俺たちは、壊れた世界の余白を埋めている。

惟光

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第27話 目を離すな

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#第27話 目を離すな


ネオンが滲む、煌都の夜。
その雑居ビルに、三つの影が足を止めた。

奥まった一角、ひときわ目を引くのは、
ギラついたラウンジの扉。
光は派手でも、客の出入りは異様に少ない。
──それが、何よりの証明だった。

「……着いたな。」

並んだ影が、スーツ姿で静かに立ち止まる。

ルカは、ブラックスーツに深紅のシャツ、ネクタイは緩く垂らしたまま。
その隣で、ナオはネイビーのスリーピースに銀のピンを光らせ、髪をオールバック気味に整えていた。
背後に立つ臣は、
濃墨のスリーピースに、黒シャツをラフに着崩している。

ナオは袖口に目を落とし、わずかに眉をひそめる。
普段着慣れないスーツの感触に、どこか落ち着かないような仕草。
ネクタイを指先で直しかけたところで、小さく呟く。

「……似合わねぇな、俺ら。」
「はは、逆だよ。……“似合ってねぇからこそ、似合って見える”んだ、こういう場じゃ。」

そう言って、ルカが笑った。


――臣が会員カードと招待コードを提示し、ラウンジの受付を通過すると、すぐに簡易的なセキュリティゲートが設けられていた。

係員の男たちが無言で立ち塞がる。
扉の前には、金属探知ゲートと簡易のボディスキャナ。
“持ち込み禁止”の警告が、赤く点滅していた。
形式上は簡素だが、抜け道のない構造だ。

「さてと……」

一人ずつ進み、まずはルカ。
即座に金属探知が反応し、短く「ピッ」と音が鳴る。

「……あぁ、これだ。」

ルカは腰のベルトに触れ、指先で軽く弾いた。

「洒落てるでしょ、特注のやつ。……これ、ベルトなんだけど。ダメ?」

軽口と共に、係員に向かって愛想笑いを向ける。
係員は表情を変えずにスキャン結果を確認し、小さく頷いた。

続いてナオ。
ナオは静かにスキャンを通過する。

(丸腰だもんな、当然か。
あいつが一番、危ねぇのに……)

ルカは思わずそんなことを考え、口元が緩む。

三番目は臣。

係員の視線が、彼の左腕――黒い義手に一瞬だけ止まった。

「……お怪我を?」

問いかけに、臣は肩を竦めながら、ジャケットの内ポケットに手を突っ込んで義手の輪郭を隠すような仕草を見せた。

「古い義手でね。医療用の。外して見せた方がよかったか?」

軽く、わざとらしく笑う。
係員はわずかに困ったような顔をしたが――次の客の列に追われて、首を横に振った。

「……ご入場ください。」

無表情な係員が一歩脇に退く。
そのまま三人はラウンジの奥へと進む。
重厚なドアの先には、招待客のみが知る“もう一つの世界”が存在していた。

ラウンジの奥――ただの従業員用エリアのように見える廊下の突き当たりに、
小さなパネルと隠し扉。
そこに指をかざせば、エレベーターが沈むように現れる。

沈黙のまま乗り込んだ三人を乗せて、エレベーターは地下へとゆっくりと降りていく。
密室に、わずかな揺れと沈黙が満ちる中――
臣がポツリと呟いた。

「“センパイ”とか、ここで言うなよ。舐められる。」

ルカが横目で笑いかける。

「じゃあ、“臣くん”でいーじゃん。……かわいいし?」
「“さん”をつけろ。年上だ。」
「案外、気にすんだな。ああ、じゃあ、なおさら……“臣くん”。」

舌の先に笑みを乗せながら、ルカがふざけた調子で言う。

「……お前な、そういうとこだぞ、“ルカ”。」

臣は肩をすくめながら、ため息をつく。
ナオはそんなふたりを横目に、何も言わずネクタイを直す。

“演じる”準備は、もう整っていた。

扉が開いたその先には――
赤と黒の絨毯、クリスタルのシャンデリア、喧騒と笑い声、酒と煙の匂い。

「さて、何が出るかな。」

ルカが一歩、先に出た。
その足音を合図に、三人は煌びやかな“地獄”へと踏み込んでいく。


――札束が燃えるような喧騒。
笑い声の底に沈む、ぎらついた空気。
三人は、一瞬立ち止まり――

「派手だな……」

ナオがぽつりと呟く。
シャンデリアの光、札束の山、潤んだ笑顔。
そのすべてが、欲と虚飾でできていた。

ルカは、正面を向いたまま笑った。
軽薄な仮面の下で、声だけが低く滑る。

「俺がテーブルにつく。派手に、目立って。
ナオは横で“ハニー役”。……周囲の観察な。」

ナオは、ひとつ息を吐き、音もなく歩幅を揃える。
ルカは笑みを崩さず、続けた。

「臣くんは"仕掛け"。悪目立ち、すんなよ。」

義手の指先が、小さく“コッ”と音を立てた。
臣の答えは、それだけだった。

「いい演目にしようぜ。
“主役は遅れて登場”ってな。」

そう言って、ルカが一歩を踏み出す。
煌びやかな地獄が、口を開く。


――喧騒の中へ足を踏み出しながら、
ルカはちら、と視線だけで場を駆ける。

ルーレット、ポーカー、バカラ……
色と欲にまみれたテーブルの中で、
彼の目がすぐに一つの卓に留まった。

ブラックジャック。

札の切り方、客の熱気、ディーラーの手つき。
その卓には、欲と焦りがじわりと滲んでいた。
派手すぎず、沈みすぎず――“仕掛ける”には、ちょうどいい。

「……あそこだ。」

ルカは目を細め、ためらいなく歩き出す。
その背後、片腕を軽くルカの背に添えながら、
ナオもさりげなく寄り添った。

斜め後ろに立ち、ルカの肩越しに視線を流す。
一見ただの“パートナー”を演じながら、
スタッフの動線、客の手元、
空気の淀み、視線の“泳ぎ”――
目に見えない“不自然”を、静かに拾い集める。

「……隣のディーラー、客と視線が合ってねぇな。」

ナオが低く呟く。
作り笑いの裏に潜む警戒と恐れ――
“裏”を知る者の目には、微かな違和が映る。

一方、臣は少し距離を取り、
周囲の壁やスタッフの巡回ルートを流し見ていた。

指がポケットの中でわずかに動く。
何かを測るように、静かに。

……そして、ルカは軽く笑いながら、
チップを一枚、卓に滑らせた。

「……さて、賭けようか。
しっかり見てろよ、ハニー。」

まるで甘い芝居のセリフのように、ナオにだけ、低く視線を流す。

ナオは一拍置き、わざとらしく頬をゆるめてから、静かに頷いた。
その目だけが、冷たく、テーブルの向こうを射抜いていた。


――勝っても、負けても。
ルカの唇には、変わらず柔らかな笑みが浮かんでいた。

「……今回は勝てそうだな。」

チップを滑らせる指先と共に、舌先だけの軽口。
勝敗に浮きも沈みもしないその声に、熱はない。
けれど――その眼差しだけが、鋭かった。

札ではなく、客の仕草。
ディーラーの癖。
空気の淀みと、揺らぐ視線。

場に“染まる”ことすら、演技のうち。
誰よりも意味ありげに見せながら、
ルカの目はひとつも“遊んで”いなかった。

ナオは、ルカの斜め後ろ。
無言で寄り添い、視線を肩越しに滑らせる。

(……スタッフ七人。巡回三、固定四。
客層は上級者……だが、“本物”はごく一部。)

指先の癖、札を置く角度、息づかい。
ナオは、笑う代わりに“見て”いた。

ふと、ルカが声をかける。

「なあ、ハニー。次はどう賭けようか?」

気怠げな甘さをにじませながらも、
その声は、まるで脚本に仕込まれた誘い文句のようだった。

ナオは片頬をゆるめ、わざとらしく囁く。

「ダーリンが勝ったら、帰り道にキスの一つでも考えてやるよ。」
「それ、最高。」

そして、すぐに――
イタリア語で、低く囁く。

「Tienimi d’occhio, amore.」

意味は、分からない。
けれどその響きに、ナオは小さく頷いた。
そして、視線を滑らせ――
奥のフロアで、ふと立ち止まったスタッフ二人が目に入った。

(……あれが、裏口か)

目を細めた瞬間。
ルカの視線が、わずかに横をかすめた。

混み合うテーブルの隙間。
煌びやかな喧騒の奥、壁際に佇むひとつの影。
義手の男が、ゆっくりとポケットから手を抜き――

“コッ、コッ”と、二度、指を鳴らした。

ほんの一瞬、ルカの目が細まる。
次の瞬間、椅子を引く音がテーブルに響いた。

「……さて。」

笑みを貼りつけたまま、
ルカはチップの山を片手に掴み取る。

「ハニー。……派手にいこうぜ。」

チップの縁を指でなぞってから、音もなく滑らせた。
あくまで軽く、遊びの延長のように。
けれどその指先は、迷いなく――

「――オールイン、だ。」

舞台は整った。
さあ――幕を上げよう。
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