エフ --俺と妹を巡る物語の後--(仮)

夜の雨

文字の大きさ
23 / 36

ペディキュア《海里》

しおりを挟む
帰ると、有栖が背中を向けてフローリングに座ってなにかしている。
まわり込んでみると一生懸命ペディキュア塗っているところだった。 

「おかえり」 

僕に気づいたのか顔を上げてにっこりわらった。  

「リュウがね、秋の新作カラーを買ってきてくれたの。いつもリュウが上手に塗ってくれるから、自分で塗ってみたくて……」
俺は有栖の隣に座り込む。

「?どうしたの?」
有栖は小ぶりの貝殻みたいな爪先から顔を上げてこちらを見上げる。

---キスがしたい
その桜桃に似た唇をみた途端、俺は、思わず彼女の手をとって引き寄せてしまいそうになって……直前でかろうじてやめた。

ずっと抑えていた気持ちがこんなふうに頭をもたげてしまったのは、自由な桃の笑顔を間近で見たせいだろうか。


有栖は不思議そうな「ちっちゃい指、難しい…お兄ちゃん、薬指と小指だけ塗って。これ、お花の香りつきで、いい匂いがするよ」
有栖が笑う。
そうか、有栖は手に麻痺があるからちょっと難しいのか。だから竜之介も毎回塗ってやっていたのか…気づかなかった自分が恥ずかしい。

「ああ、おやすいご用だ」
俺も笑って有栖の華奢で白い足をそっと持ち上げる。
薬指と小指とに丁寧に刷毛を動かすと、くすぐったそうに彼女は足を引っ込めようとする。
「こらこら、逃げるな」
「くすぐったいよ…」
彼女のボルドーに染まった爪先からかすかに甘い花の香りがたつ。

俺はなんだかたまらなくなってしまい、そっとその爪先に口づける。
「ひゃ!」
びっくりして引っ込めようとする有栖足首を優しくつかみ、足の指にもひとつひとつキスを落とす。

「だいじだよ、有栖が」
「お、お兄ちゃん…」
俺はそっとその白い足を床に戻す。

自分の気持ちを伝えることを、高校生の頃からずっと抑えてきた。
有栖を怖がらせてはいけないし、彼女の人生を台無しにさせてはいけない。
だから、この思いは一生隠し通すんだと決めてた……
でも大事だと伝えるくらいいいんじゃないか。

そう思えてしまったのも桃のせい?
桃の、好きになる気持ちは止められないという言葉が
頭の中にじんわりと残る。

「はいはい、そこまででーす。人が買ってきたペディキュアでイチャつくのはそこまで」
竜之介のパンパンと手をたたく音と声に我に帰る。

振り返ると、竜之介があきれたような顔をしていた。
「……すまん……」
慌てて有栖から少し離れる。
耳が赤くなるのを感じた。
竜之介、いつから見てたんだ。

「今日、桃に会ってきた」

俺は、有栖には聞こえないように、竜之介に伝える。
「兄貴…っ!」
竜之介がキッと振り返って息をのむ。

「速攻断られた」
「そっか……よかった……桃がそういう奴で……」
竜之介は心底安心したように肩を撫で下ろす。

「今の話、有栖にすんなよ。兄貴が他の男と付き合うようにけしかけたなんて聞いたら悲しむよ……」

竜之介は今度は有栖の心配をはじめる。そういうところが竜之介らしかった。
自分の感情にも正直に向き合いながら、有栖への心配りは忘れない。

そんな竜之介だから、彼の気持ちを知った上でも、有栖のことを任せていられる。
彼は有栖を決して苦しめない。

「わかった……それにしても、桃くんは想像の斜め上をいく面白い奴だな……」
俺が言うと、竜之介は、だろ?というように、にやっと笑う。
「有栖も好きだが、おまえが好きだから、有栖とは付き合えないって言ってた」
俺が伝えると、竜之介はすこしバツがわるそうに顔を赤らめて笑いを引っ込める。 

「桃のやつ……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...