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最終話 二人でダンスを
……やってしまった。
高く蹴り上げられた右足に、ゆっくりと後ろに倒れていく男。
絶対に何を言われても手は出さないと決めていたのに……私ったら何をやっているのかしら。
頭が真っ白になって、手足が冷えていく。
やっぱり帰ろうと思って会場出口に目をやる。
すると、そこには……私が一番会いたくない方が立っていた。
____なぜ、こんなところに?
いえ、彼の家が主催のパーティーなんだもの、いるのが当たり前よね。
それより、今のを見られてしまった。
どうしよう、私、またとんでもない姿をお見せしてしまったわ。
私の混乱を余所に、彼は早足でこちらまで近付いてくる。
私は動かなきゃと思うのに、体が強張って何もできないでいた。
「久しぶりだね、シルヴィア嬢……いや、シル」
「セ、セオドア、さま……」
「今日は君に言いたいことがあって、モニカ嬢に無理を言って呼んでもらったんだ」
「な、なぜ……! もう会わないとお話ししたではありませんか!」
「私は同意していないよ」
セオドア様がきっぱりと言い切って、私の手を取った。
「シル……私は、どうしても君に謝りたい」
「……え?」
一瞬どういう意味かわからなくて、セオドア様の手をぎゅっと握りしめる。
セオドア様は真剣な顔をして、ゆっくりと口を開いた。
「本当に……すまなかった。君とモニカ嬢を間違えたせいで、私は君のことを深く傷つけた」
「そんな……黙っていた私が悪いのです!」
「いいや、そもそも私が勘違いをしていなければ、あんな事態は起こらなかったんだ。まずはそのことを謝罪させてほしい。モニカ嬢にも、散々叱られてしまったしな」
「モニカが……?」
セオドア様が恥ずかしそうに頬を掻く。
モニカがセオドア様に怒る姿なんて、まったく想像がつかない。
「そして、もう一つ君に伝えたいことがあるんだ」
「……なんでしょうか」
____今度こそ、モニカとの結婚報告とか、かしら……。
さっきの話ぶりだと、モニカとセオドア様は二人で会っていたようだし……
「シル、私は、いや私たちは……」
セオドア様が緊張した面持ちで言葉を紡ぎだした、その瞬間。
先ほど私が蹴りを入れた男がゆらりと立ち上がったのが見えた。
「危ない!」
私は咄嗟にセオドア様を抱き寄せてから、殴りかかろうとしてきた男にもう一度蹴りを入れる。今度はさっきのように手加減はせず、本気で。
男はうぐ、と苦しそうに呻いてから、今度こそ意識を失ったようだった。
「……危なかった……セオドア様、お怪我はありませんでしたか? セオドア様?」
「だ、大丈夫だ……から、まずはその、腕を離してくれると嬉しい」
「も、ももも申し訳ございません!!!」
私はその時初めて、セオドア様のお顔を自身の胸に押し付けていたことに気付いた。なんてはしたないの、私……!!
セオドア様も怒っていらっしゃるのか、お顔が耳まで真っ赤に染まっている。
「こほん! その、改めて君に伝えたいことがある」
「はい、なんでしょう……?」
「まず、私と君は離縁していない。私たちは夫婦なんだ」
「え……?」
「伯爵とも、両親とも話し合った。私の今の気持ちを伝えたうえで、私は再び君と暮らしたいと思っている。なぜだかわかるか?」
「わ、わからない……ですわ」
セオドア様の真剣な眼差しが、私を困惑させる。
離縁していないってなぜ……。セオドア様は、モニカのことが好きじゃないの?
「簡単だよ。私は、君のことを好きになったんだ」
手を、ぎゅっと握られる。
私はわけもわからずに、黙って目を見開いた。
「シル。確かに始まりは、勘違いだったかもしれない。でも、今はその勘違いに感謝している。君を知ることができたから」
「な、なにを……セオドア様も見たでしょう!? 私は、男性を足一本で倒してしまうような、はしたない女なのですよ……?」
「はしたなくなんかない。盗賊から守ってくれたときもそうだ。戦う君は誰よりも美しい。私は、妹や私……いや、人のために勇敢に戦う努力家な君に惹かれている。始まりは浮ついた恋だったとしても、私はいつの間にか君を愛してしまっていたんだ」
「う、嘘です、そんなの……!」
「嘘なんかじゃないよ。モニカ嬢にも両親にも伯爵にも、この想いは認めてもらっているんだから」
私はもう、口をパクパクと動かしては、あ、だのう、だの情けない声を漏らすことしかできなかった。
「だから、シル、いや、シルヴィア嬢……私と、」
____その瞬間、盛大なオーケストラの演奏が始まった。
あまりの間の悪さに呆気にとられていると、モニカがおかしそうに笑いながら、「セオドア様、姉さんは私がもらいますわ」と私の手を引いてダンスホールに駆け出した。
「モ、モニカ!?」
「ふふ、実は私、男性パートも踊れるの。今日のために練習したんだから!」
モニカのリードに合わせて、私もステップを踏む。
二人分のドレスがふわりと舞って、不思議な感覚だった。
「見て、姉さん! 周りの人たちったら、ぽかんとしてるわ!」
「当たり前じゃない! もう、モニカったら……!」
「いいのよ、だって明日から、姉さんのことを悪く言う人は誰もいなくなるわ! だから今はただ、楽しめばいいの!」
「そんなこと言って……それに、セオドア様を叱ったって、いったい何を言ったの?」
私がそう問いかけると、モニカはふふ、と笑った。
「あら、ちょっと平手打ちしただけよ。姉さんを傷つけたことも、私と姉さんを見分けられていなかったことにも腹が立ったんだもの」
「平手打ち!? あ、あなたが!? というか、なにしてるのよ!」
「それくらい、姉さんのことが大切なの。だって姉さんは雑に扱われていい人じゃない。綺麗で、完璧で、自慢の姉さんなんだから! ほら、周りの貴族たちも……いつの間にか私たちに見惚れてるわ」
そう言ってモニカは私をくるりとターンさせてから、曲の終わりに合わせて丁寧にお辞儀した。
……なんだか、さっきとは違う意味でとんでもないことをしている気がする。
ダンスホールの中央でぼうっとしていると、今度はセオドア様がカツカツと革靴の音を鳴らしながら、私の前に来た。
それから、上気した顔で私にこう叫んだのである。
「シル! やはり君は誰よりも美しい!! 私と結婚してくれ!」
わぁ、と歓声が上がる。私は顔に熱が集まるのを感じて、いっぱいいっぱいになりながらも返事をした。
「も、もう結婚しておりますわ!!」
次の日の新聞。一面を飾ったのはセオドア様のプロポーズ……ではなく、私とモニカのダンスだった。
そのせいか、セオドア様が少し拗ねた様子でもう一度プロポーズをしてくれたのだけど……それはまた、別の話ね。
高く蹴り上げられた右足に、ゆっくりと後ろに倒れていく男。
絶対に何を言われても手は出さないと決めていたのに……私ったら何をやっているのかしら。
頭が真っ白になって、手足が冷えていく。
やっぱり帰ろうと思って会場出口に目をやる。
すると、そこには……私が一番会いたくない方が立っていた。
____なぜ、こんなところに?
いえ、彼の家が主催のパーティーなんだもの、いるのが当たり前よね。
それより、今のを見られてしまった。
どうしよう、私、またとんでもない姿をお見せしてしまったわ。
私の混乱を余所に、彼は早足でこちらまで近付いてくる。
私は動かなきゃと思うのに、体が強張って何もできないでいた。
「久しぶりだね、シルヴィア嬢……いや、シル」
「セ、セオドア、さま……」
「今日は君に言いたいことがあって、モニカ嬢に無理を言って呼んでもらったんだ」
「な、なぜ……! もう会わないとお話ししたではありませんか!」
「私は同意していないよ」
セオドア様がきっぱりと言い切って、私の手を取った。
「シル……私は、どうしても君に謝りたい」
「……え?」
一瞬どういう意味かわからなくて、セオドア様の手をぎゅっと握りしめる。
セオドア様は真剣な顔をして、ゆっくりと口を開いた。
「本当に……すまなかった。君とモニカ嬢を間違えたせいで、私は君のことを深く傷つけた」
「そんな……黙っていた私が悪いのです!」
「いいや、そもそも私が勘違いをしていなければ、あんな事態は起こらなかったんだ。まずはそのことを謝罪させてほしい。モニカ嬢にも、散々叱られてしまったしな」
「モニカが……?」
セオドア様が恥ずかしそうに頬を掻く。
モニカがセオドア様に怒る姿なんて、まったく想像がつかない。
「そして、もう一つ君に伝えたいことがあるんだ」
「……なんでしょうか」
____今度こそ、モニカとの結婚報告とか、かしら……。
さっきの話ぶりだと、モニカとセオドア様は二人で会っていたようだし……
「シル、私は、いや私たちは……」
セオドア様が緊張した面持ちで言葉を紡ぎだした、その瞬間。
先ほど私が蹴りを入れた男がゆらりと立ち上がったのが見えた。
「危ない!」
私は咄嗟にセオドア様を抱き寄せてから、殴りかかろうとしてきた男にもう一度蹴りを入れる。今度はさっきのように手加減はせず、本気で。
男はうぐ、と苦しそうに呻いてから、今度こそ意識を失ったようだった。
「……危なかった……セオドア様、お怪我はありませんでしたか? セオドア様?」
「だ、大丈夫だ……から、まずはその、腕を離してくれると嬉しい」
「も、ももも申し訳ございません!!!」
私はその時初めて、セオドア様のお顔を自身の胸に押し付けていたことに気付いた。なんてはしたないの、私……!!
セオドア様も怒っていらっしゃるのか、お顔が耳まで真っ赤に染まっている。
「こほん! その、改めて君に伝えたいことがある」
「はい、なんでしょう……?」
「まず、私と君は離縁していない。私たちは夫婦なんだ」
「え……?」
「伯爵とも、両親とも話し合った。私の今の気持ちを伝えたうえで、私は再び君と暮らしたいと思っている。なぜだかわかるか?」
「わ、わからない……ですわ」
セオドア様の真剣な眼差しが、私を困惑させる。
離縁していないってなぜ……。セオドア様は、モニカのことが好きじゃないの?
「簡単だよ。私は、君のことを好きになったんだ」
手を、ぎゅっと握られる。
私はわけもわからずに、黙って目を見開いた。
「シル。確かに始まりは、勘違いだったかもしれない。でも、今はその勘違いに感謝している。君を知ることができたから」
「な、なにを……セオドア様も見たでしょう!? 私は、男性を足一本で倒してしまうような、はしたない女なのですよ……?」
「はしたなくなんかない。盗賊から守ってくれたときもそうだ。戦う君は誰よりも美しい。私は、妹や私……いや、人のために勇敢に戦う努力家な君に惹かれている。始まりは浮ついた恋だったとしても、私はいつの間にか君を愛してしまっていたんだ」
「う、嘘です、そんなの……!」
「嘘なんかじゃないよ。モニカ嬢にも両親にも伯爵にも、この想いは認めてもらっているんだから」
私はもう、口をパクパクと動かしては、あ、だのう、だの情けない声を漏らすことしかできなかった。
「だから、シル、いや、シルヴィア嬢……私と、」
____その瞬間、盛大なオーケストラの演奏が始まった。
あまりの間の悪さに呆気にとられていると、モニカがおかしそうに笑いながら、「セオドア様、姉さんは私がもらいますわ」と私の手を引いてダンスホールに駆け出した。
「モ、モニカ!?」
「ふふ、実は私、男性パートも踊れるの。今日のために練習したんだから!」
モニカのリードに合わせて、私もステップを踏む。
二人分のドレスがふわりと舞って、不思議な感覚だった。
「見て、姉さん! 周りの人たちったら、ぽかんとしてるわ!」
「当たり前じゃない! もう、モニカったら……!」
「いいのよ、だって明日から、姉さんのことを悪く言う人は誰もいなくなるわ! だから今はただ、楽しめばいいの!」
「そんなこと言って……それに、セオドア様を叱ったって、いったい何を言ったの?」
私がそう問いかけると、モニカはふふ、と笑った。
「あら、ちょっと平手打ちしただけよ。姉さんを傷つけたことも、私と姉さんを見分けられていなかったことにも腹が立ったんだもの」
「平手打ち!? あ、あなたが!? というか、なにしてるのよ!」
「それくらい、姉さんのことが大切なの。だって姉さんは雑に扱われていい人じゃない。綺麗で、完璧で、自慢の姉さんなんだから! ほら、周りの貴族たちも……いつの間にか私たちに見惚れてるわ」
そう言ってモニカは私をくるりとターンさせてから、曲の終わりに合わせて丁寧にお辞儀した。
……なんだか、さっきとは違う意味でとんでもないことをしている気がする。
ダンスホールの中央でぼうっとしていると、今度はセオドア様がカツカツと革靴の音を鳴らしながら、私の前に来た。
それから、上気した顔で私にこう叫んだのである。
「シル! やはり君は誰よりも美しい!! 私と結婚してくれ!」
わぁ、と歓声が上がる。私は顔に熱が集まるのを感じて、いっぱいいっぱいになりながらも返事をした。
「も、もう結婚しておりますわ!!」
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