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十一話 ここからはじまる
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クラウド様が一呼吸置いてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「リリーの話……なら、昨晩酒屋で一通り聞いたぞ?」
「そうかもしれませんけれど……私にはその記憶がございませんので」
「あぁ、そういえばそうだったな。忘れていた」
……やっぱりクラウド様は、少し抜けていらっしゃるのかもしれない。さっきはあんなに堂々とした態度で、まさに『黒薔薇公爵』の名がぴったりの姿だったのに。なんだかおかしくて、つい笑みがこぼれる。
「何笑ってるんだ」
「ふふ、拗ねないでくださいませ」
「……拗ねてなどいない」
クラウド様はそう言って、フイ、と顔を窓の外に向けてしまった。絶対に拗ねていらっしゃる。やっぱり可愛らしい方だわ。
「話してくれるんじゃなかったのか?」
「えぇ、お話させてください。私の……今までの人生について」
「…………」
さっきまでの可愛らしいお姿はどこへやら、私の言葉を聞いたクラウド様が真剣な面持ちでこちらの方を向く。目が合った。馬車の窓から差し込む光がクラウド様の赤い瞳に反射していて、まるでガーネットのようだなと思った。
深呼吸して、ゆっくりと口を開く。
「私は、ずっとあの家で気味悪がられていました。父はブロンドの髪に茶色の瞳で、母はピンクブロンドにピンク色の瞳をしています。それなのに、私は真っ赤な瞳と真っ白なストレートヘアーで生まれてきてしまいました。父は母の不貞を疑い、毎晩喧嘩していたそうです」
「俺は、好きだ。その髪も瞳も……綺麗だと思う」
「ありがとうございます。私も今は、クラウド様と同じ赤色の瞳が誇らしいですよ」
「…………リリー、君はまたそういうことを簡単に……」
クラウド様が困ったように手で顔を覆う。頬も赤いし馬車に酔ってしまわれたのでは?と心配したけれど、少し経ってから「続けてくれ」と仰ったので、話を再開することにした。
「……そんな時でした。妹のメアリーが生まれたのは。父と同じブロンドの髪、母にそっくりなピンクの瞳に、可愛らしい顔。当然両親は、妹ばかりを可愛がるようになりました。可愛いものも豪華なものも美味しいものも、全てメアリーのもの。もちろん、両親からの愛も……」
「……酒屋でも聞いた通り、くだらない親だな」
「あら、そんなことまで話していたんですね……。両親の態度は次第に使用人にもうつっていって、十歳になるころには私に近付く人はいなくなっていました。通いの家庭教師は私のことを褒めてくれましたけれど……なんの慰めにもなりませんでした。私が欲しかったのは、両親……母からの愛だったので」
思い出しながら話している最中に涙が滲みそうになって、それを誤魔化したくて髪を耳にかけてみた。けれど、クラウド様に「ゆっくりでいい」と声をかけられてしまったから、何もかもお見通しなのだろう。
すこしだけ恥ずかしいけれど、その優しさが嬉しかった。
「そんな風に、すべてを諦めかけていた時に出会ったのが……元婚約者である、モールディング侯爵家次男のカルヴィン様でした」
「…………」
「カルヴィン様は、私の髪を白百合のようだと褒めてくださって……私はその瞬間、カルヴィン様のことを好きになってしまいました」
「……俺は、君の髪を白百合よりもきれいだと思っているがな」
「ふふ、ありがとうございます。それで、五年間はうまくいっていた……と、思っていたのです。ですが、昨日唐突に婚約破棄を言い渡されて……」
そこまで話したところで、ぐっ、と喉が詰まるような感覚が体を襲う。苦しいし、思い出したくない。
でも、話したい。
「いつも、そうなんです。私が好きなものは、全部メアリーのものになってしまう。だから、何もかも嫌になって、初めて酒屋に行ったんです」
「……そこで、俺と出会ったと」
「はい。と言っても、私は覚えていないのですが……出会ったのがクラウド様でよかったと、今は思っています」
そう言って、クラウド様に笑いかける。クラウド様は色々な感情がごちゃまぜになったような表情で、私の手を優しく包み込んできた。
「リリー、それは俺のセリフだ。俺はずっと、暗いトンネルの中を歩いているような人生を過ごしてきた。でも、君の昨日のたった一言で、すべてが報われた気がしたんだ」
「クラウド様……」
「出会ったのが、君でよかった」
私の手を包み込む、クラウド様の節くれ立った大きな手。クラウド様の柔らかい微笑み。なんだか顔が熱くなる。なにかしら、この気持ち……。
「……私は昨夜、クラウド様になんて申し上げたのですか?」
「それは……新婚旅行の時にでも話すとするさ。今はただ、君の温度を感じていたいんだ」
「…………なんだか、恥ずかしいですわ」
クラウド様は、冷たい『黒薔薇公爵』なんかじゃない。もっと優しくて、いつだって私の欲しい言葉をくれる素敵な人だ。改めて、そう思う。
「クラウド様、私はその……まだ、あなたのことが好きかどうかわかりません。でも、あなたと夫婦になりたいです。こんな私でも、また恋をすることができると思いますか……?」
言葉にしてすぐに、しまったと思った。でもクラウド様は私を咎めもせず、ただただ私の手を強く握りしめた。
「今はまだ、無理に好きになろうなんて考えなくていい。でも、そうだな……俺のことを好きになってくれたら、嬉しい。それだけだ。リリー、君はもう自由なんだからな」
「自由…………」
そうだわ、私、もう自由なんだ。
もう両親の機嫌を伺わなくていい。好きなものを食べて、好きなことをしていい。自由に人を好きになっていい。
ようやく実感が湧いてきて、涙がぽろぽろ溢れて止まらなくなる。
そんな私を見てクラウド様は一瞬ギョッとしていたけれど、慣れない動作で私をそっと抱き締めてくれたのだった。
「リリーの話……なら、昨晩酒屋で一通り聞いたぞ?」
「そうかもしれませんけれど……私にはその記憶がございませんので」
「あぁ、そういえばそうだったな。忘れていた」
……やっぱりクラウド様は、少し抜けていらっしゃるのかもしれない。さっきはあんなに堂々とした態度で、まさに『黒薔薇公爵』の名がぴったりの姿だったのに。なんだかおかしくて、つい笑みがこぼれる。
「何笑ってるんだ」
「ふふ、拗ねないでくださいませ」
「……拗ねてなどいない」
クラウド様はそう言って、フイ、と顔を窓の外に向けてしまった。絶対に拗ねていらっしゃる。やっぱり可愛らしい方だわ。
「話してくれるんじゃなかったのか?」
「えぇ、お話させてください。私の……今までの人生について」
「…………」
さっきまでの可愛らしいお姿はどこへやら、私の言葉を聞いたクラウド様が真剣な面持ちでこちらの方を向く。目が合った。馬車の窓から差し込む光がクラウド様の赤い瞳に反射していて、まるでガーネットのようだなと思った。
深呼吸して、ゆっくりと口を開く。
「私は、ずっとあの家で気味悪がられていました。父はブロンドの髪に茶色の瞳で、母はピンクブロンドにピンク色の瞳をしています。それなのに、私は真っ赤な瞳と真っ白なストレートヘアーで生まれてきてしまいました。父は母の不貞を疑い、毎晩喧嘩していたそうです」
「俺は、好きだ。その髪も瞳も……綺麗だと思う」
「ありがとうございます。私も今は、クラウド様と同じ赤色の瞳が誇らしいですよ」
「…………リリー、君はまたそういうことを簡単に……」
クラウド様が困ったように手で顔を覆う。頬も赤いし馬車に酔ってしまわれたのでは?と心配したけれど、少し経ってから「続けてくれ」と仰ったので、話を再開することにした。
「……そんな時でした。妹のメアリーが生まれたのは。父と同じブロンドの髪、母にそっくりなピンクの瞳に、可愛らしい顔。当然両親は、妹ばかりを可愛がるようになりました。可愛いものも豪華なものも美味しいものも、全てメアリーのもの。もちろん、両親からの愛も……」
「……酒屋でも聞いた通り、くだらない親だな」
「あら、そんなことまで話していたんですね……。両親の態度は次第に使用人にもうつっていって、十歳になるころには私に近付く人はいなくなっていました。通いの家庭教師は私のことを褒めてくれましたけれど……なんの慰めにもなりませんでした。私が欲しかったのは、両親……母からの愛だったので」
思い出しながら話している最中に涙が滲みそうになって、それを誤魔化したくて髪を耳にかけてみた。けれど、クラウド様に「ゆっくりでいい」と声をかけられてしまったから、何もかもお見通しなのだろう。
すこしだけ恥ずかしいけれど、その優しさが嬉しかった。
「そんな風に、すべてを諦めかけていた時に出会ったのが……元婚約者である、モールディング侯爵家次男のカルヴィン様でした」
「…………」
「カルヴィン様は、私の髪を白百合のようだと褒めてくださって……私はその瞬間、カルヴィン様のことを好きになってしまいました」
「……俺は、君の髪を白百合よりもきれいだと思っているがな」
「ふふ、ありがとうございます。それで、五年間はうまくいっていた……と、思っていたのです。ですが、昨日唐突に婚約破棄を言い渡されて……」
そこまで話したところで、ぐっ、と喉が詰まるような感覚が体を襲う。苦しいし、思い出したくない。
でも、話したい。
「いつも、そうなんです。私が好きなものは、全部メアリーのものになってしまう。だから、何もかも嫌になって、初めて酒屋に行ったんです」
「……そこで、俺と出会ったと」
「はい。と言っても、私は覚えていないのですが……出会ったのがクラウド様でよかったと、今は思っています」
そう言って、クラウド様に笑いかける。クラウド様は色々な感情がごちゃまぜになったような表情で、私の手を優しく包み込んできた。
「リリー、それは俺のセリフだ。俺はずっと、暗いトンネルの中を歩いているような人生を過ごしてきた。でも、君の昨日のたった一言で、すべてが報われた気がしたんだ」
「クラウド様……」
「出会ったのが、君でよかった」
私の手を包み込む、クラウド様の節くれ立った大きな手。クラウド様の柔らかい微笑み。なんだか顔が熱くなる。なにかしら、この気持ち……。
「……私は昨夜、クラウド様になんて申し上げたのですか?」
「それは……新婚旅行の時にでも話すとするさ。今はただ、君の温度を感じていたいんだ」
「…………なんだか、恥ずかしいですわ」
クラウド様は、冷たい『黒薔薇公爵』なんかじゃない。もっと優しくて、いつだって私の欲しい言葉をくれる素敵な人だ。改めて、そう思う。
「クラウド様、私はその……まだ、あなたのことが好きかどうかわかりません。でも、あなたと夫婦になりたいです。こんな私でも、また恋をすることができると思いますか……?」
言葉にしてすぐに、しまったと思った。でもクラウド様は私を咎めもせず、ただただ私の手を強く握りしめた。
「今はまだ、無理に好きになろうなんて考えなくていい。でも、そうだな……俺のことを好きになってくれたら、嬉しい。それだけだ。リリー、君はもう自由なんだからな」
「自由…………」
そうだわ、私、もう自由なんだ。
もう両親の機嫌を伺わなくていい。好きなものを食べて、好きなことをしていい。自由に人を好きになっていい。
ようやく実感が湧いてきて、涙がぽろぽろ溢れて止まらなくなる。
そんな私を見てクラウド様は一瞬ギョッとしていたけれど、慣れない動作で私をそっと抱き締めてくれたのだった。
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