エフ --俺と妹を巡る物語の後--(仮)

夜の雨

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怒り《桃》

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「ひでえ…なんだ、これ…」

竜之介はバシンとテーブルを叩いて、頭を抱えるような仕草をした。
「竜之介、有栖が起きる……」
竜之介のお兄さんもうめくように声を絞り出す。

竜之介たちの兄である海里さんは、竜之介に輪をかけて男前で、惚れ惚れするような色気のあるハンサムだが、年齢より年上に見える。
彼の生い立ちや、背負ってきた今までの人生がそうさせているのだろう。
優しくてスマートな物腰なのだが、時々ふっと深い影が刺す。


有栖ちゃんは別室で鎮静剤で眠っている。

眠った彼女は初めて見たけど、本当に眠れる森の美女にでてくるお姫様みたいだった。長いウェーブのかかった栗色の髪、陶器のような白い肌にバラ色の頬、濡れたような唇に長い睫毛。邪気のない清らかな寝顔。

でもこの可憐な美しさが災いを呼ぶ。まるで魔女に呪われたお姫様。

オレは先ほど録音した記者の男の声を竜之介と海里さんに聞いてもらっている。
本当はこの会話だって有栖ちゃんは竜之介たちに聞かせたくないはずだ。
でも知っておいてもらう必要がある。

俺は心の中で彼女に詫びながら、その録音を再生した。

オレだけで守り切れるかわからない。
こんな下劣な大人から。彼女を。

「この録音であいつは写真を世に出さないかな…。この録音をネットに流すと言うのはさ、現実的には写真は世に出回らなくても……有栖ちゃんにさらにつらい思いをさせるってこと……奴には簡単に想像できるだろ?」

録音をばら撒くのは記者の脅しを公表することになると同時に、会話から、有栖ちゃんのプライベートを晒すことになる。

オレの言葉に、
「でも…桃くんの機転で助かった……なにより、その場所に有栖が1人で行っていたことを思うと心底ゾッとする……」
と、海里さんは口元に手を当てながら言う。
竜之介もその言葉に想像してしまったのか、いっそう青ざめて、険しい顔になる。

「有栖……なんで,俺たちには言おうとしなかったんだよ……」
竜之介は、そう言って手近のソファに座り込んだ。
「それは……オレにはわかる…。有栖ちゃんにとって、竜之介とお兄さんが誰より大切な人だから。有栖ちゃんはさ、多分今までもお兄さんや竜之介に迷惑をかけまいとすごく頑張っていたんだと思う……大切な人に傷はみせたくないんだ……」
「…………」  
竜之介は黙った。

海里さんは思案に暮れているようだった。
「その写真や動画を、奴はどうやって手に入れたのか……有栖はそこにも苦しんでいるはずなんだ……」
そこで海里さんは言葉をつまらせる。

「それって……」
竜之介がハッとして顔をあげる。

海里さんは苦渋の表情で口を開いた。
「部屋の写真や動画なんてさ……」
苦しそうに言葉を切る。
「俺と竜之介じゃなかったら、自分の母親しか残らないじゃないか……」
竜之介も俺も言葉を失った。

「そ…んな…母さんが…?」

信じられないというように首を振りながら絞り出すように竜之介が呟く。

竜之介から、彼らの家族については聞いていた。

有栖ちゃんがお母さんの連れ子で、お母さんは、自分の夫、つまり有栖ちゃんのお父さんと有栖ちゃんとの淫らな行為を知り、それが原因で自死したこと。

そのとき、有栖ちゃんをひどく罵って逝ったこと。
「でも、母さんは亡くなってからもう何年も経っているのに…」
竜之介が言う。

「そこなんだ……、親父が変態趣味で自分で撮影していたということも考えられるけど……親父は世間体をなによりも大切にする人間だった。少なくとも俺たちと暮らしていたあの頃は……そうなると自分が危うくなる記録を残すとは考えにくい……でも母親が撮ったとして、それがなぜ今頃……」

想像しただけで寒気がした。
自分の夫が、自分の娘をレイプするおぞましい写真や動画を隠し撮りしていた母親の狂気。
そこまでわかってしまって、有栖ちゃんはそれを竜之介たちに知られなくなかったんじゃないか……

写真の中身はもちろんだけど、そんな写真が存在していることすら、竜之介たちには知ってほしくなかったのかもしれない。

俺は録音を彼らに聞かせてしまったことが正しかったのかわからなくなる。

いや、話さないわけにはいかない。
有栖ちゃんを守るためには。
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