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帰宅《桃》
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「ごめんね、出て行くまでに時間かかっちゃって……あいつが、決定的なこというの待っていたら遅くなっちゃって……あんなの……つらかったよね」
有栖ちゃんの歩調に合わせながら手を引いて歩く。
有栖ちゃんの手に無意識に力が入っている。対して瞳はどこか虚でオレも目の前の景色も映っていないようだ。
いつもならどんなときだって微笑み返してくれるのに、カフェを出てから一度も目をあわせてくれない。
顔色も悪い。
無理もない。
あの下衆な記者の言葉が耳から離れない。
オレですら吐き気がするような話、当人の有栖ちゃんがどんな気持ちでいるかだなんて想像を絶する。
一瞬見えただけの、あの写真が脳裏に焼き付いている。
組み敷かれた幼い彼女の、細い手足が縛られた写真、
半裸で泣き叫びそうになる口を押さえられていたものもあった。
押さえているのは父親なのだ。
あれが現実。
あんなことされて、ふつうに10代の恋愛をしろっていうほうが無理なんじゃないか?
オレが想像していた以上に壮絶な性暴力の現場だった。
オレに見られることだって嫌だったに違いない。
だから有栖ちゃんはこちらを見ない。
足がもつれそうになる有栖ちゃんを、半ばかかえるようにしてタクシーに乗せる。
ようやくハッとして有栖ちゃんが、俺の手から、自分の手を離した。
「ご、ごめんね、いたかったよね?」
「別にかまわないよ、むしろうれしい」
オレは努めていつもの笑顔を向ける。
タクシーの中は静かだった。
彼女のマンションの前につき、先に彼女を下ろす。
「おうち、お兄さん帰ってる??竜之介はバイトだよね?」
オレの問いかけに、どこか虚な表情のまま、彼女が曖昧に首を振る。
身体が震えている。
「ごめん、ちょっとお兄さんか竜之介が帰ってくるまでお邪魔してくよ」
タクシーから自分も降りて、彼女の手を再びとる。
今の彼女をひとりにしておくのは危険だと思った。
案の定、彼女は部屋に入るなり、ぺたんと座り込んでしまった。
オレはスマホから竜之介の番号にかけた。
「もしもし?竜之介、まだバイトだよね?」
『桃か……どうした?』
竜之介はオレたちがふたりで出かけたことを気にしていたのか電話にすぐでた。
「有栖ちゃん、ちょっと気分悪そうだから、できるだけ早く帰ってきて」
『わかった、おっちゃんに言ってすぐ帰る、ちょっとだけ待ってて』
竜之介は古本屋の店主に気に入られて、その店でアルバイトをしている。
おっちゃんとはたぶん店主のことだろう。
「有栖ちゃん、もうすぐ竜之介が帰ってくるからね。部屋に入っていよう」
玄関ですわりこんでいる有栖ちゃんに声をかけて、肩に触れると、彼女の肩がビクッと震えた。
なんとか部屋にいざない、ソファに座らせる。
「有栖ちゃん、だいじょうぶだよ」
有栖ちゃんを落ち着かせようとゆっくり声をかける。
どうしてあげたらいいのかわからなかった。
オレではやっぱりまだまだ力不足だ。
「…お願い…竜之介には見られたくないの……お兄ちゃんにも……」
彼女の小さなつぶやきに、胸が締めつけられる。
「……大丈夫、写真は見られない…大丈夫だよ」
言いながら、記者の顔を思い浮かべる。あの脅しで聞いてくれるだろうか。
小さな身体が震えていて、オレはすこしでも彼女が安心できるようにとぎゅっと抱きしめた。
やわらかい髪をなでると、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ああ、やっぱり彼女が好きだ。
彼女はオレの腕の中で、ぎゅっと俺の身体にしがみついてきた。
「有栖」
竜之介の声がして、なんとなく慌てて離れると、ちょうど竜之介が部屋に入ってくるところだった。
「ちょっと気分わるいって」
そういいながら、オレは無意識に彼女の頭を撫でた手を見た。
その手で、竜之介の肩に触れる。
竜之介は言われなくても、有栖ちゃんを見ただけで何もかも分かったような顔をした。
「有栖……」
有栖ちゃんは何も言わない。
小刻みに身体が震えているだけで黙っている。
何も話したくない…有栖ちゃんは両の手のひらで目のあたりを押さえながら、きゅっと結んだまま、混乱しているように、首をいつまでも小さく振っていた。
有栖ちゃんの歩調に合わせながら手を引いて歩く。
有栖ちゃんの手に無意識に力が入っている。対して瞳はどこか虚でオレも目の前の景色も映っていないようだ。
いつもならどんなときだって微笑み返してくれるのに、カフェを出てから一度も目をあわせてくれない。
顔色も悪い。
無理もない。
あの下衆な記者の言葉が耳から離れない。
オレですら吐き気がするような話、当人の有栖ちゃんがどんな気持ちでいるかだなんて想像を絶する。
一瞬見えただけの、あの写真が脳裏に焼き付いている。
組み敷かれた幼い彼女の、細い手足が縛られた写真、
半裸で泣き叫びそうになる口を押さえられていたものもあった。
押さえているのは父親なのだ。
あれが現実。
あんなことされて、ふつうに10代の恋愛をしろっていうほうが無理なんじゃないか?
オレが想像していた以上に壮絶な性暴力の現場だった。
オレに見られることだって嫌だったに違いない。
だから有栖ちゃんはこちらを見ない。
足がもつれそうになる有栖ちゃんを、半ばかかえるようにしてタクシーに乗せる。
ようやくハッとして有栖ちゃんが、俺の手から、自分の手を離した。
「ご、ごめんね、いたかったよね?」
「別にかまわないよ、むしろうれしい」
オレは努めていつもの笑顔を向ける。
タクシーの中は静かだった。
彼女のマンションの前につき、先に彼女を下ろす。
「おうち、お兄さん帰ってる??竜之介はバイトだよね?」
オレの問いかけに、どこか虚な表情のまま、彼女が曖昧に首を振る。
身体が震えている。
「ごめん、ちょっとお兄さんか竜之介が帰ってくるまでお邪魔してくよ」
タクシーから自分も降りて、彼女の手を再びとる。
今の彼女をひとりにしておくのは危険だと思った。
案の定、彼女は部屋に入るなり、ぺたんと座り込んでしまった。
オレはスマホから竜之介の番号にかけた。
「もしもし?竜之介、まだバイトだよね?」
『桃か……どうした?』
竜之介はオレたちがふたりで出かけたことを気にしていたのか電話にすぐでた。
「有栖ちゃん、ちょっと気分悪そうだから、できるだけ早く帰ってきて」
『わかった、おっちゃんに言ってすぐ帰る、ちょっとだけ待ってて』
竜之介は古本屋の店主に気に入られて、その店でアルバイトをしている。
おっちゃんとはたぶん店主のことだろう。
「有栖ちゃん、もうすぐ竜之介が帰ってくるからね。部屋に入っていよう」
玄関ですわりこんでいる有栖ちゃんに声をかけて、肩に触れると、彼女の肩がビクッと震えた。
なんとか部屋にいざない、ソファに座らせる。
「有栖ちゃん、だいじょうぶだよ」
有栖ちゃんを落ち着かせようとゆっくり声をかける。
どうしてあげたらいいのかわからなかった。
オレではやっぱりまだまだ力不足だ。
「…お願い…竜之介には見られたくないの……お兄ちゃんにも……」
彼女の小さなつぶやきに、胸が締めつけられる。
「……大丈夫、写真は見られない…大丈夫だよ」
言いながら、記者の顔を思い浮かべる。あの脅しで聞いてくれるだろうか。
小さな身体が震えていて、オレはすこしでも彼女が安心できるようにとぎゅっと抱きしめた。
やわらかい髪をなでると、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ああ、やっぱり彼女が好きだ。
彼女はオレの腕の中で、ぎゅっと俺の身体にしがみついてきた。
「有栖」
竜之介の声がして、なんとなく慌てて離れると、ちょうど竜之介が部屋に入ってくるところだった。
「ちょっと気分わるいって」
そういいながら、オレは無意識に彼女の頭を撫でた手を見た。
その手で、竜之介の肩に触れる。
竜之介は言われなくても、有栖ちゃんを見ただけで何もかも分かったような顔をした。
「有栖……」
有栖ちゃんは何も言わない。
小刻みに身体が震えているだけで黙っている。
何も話したくない…有栖ちゃんは両の手のひらで目のあたりを押さえながら、きゅっと結んだまま、混乱しているように、首をいつまでも小さく振っていた。
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