笑顔の絶えない世界 season2 ~道楽の道化師の遺産~

マーキ・ヘイト

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第三章 冒険編 私の理想郷

私の理想郷

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 “あいつ”と初めて会ったのは、よく晴れた日の事だった。あの日も私は、日がな一日退屈に過ごしていた。



 「はぁー、退屈だわ……」



 「それでしたら、外で運動でもされてはいかがでしょうか?」



 私が溜め息を漏らす中、専属侍女が外に出たらと提案して来た。



 「外? そんな用も無いのに、わざわざ外に出るなんて面倒臭いわ」



 「ですが、そうやって一日中部屋でゴロゴロしていたら、脂肪が蓄積されて瞬く間に太ってしまいますよ?」



 「…………確かに太るのは嫌ね。世の中には、ぽっちゃり体型と言う部類の人達がいるみたいだけど、私はぽっちゃりなんてなりたくないわ。常にスマートでいたいもの。よし、外に行くわよ!! ついて来なさい!!」



 「はい、かしこまりました」



 私は侍女を連れて、運動がてら外に出る事にした。そして、そこで“あいつ”と出会う事になった。







***







 「「…………」」



 草花が広がる草原。風が頬を撫で、優しい太陽の光が体を程好く暖める気持ちの良い日。私達二人は館の外で軽い運動に勤しんでいた。そんな中、館から少し離れた所に男が一人、俯せになって倒れ込んでいた。



 「……死体?」



 「縁起でも無い事、言わないで頂戴!?」



 「…………うっ、うぅ~」



 「「!!!」」



 男の呻き声で、まだ生きている事が伺えた。その事実を理解した私達は、慌ててその男の側へと駆け寄る。



 「ねぇ、あなた何処から来たの?」



 男は実に奇妙な格好をしていた。顔に細くイヤらしい目付き、口角を限界まで伸ばした口元をした仮面を被り、オーバーオールに腕と足の部分に綿を詰めたような膨らみのある服、頭には二本の触角のような物の先端に丸い飾りのついた帽子を身に付けていた。



 「お、お腹……」



 「オナカ? 聞いた事も無い場所ね」



 「減っ……」



 「「?」」



 「た……」



 「「…………」」



 私達はあまりの呆れさに目を合わせ、倒れている男に目線を向ける。



 「……どうやら、空腹で倒れただけの様ですね……」



 「その様ね……」



 「それでどうしますか?」



 「うーん……このまま見捨てても目覚めが悪いわ。一度館に持ち帰って、お父様とお母様に相談しましょう」



 本来なら、この様な見ず知らずの人物を助けたりはしないのだが、妙にこの男の事が気になってしまった。単なる好奇心か、それとも…………。



 「かしこまりました」



 侍女は倒れている男を担ぎ上げ、館に連れ帰った。







***







 倒れていた男を担ぎ上げ、館に連れ帰った私達は、お父様とお母様に事情を説明した。すると二人は倒れた男に食事を与える様に使用人達に命令した。男は運び込まれた料理を次々と口に運ぶ。しかしその際、男は完全に真下を向き、私達に顔を見られない様にして食べていた。不思議に思ったが、口に出すのも無礼と思い、私達は黙って見守る事にした。そしてある程度食べ終えると、男は仮面を被り直し、私達に顔を向ける。



 「いや~、助かりました~。実はここ数日間、何も口にしていなかった物で……」



 「そうでしたか、いや助かって何より」



 「でも本当に良かったのですか~? こんな見ず知らずの部外者を助けたりして~?」



 「困っていたら助け合うのは、当然の事じゃありませんか」



 「おぉ~、何とお優しい~!! このご恩はいつか必ずお返しさせて頂きますね~」



 「そんな気にする事はありません。何も我々は、見返りが欲しくて助けた訳では無いのですから」



 「そうですか~? それは残念ですね~」



 身振り手振りで話すこの男は“エジタス”と言うらしい。聞くに何でも世界中を旅しているらしいが、その道中に野盗に襲われて所持品を全て奪われてしまったらしい。水も食料も無いまま、何日も歩き続け、遂に力尽き倒れた所を私達が発見したとの事。



 「野盗ですか……この辺りに出たという話は、聞きませんがね……」



 「でも最近、物騒になって来たと思いませんか? 魔族に襲われたって話もよく耳にしますし……心配だわ」



 お父様とお母様が、周辺の治安状況に対して不安を抱く中、私はエジタスに歩み寄る。それに気が付いたエジタスが、私に合わせて目線を下ろす。



 「ん? どうかしましたか~?」



 「ねぇ、今日ウチに泊まりなさいよ」



 「「「!!?」」」



 お父様とお母様は勿論、エジタス本人も驚いた。それはそうよね、会ったばかりの人間に対していきなり泊まる事を提案するだなんて、普通じゃ絶対あり得ない。でも私は普通の女じゃないのよ。



 「ねぇ、良いでしょ? 一日だけで良いの、ウチに泊まりなさい」



 「メ、メユ!! 何て事を言うんだ!!」



 「そうよ!! いきなりそんな……失礼でしょ!!」



 「どうして? 外は野盗や魔族で危険なんでしょ? それだったら一日でも泊まらせてあげて、朝早い時間に送り出した方が安全でしょ? それにこのまま無一文で外に追い出すのは、見殺しにするのと同じじゃないの?」



 「た、確かにそうだが……」



 「エジタスさんだってお忙しいのよ、そんな急に泊まれだなんて言われても……ねぇ?」



 「じゃあ、本人の許可があれば問題無いのね?」



 「う、うん……まぁ……そうかな……」



 「聞いたでしょ? あなたを今日一日、この館で寝泊まりさせてあげる。光栄に思いなさい」



 「そ、そんな言い方……はぁ……」



 何か、お父様とお母様が頭を抱えているのが見えるけど関係無いわ。さぁ、私の申し出を受けなさい。



 「…………分かりました」



 「ふふっ、当然ね。後で私の部屋まで来なさい、案内は私の侍女がやってくれるわ、お願いね」



 「かしこまりました」



 そう言い終わると私は、ウキウキとした気分で部屋を後にして、自室へと向かった。



 「……すみませんエジタスさん、娘が我が儘を言ってしまって……後でよく言い聞かせておきます」



 「いえいえ~、良いんですよ~。寧ろ私の様な部外者を泊めて下さる娘さんの大きな器に感謝しております」



 「メユ……娘の名前なんですが……そのメユが最近我が儘が多くて……失礼ですが、聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」



 「勿論、泊めて頂く身としては何時間でも付き合いましょう~」



 「ありがとうございます……娘のメユは好奇心旺盛で、気になる事にはすぐ首を突っ込んだりするんです。そこがまた愛らしくて可愛いのです。あの子が欲しい物は何でも買ってあげました。あの子がしたイタズラは全く叱りませんでした。でもそんな育て方が間違っていたのか、酷く我が儘な性格になってしまい……自分の命令に従わない相手に対して、暴力まで振るう様になりました……特に娘専属の侍女は怒りの捌け口にされる程……」



 そう言うと側にいたメユ専属の侍女が、裾をめくり上げる。するとそこには生々しい傷痕や、殴られて出来た青い痣があった。



 「何とかして、娘の我が儘を直したいと思っているのですが……私も親の端くれ……どうしても愛情が邪魔してしまうのです……」



 「もういったいどうしたら……うぅ」



 娘を思うがあまり、叱る事が出来ない両親は自身の不甲斐なさから涙を流す。



 「すみません……初対面の方に、この様なお話をするなんて……いつもはしないんですが、不思議とあなたには話したいと思ってしまったんです……不快な思いをさせてしまって、申し訳ありません……」



 「いえ、お二人の娘さんを思う気持ちは大変素晴らしいです……只……」



 「「只?」」



 「何をもって、親と決めるのでしょうかね?」



 「い、いったいどういう……?」



 「あなたは先程、親の端くれと言いました……そもそもの話、親という定義はどう決められるのでしょうか? 血の繋がり? 愛情を注いでいれば? 本当にそうでしょうか?」



 「「…………」」



 「親とは……我が子の幸せを一番に考えた時になる者じゃないでしょうか? あなた方二人が娘さんを大事に思うのは当然です。ですが大事に思うがあまり、子供の自立心を妨げてはいませんか?」



 「「!!!」」



 「我が子の幸せを本当に思うのなら、時に厳しく見放す選択も必要じゃないでしょうか?」



 「そんな……見放すだなんて……」



 「巣立ちの時は必ずやって来る……我が儘奔放な今の娘さんでは、巣から飛び立つどころか、巣から落っこちて地面に叩き付けられて、死んでしまいますよ?」



 「「!!!」」



 エジタスの言葉は的を射ており、何も言い返せなかった。しばらく考え込み、そして静かに口を開く。



 「エジタスさん、ありがとうございます。娘の我が儘に付き合うだけでなく、私達にアドバイスを授けて下さるとは、何とお礼を申し上げて良いか……」



 「礼には及びませんよ~、だってこの館に一泊するという礼を既に頂いているのですから~」



 「ははは、こりゃ一本取られたな」



 「「「あははははは」」」



 メユの知らない所で、両親とエジタスの仲が深まるのであった。







***







 「こちらがメユ様のお部屋になります」



 両親との仲を深めたエジタスは侍女の案内の下、メユの部屋へと足を運んでいた。侍女がメユの部屋の扉をノックする。



 「エジタス様をお連れしました」



 『入りなさい』



 返事を貰い、扉を開ける。するとそこにはベッドに腰掛け、退屈そうにしているメユがいた。



 「やっと来たわね……私を待たせるだなんて、いい度胸してるじゃないの」



 「いや~、申し訳ありませんね~。あなたのご両親と話し込んでしまいまして~」



 「ふーん、まぁいいわ。ご苦労だったわね、ここからは私とエジタスの二人で話したいから、あなたはもう下がって良いわよ」



 「かしこまりました」



 そう言うと侍女は、エジタスを残してその場を足早に去って行くのであった。



 「…………」



 「何突っ立っているのよ? 早くこっちに来て座りなさいよ」



 「これはこれは失礼しました……」



 部屋を見て回るエジタスに、メユは腰掛けるベッドを叩き、隣に来る様に急かした。対してエジタスは、素直に従って隣に腰掛ける。



 「…………」



 「…………」



 黙って見つめ合う二人。



 「…………」



 「…………」



 「…………」



 「…………あ、あの~」



 終始無言が続く中、遂にエジタスが口を開く。



 「何?」



 「どうして私の顔を見つめるのですか~?」



 「どうしてって……そりゃ素顔が気になるからに決まっているじゃない? 食事の時も決して素顔を見せない。そんな男の素顔を気になるのは当然じゃない?」



 「な、成る程……」



 「…………ねぇ、ちょっとその仮面外して素顔を見せなさいよ」



 「…………」



 素顔を見せろ。これまで何度も言われ続けた言葉に、エジタスはいつもの返事をする。



 「いや~、それは無理なお願いですよ~」



 「どうして?」



 「この仮面は言わば、私のアイデンティティーその物なのです!! この仮面を外してしまえば、私は私じゃ無くなってしまう!!」



 「…………」



 まるで決め台詞の様に、過剰な身振り手振りをして、メユのお願いを断る。



 「そんなのどうでもいいから、早く見せなさいよ」



 しかし、メユには通じなかった。殆どの人がこの言葉で気まずくなり、見るのを諦めてくれていた。しかし、今回は諦めずに強気に迫られてしまった。



 「いやですから、これを外されてしまうと私のアイデンティティーが……」



 「アイデンティティーとか、私には関係無い!! いいから見せなさい!!」



 「あっ、止めろ!!」



 痺れを切らしたメユは、無理矢理エジタスの仮面を外しに掛かる。咄嗟に避けようとするが、柔らかなベッドに腰掛けていた為、上手く身動きが取れなかった。転移を試みようとするも、その間に仮面を外され、不覚にも素顔を見られてしまった。



 「…………」



 「糞がぁあああああ!!!」



 素顔を見られたエジタスは、メユを力任せに突き飛ばす。メユは勢い良く突き飛ばされ、壁にぶつかる。しかし、突き飛ばされながらも、エジタスの顔をじっと見続ける。



 「まさかこんな小娘に素顔を見られるとは、一生の不覚だ!! 面倒だが、殺すしかないか……」



 そう言うとエジタスは指を鳴らし、何も無い空間から食事用ナイフを取り出した。



 「安心しろ……苦しんで死ぬ様にしてやるからな……」



 「…………」



 未だにエジタスの顔を見続けるメユに、ゆっくりと歩み寄るエジタス。その手に握られたナイフがキラリと光る。



 「最後に言い残す事はあるか?」



 「…………」



 「黙りか……なら、そのまま死ね!!」



 「…………カッコいい」



 「!!!」



 その瞬間、振り下ろされるエジタスのナイフの動きが止まる。



 「……聞き間違いか? 今、何て言った?」



 「カッコいいって言ったのよ……」



 「はっ!! はっはっはっは!!!」



 聞き間違いと思い聞き返すが、聞き間違いでは無かった事を確認すると、エジタスは天井を見上げて笑い始めた。



 「面白い冗談だ。生き残る為に必死で考えたんだろうが、無意味だったな」



 「冗談じゃないわ!! 本当にカッコいいって思っているんだから!!」



 「ふん!! そこまで来れば大した演技力だ!!」



 「演技じゃないわ!! もっと言えば、あなたに対して性的興奮を覚えるわ!!」



 「くっ、くくく……性的興奮か……生き残る為とは言え、そこまで言うか。もっと恥じらいを持った方が良いぞ?」



 「恥じらい? そんなの糞食らえよ!! どうして自分の欲に恥を抱かないといけないの? 欲望には忠実に生きた方が楽しいに決まっているわ!!」



 そんな話をしていると、扉を叩く音が聞こえて来た。



 『メユ様!!? メユ様大丈夫ですか!!? 大きな物音が聞こえましたが、何かあったのですか!!?』



 「(丁度良い……もしもこの小娘が生き残る為の嘘を言っているのなら、助かりたい一心で侍女に助けを求める筈だ……もし、助けを求めたらその時は……)」



 「何でも無いわよ!! ちょっと転んだだけ!!」



 『ほ、本当ですか?』



 「しつこいわね!! 私が信用出来ないって言うの!!?」



 『い、いえ……失礼しました……』



 部屋から離れる侍女の足音が聞こえる。その足音は次第に小さくなり、聞こえなくなった。



 「何故助けを求めなかった?」



 「えっ? だってこんないい男との二人きりを邪魔されたく無かったもの」



 「筋金入りの演技力だな……」



 「まだ信用してないのね!! いいわ、証拠を見せてあげる!!」



 そう言うとメユはベッドに駆け寄り、しゃがみこんでベッドの下に手を入れる。



 「んー、あった!!」



 ベッドの下からは数枚の紙が出て来た。その紙をエジタスに差し出す。



 「これを見せるのはあなたが初めてなんだからね」



 「…………?」



 エジタスは、差し出された紙に目を通す。するとそこには異様な見た目をした生き物達の絵が描かれていた。顔はおっさんなのに体はウサギの絵や、顔は鳥なのに体は蟹の絵等の、様々な生き物が描かれていた。



 「……これは?」



 「私が今まで描いた理想の男性像よ。私はいつもこの絵で致しているのよ」



 「致すって……まさか……」



 誇らしげに話すメユだが、聞いたエジタスはドン引きしていた。



 「ね? これで分かったでしょ? 私はあなたに性的興奮しているの」



 「…………」



 するとエジタスは目を瞑り、天井を見上げた後、床に転がっている仮面を被り直した。



 「あら、被ってしまうの? 素顔の方が素敵だと思うけど?」



 「興が冷めた……お前の様な変態を見ていると、殺す気さえ薄れる……」



 「変態だなんて、失礼しちゃうわね」



 「化物に興奮する様な奴に、変態以外何がある……」



 「うーん……うら若き乙女?」



 「…………ふっ」



 「あー、今鼻で笑ったわね!?」



 鼻で笑いながらベッドに腰掛けるエジタス。そんなエジタスに詰め寄る様に、メユもベッドに腰掛ける。



 「…………」



 「…………何ですか?」



 「あら? 口調が変わってる……仮面を被っている時と外している時で、性格を変えているのかしら?」



 「……まぁ、そんな所ですかね~」



 「何だか含みのある言い方だけど……まぁ、良いわ」



 そう言いながらメユは、エジタスの腕を抱き枕として抱き付いた。



 「何の真似だ?」



 「折角、理想の男性と会えたんだから、お近づきになりたいと思うのは当然でしょ?」



 「それはつまり……」



 「えぇ、私はあなたに一目惚れしたわ」



 「…………」



 「一目惚れなんて、ずっと夢物語だと思っていたけれど、今ならハッキリと言える。私は会ったばかりのあなたに恋してる」



 「っ……そうですか……」



 恋をしていると言った瞬間、エジタスは小さく舌打ちをするが、抱き付くのに必死なメユは気付かなかった。



 「ねぇ、エジタス……」



 「何ですか~……」



 「私と“結婚”しない?」



 「…………意味分かって言っているんですか~?」



 「勿論よ、愛し合った男女二人が生涯を供にする……子供は何人欲しい? 私は二人欲しいわ」



 「まだ結婚するとは言っていないのですが……」



 「両方とも女の子が良いわね。男の子だと、万が一の可能性で母親である私に惚れてしまうかもしれないわ。それで結婚したら街を建設しましょう。私昔から大きな街に住む貴婦人になりたかったのよ。お父様ったらこんな人気の無い場所に家を建てて……見晴らしが良いと言っても、限度があるわよ全く……ここから近くの街まで何時間掛かるか……だから、結婚したら街を建設して沢山の人を招き入れましょう。そして子供が親離れを果たしたら、二人死ぬまで一緒にいましょうね。入るお墓は決めた? 私はもう決めたわ。みすぼらしくも暖かみのある小さなお墓……大きいのも良いけど、大事なのは思い出よね。墓石って結構費用が掛かるみたいだし、死んだ後にまでお金を掛ける意味は無いわ。それから……もっと……あーして……こーして……」



 「…………」



 永遠と語り続ける理想。メユが描く理想郷に、普通の人間なら引くレベルだが…………。



 「(面白い……心から信用するにはまだ材料が足りないが……既に素顔を見られてしまっている……まぁ、この小娘の性格を考慮すれば問題無いか……)」



 エジタスは寧ろ感心を示していた。



 「凄まじい想像力ですね~」



 「それで…………想像じゃないわ、これから全部実現させる事よ。あなたと一緒に」



 「そうは言ってもですね~、まだ会ったばかりの私と結婚だなんて……ご両親が反対なさるんじゃありませんか~?」



 「問題無いわ。お父様もお母様も、私の言う事なら何でも聞いてくれるから、きっと結婚の事も認めてくれる筈よ」



 「凄い自信ですね~、そう言うのであれば考えて見ましょうか~」



 「本当に!?」



 「えぇ、勿論……ただし」



 エジタスは指をパチンと鳴らす。すると何も無い空間から、横長の一冊の本が現れた。エジタスは、横長の本をメユに手渡す。



 「……これは?」



 「絵本です」



 「絵本……って、冗談は止してよ。絵本なんて子供が読む物よ。私はもう読まないわ」



 「只の絵本じゃありません。ページを開いて見て下さい」



 「?」



 言われるがまま、メユは絵本のページを開く。



 「これって……どう言う事? 全部“白紙”じゃない」



 「その通り、これは“夢の絵本”と呼ばれる絵本で、物語は自分自身で描くのです」



 「描くって……私インクも何も、書く道具を持っていないわよ?」



 「そこはご安心を……優しくページを撫でて見て下さい」



 「撫でる……?」



 半信半疑になりながらも、メユは言われた通りにページを優しく撫でた。すると、先程何も描かれていなかった白紙のページに、女の子と道化師の二人が仲良さそうに手を繋ぐ絵が描かれた。



 「な、何これ!?」



 「何とこの絵本は撫でるだけで、自身が考えた空想をそのまま絵として描いてくれるのです」



 「自分が考えた空想って……まさかこれって“マジックアイテム”?」



 「そんな所ですかね」



 「そんな高価な物を持っているだなんて……エジタス、あなた本当に何者なの?」



 「私は只の道化師……それに本題はここからです」



 「…………?」



 「あなたにしばらくの間、その絵本を預かって頂きます。その間、絵を描いて貰っても構いません。ですが、決して手離さないと約束して下さい」



 「……分かったわ」



 「そして再び会いに来ます。その時も絵本を手放していなかったら、あなたとの結婚……快く受けとりましょう」



 「……本当ね? 必ず会いに来るのね?」



 「えぇ、必ず……」



 「良いわ……待ってあげる……あなたが帰って来るその日まで……」



 そうして、メユとエジタスは再会の約束を固く結ぶのであった。







***







 「いや~、すっかりお世話になってしまいました~」



 「いえいえ、こちらこそ有意義な時間をありがとうございました」



 「またいつでも遊びに来て下さいね」



 別れの時。館の玄関先でエジタスを見送るメユと両親と侍女の四人。



 「えぇ、機会があれば是非……」



 「必ず会いに来なさいよ」



 「「…………」」



 命令口調のメユに、両親は眉間にシワを寄せる。するとエジタスが両親に耳打ちをする。



 「厳しく……厳しく……ですよ」



 「「…………はい」」



 エジタスの言葉に力強く頷く両親。



 「それでは皆さん、ご機嫌よう~」



 そう言いながらエジタスは、大きく手を振って四人に別れを告げるのであった。



 「…………」



 しばらく歩き、館が見えなくなった時、物陰から何者かが姿を現した。



 「エジタス様……」



 「おや、あなたですか……」



 その人物は黒いローブを身に付けており、男性か女性かは判断出来なかった。声も中性的で、判断材料にはならなかった。



 「あの様な娘に渡して宜しかったのですか?」



 「……何が言いたいのですか?」



 「……あの娘は私利私欲に利用すると思われます」



 「それで良いんですよ~」



 「?」



 「本来道具というのは、自身の欲を満たす為に使われる。他人の為に扱うなんて殆ど無い……私はね、そんな自分の欲望に忠実な人物に渡したいと思っているのですよ。私の亡き後、渡された道具をどの様に扱うか……楽しみです」



 「……ご無礼な発言をお許し下さい」



 「良いんですよ、気にしていませんから……それよりも、分かっていますね?」



 「はい、万が一あの娘が絵本を捨てた場合、即座に回収します」



 「それと私が亡くなるよりも先に、あの小娘が亡くなった場合、他の誰にも渡らない様に死守して下さい」



 「……何故?」



 「あの小娘の想像力は実に面白い……いったいどんな世界を築いてくれるのか、楽しみだからです」



 「……分かりました」



 「さてと……次は何処に行きましょうかね~」



 そう言いながらエジタスと黒ローブは、一瞬にして姿を消すのであった。







***







 「メユ!! メユ!! 出て来なさい!!」



 「嫌よ!! 私絶対結婚なんかしないからね!!」



 エジタスが館を去って、十年の時が流れた。十六歳になった私だが、突然お父様が縁談の話を持ち掛けて来たのだ。勿論私は猛反対、部屋に一人閉じ籠った。



 「私には、エジタスっていう未来の旦那がいるの!!」



 「お前、まだそんな事を言っているのか!!? あれはお前から離れる為の口実に過ぎない!! お前も大人なら、我が儘言ってないで出てきなさい!!」



 「嫌!! 絶対に嫌よ!!」



 「メユ!!」



 父親は何度も扉を叩き、出て来る様必死に声を掛けた。しかしいつまで経っても、メユは出て来ない。



 「くそっ!! いったいどうしたら…………そうだ……」



 その時、父親はエジタスの言葉を思い出した。







 “我が子の幸せを本当に思うのなら、時に厳しく見放す選択も必要じゃないでしょうか?”







 「……やるしかないか……」



 覚悟を決めた父親は、部屋にいるメユに向かって大声を上げる。



 「そうか!! なら勝手にしろ!! 私はもう知らん!!!」



 「!!!」



 突然の大声にドキッとするメユ。今まで一度も叱られた事が無かった為、驚きを隠せなかった。



 「…………お父様?」



 メユが部屋の扉を開けて確認するも、そこには既に父親の姿は無かった。







***







 「はぁ……やってしまった……」



 娘を叱った後、父親は母親と侍女を連れて、館の外を歩いていた。



 「そう気を落とさないで、メユの為を思っての行動なんだから……そうでしょ?」



 「そうです。旦那様の行動は立派です」



 「だが……それで愛しい娘に嫌われてしまったらと思うと……」



 「あなた…………っ!!?」



 するとその時、草むらから数人の男達が姿を現した。



 「へっへっへ……」



 「ぐひひ…………」



 「な、何だ君達は!!?」



 「いやね、おたくらが良い身なりをしている物だから、ちょっと貸して頂けないかって?」



 「ま、まさか……野盗!!?」



 「旦那様、奥様!! こちらです!! 早く逃げっ……!!?」



 退路を確保しようとしたが、既に塞がれてしまった。数人の野盗に取り囲まれる。



 「……メユ……不甲斐無いパパを許しておくれ……」



 「あなたの事を誰よりも愛していたわ……」



 「へっへっへ……殺れ」



 その言葉を切っ掛けに、取り囲んでいた数人の野盗が一斉に襲い掛かる。両親が最後に願ったのは、娘の幸せであった。







***







 「(お父様と喧嘩して四年の月日が流れた……あの日からお父様もお母様も侍女すらも帰って来ていない……皆、どこに行ってしまったのだろう……)」



 二十歳になったメユは、一人寂しげにベッドに腰掛け、エジタスから貰った夢の絵本を撫でていた。



 「(幸い使用人の何人かが残っているから、身の回りの世話は大丈夫だけど……給金? というのを払わないといけないらしいけど、私にはよく分からないから勝手に取る様に言ってる……でもこのままじゃ、駄目な気がする……お父様が言ってた通り、エジタスの事は諦めて他の男と結婚するべきなのかもしれない……)」



 そう思いながらメユは、夢の絵本を窓から放り投げようとする。



 「(これを捨てれば……前に進める……前に……前に……駄目!! 出来ない!!)」



 何度も捨てようと試みるが、その度に脳裏にエジタスの顔がフラッシュバックする。甘い言葉で誘惑して来る。



 「やっぱり……諦めきれない……」



 そうして取り返しのつかない所まで、足を踏み入れる事になるのであった。







***







 「はぁ……はぁ……はぁ……」



 遂に金銭が底をつき、売り払える家具も無くなった。雇っていた使用人も愛想を尽かして出て行った。館にはメユ一人、そんなメユも硬く冷たい床の上で寝た切りの老婆になっていた。



 「結局……来なかった……嘘つき……嘘つき……嘘つき……」



 唯一残された夢の絵本を抱き締めるメユの目から、涙が零れ落ちる。エジタスが来なかった事への怒りの涙なのか、それとも寝た切りになるまで待ち続けてしまった事への後悔の涙なのか。



 「皆……大……嫌い……よ………」



 その言葉を最後に、メユは静かに息を引き取った。誰にも見送られずに、一人寂しく死に絶えるのであった







 それから数百年後、メユの描いた理想郷が目を覚ます。
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女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

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