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俺の役目 《海里》
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「そのままの意味だよ。この家も、親父のことも、週刊誌のことも忘れて……全部捨てて俺と逃げよう」
「どうして……?だって……」
有栖は俺の腕をほどくようにしながらこちらを向いた。
そんな有栖の唇を塞ぐように強引に奪った。
有栖の唇は温かく、濡れていた。
我ながらどうかしている。
「っ……!」
有栖が身体がこわばる。
身体が捻れた形で俺に抱きすくめられて、有栖は苦しそうだった。
両の手で、俺の胸をぐっと押し返し口を離した。
「リュウ……リュウも一緒よね?」
二人の間に沈黙が流れ、俺は静かに首を横に振った。
有栖の目に戸惑いの色が溢れるように浮かんだ。
「どうして……?」
唇がわずかに触れる距離で俺たちは見つめ合う。
俺はそのまま、また強引に唇を塞ごうとする。
でも寸前で止めた。
有栖の瞳からは涙が溢れていて頰を伝って流れていた。両手を必死に突っぱねて拒絶している。
「……お兄ちゃん…酔っ払ってるの……?私は……」
有栖は、言葉を切って、俺の胸をドンドン!と強く叩いた。
「有栖」
「私はお兄ちゃんがわざとひどいことを言っても、しても、どんなお兄ちゃんでも嫌いになんてならない……!」
「……」
泣きながら、でもしっかりと有栖は言い切った。
潤んだ瞳で、俺を睨むように見つめる。
そんな彼女の目からまた一筋涙が零れた。俺は指でそれを拭ったけど……後から後からとめどない。
有栖は俺の胸に顔を埋めてきた。
小さな嗚咽が聞こえてきた。
「ごめんね……私、また、お兄ちゃんに迷惑かけちゃったのね……お兄ちゃんがんばっていたのに……ごめんね」
ああ…
やっぱり有栖はわかっていたんだ。
「有栖のせいじゃない……自分が不甲斐ないんだ…」
俺は有栖を抱きしめる。
わかっていた。
有栖は自分では気づいていないかもしれないけれど、竜之介がいないと生きていけないこと。
有栖のために俺ができること、それは竜之介とは違うと思っていた。
竜之介が細やかに有栖の日々のメンタルを守ってくれるから、俺ができるのは、家族のために稼ぐこと。今の暮らしを守ること。有栖の未来を守ること。
でもそれがなくなったら、俺が有栖のそばにいる意味は?
*
「君は有能だから、僕としても本当に悔しいよ……。上からの命令で……僕が無力ですまない」
今日会社に行くと上司に呼ばれてそう言われた。彼の机にはあの週刊誌が見えた。
「君がなにもしてないことはわかっているんだ……たとえ……親父さんと妹さんが…その…あれこれあったからと言って……君には関係ないはずなんだ……でも組織というのは…会社というところはそういうことを気にするんだ……残念ながら……」
人の良さそうな上司は視線を逸せて口籠る。
「妹は、なにも、悪くありません」
まるで、有栖まで犯罪を犯したような言われ方をしたように感じて、つい俺は言い返してしまった。
「そ、そうだね……」
上司は頭を下げた。
わかっている。
信用がなによりも大切な会社にとって、受刑者の家族がいる者が働いているということがリスクになるということは。
それが週刊誌でまた公になってしまったのだ。
週刊誌には、父親だけが悪いようには書かれていなかった。「狂って爛れた家族」のような書かれ方。
まるで有栖が男を誑かす、魔性の少女のような書かれ方だった。
それは有栖の母親が、呪うように有栖に言い放った言葉通りだ。
母親は本気でそう思いながら死んでいったのかもしれない。
有栖が。
夫も、息子たちも、家庭をみんな奪って、壊してしまったのだと。
有栖が俺の目を見つめている。
どこか睨むような強ささえ感じるような眼差し。
その瞳は澄んだ深い湖のようだった。俺の心の奥底まで覗き込むような視線だった。
「お兄ちゃん……私は逃げないわ……」
有栖の声は震えていたが、どこか毅然としていた。
俺の頬を包むように両手を当てる。
「本当の本当にお兄ちゃんが逃げたい時には、……その時は私も一緒にどこまでも逃げるから」
「……有栖……」
有栖は静かに目を閉じて俺の首に腕をまわした。
やわらかであたたかい感触に包まれる。
ああ、やっぱり…俺の心の底の、深い部分ではわかっていたんだ……
竜之介……ごめん。
有栖を愛してる。
有栖をずっと愛してる、俺は一生彼女を思い続けるだろう。兄としてじゃない…そうあろうと自分の心に抗っていただけ。
桃に会ってかえって気づいてしまった。自分で言い出したことなのに。
有栖が誰が他の男のものなるなんて。他の男と手を繋いだり、キスをしたり、体を重ねたり……もうたくさんだ、想像すると気が変になりそうだ。
全部……
俺だけに……
そう願う。
心の奥で。
でも、それは俺の問題。
1番に願うのは有栖の笑顔。
俺は有栖を抱きながら目を閉じた。その小さな身体に回した腕にぎゅっと力を込めた。
この小さな身体に愛も強さも詰まっている。
有栖は俺の耳朶に触れるか触れないかのキスをして、両腕を肩にかけたままで上体を起こしてまた俺を見た。
「リュウを迎えにいこう?」
「どうして……?だって……」
有栖は俺の腕をほどくようにしながらこちらを向いた。
そんな有栖の唇を塞ぐように強引に奪った。
有栖の唇は温かく、濡れていた。
我ながらどうかしている。
「っ……!」
有栖が身体がこわばる。
身体が捻れた形で俺に抱きすくめられて、有栖は苦しそうだった。
両の手で、俺の胸をぐっと押し返し口を離した。
「リュウ……リュウも一緒よね?」
二人の間に沈黙が流れ、俺は静かに首を横に振った。
有栖の目に戸惑いの色が溢れるように浮かんだ。
「どうして……?」
唇がわずかに触れる距離で俺たちは見つめ合う。
俺はそのまま、また強引に唇を塞ごうとする。
でも寸前で止めた。
有栖の瞳からは涙が溢れていて頰を伝って流れていた。両手を必死に突っぱねて拒絶している。
「……お兄ちゃん…酔っ払ってるの……?私は……」
有栖は、言葉を切って、俺の胸をドンドン!と強く叩いた。
「有栖」
「私はお兄ちゃんがわざとひどいことを言っても、しても、どんなお兄ちゃんでも嫌いになんてならない……!」
「……」
泣きながら、でもしっかりと有栖は言い切った。
潤んだ瞳で、俺を睨むように見つめる。
そんな彼女の目からまた一筋涙が零れた。俺は指でそれを拭ったけど……後から後からとめどない。
有栖は俺の胸に顔を埋めてきた。
小さな嗚咽が聞こえてきた。
「ごめんね……私、また、お兄ちゃんに迷惑かけちゃったのね……お兄ちゃんがんばっていたのに……ごめんね」
ああ…
やっぱり有栖はわかっていたんだ。
「有栖のせいじゃない……自分が不甲斐ないんだ…」
俺は有栖を抱きしめる。
わかっていた。
有栖は自分では気づいていないかもしれないけれど、竜之介がいないと生きていけないこと。
有栖のために俺ができること、それは竜之介とは違うと思っていた。
竜之介が細やかに有栖の日々のメンタルを守ってくれるから、俺ができるのは、家族のために稼ぐこと。今の暮らしを守ること。有栖の未来を守ること。
でもそれがなくなったら、俺が有栖のそばにいる意味は?
*
「君は有能だから、僕としても本当に悔しいよ……。上からの命令で……僕が無力ですまない」
今日会社に行くと上司に呼ばれてそう言われた。彼の机にはあの週刊誌が見えた。
「君がなにもしてないことはわかっているんだ……たとえ……親父さんと妹さんが…その…あれこれあったからと言って……君には関係ないはずなんだ……でも組織というのは…会社というところはそういうことを気にするんだ……残念ながら……」
人の良さそうな上司は視線を逸せて口籠る。
「妹は、なにも、悪くありません」
まるで、有栖まで犯罪を犯したような言われ方をしたように感じて、つい俺は言い返してしまった。
「そ、そうだね……」
上司は頭を下げた。
わかっている。
信用がなによりも大切な会社にとって、受刑者の家族がいる者が働いているということがリスクになるということは。
それが週刊誌でまた公になってしまったのだ。
週刊誌には、父親だけが悪いようには書かれていなかった。「狂って爛れた家族」のような書かれ方。
まるで有栖が男を誑かす、魔性の少女のような書かれ方だった。
それは有栖の母親が、呪うように有栖に言い放った言葉通りだ。
母親は本気でそう思いながら死んでいったのかもしれない。
有栖が。
夫も、息子たちも、家庭をみんな奪って、壊してしまったのだと。
有栖が俺の目を見つめている。
どこか睨むような強ささえ感じるような眼差し。
その瞳は澄んだ深い湖のようだった。俺の心の奥底まで覗き込むような視線だった。
「お兄ちゃん……私は逃げないわ……」
有栖の声は震えていたが、どこか毅然としていた。
俺の頬を包むように両手を当てる。
「本当の本当にお兄ちゃんが逃げたい時には、……その時は私も一緒にどこまでも逃げるから」
「……有栖……」
有栖は静かに目を閉じて俺の首に腕をまわした。
やわらかであたたかい感触に包まれる。
ああ、やっぱり…俺の心の底の、深い部分ではわかっていたんだ……
竜之介……ごめん。
有栖を愛してる。
有栖をずっと愛してる、俺は一生彼女を思い続けるだろう。兄としてじゃない…そうあろうと自分の心に抗っていただけ。
桃に会ってかえって気づいてしまった。自分で言い出したことなのに。
有栖が誰が他の男のものなるなんて。他の男と手を繋いだり、キスをしたり、体を重ねたり……もうたくさんだ、想像すると気が変になりそうだ。
全部……
俺だけに……
そう願う。
心の奥で。
でも、それは俺の問題。
1番に願うのは有栖の笑顔。
俺は有栖を抱きながら目を閉じた。その小さな身体に回した腕にぎゅっと力を込めた。
この小さな身体に愛も強さも詰まっている。
有栖は俺の耳朶に触れるか触れないかのキスをして、両腕を肩にかけたままで上体を起こしてまた俺を見た。
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