2 / 81
僕のたからもの 《竜之介》
しおりを挟む『……私たちがひとつになったら、きっと私たちもっともっと安心して生きていけるでしょう……?』
瞼の裏で、僕のなかの有栖が言った。
いや実際の有栖はそんなことは言わない。
ただ無邪気に、時折不安げに微笑むだけ。
だけど……僕は怖かった。
いつからかわからない。
気づいたときには、そいつは僕を飲み込もうとしていた。
飲み込まれる前に、なんとかしなければいけなかった。
僕は必死だった。
自分が自分じゃなくなる恐怖。
有栖…
彼女は天使のように清らかな心で、僕を救ってくれた。
彼女のおかげで、僕は自分の弱さに向き合うことができたんだ。
この腕のなかで寝息をたてる有栖が僕のすべて。
「俺のたからもの…有栖……」
囁きとともに、腕のなかで眠る彼女の額に口づけを落とした。
どうか、このままずっと僕だけのものでいて。
*
朝になってもやはり兄は帰っていなかった。
有栖の目が彼を探して、いないことを知り軽く落胆の色に染まる。
「大丈夫だよ有栖、兄貴は今夜には帰ってくるから」
僕はそんな有栖を見たくなくて、さっと明るく声をかける。
有栖はほっとしたように微笑みを浮かべる。
「ん…そうだね。
朝食は、パンと…スクランブルエッグにしようか?今朝は気分もいいし、私がつくるよ」
「じゃあ俺がコーヒー入れるね」
ふたりでも僕はかまわない。
兄が嫌いなわけじゃない。
尊敬もしている。
なんでもそつなくこなし、バランスをとるのがうまい兄。
兄がいるから、僕たちがうまくやっていけていることも知っている。
ただ、兄が、バランスをとるために、するりと有栖から逃げているように感じる時、僕はうまく言葉にはできない複雑な気持ちになる。
それは僕の思い過ごしなのかもしれないけれども……
「ねえリュウ、今日の放課後、図書室に本返しに行くから付き合ってくれない?」
朝食をとりながら、有栖が頼んできた。
「うんいいよ」
僕は二つ返事でOKした。
「ありがと」
そう言って笑う有栖の顔を見ると、胸の奥がきゅっとする。
「ほら…ごはん食べ終わったら、髪を結ってあげるよ。今朝は時間があるから編みこみのハーフアップにしてあげようか」
朝は、僕が有栖の髪をとかして、結ってあげるのが常だ。
兄がいる時は兄が、そしてかつては母がそれをしていた。
高校生にもなる双子の姉の髪を結ってあげるなんて、ちょっと普通じゃないことはわかってる。
(もしかしたら、有栖は天然だからわかってないかもしれない)
でも、普通ってなんだ?
普通じゃないってなんだ?
僕たち、一生けんめい、普通でいようとしたんだ。
「嬉しい。リュウ上手だもんね、いつもありがとう!」
有栖は無邪気に喜ぶ。
「よし、できた。いいかんじ」
鏡の前で、くるくる回って、嬉しそうな有栖。
かわいい……すごく似合っている。
ふわりと揺れる髪。
有栖の髪は僕と違ってやわらかで光に透けるような栗毛色。
彼女の柔らかな髪に毎朝触れられる…それが本来は僕の役割じゃないからって、かまわない。
だって、僕は有栖のことが好きなのだから。
いつか、彼女が僕の手を振り払い走り出す日が来たとしても、その日まで僕は……
0
あなたにおすすめの小説
【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~
世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。
──え……この方、誰?
相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。
けれど私は、自分の名前すら思い出せない。
訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。
「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」
……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!?
しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。
もしかして、そのせいで私は命を狙われている?
公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。
全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね!
※本作品はR18表現があります、ご注意ください。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
