ける。
“君達の……いや、僕達の本当の望みを……”
「俺達の……」
『本当の望み……?』
幼きエジタスは首を縦に振り、二人のエジタスとの距離を徐々に詰める。
“オモトが亡くなったあの日、記憶の奥底に封印した僕達の本当の望み……”
そう言いながら幼きエジタスは、道化師のエジタスと、化物のエジタスの手をそれぞれ握った。
「『!!!』」
その瞬間、二人のエジタスの脳裏にあの時の記憶が甦る。オモトが亡くなった運命の日の出来事。忘れていた。否、本当は覚えていた。しかし、オモトの意思を尊重する為に、記憶の奥底に封印した“エジタス”の本当の望み。
「そうだ……そうだった……忘れていた……忘れようとしていた……俺達の……俺達の本当の望み……」
『オモトさんの為……世界の為……私達は、私達自身の本当の望みを封印した……』
“それが幸せへの近道だと言い聞かせて……だけど、思い出す時が来た。二千年間、封印して来た僕達の本当の望み……”
本当の望みを思い出した三人のエジタスは、お互いの目を見つめ合う。
『私達は……』
「俺達は……」
“僕達は……”
***
「「「「「行けぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」」」」」
「「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」
「“私”は……“俺”は……“僕”は……」
『「“只、誰かに側にいて欲しかった”」』
それこそが“エジタス”の本当の望み。家族に裏切られ、大切な恩人は目の前で殺された。それから二千年、“笑顔の絶えない世界”の為に無我夢中で動いた。しかし気が付けば、側には誰もいなかった。エジタスは只純粋に、誰かに側にいて欲しかった。独りぼっちになってしまう寂しさ、心苦しさを誰かに埋めて欲しかった。だが、醜い見た目のエジタスを受け入れる者は、誰もいなかった。エイリスやオモトなど、受け入れてくれる極僅かな人々も、すぐに側を離れてしまった。だからこそエジタスは、虐めや差別や争いの無い“笑顔の絶えない世界”を求めた。自身の本当の望みを満たす為に。
仲間達の声援、真緒とサタニアの強い想い、純白の剣の突然の強化、エジタスの戸惑いと気の緩み。全ての偶然が重なり合う。
そして………………。
真緒とサタニアの剣が、エジタスの体を勢い良く貫いた。
「……バ……バ……バ……バァアアアアアアカァアアアアアアなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
体を貫かれたエジタスは、両手を天に掲げながら仰け反る。そして叫び声と共に爆散した。飛び散る肉片と血液の雨の中、空一面を覆っていた肉と骨は晴れ、綺麗な青空が広がっていた。
***
「……うっ……あ……あぁ……」
綺麗な青空の下、エジタスは瓦礫の山と化した魔王城に仰向けで倒れていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「「…………」」
仰向けで倒れているエジタスの姿は、非常に酷い物だった。呼吸はか細く、全身の皮膚は黒く変色している事から、壊死している事は明白だった。そんなエジタスに真緒達、サタニア達が側へと歩み寄って来た。その悲しげな表情から、非常に心を痛めてる事が伺えた。
「はぁ……はぁ……自分の細胞を……無理矢理分裂させたんだ……こうしたデメリットは覚悟していた……だがまさか……負けるだなんて思っても見なかった……残念な事だが、もう間も無く俺は死ぬ…………」
「自業自得だな」
「アーメイデさん!?」
そんな中、アーメイデが皆より一歩前に歩み出る。そんなアーメイデも全身がひび割れており、中からは青白い光が漏れ出ており、いつ砕け散ってもおかしくない状況だった。
「はぁ……はぁ……アーメイデ……か……へっ、良い気分だろうな……復讐を成し遂げられて……これで満足か!?」
「…………馬鹿言ってるんじゃないよ……こんなんで満足なんかしないよ……」
そう言いながらアーメイデは、仰向けで倒れているエジタスの側に座り込み、距離を縮める。
「そうか……なら、気が済むまで俺を痛め付けるがいい……どうせ俺もお前も長くは無いんだからな!!」
「そう……長くは無い……私もあんたも……だから一緒にあの世で、コウスケに謝りに行こう」
「…………は?」
エジタスは一瞬、アーメイデが何を言っているのか理解出来なかった。
「私自身、あの世に行ってもコウスケに許して貰えないかもしれないって、ずっと踏ん切りが着かずにいた。でも、あんたと一緒ならコウスケに謝る事が出来る……そして仲直りしたら、また三人で一緒に……いや、初代魔王のサタニアも一緒に入れて、四人で一緒に冒険に出掛けよう……」
「…………」
アーメイデは、優しくエジタスの頬を撫でる。そしてゆっくりと顔を近付けて、エジタスの耳元で静かに囁く。
「先に行って待ってるよ」
その瞬間、役目を終えたのかアーメイデの体は崩壊し、青白い光と供に天へと登って行った。
「アーメイデさん……ありがとうございました……」
「…………」
真緒達、サタニア達は空を見上げながらアーメイデを見送る。そんな中エジタスも、青白い光となって消えたアーメイデをじっと見つめていた。
「……くっ……くくく……あっははははははははは!!!」
すると突然、大声で笑い始めた。
「何が『先に行って待ってるよ』だ!!そもそもあの世が存在するかどうかも分からないってのに、夢見てるんじゃねぇよ!!散々、俺を殺そうとした癖に最後の最後で綺麗事並べて死にやがった!!結局お前も、罪悪感を残して死ぬのが怖い只の軟弱女だったって訳だ!!あっははははは!!!」
「師匠……」
「エジタス……」
「ははは……次はお前達か……何だ?お前達も綺麗事並べに来たのか?」
アーメイデが消え去った事を、笑い飛ばすエジタス。そんなエジタスの側に、今度は真緒とサタニアが歩み寄って来た。するとエジタスは、真緒とサタニアを煽る。
「はい、その通りです。私は、師匠の事が本当に大好きです……師弟としてでは無く、一人の男性として……」
「僕も、エジタスの事を心の底から愛しているよ……男が男に恋するのは気持ち悪いと思うかもしれない……けど、やっぱり自分の気持ちに嘘はつきたくない……」
「けっ!!胸糞悪い!!さっきからどいつもこいつも口ばかり!!口だけなら何とでも言える!!俺に愛してる事を認めさせたいなら、行動で示せ!!まぁ、残念ながらもうすぐ俺は死ぬ!!時既に遅しってな!!あっはははははははははははははは……は……は……は?」
エジタスが高笑いを上げていると、真緒とサタニアがエジタスを抱き抱え、両頬に自身の唇を押し当てた。それは紛れもない“キス”であった。
「これで……認めてくれますか?」
「僕達の愛が本気だって事……」
「……気持ち悪い……俺の頬に唾を押し付けやがって……」
二人の愛を示した行動に対して、エジタスは憎まれ口を叩く。
「師匠……例えあなたがどれだけ拒絶したとしても……」
「僕達は、エジタスの事を愛し続ける……僕達はエジタスと同じ、普通じゃないから……」
「師匠……」
「エジタス……」
「私は……」
「僕は……」
「「あなたの事が大好きです!!」」
告白。真緒とサタニアは、エジタスを抱き締めながら、耳元で愛のある言葉を口にした。その言葉はとても暖かく優しい言葉であり、エジタスの耳を心地よく擽った。
「…………」
するとエジタスは、残された力を振り絞り、両腕を真緒とサタニアの背中に回す。そして強く抱き締め返す。
「そこまで……そこまで俺の事を……その真剣な気持ちに答えなければ、男として廃ってしまうな……今こそ答えよう……俺の……俺の本当の気持ち……俺は……俺はお前達の事が……」
首を前に突き出して、真緒とサタニアの耳元で優しく囁いた。二人に対するエジタスの本当の気持ち。
「この世で一番“大嫌い”だ」
エジタスの本心。真緒とサタニアがどれだけエジタスの事を愛してようと、エジタスの心は揺るがない。エジタスの本心を受け取った真緒とサタニアは、顔を引いてエジタスにその表情を見せる。
「「知ってる!!」」
「!!!」
満面の笑み。一点の曇りも無い純粋無垢な笑み。二千年間、エジタスが今まで見て来た笑顔の中で、最も輝いていた。そんな笑顔を見たエジタスは、深い溜め息を吐いた。
「…………あ~あ、つまんねぇ人生だったなぁ…………」
そう言いながらエジタスは、綺麗な青空を見上げる。そしてゆっくりと目を瞑り、眠る様に息を引き取った。
「師匠……」
「エジタス……」
「「おやすみなさい」」
こうして、世界を平和にしようとした“道楽の道化師”エジタスは、平和を望まぬ少女達の手によって、その二千年の生涯を終えた。
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