笑顔の絶えない世界 season2 ~道楽の道化師の遺産~

マーキ・ヘイト

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最終章 少女と道化師の物語

抗う者

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 真緒達自身、何が起こったのか分からなかった。つい先程まで海面にいた筈が、いつの間にか上空に一瞬で移動していた。



 この感覚、真緒とサタニアには覚えがあった。今いる場所から全く別の場所へと移動する魔法。何度か経験したこれは、“転移魔法”の感覚だった。



 いったい誰が。真緒達の中で疑問が渦巻いていたが、それよりも優先するべき事が目の前にあった。今、ロストは完全に真緒達を見失っていた。この絶好のチャンスを逃す訳にはいかない。



 真緒とサタニアの二人は、シーラの背中に乗り込み、一気に急降下する。その直後、ロストがこちらに気が付くが、それと同時にシーラの大きな爪が、ロストの体を切り裂いた。



 漸く目立ったダメージを与える事に成功し、歓喜に包まれる中、その声は周囲に響き渡った。



 『改めてまして、“道楽の道化師”エジタスと申しま~す!!』



 それは紛れも無いエジタスの声だった。ロストに体を乗っ取られてから、何の反応も示さなかった為、真緒達もそれ程気に留めていなかった。



 だが、これで納得がいった。先程の転移魔法で真緒達を助けたのは、十中八九エジタスだ。転移魔法を扱える者など、世界中探したとしても片手で数える位だろう。ましてや、こんな何も無い大海原で真緒達の事を救うなど、他に誰がいる。



 しかし疑問は溶けたが、溶けた事でまた新たな疑問が生まれてしまった。それは、何故助けてくれるのか。忘れてはならないのが、真緒達とエジタスは敵対関係にあった。真緒達の事を殺そうとしていた筈が、一転して今度は真緒達の命を助けた。エジタスには感謝こそしているが、警戒心は高まっていた。



 そんな中、ロストの傷口からまたしてもエジタスの声が聞こえて来る。シーラが付けた傷により、先程よりも明確に聞こえた。



 『ちょっとちょっと、さっきから何チンタラやってるんですか~? まさか、こんな相手に苦戦しているなんて、言わないですよね~?』



 「エジタス……」



 『その声はシーラさんじゃないですか~。どうやらまだくたばってはいないようですね~』



 それはいつもと何も変わらない、真緒達のよく知るエジタスだった。陽気な口調から察するに、このエジタスは道化師としてのエジタスらしい。



 「エジタス……どうして僕達を助けたの?」



 『おや~、その声はもしかしてサタニアさんですか~? 声から若干疲労が感じられますね~。あんまり無理してると、倒れちゃいますよ~』



 「質問に答えて!!」



 『そんなにカッカしないで下さいよ~。助けた理由、そんなの決まってるじゃないですか~。光を取り戻す為ですよ~』



 「光?」



 『何て言うんでしょうかね~。物理的にというか、精神的にというか……とにかく二つの意味で私達は光を取り戻す事を望んでいるのですよ~。だから私達と協力して、ロストを倒しちゃいましょう~』



 「そんな理由で僕達が協力するとでも……?」



 『え~、それは困りますね~。だけど、残念ながら皆さんは私達と協力しなければならない関係にあるんですよ~』



 「どういう事?」



 『言っちゃ悪いですが、今のままでは皆さんは確実に負けてしまうのは間違い無いですよ~。それ程、ロストは手強い訳ですからね~』



 「くっ……」



 『けどそれが私達の介入により、勝てる可能性が浮上し始めた~。皆さんは世界の平和の為、こいつに勝たなくてはならない。そして私達も、こいつの支配から抜け出す為に倒したい。つまり利害関係は一致してる訳ですな~』



 「ど、どうする?」



 まさかの協力の申し出。正直な気持ちで言うと受けたいのだが、これまでエジタスには何度も騙されて来た。もし、万が一協力してロストを倒す事が出来たとしても、今度は中にいるエジタスが表に出て来て戦う事になるだろう。



 この突然の事態に、サタニアは思わず二人に意見を求めた。



 「……完全に信用する事は出来ないけど、ここは大人しく手を貸して貰おう」



 「魔王様、私もマオの言う事に賛成です。悔しいですが、エジタスの言う事にも一理あります。私達だけでは、あいつに勝つのは厳しいです」



 「分かったよ……エジタス!! 僕達は君の申し出を受ける事にしたよ!!」



 『そうですかそうですか、素直に受けてくれて本当に良かったですよ~』



 「それで? 無駄話は終わりましたか?」



 エジタスとの会話を尻目に、それまで口をずっと閉ざしていたロスト。空気を読んでくれていたのか。それとも何か別の考えがあっての事なのか。会話に一区切り付いた所で、遂に口を開いた。



 『えぇ、おかげ様で有意義な会話をする事が出来ましたよ~』



 「何のつもりか知りませんが、今更出て来た所で無意味です。例えあなたが手を貸そうと、私との力の差は歴然……」



 『弱い犬程よく吠えると言いますが、あなたは随分と饒舌に喋るみたいですね~』



 「……確かにそうですね。これ以上、無駄な話をする必要はありません。さっさと終わらせるとしましょう。スキル“破滅の呼び声”」



 「「「!!!」」」



 その瞬間、世界が闇に包み込まれた。何も見えない。シーラの背中に乗っている筈なのに、その感覚が無い。真緒とサタニア、隣同士なのに気配がまるで感じられない。



 「サタニア!! シーラ!!」



 必死に呼び掛けるも返事は無い。時間が経つに連れ、不安と焦りが募っていく。そんな闇の世界で唯一感じる物があった。それは声。何処から途もなく聞こえて来る呼び声。それはとても心地好く魅力的で思わず溜め息が漏れてしまう程であった。



 「…………」



 そんな呼び声に釣られて、声のする方向に一歩足を踏み出そうとした次の瞬間!!



          ギィイイイイ!!!



 「「「!!!」」」



 耳をつんざく嫌な音が響き渡る。するとどうだろう。それまで覆っていた暗闇が徐々に晴れ始め、真緒達は漸く自分達が置かれていた状況に気付く事が出来た。



 「こ、これは!!?」



 真緒達は無数のトゲに囲まれていた。トゲの先からは紫色の毒々しい液体が垂れており、液体が一部の海面に落ちると、一瞬にしてその部分が紫色に染まった。何処からどう見ても、触れたら一巻の終わりだと分かる。



 もしあの時、真緒達が一歩でも歩み出ていればトゲが突き刺さり、息絶えていた事であろう。しかし、あの耳をつんざく嫌な音のお陰でギリギリ助かった。そして勿論、その音を出したのは……。



 『いや~、ガラスなんかを爪で引っ掻くと嫌な音がなりますけど、何故かついついやりたくなってしまうんですよね~』



 「やってくれましたね……」



 エジタスであった。真緒達のピンチを見事に救って見せた。演技ではあるが、これにはさすがのロストも眉を潜めた。



 『さぁさぁ、いつまでもボケっとしてないで思う存分、戦って下さいね~』
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