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ペディキュア《海里》
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帰ると、有栖が背中を向けてフローリングに座ってなにかしている。
まわり込んでみると一生懸命ペディキュア塗っているところだった。
「おかえり」
僕に気づいたのか顔を上げてにっこりわらった。
「リュウがね、秋の新作カラーを買ってきてくれたの。いつもリュウが上手に塗ってくれるから、自分で塗ってみたくて……」
俺は有栖の隣に座り込む。
「?どうしたの?」
有栖は小ぶりの貝殻みたいな爪先から顔を上げてこちらを見上げる。
---キスがしたい
その桜桃に似た唇をみた途端、俺は、思わず彼女の手をとって引き寄せてしまいそうになって……直前でかろうじてやめた。
ずっと抑えていた気持ちがこんなふうに頭をもたげてしまったのは、自由な桃の笑顔を間近で見たせいだろうか。
有栖は不思議そうな「ちっちゃい指、難しい…お兄ちゃん、薬指と小指だけ塗って。これ、お花の香りつきで、いい匂いがするよ」
有栖が笑う。
そうか、有栖は手に麻痺があるからちょっと難しいのか。だから竜之介も毎回塗ってやっていたのか…気づかなかった自分が恥ずかしい。
「ああ、おやすいご用だ」
俺も笑って有栖の華奢で白い足をそっと持ち上げる。
薬指と小指とに丁寧に刷毛を動かすと、くすぐったそうに彼女は足を引っ込めようとする。
「こらこら、逃げるな」
「くすぐったいよ…」
彼女のボルドーに染まった爪先からかすかに甘い花の香りがたつ。
俺はなんだかたまらなくなってしまい、そっとその爪先に口づける。
「ひゃ!」
びっくりして引っ込めようとする有栖足首を優しくつかみ、足の指にもひとつひとつキスを落とす。
「だいじだよ、有栖が」
「お、お兄ちゃん…」
俺はそっとその白い足を床に戻す。
自分の気持ちを伝えることを、高校生の頃からずっと抑えてきた。
有栖を怖がらせてはいけないし、彼女の人生を台無しにさせてはいけない。
だから、この思いは一生隠し通すんだと決めてた……
でも大事だと伝えるくらいいいんじゃないか。
そう思えてしまったのも桃のせい?
桃の、好きになる気持ちは止められないという言葉が
頭の中にじんわりと残る。
「はいはい、そこまででーす。人が買ってきたペディキュアでイチャつくのはそこまで」
竜之介のパンパンと手をたたく音と声に我に帰る。
振り返ると、竜之介があきれたような顔をしていた。
「……すまん……」
慌てて有栖から少し離れる。
耳が赤くなるのを感じた。
竜之介、いつから見てたんだ。
「今日、桃に会ってきた」
俺は、有栖には聞こえないように、竜之介に伝える。
「兄貴…っ!」
竜之介がキッと振り返って息をのむ。
「速攻断られた」
「そっか……よかった……桃がそういう奴で……」
竜之介は心底安心したように肩を撫で下ろす。
「今の話、有栖にすんなよ。兄貴が他の男と付き合うようにけしかけたなんて聞いたら悲しむよ……」
竜之介は今度は有栖の心配をはじめる。そういうところが竜之介らしかった。
自分の感情にも正直に向き合いながら、有栖への心配りは忘れない。
そんな竜之介だから、彼の気持ちを知った上でも、有栖のことを任せていられる。
彼は有栖を決して苦しめない。
「わかった……それにしても、桃くんは想像の斜め上をいく面白い奴だな……」
俺が言うと、竜之介は、だろ?というように、にやっと笑う。
「有栖も好きだが、おまえが好きだから、有栖とは付き合えないって言ってた」
俺が伝えると、竜之介はすこしバツがわるそうに顔を赤らめて笑いを引っ込める。
「桃のやつ……」
まわり込んでみると一生懸命ペディキュア塗っているところだった。
「おかえり」
僕に気づいたのか顔を上げてにっこりわらった。
「リュウがね、秋の新作カラーを買ってきてくれたの。いつもリュウが上手に塗ってくれるから、自分で塗ってみたくて……」
俺は有栖の隣に座り込む。
「?どうしたの?」
有栖は小ぶりの貝殻みたいな爪先から顔を上げてこちらを見上げる。
---キスがしたい
その桜桃に似た唇をみた途端、俺は、思わず彼女の手をとって引き寄せてしまいそうになって……直前でかろうじてやめた。
ずっと抑えていた気持ちがこんなふうに頭をもたげてしまったのは、自由な桃の笑顔を間近で見たせいだろうか。
有栖は不思議そうな「ちっちゃい指、難しい…お兄ちゃん、薬指と小指だけ塗って。これ、お花の香りつきで、いい匂いがするよ」
有栖が笑う。
そうか、有栖は手に麻痺があるからちょっと難しいのか。だから竜之介も毎回塗ってやっていたのか…気づかなかった自分が恥ずかしい。
「ああ、おやすいご用だ」
俺も笑って有栖の華奢で白い足をそっと持ち上げる。
薬指と小指とに丁寧に刷毛を動かすと、くすぐったそうに彼女は足を引っ込めようとする。
「こらこら、逃げるな」
「くすぐったいよ…」
彼女のボルドーに染まった爪先からかすかに甘い花の香りがたつ。
俺はなんだかたまらなくなってしまい、そっとその爪先に口づける。
「ひゃ!」
びっくりして引っ込めようとする有栖足首を優しくつかみ、足の指にもひとつひとつキスを落とす。
「だいじだよ、有栖が」
「お、お兄ちゃん…」
俺はそっとその白い足を床に戻す。
自分の気持ちを伝えることを、高校生の頃からずっと抑えてきた。
有栖を怖がらせてはいけないし、彼女の人生を台無しにさせてはいけない。
だから、この思いは一生隠し通すんだと決めてた……
でも大事だと伝えるくらいいいんじゃないか。
そう思えてしまったのも桃のせい?
桃の、好きになる気持ちは止められないという言葉が
頭の中にじんわりと残る。
「はいはい、そこまででーす。人が買ってきたペディキュアでイチャつくのはそこまで」
竜之介のパンパンと手をたたく音と声に我に帰る。
振り返ると、竜之介があきれたような顔をしていた。
「……すまん……」
慌てて有栖から少し離れる。
耳が赤くなるのを感じた。
竜之介、いつから見てたんだ。
「今日、桃に会ってきた」
俺は、有栖には聞こえないように、竜之介に伝える。
「兄貴…っ!」
竜之介がキッと振り返って息をのむ。
「速攻断られた」
「そっか……よかった……桃がそういう奴で……」
竜之介は心底安心したように肩を撫で下ろす。
「今の話、有栖にすんなよ。兄貴が他の男と付き合うようにけしかけたなんて聞いたら悲しむよ……」
竜之介は今度は有栖の心配をはじめる。そういうところが竜之介らしかった。
自分の感情にも正直に向き合いながら、有栖への心配りは忘れない。
そんな竜之介だから、彼の気持ちを知った上でも、有栖のことを任せていられる。
彼は有栖を決して苦しめない。
「わかった……それにしても、桃くんは想像の斜め上をいく面白い奴だな……」
俺が言うと、竜之介は、だろ?というように、にやっと笑う。
「有栖も好きだが、おまえが好きだから、有栖とは付き合えないって言ってた」
俺が伝えると、竜之介はすこしバツがわるそうに顔を赤らめて笑いを引っ込める。
「桃のやつ……」
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