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シーヴァニャ村にて
彼女の力は
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思えば、エラはなんでも出来過ぎた。
ごく普通の令嬢が、斧一本で大木を何本も切り倒し丸太を切り出し薪を割ることができるだろうか。
高速でメレンゲを大量に作っても筋肉痛一つ味わったことがないのはおかしくはないか。
意地悪な義姉に食事を三日三晩抜かれようが、継母に真冬に井戸水を浴びせられようが、いく日もバラ園に閉じ込められようが、逞しく生きぬいてきた。その都度どうしたらいいか閃いていたからなのだが、エラはそれが当たり前だと思っていた。
もっとも、どれだけ意地悪をしてもエラがけろりとしているので、ついには意地悪のネタが尽きて継母たちは意地悪を止めたようであった。これも、前代未聞であろう。
他にも、落雷で倒れた巨木を「はぁっ!」の気合のみでもとの位置に戻したり、大雨で逆流する川に「どりゃぁ!」の一言で大岩を投げ込んだり、人の味を覚えた野性の熊を背負い投げで気絶させて山に追い返したり――武勇伝は枚挙に暇がない。
ただし、それら彼女のおびただしい手柄を知っている人は誰もいない。あまりに一瞬で済んでしまうため、その姿を目撃した人もないのだ。
「やたらよくできる万能な伯爵令嬢だわと軽く考えていたけど……事態はもっと深刻だったのね」
まさか自分が、人並み外れた異能といってもいい力を宿しているなど、思いもしなかった。
いや、それ以前に、動物たちと会話ができる時点で普通ではない。
これらは全部、始祖の力が微妙に作用した結果だったらしい。
「人並み外れた美貌と讃えられたけど、本当に人からはずれてたのね」
鏡を見て、ため息をつくエラである。
この村ーーシーヴァニャ村だが村人はヴァンパイア村と呼ぶ。なぜならこの村がヴァンパイア伝説発祥の地ということになっているからーーに来てから、エラの美貌はさらに磨きがかかった。
この地でヴァンパイアたちと接しているうちに、無意識に抑圧していた始祖の血が輝きを取り戻し、エラの美貌は本来の始祖に近いものへと変わっている。
年頃の伯爵令嬢らしいあどけなさがすっかり抜け、目鼻立ちのくっきりした大人の妖艶さが加わった。金髪はますます明るい色にかわり長く緩やかに、大きなアーモンドアイは深いルビーのような色へと変わった。肌理の細やかな肌はもとより雪のように真っ白だ。なにより傷がついてもたちまち消えてしまう。
そして、ヴァンパイアたちが思わず平伏してしまうほどの圧倒的なオーラ。
「……だけどわたくし、始祖の血を引いている子孫なだけで、始祖ではないのよね」
本来の始祖はどれだけの圧倒的な力を持っていたのだろうか。恐ろしい、と、エラは思う。
ちなみに、全身真っ黒の例の紳士は、ヴァンパイア一族の頭領であり、この地の領主さまであった。爵位は伯爵。しかし領主としての仕事はほとんど行わず、国中を飛び回っている。無論、この村以外のヴァンパイアたちの面倒をみるためだ。
「ちょうどいい。俺が留守の間、村と館を頼めるな」
などと勝手なことを言っている。
その領主の館には、始祖に関する書物もある。
「自分のことを知っておくように」
と、黒尽くめの紳士――いや、領主がどっさりと本を持ってきたが、エラは最初の数ページを捲っただけで大あくびしてしまった。
「つまんなーい!」
「こらっ。ちゃんと我らのことを理解しろ。明日から毎日、ヴァンパイアと人類の歴史を講義するからそのつもりで」
ぷくーっと頬を膨らませてみるが、黒尽くめのいけ好かない紳士は鼻先で笑うだけだった。
どうせ本を読むなら、騎士と令嬢の許されざるラブロマンスだとか、王女と貴族の宮廷ロマンスだとか、ドラゴン討伐やダンジョン攻略とか――。
「世俗の垢にまみれた小説の方がいいんだけどなぁ……」
領主の館の図書室は、糞真面目なお堅い本ばかりだった。始祖の血のおかげで、古代文字も読み書きができ、古の文書まで理解できてしまうから、困ったものだ。
「こんなのつまんないっ! 刺激が足らないのよっ!」
館のテラスへ出てみれば、村の端に本屋があるのが見えた。玄関や門には見張りがいる。
「じゃあ、門も玄関も通らずに……」
3階のテラスから地面へ軽々と飛び降りて、全速力で本屋へと向かう。店頭に並んでいた、王都でも人気の恋愛小説をごっそり購入し、貪るように読んでいる。
ちなみに、埃をかぶった分厚い本は、適当に積み上げ、ちょんと足を乗せればちょうどいい足台になったのでそのまま使用している。
「これも、有効活用でしょ」
黒尽くめの頭領が見たら、卒倒しそうである。
そして、誰にも読書を邪魔されないよう、扉という扉、窓という窓を全部「封鎖」してみた。
他のヴァンパイアたちがあの手この手で室内に入ろうと試みているが、びくともしない。
「ふふ、始祖の術ってすごいのね!」
エラ、すっかり御機嫌である。
「こらっ、始祖の血をこんなことに使う馬鹿があるか!」
「どう使おうと、わたくしの勝手でしょ。おだまり!」
ぎゃっ、と悲鳴が上がって部屋の外が静かになった。きっと、術が発動してしまったのだろう。
「……可愛そうなことしちゃった。ま、いっか」
ちっともよくない――と声を奪われたヴァンパイアたちが一斉に思ったのは言うまでもない。
「まぁでも、怪我がすぐに治る体質、桁外れの怪力と筋力と体力、よくわからない術……これらをうまく使えばお金になるのよね」
こうしてエラは、おんぼろの領主の館を一部自ら改修し、「便利屋」をはじめたのであった。
ごく普通の令嬢が、斧一本で大木を何本も切り倒し丸太を切り出し薪を割ることができるだろうか。
高速でメレンゲを大量に作っても筋肉痛一つ味わったことがないのはおかしくはないか。
意地悪な義姉に食事を三日三晩抜かれようが、継母に真冬に井戸水を浴びせられようが、いく日もバラ園に閉じ込められようが、逞しく生きぬいてきた。その都度どうしたらいいか閃いていたからなのだが、エラはそれが当たり前だと思っていた。
もっとも、どれだけ意地悪をしてもエラがけろりとしているので、ついには意地悪のネタが尽きて継母たちは意地悪を止めたようであった。これも、前代未聞であろう。
他にも、落雷で倒れた巨木を「はぁっ!」の気合のみでもとの位置に戻したり、大雨で逆流する川に「どりゃぁ!」の一言で大岩を投げ込んだり、人の味を覚えた野性の熊を背負い投げで気絶させて山に追い返したり――武勇伝は枚挙に暇がない。
ただし、それら彼女のおびただしい手柄を知っている人は誰もいない。あまりに一瞬で済んでしまうため、その姿を目撃した人もないのだ。
「やたらよくできる万能な伯爵令嬢だわと軽く考えていたけど……事態はもっと深刻だったのね」
まさか自分が、人並み外れた異能といってもいい力を宿しているなど、思いもしなかった。
いや、それ以前に、動物たちと会話ができる時点で普通ではない。
これらは全部、始祖の力が微妙に作用した結果だったらしい。
「人並み外れた美貌と讃えられたけど、本当に人からはずれてたのね」
鏡を見て、ため息をつくエラである。
この村ーーシーヴァニャ村だが村人はヴァンパイア村と呼ぶ。なぜならこの村がヴァンパイア伝説発祥の地ということになっているからーーに来てから、エラの美貌はさらに磨きがかかった。
この地でヴァンパイアたちと接しているうちに、無意識に抑圧していた始祖の血が輝きを取り戻し、エラの美貌は本来の始祖に近いものへと変わっている。
年頃の伯爵令嬢らしいあどけなさがすっかり抜け、目鼻立ちのくっきりした大人の妖艶さが加わった。金髪はますます明るい色にかわり長く緩やかに、大きなアーモンドアイは深いルビーのような色へと変わった。肌理の細やかな肌はもとより雪のように真っ白だ。なにより傷がついてもたちまち消えてしまう。
そして、ヴァンパイアたちが思わず平伏してしまうほどの圧倒的なオーラ。
「……だけどわたくし、始祖の血を引いている子孫なだけで、始祖ではないのよね」
本来の始祖はどれだけの圧倒的な力を持っていたのだろうか。恐ろしい、と、エラは思う。
ちなみに、全身真っ黒の例の紳士は、ヴァンパイア一族の頭領であり、この地の領主さまであった。爵位は伯爵。しかし領主としての仕事はほとんど行わず、国中を飛び回っている。無論、この村以外のヴァンパイアたちの面倒をみるためだ。
「ちょうどいい。俺が留守の間、村と館を頼めるな」
などと勝手なことを言っている。
その領主の館には、始祖に関する書物もある。
「自分のことを知っておくように」
と、黒尽くめの紳士――いや、領主がどっさりと本を持ってきたが、エラは最初の数ページを捲っただけで大あくびしてしまった。
「つまんなーい!」
「こらっ。ちゃんと我らのことを理解しろ。明日から毎日、ヴァンパイアと人類の歴史を講義するからそのつもりで」
ぷくーっと頬を膨らませてみるが、黒尽くめのいけ好かない紳士は鼻先で笑うだけだった。
どうせ本を読むなら、騎士と令嬢の許されざるラブロマンスだとか、王女と貴族の宮廷ロマンスだとか、ドラゴン討伐やダンジョン攻略とか――。
「世俗の垢にまみれた小説の方がいいんだけどなぁ……」
領主の館の図書室は、糞真面目なお堅い本ばかりだった。始祖の血のおかげで、古代文字も読み書きができ、古の文書まで理解できてしまうから、困ったものだ。
「こんなのつまんないっ! 刺激が足らないのよっ!」
館のテラスへ出てみれば、村の端に本屋があるのが見えた。玄関や門には見張りがいる。
「じゃあ、門も玄関も通らずに……」
3階のテラスから地面へ軽々と飛び降りて、全速力で本屋へと向かう。店頭に並んでいた、王都でも人気の恋愛小説をごっそり購入し、貪るように読んでいる。
ちなみに、埃をかぶった分厚い本は、適当に積み上げ、ちょんと足を乗せればちょうどいい足台になったのでそのまま使用している。
「これも、有効活用でしょ」
黒尽くめの頭領が見たら、卒倒しそうである。
そして、誰にも読書を邪魔されないよう、扉という扉、窓という窓を全部「封鎖」してみた。
他のヴァンパイアたちがあの手この手で室内に入ろうと試みているが、びくともしない。
「ふふ、始祖の術ってすごいのね!」
エラ、すっかり御機嫌である。
「こらっ、始祖の血をこんなことに使う馬鹿があるか!」
「どう使おうと、わたくしの勝手でしょ。おだまり!」
ぎゃっ、と悲鳴が上がって部屋の外が静かになった。きっと、術が発動してしまったのだろう。
「……可愛そうなことしちゃった。ま、いっか」
ちっともよくない――と声を奪われたヴァンパイアたちが一斉に思ったのは言うまでもない。
「まぁでも、怪我がすぐに治る体質、桁外れの怪力と筋力と体力、よくわからない術……これらをうまく使えばお金になるのよね」
こうしてエラは、おんぼろの領主の館を一部自ら改修し、「便利屋」をはじめたのであった。
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