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兄の背中 《竜之介》
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「何しに来たんだよ…どうしてここがわかった……?」
父親が僕たちの住むマンションの前までやってきた。
学校からは帰ってくるときは後をつけられていないか、気をつけてどうやってこの場所をつきとめたのか。
いや、そんなことより、この間くらいの脅しは効かないってことなのか。
僕は父親を睨みつける。
ああ、でも、なんて……なんて情けないんだ。自分が真っ黒なドーベルマンの前の子犬みたいに思える。
「帰れよ!」
吠えてみても、狂気じみだ父の気迫に押される。
「父親にあんな酷い仕打ちをしておいて、何しに来たとはご挨拶だな、竜之介。居場所など、調べさせればすぐわかるさ…おまえたちのような子どもたにはできないやり方を大人はたくさん知っているんだよ…」
この人はいつも父親という言葉でいつも僕たちを支配しようとする。
「有栖を返してもらおうか」
父親は一歩僕に近づきながら言う。
「有栖はあんたのものじゃない」
僕はそう答えると、さらにありったけの憎悪をこめて父親を睨みつけた。
「そう睨むなよ、有栖は精神を病んでいるようじゃないか…親が病気の子供の面倒を見るのはごく当然のことだろう?」
誰のせいで……‼︎
動悸が激しくなり、目眩がする程だった。
竜之介、落ち着け。
「竜之介、おまえには本当に感謝しているんだよ。おまえの脅迫のおかげでますますよくわかったんだ、やはり有栖は手元に置いておかねばいけないとね…
おまえたちに預けておくのは厄介だ…」
背中に汗が流れるのがわかった。
父親は本気だ。
もう一度有栖を渡したら、もう二度と彼女に会えないような気がした。
絶対に渡せない。
でも、どうやって食い止める?
もう部屋だってバレてるに違いない。
じりじりとマンションの入り口へと歩を進めようとする父親の前に立ちはだかろうにも、体格差ではまだ叶わない。
飛びかかろうかと思ったその瞬間。
「帰れ」
後ろから兄のドスの効いた低い声がした。
「ここはあんたの来る場所じゃない、今すぐ帰れ」
窓から父の姿が見えたのか、表へ飛び出してきたのだろう。
僕は兄の姿を見て、少しだけ冷静さを取り戻した。
「有栖と竜之介の面倒は俺がちゃんとみる。あんたなんかに心配される筋合いはない。帰ってくれ」
兄の鋭い声を聞いても、父は全く怯まなかった。それどころか口の端をつり上げにやりと笑ってみせた。
「自分の子供たちに手荒なことはしたくないんだがね…反抗的な子供たちには仕方ないね…」
そう言って、父は車の方に軽く手を挙げてサインを送った。
今まで父親に気を取られていて気づかなかったが、父親の黒塗りの車には黒い服に身を包んだ体格の良い男がふたり乗り込んでおり、父の合図で男たちはそれぞれ車から降りてきた。
黒いサングラスをし、手には黒手袋、特殊警棒なようなものを握っている。
「金さえ払えばなんでもやってくれる便利屋というのがこの世にはいるんだよ……いい世の中だろ?」
僕はゾッとした。
有栖を連れ戻すために、こんな物騒な男たちを雇うなんて。力づくでも連れて行く気だ。
これが僕たちの父親。
冷たくされても殴られても、有栖への暴行ですら、歪んだ愛情なのだと、どこかで僅かに信じている自分がいた。
それが今、全て打ち砕かれた。
勝ち目がない気がした。
父は手段を選ぶ気はないようだ。
僕の安い脅しなんか、全く通用しなかった。
酷い敗北感と無力感で足先から冷たくなっていく。
いや…恐怖からなのかもしれない。
背後にいた兄が、僕を庇うように前に立ち塞がった。
「…竜之介下がってろ…」
兄の声は落ち着いていて、全く怯んでいなかった。
僕のことまで守ろうとする兄の背中が大きく見えた。
父親が僕たちの住むマンションの前までやってきた。
学校からは帰ってくるときは後をつけられていないか、気をつけてどうやってこの場所をつきとめたのか。
いや、そんなことより、この間くらいの脅しは効かないってことなのか。
僕は父親を睨みつける。
ああ、でも、なんて……なんて情けないんだ。自分が真っ黒なドーベルマンの前の子犬みたいに思える。
「帰れよ!」
吠えてみても、狂気じみだ父の気迫に押される。
「父親にあんな酷い仕打ちをしておいて、何しに来たとはご挨拶だな、竜之介。居場所など、調べさせればすぐわかるさ…おまえたちのような子どもたにはできないやり方を大人はたくさん知っているんだよ…」
この人はいつも父親という言葉でいつも僕たちを支配しようとする。
「有栖を返してもらおうか」
父親は一歩僕に近づきながら言う。
「有栖はあんたのものじゃない」
僕はそう答えると、さらにありったけの憎悪をこめて父親を睨みつけた。
「そう睨むなよ、有栖は精神を病んでいるようじゃないか…親が病気の子供の面倒を見るのはごく当然のことだろう?」
誰のせいで……‼︎
動悸が激しくなり、目眩がする程だった。
竜之介、落ち着け。
「竜之介、おまえには本当に感謝しているんだよ。おまえの脅迫のおかげでますますよくわかったんだ、やはり有栖は手元に置いておかねばいけないとね…
おまえたちに預けておくのは厄介だ…」
背中に汗が流れるのがわかった。
父親は本気だ。
もう一度有栖を渡したら、もう二度と彼女に会えないような気がした。
絶対に渡せない。
でも、どうやって食い止める?
もう部屋だってバレてるに違いない。
じりじりとマンションの入り口へと歩を進めようとする父親の前に立ちはだかろうにも、体格差ではまだ叶わない。
飛びかかろうかと思ったその瞬間。
「帰れ」
後ろから兄のドスの効いた低い声がした。
「ここはあんたの来る場所じゃない、今すぐ帰れ」
窓から父の姿が見えたのか、表へ飛び出してきたのだろう。
僕は兄の姿を見て、少しだけ冷静さを取り戻した。
「有栖と竜之介の面倒は俺がちゃんとみる。あんたなんかに心配される筋合いはない。帰ってくれ」
兄の鋭い声を聞いても、父は全く怯まなかった。それどころか口の端をつり上げにやりと笑ってみせた。
「自分の子供たちに手荒なことはしたくないんだがね…反抗的な子供たちには仕方ないね…」
そう言って、父は車の方に軽く手を挙げてサインを送った。
今まで父親に気を取られていて気づかなかったが、父親の黒塗りの車には黒い服に身を包んだ体格の良い男がふたり乗り込んでおり、父の合図で男たちはそれぞれ車から降りてきた。
黒いサングラスをし、手には黒手袋、特殊警棒なようなものを握っている。
「金さえ払えばなんでもやってくれる便利屋というのがこの世にはいるんだよ……いい世の中だろ?」
僕はゾッとした。
有栖を連れ戻すために、こんな物騒な男たちを雇うなんて。力づくでも連れて行く気だ。
これが僕たちの父親。
冷たくされても殴られても、有栖への暴行ですら、歪んだ愛情なのだと、どこかで僅かに信じている自分がいた。
それが今、全て打ち砕かれた。
勝ち目がない気がした。
父は手段を選ぶ気はないようだ。
僕の安い脅しなんか、全く通用しなかった。
酷い敗北感と無力感で足先から冷たくなっていく。
いや…恐怖からなのかもしれない。
背後にいた兄が、僕を庇うように前に立ち塞がった。
「…竜之介下がってろ…」
兄の声は落ち着いていて、全く怯んでいなかった。
僕のことまで守ろうとする兄の背中が大きく見えた。
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