《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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やさしい影 《竜之介》

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「お前たちが大人しく扉を開いてくれたら、痛い思いはしなくてすむんだが…」
父は余裕のある様子で顎を撫でた。

「そんな気はないようだな……負けん気が強いのはさすが私の息子たちというべきかな……仕方ない…」
住宅地にはひとけ|ひとけ《》もなくて、僕たちと父親、黒服の男たちだけだ。
父が目配せをすると1人の男が兄に飛びかかる。

兄はそれを受けて、警棒が兄の体に当たる直前に男の手首を掴み、押さえた。
兄より男のが身体も大きく一目で鍛えていることがわかるほどの体格差があったにもかかわらず、兄はその腕を止めた。

「もう一度言う……さっさと帰ってくれ……」
普段優しい兄の声と同じとは思えないほど冷ややかで憎しみを込めた言葉が、路上に響く。

父は銀フレームのメガネの中で目を細めて笑う。
「さすが海里だな…」

後ろに控えていたもう1人の男が僕めがけて警棒を振り下ろす。
「竜之介、よけろ!」
兄が叫んだような気がする。
僕は兄のように男の腕を捻り挙げられるわけもなく、受け身も取れず、その警棒に強く打たれるはずだった。

その瞬間のことだった。

僕の前にちいさな影が飛び出してきたような気がした。
チャチャ?
僕はいるはずもないチャチャのことをふいに思いだした。

ガツンッと鈍い音がしたが痛みはなかった。
「……っ」
僕は痛みではなく、柔らかい気配に包まれていた。
黒服の男が動揺したように、2、3歩後ずさる。
鼻口をくすぐる甘い香り。
「有栖っ!」
先に叫んだのは兄と父で、皮肉にもその叫び声はぴったりとシンクロした。

「有栖…なんで…」
あまりに突然のことに、僕はそれが有栖と気づくのに一瞬の間が空く。

咄嗟にかがみ込んでいた僕の身体は有栖に抱きしめられていた。
華奢な背中で警棒を受け、震えながら有栖は僕に微かに笑いかけた。

「リュウ…あなたは私の大事な弟…」

警棒の打撃を受け、彼女は少しよろけた。しかし、なおも庇うように僕を抱きしめ、僕の頬に手を伸ばして愛おしそうな仕草で頬を撫でて、有栖はそのまま崩れ落ちた。
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