22 / 36
桃 《海里》
しおりを挟む
桃が有栖の恋人になってくれたら。
有栖は外の世界でも堂々と恋人と手を繋いで歩ける。
学校の送り迎えだって、兄弟がするよりずっと自然だろう。
なによりも、有栖が父親や家族のことを思い出さずに恋ができる。
明るい未来が描ける。
俺だったら。
できないことばかりだ。
竜之介はあんなふうに言っていたけど、桃にかけあってみようか。
もちろんいきなり恋人になって欲しいというわけではない。
桃は野暮じゃないし事情を知っているから、きっと有栖が本当に心をほどくまでは、男女の関係になることも待ってくれるはずだ。
竜之介の恋を潰してしまうのは申し訳ないけど、有栖には「双子の竜之介」が必要だ。鼻先をくっつけて、いつも安心していっしょに眠れるお前がいないと困るんだ。
そしていちばんいらないのが俺だ。
有栖は父との写真を記者に見せられてから、俺は、竜之介が渋川から教えてもらったマスコミの雑誌やネット記事を毎日かかすことなくチェックしていた。
万が一、万が一世の中に出回ってしまったとしても有栖にその事実が届かないようにできたなら。
俺は気がつくと、事実を隠そうとすることばかり考えている。
これって、結局やっていることは親父と一緒なんじゃないか?
洗面所の鏡で年々父親に似てくるように感じる顔つきを忌々しく眺めた。
お前はただしいことしているか。
いや、正しくなくてもいいんだ。
彼女が幸せになれるなら。
***
「むりです」
即答だった。
こんなにあっさり断られるとは思わなかった。
お昼のバーガーショップに呼びだして、桃に有栖との交際の話をしたらバッサリ切り捨てられた。
「いや、あの、…勘違いだったら申し訳ないんだけど、桃くんって有栖が好きなんだよな……」
俺は言葉に窮してしまう。
「はい、好きです。大好きです」
桃はコーラを飲み干して、まっすぐ俺を見ている。
本当に桃という奴は不思議な青年だ。金色に近いほど明るく染められた髪、右の耳に2つ、左の耳に1つごつめのピアスが鈍く光っている。
それが彼には嫌味なく似合っている。
チャラい印象でもないのは、そのやたら落ち着いたら静かな瞳のせいか。
「でも付き合うのは……」
「むりです」
「えっと、それはLoveじゃなくて like的な好きという意味だから…?」
俺の問いにすこしだけ考えてから、桃はまたきっぱり首を横に振る。
「や、Loveです。ガチで」
状況が状況とは言え、こんなにはっきり兄にあたる人間に、妹が好きと伝えられる10代も珍しい気がする。
じゃあなんで…と言いかけると桃は相変わらず俺をまっすぐ見ながら言う。
「それ…お兄さんのプラン、竜之介は反対したでしょう?」
(なぜ、わかるのだ……)
「いや、まあ……」と言葉を濁す。
「竜之介が反対したことはしないので」
「?」
すこしだけ桃は黙ったのち、やはりこちらをまっすぐ見て言う。
「オレ、竜之介がすきなんです」
「?」
「竜之介も好きなんです、ガチで。だから、片方だけとは、つきあわない」
桃は口元を拭うような仕草をして、少しだけ目を伏せた。
全く理解不能な話なのだが、彼の口から出ると、なにか腑に落ちてしまうような説得力がある。彼の正直な気持ちだからだろう。
「もともと、竜之介が好きだったんです。高二の頃から。そしたら、竜之介の目の先にいつも有栖ちゃんがいた。そういうわけです。
あのふたり、血はつながってなくても、魂はきっとひとつの双子なんです。
ふたりでひとつ。ふたりを好きになるのは止められない。でもそこから先の行動は自分で止められる。」
---好きになるのは止められない。
「とか言って、竜之介には不意打ちでチューをお見舞いしましたけど…」
初耳だ。
そこで、桃は顔をあげて、にこーっと彼特有の愛嬌の良い笑顔を見せた。
「大丈夫、有栖ちゃんには怖がることはしませんよ」
桃は俺の心を読んだようにそう言った。
「オレ、もともと、つきあうとかはいいんです。そんなんしなくても、有栖ちゃんが困っているならいつでも行きますし、竜之介が困っているならすっとんで行くので大丈夫です。」
桃はまた笑う。
俺は心を読まれたような気がして少し恥ずかしくなる。
彼と話していると、自分がどれほどこだわりに満ちたつまらない凝り固まった人間なんだろうと思う。
彼は意味のないカテゴライズや名前にはこだわらない。
どこまでも自由で正直だ。
「竜之介はしあわせだな、君みたいな人がそばにいて」
俺が言うと彼はまた笑って白い歯を見せた。
「そうかな…わからない…。ストイックなお兄さんも…オレ好きですよ、たぶんお兄さんが言うところの、like的な意味で。あまり境目とかわかりませんけど」
有栖は外の世界でも堂々と恋人と手を繋いで歩ける。
学校の送り迎えだって、兄弟がするよりずっと自然だろう。
なによりも、有栖が父親や家族のことを思い出さずに恋ができる。
明るい未来が描ける。
俺だったら。
できないことばかりだ。
竜之介はあんなふうに言っていたけど、桃にかけあってみようか。
もちろんいきなり恋人になって欲しいというわけではない。
桃は野暮じゃないし事情を知っているから、きっと有栖が本当に心をほどくまでは、男女の関係になることも待ってくれるはずだ。
竜之介の恋を潰してしまうのは申し訳ないけど、有栖には「双子の竜之介」が必要だ。鼻先をくっつけて、いつも安心していっしょに眠れるお前がいないと困るんだ。
そしていちばんいらないのが俺だ。
有栖は父との写真を記者に見せられてから、俺は、竜之介が渋川から教えてもらったマスコミの雑誌やネット記事を毎日かかすことなくチェックしていた。
万が一、万が一世の中に出回ってしまったとしても有栖にその事実が届かないようにできたなら。
俺は気がつくと、事実を隠そうとすることばかり考えている。
これって、結局やっていることは親父と一緒なんじゃないか?
洗面所の鏡で年々父親に似てくるように感じる顔つきを忌々しく眺めた。
お前はただしいことしているか。
いや、正しくなくてもいいんだ。
彼女が幸せになれるなら。
***
「むりです」
即答だった。
こんなにあっさり断られるとは思わなかった。
お昼のバーガーショップに呼びだして、桃に有栖との交際の話をしたらバッサリ切り捨てられた。
「いや、あの、…勘違いだったら申し訳ないんだけど、桃くんって有栖が好きなんだよな……」
俺は言葉に窮してしまう。
「はい、好きです。大好きです」
桃はコーラを飲み干して、まっすぐ俺を見ている。
本当に桃という奴は不思議な青年だ。金色に近いほど明るく染められた髪、右の耳に2つ、左の耳に1つごつめのピアスが鈍く光っている。
それが彼には嫌味なく似合っている。
チャラい印象でもないのは、そのやたら落ち着いたら静かな瞳のせいか。
「でも付き合うのは……」
「むりです」
「えっと、それはLoveじゃなくて like的な好きという意味だから…?」
俺の問いにすこしだけ考えてから、桃はまたきっぱり首を横に振る。
「や、Loveです。ガチで」
状況が状況とは言え、こんなにはっきり兄にあたる人間に、妹が好きと伝えられる10代も珍しい気がする。
じゃあなんで…と言いかけると桃は相変わらず俺をまっすぐ見ながら言う。
「それ…お兄さんのプラン、竜之介は反対したでしょう?」
(なぜ、わかるのだ……)
「いや、まあ……」と言葉を濁す。
「竜之介が反対したことはしないので」
「?」
すこしだけ桃は黙ったのち、やはりこちらをまっすぐ見て言う。
「オレ、竜之介がすきなんです」
「?」
「竜之介も好きなんです、ガチで。だから、片方だけとは、つきあわない」
桃は口元を拭うような仕草をして、少しだけ目を伏せた。
全く理解不能な話なのだが、彼の口から出ると、なにか腑に落ちてしまうような説得力がある。彼の正直な気持ちだからだろう。
「もともと、竜之介が好きだったんです。高二の頃から。そしたら、竜之介の目の先にいつも有栖ちゃんがいた。そういうわけです。
あのふたり、血はつながってなくても、魂はきっとひとつの双子なんです。
ふたりでひとつ。ふたりを好きになるのは止められない。でもそこから先の行動は自分で止められる。」
---好きになるのは止められない。
「とか言って、竜之介には不意打ちでチューをお見舞いしましたけど…」
初耳だ。
そこで、桃は顔をあげて、にこーっと彼特有の愛嬌の良い笑顔を見せた。
「大丈夫、有栖ちゃんには怖がることはしませんよ」
桃は俺の心を読んだようにそう言った。
「オレ、もともと、つきあうとかはいいんです。そんなんしなくても、有栖ちゃんが困っているならいつでも行きますし、竜之介が困っているならすっとんで行くので大丈夫です。」
桃はまた笑う。
俺は心を読まれたような気がして少し恥ずかしくなる。
彼と話していると、自分がどれほどこだわりに満ちたつまらない凝り固まった人間なんだろうと思う。
彼は意味のないカテゴライズや名前にはこだわらない。
どこまでも自由で正直だ。
「竜之介はしあわせだな、君みたいな人がそばにいて」
俺が言うと彼はまた笑って白い歯を見せた。
「そうかな…わからない…。ストイックなお兄さんも…オレ好きですよ、たぶんお兄さんが言うところの、like的な意味で。あまり境目とかわかりませんけど」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる