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第二十二話 変な感覚

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「あの魔犬たちは公爵領の東側に位置する小山から駆け降りて来た、か……。原因は小山から動物が消え失せ、仕方なくあいつらの好物である人間を襲うため街になだれ込んだ、という感じか」

「ええ。おそらくそうでしょう。今年はあまり雨が降らず山などの環境が悪いと聞いていました。それはどうやら本当だったようですね」

 天候による不作。それが魔物の出没と関係しているらしい。
 野生の中で満足し切れなくなった猛獣たちが次に狙うのは決まって人間である。つまりそれは街に被害が出るということに他ならない。

 これも王国がなんとか手を打ち、ある程度魔物の数を減らすなり何なりすればいいだけの話。だがきっと王国にはそこまでの余裕がないのだろう。
 王太子が新たな女と婚約を結び、その女に一から王妃教育を仕込まなければならない。王太子の仕事っぷりに周りの者が失望し、次々と辞めていく……そんな情景が目に浮かぶようだ。

 そしてそれは少しも間違っていないのだった。

 そんなことを話していた時、セイドがふと思いついたというようにこんなことを言い出したのだ。

「グレー。一つ、いいかな?」

「何でしょう?」

「君とハーピー公爵はどうやら知り合いのようだったが、どういう関係なんだい?」

 ハッとした。
 そうだ。別れ際、いいやそれ以外にも、確かに公爵はグレースに親しげな様子を見せていたのだ。
 それに先ほどまで気づかなかったのだが……どうやらセイドは敏感に勘付いていたらしい。

「い、いいえ。あの方とは正真正銘の初対面でした。ワタクシが……グレーがあのような方とお話しできる機会があるとお思いですか?」

「君は服装や喋り方からして、どこかの家のお嬢様だろう? もしかしたら知り合いなのかと思ってね」

「け、決してそんなことは! 確かにワタクシは少々裕福な家の生まれではございますけれど、公爵様などと顔を合わせるなどということはありませんでした」

「ふーん?」

 セイドのルビー色の瞳が疑わしげにグレースを見つめる。
 もしかすると彼は商家の息子などなのかも知れない。だってそうでもなければグレースがかつて令嬢であったことなど見抜けるはずがないのだ。

 そういえばグレースとセイドはお互いにお互いの身分を知らないでいる。しかしグレースは明かすわけにはいかない。うっかりその噂が広がったりしては大変だからだ。
 ……本当は全てぶちまけてしまいたい気持ちを堪え、彼女はため息を漏らした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 オーネッタ男爵からはそれはそれは大金をいただいてしまった。
 立派なパーティードレスが一つ買えるくらいの金額で、金貨十五枚だった。

「まあ、こんなにいただいてよろしいのですか」

「君たちは妻と息子の命の恩人だ。たっぷり受け取ってくれ」

 それからしばらくオーネッタ男爵と話をした。
 どうやら出席するはずだった夜会への参加は取りやめになったらしい。公爵も「後日また開く」と言っていたことを伝えると、男爵は安心したような顔をした。
 あれは小さめではあったが、公爵と交流を深める大事な夜会だったらしい。

「本当に君らはこの町の英雄だ。ありがとう」

「いえいえそんな。ワタクシたちはただ、依頼をこなしただけ。そうですよねセイド様?」

 セイドが静かに頷いた。
 そう、これは慈善活動ではなくただの仕事。きっと次の昇格も近いのではないかと思う。

「それにしたってすごいことですわ。そうだ、あなたたちにぜひ夕食を食べていっていただきたいですわ」

 男爵夫人が言い出したので、グレースたちは驚いたが、結局夕食をご馳走することになった。
 その中で男爵家との交流もしっかり行い、そして、復讐のための駒をまた一つ入手したのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夜道を二人で並んで歩く。
 男爵一家に別れを告げ、ギルドにも寄って、今はそれぞれの家に帰るところだ。グレースとセイドは途中まで帰り道が一緒であるらしい。今日初めて知ったことである。

「いつもはバラバラに帰っていますからね」

 大抵グレースが先に帰り、セイドは遅くまで居残ることが多い。大抵は他の冒険者たちと話しているらしい。

 しかし今日は疲れたしすっかり遅いので、こうして一緒に帰っているというわけだった。

「……ああ、それにしてもセイド様はお美しい」

 どこかの貴族令息なのではないかと思ってしまうくらいに整った顔。その白髪が風に戦ぐと思わずうっとりしてしまい、とろけるようなルビーの瞳から目を離せなくなる……。
 と、ここまで考えて、ハッとなった。

「ワタクシは何を考えているのでしょう。今更セイドに見惚れるなんて……」

 昼間、戦士として剣を抜き、戦う彼の姿はとても勇ましかった。
 だからと言ってそれはいつものことなのに、胸が疼くような変な感覚を覚え、思わず呼吸が荒くなった。

「どうしたんだい?」

「何でもない……です。今日は少し疲れてしまったようで」

「そうか。確かにあれだけ魔法を使えば当然だよ。君の魔力量には驚いた、あれほど使い続けられる人は見たことがないよ」

「ワタクシ、魔法の才には自信があります」

 精一杯の笑みを作るが、これは本気で疲労が激しいのかも知れない。
 セイドがこちらを気遣って肩を抱き寄せてくれる。その温かさがグレースの体に染み込み、と同時に胸に抱く変な感覚がさらに強くなった。
 ……何だろう、これは。
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