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十二話 お姫様抱っこ
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馬車がゆっくりと速度を落とす。
御者の「着きましたよ」という声がかかるまで、私はずっとクラウド様に抱き締めていただいていた。
……泣いている時は胸がいっぱいいっぱいで気にならなかったけれど、冷静に考えてみるとこの状況、ものすごく気恥ずかしい。馬車も止まったことだし、慌ててクラウド様の胸から離れる。
顔が赤くなっていたらどうしよう、なんて心配をしながら。
「クラウド様、もう大丈夫です。お心遣いいただきありがとうございます。……その、嬉しかったです」
「そうか。俺としても幸せな時間だった。初めてリリーのことを抱き締められたからな」
「も、もう!」
こんな会話、まるで付き合いたての恋人同士だわ! ……と思ったけれど、私達は恋人どころか今日から夫婦なんだった。一日で境遇も立場も何もかもが変わりすぎて、頭がまだ現実に追いついていないみたい。
幸せそうに笑っているクラウド様にエスコートされながら、馬車を降りる。気付けば空はもう暗くなっていて、夜の訪れを感じさせてくれた。
目の前に広がる大きなお屋敷に目を向ける。伯爵邸も私には随分広く感じたけれど、グレンウィル公爵邸はその比じゃない。お庭も丁寧に整備されているのがわかるし、噴水だってとても素敵。
なにより、お義母さまが住む離れのように、この家のお庭もとても花が綺麗だわ。赤、白、黄色、紫……色鮮やかに彩られている地面が、まるで虹みたい。
「……ここが、今日から私の家……」
「まるで初めて来たみたいな感想だな。昨日の晩からこの家にいたんだぞ?」
「そうですけど、改めてじっくりお屋敷をみたのは初めてですから」
「そうか。……少しは気に入ってくれたか?」
クラウド様が私の機嫌を伺うように顔を覗いてきた。その姿がなんだか不安そうな子犬のように見えて、本当に父を目の前にした時の態度とは大違いだわ、とクスクス笑った。
「はい、とっても!」
「そうか……。なら、よかった」
「えぇ、本当に素敵です」
ほっとした様子のクラウド様をみて笑いかけると、クラウド様も笑い返してくれた。
その直後、後続の馬車が止まった音が聞こえてきて、ケインとセーラが着いたのだと理解した。
てっきりケインが馬車を引いていると思っていたのに、二人が一緒に馬車から降りてきたものだから思わず困惑する。
どうやら、馬車はもう一人の御者に頼んで、ケインもセーラと共に伯爵家の馬車に乗っていたようだ。まぁ確かに、ケインが御者として働いてしまったら、馬車を伯爵邸に返しに行く人がいなくなってしまうものね。
伯爵家の馬車が帰っていくのを見届けていると、セーラたちがこちらへ駆け寄ってきた。
「セーラ、ケイン! あなた達も無事に着いたようでなによりだわ」
「えへへ、ケインと一緒に馬車に乗ったのは初めてだったので、新鮮で楽しかったです」
「コイツ、馬車の中でもずーーーっと喋ってるんですよ。勘弁してほしいです」
「またまた~~~! ケインだって楽しそうにしてたじゃん!」
……この二人の仲が良いのは知っていたけれど……これはもしかして、そういうことなのかしら? 何にせよ、微笑ましい光景だ。
私が二人に気を取られていると、クラウド様が私の腰に腕を回してきた。驚いてクラウド様の顔を見上げると、クラウド様は朝のような余裕綽々の笑みで私に話しかけた。
「知っているか? 新婚夫婦は、夫が妻を抱きながら家に入るという習慣があるんだ」
「だ、抱き……!?」
「失礼するぞ」
そう言って、クラウド様は軽々と私をお姫様抱っこしてくれた。セーラが目をキラキラ輝かせながら私達を見ているのがわかる。……ケインはニヤニヤしているから、あとでお説教ね。
クラウド様に抱きかかえられながら、家に入った。
使用人たちが口をそろえて「おかえりなさいませ」と声をかけてくれる。こんなの、初めての体験だわ。綺麗なドレスと靴を身に纏って、お化粧してもらって、旦那様に抱きかかえられながら家に帰る。
まるでおとぎ話のヒロインのような待遇に、頭がくらくらした。
「……私、こんなに幸せでいいのかしら」
そうぽつりと呟くと、クラウド様は私をそっ……と床におろしながら「これから君は、俺と一緒にもっと幸せになるんだ」と言ってくれた。どうしよう、嬉しくて涙が出そうだわ。
「今日はもう遅い。リリーも疲れているだろうし、一緒に夕食を食べたら早く寝よう」
「ふふ、実はお腹ペコペコだったんです」
***
夕食はそれはもう豪華だった。シェフ曰く、「お二人の初めての夕食ですから、腕にふるいをかけました」ということらしい。
いつもメアリーの食べ残しなんかを食べさせられていたから、心の底から感動した。そのことをクラウド様に伝えたら、「あの女……」とまた怖い顔をしていたので、慌てて話を変える。
「私、実はお魚が大好きで……このアクアパッツァもとても美味しいです」
「そうか! 俺も魚が好きで、休暇の時には釣りにいったりもしているんだ」
クラウド様の機嫌が治ったようで一安心する。それはそれとして、釣りは私も興味があるのでぜひご一緒させていただきたい。
そこでふと、あることが気になった。
「クラウド様は、この後お仕事をされるのですか?」
「いや、今日の仕事は昨晩君が寝ている間に終わらせておいたんだ。だから、今日はこのまま寝るつもりだ」
「えぇ!?」
流石の私も、これには驚いた。なんせ公爵とはものすごく多忙なのだ。今日一日私のためにスケジュールを開けるなんて、相当無理をしたのではないだろうか。
でも、それなら……と思い、勇気を振り絞って聞いてみた。
「その……クラウド様がよければ、今晩はクラウド様の部屋に伺ってもよろしいですか?」
御者の「着きましたよ」という声がかかるまで、私はずっとクラウド様に抱き締めていただいていた。
……泣いている時は胸がいっぱいいっぱいで気にならなかったけれど、冷静に考えてみるとこの状況、ものすごく気恥ずかしい。馬車も止まったことだし、慌ててクラウド様の胸から離れる。
顔が赤くなっていたらどうしよう、なんて心配をしながら。
「クラウド様、もう大丈夫です。お心遣いいただきありがとうございます。……その、嬉しかったです」
「そうか。俺としても幸せな時間だった。初めてリリーのことを抱き締められたからな」
「も、もう!」
こんな会話、まるで付き合いたての恋人同士だわ! ……と思ったけれど、私達は恋人どころか今日から夫婦なんだった。一日で境遇も立場も何もかもが変わりすぎて、頭がまだ現実に追いついていないみたい。
幸せそうに笑っているクラウド様にエスコートされながら、馬車を降りる。気付けば空はもう暗くなっていて、夜の訪れを感じさせてくれた。
目の前に広がる大きなお屋敷に目を向ける。伯爵邸も私には随分広く感じたけれど、グレンウィル公爵邸はその比じゃない。お庭も丁寧に整備されているのがわかるし、噴水だってとても素敵。
なにより、お義母さまが住む離れのように、この家のお庭もとても花が綺麗だわ。赤、白、黄色、紫……色鮮やかに彩られている地面が、まるで虹みたい。
「……ここが、今日から私の家……」
「まるで初めて来たみたいな感想だな。昨日の晩からこの家にいたんだぞ?」
「そうですけど、改めてじっくりお屋敷をみたのは初めてですから」
「そうか。……少しは気に入ってくれたか?」
クラウド様が私の機嫌を伺うように顔を覗いてきた。その姿がなんだか不安そうな子犬のように見えて、本当に父を目の前にした時の態度とは大違いだわ、とクスクス笑った。
「はい、とっても!」
「そうか……。なら、よかった」
「えぇ、本当に素敵です」
ほっとした様子のクラウド様をみて笑いかけると、クラウド様も笑い返してくれた。
その直後、後続の馬車が止まった音が聞こえてきて、ケインとセーラが着いたのだと理解した。
てっきりケインが馬車を引いていると思っていたのに、二人が一緒に馬車から降りてきたものだから思わず困惑する。
どうやら、馬車はもう一人の御者に頼んで、ケインもセーラと共に伯爵家の馬車に乗っていたようだ。まぁ確かに、ケインが御者として働いてしまったら、馬車を伯爵邸に返しに行く人がいなくなってしまうものね。
伯爵家の馬車が帰っていくのを見届けていると、セーラたちがこちらへ駆け寄ってきた。
「セーラ、ケイン! あなた達も無事に着いたようでなによりだわ」
「えへへ、ケインと一緒に馬車に乗ったのは初めてだったので、新鮮で楽しかったです」
「コイツ、馬車の中でもずーーーっと喋ってるんですよ。勘弁してほしいです」
「またまた~~~! ケインだって楽しそうにしてたじゃん!」
……この二人の仲が良いのは知っていたけれど……これはもしかして、そういうことなのかしら? 何にせよ、微笑ましい光景だ。
私が二人に気を取られていると、クラウド様が私の腰に腕を回してきた。驚いてクラウド様の顔を見上げると、クラウド様は朝のような余裕綽々の笑みで私に話しかけた。
「知っているか? 新婚夫婦は、夫が妻を抱きながら家に入るという習慣があるんだ」
「だ、抱き……!?」
「失礼するぞ」
そう言って、クラウド様は軽々と私をお姫様抱っこしてくれた。セーラが目をキラキラ輝かせながら私達を見ているのがわかる。……ケインはニヤニヤしているから、あとでお説教ね。
クラウド様に抱きかかえられながら、家に入った。
使用人たちが口をそろえて「おかえりなさいませ」と声をかけてくれる。こんなの、初めての体験だわ。綺麗なドレスと靴を身に纏って、お化粧してもらって、旦那様に抱きかかえられながら家に帰る。
まるでおとぎ話のヒロインのような待遇に、頭がくらくらした。
「……私、こんなに幸せでいいのかしら」
そうぽつりと呟くと、クラウド様は私をそっ……と床におろしながら「これから君は、俺と一緒にもっと幸せになるんだ」と言ってくれた。どうしよう、嬉しくて涙が出そうだわ。
「今日はもう遅い。リリーも疲れているだろうし、一緒に夕食を食べたら早く寝よう」
「ふふ、実はお腹ペコペコだったんです」
***
夕食はそれはもう豪華だった。シェフ曰く、「お二人の初めての夕食ですから、腕にふるいをかけました」ということらしい。
いつもメアリーの食べ残しなんかを食べさせられていたから、心の底から感動した。そのことをクラウド様に伝えたら、「あの女……」とまた怖い顔をしていたので、慌てて話を変える。
「私、実はお魚が大好きで……このアクアパッツァもとても美味しいです」
「そうか! 俺も魚が好きで、休暇の時には釣りにいったりもしているんだ」
クラウド様の機嫌が治ったようで一安心する。それはそれとして、釣りは私も興味があるのでぜひご一緒させていただきたい。
そこでふと、あることが気になった。
「クラウド様は、この後お仕事をされるのですか?」
「いや、今日の仕事は昨晩君が寝ている間に終わらせておいたんだ。だから、今日はこのまま寝るつもりだ」
「えぇ!?」
流石の私も、これには驚いた。なんせ公爵とはものすごく多忙なのだ。今日一日私のためにスケジュールを開けるなんて、相当無理をしたのではないだろうか。
でも、それなら……と思い、勇気を振り絞って聞いてみた。
「その……クラウド様がよければ、今晩はクラウド様の部屋に伺ってもよろしいですか?」
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