成人の儀―特別侍従―

gooneone(ごーわんわん)

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1.ヒュース王国・最北の地

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 家が潰れてしまうのではないかと思うほど降り積もっていた雪がとけ、外に出たケネルの頬を柔らかい風がそっと撫でた。玄関の前には小さな緑の芽が地面からぴょこんと顔を出し、春の到来を喜んでいるように見える。

(いい天気……)

 両手を天に突き上げて体を伸ばし、深く息を吸う。
 なんとか今年も無事に春を迎えることができた。去年の夏から父が病にせっていたので、じゅうぶんな薪を用意することができなかったのだ。

 ケネルは家の外壁に張り付けた防寒用の藁を丁寧に外すと納屋に片付け、玄関ドアから呼び掛けた。

「母さん、水を汲んでくるね」
「ああ、ありがとう」

 腰の悪い母に代わって日に三度、村の中心にある井戸に行く。あかぎれでぼろぼろになった手で台車を押していると、通りかかった広場で村の男が声を張り上げるのを聞いた。

「城から知らせが来たぞぉ! レフィナード様が特別侍従を求めているそうだぁ!」

 城から遠く離れたこの田舎で、第一王子の名前を聞くのは珍しい。それにわざわざこんなところにまで侍従を求めて来るとはいったい何事だろうか。

(しかも特別侍従って何だろう……?)

 自分のような学もない人間が召し抱えられることはない。そうとわかっていても気になってしまい、ケネルは耳をそばだてて男の声を聞いた。

(明日、午後の一刻に広場の噴水前……)











 翌日のその時間、ケネルは広場の植え込みの陰にいた。
 首を伸ばして噴水の方を覗き込むと荘厳な装飾が施された馬車が一両とまっており、その横に見たこともない上等な黒い服を着た男が三人の従者を従えて立っている。

(あの方がレフィナード様……?)

 白い紐でくくられた黒い長髪。眼鏡をかけていて利発そうなのに、精悍な体躯。正面に立つ村人――志願者だろう――を見る目は鋭いのに目を瞠(みは)るほどの色気があった。放たれるオーラは、この村では見たことがない。しかし王子というわりには年齢が少々上のように見えた。三十代前半くらいではないだろうか。

(僕より年下だと思ってた……)

 僻地には王子の詳細など噂でも届かない。すべてはケネルの勝手な想像だ。しかし目に映った姿は堂々としているので、王子で間違いないのだろう。

「そなたも志願者か」

 突然聞こえた声に振り向く。しかし誰もいない。

(空耳?)

 もう一度顔を広場に向ける。すると今度はすぐ隣――振り返ったのとは逆側――から声が聞こえた。

「聞こえておらぬのか」
「うあっ!」

 慌ててそちらを向くと、王子が連れている従者と同じ服を着た男が立っていた。

「あっ……、あ、すみません」
「そなたも志願者か」

 同じ言葉をかけられ、慌てて立ち上がり背筋を伸ばす。

「あ、や、いえ、その、でも僕は学がないので」
「学は求めておらぬ。年の頃二十五までの若い男を求めている」
「え……関係ないんですか」

 それなら、と思った。どういった仕事をするのかはわからないが、仕送りをすれば両親の生活を楽にしてやることができる。

「識字できなくてもかまわぬ。こちらに来い」

 想像もしていなかった展開だ。広場に入ると、野次馬がケネルに視線を向けた。その中をぎくしゃくとした足取りで従者についていく。
 あと少しで馬車というところで、付近にいた村の男が王子に頭を下げて去っていった。

「リゲンス様。もう一人おりました」
 ケネルに声を掛けた従者が腰を折った。
「ご苦労」

 リゲンスと呼ばれたのは、ケネルが王子だと思っていた男だった。どうやら王子ではなかったらしい。

 リゲンスがレンズ越しにじっとケネルを見つめた。

(わ、わ、どうしよ……)

 まさかこんなことになるとは思っていなかったので、ぼろを着ている。膝は擦りむけて穴が開いているし、上衣は薄く、つぎはぎだらけだ。それでも寒さに震えながら母が縫ってくれたものだし、そもそもかしこまった服など持っていないけれど。

(恥ずかしいなんて思っちゃだめ……)

 しかしリゲンスの視線を感じている間に頬が熱をもっていった。きっと何も言われないのは断り文句を考えているからだろう……志願者かと尋ねられた時に「違います」と答えなかったことを悔やむ。

「……名は」
「え?」

 伏せていた顔を上げる。視線が合った瞬間、胸の疼きを感じた。遠目からでもわかった色気がケネルの全身を包んでいく。

「名は何と申す」

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