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第十五話 はちゃめちゃだけど平和な日々

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 王城に戻ったのはすっかり真夜中になった頃だった。
 旅を満喫して疲れたのかアイリーンは眠ってしまって、私の意識だけが覚醒した状態でファブリス王子を送り届けることに。

(私ならあの子よりは淑やかに振る舞えるはずだけど……。万に一つのうまくいく可能性を引き当てられれば御の字ってところかしら)

 そんな風に思って、死ぬ覚悟までしていたのに。
 いざ王宮に入って事情を説明するために国王と対峙してみれば、思っていたほどひどいことにはならなかった。

「申し訳ありませんでした、父上。僕が勝手に彼女を招待し、彼女にねだって連れ出してもらっていたのです」

 なんとファブリス王子が庇ってくれたのだ。

 王子が一日近く失踪したとだけあって案の定大騒ぎになっていたが、王子が国王に向かって嘘の自白をしたおかげでファブリス王子とアイリーンの共犯という形になった。
 護衛もつけずに城を飛び出すとはかなりの大ごと……なのだけれど、それにしたって誘拐事件とは比べ物にならないほどマシな話だ。

 すぐに信じてもらえたわけではない。アイリーンの奔放さは知れ渡っているのか、国王は私の方を睨みつけて鋭い声でいくつも質問してきた。
 しかし私はアイリーンではないのでいくらでも王子と口裏合わせが可能だった。本当にアイリーンが眠ってくれていてよかったと思う。

 やがて追求を諦めたのだろう。
 「次このようなことがないように」――そうとだけ言い渡され、王の前から生きて退出できたのだった。

 いっときは牢に入ることも想定していたというのに、王家から馬車を出され公爵家に送り返されるだけで済んだのはなんとも呆気ない結末だ。

(でもこれで王子との約束を守ることができる。きっと。これ以上の問題を起こさなければ……)

 今までの人生で一番レベルで安堵した瞬間だった。

 が、しかし。
 公爵邸に着いたら両親や使用人たちにかなり怒られたし、屋敷を抜け出して何をしていたのか問い詰められまくって丸々一晩寝かせてもらえず、何もかも無事に終わったわけではなかったのだと身に染みて思わされたけれど――。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アイリーンに謹慎などできない。
 それが大人たちにもわかったのか遠乗りから一週間は厳しい監視がついた上での行動と毎晩の説教三昧になったものの、それ以降は何もなかった。

「次に何かやらかしたら今度こそ屋敷を追い出されますからね」

「はいはい」

 アイリーンは当たり前だが全く反省していないらしい。
 夜は馬で散歩という名の爆走をするし、昼は村の子供たちと遊ぶか屋敷を駆け回っているかのどちらか。相変わらず過ぎるほど相変わらずな日常だった。

 と言っても変わったことはかなり多い。

 月に一度のお茶会で会う他にファブリス王子と公爵邸にやって来るようになったのだ。
 遠乗りの時のように二人で少し遠くまで出かけてピクニックすることもあれば、競走を目指して王子に乗馬を叩き込んだりもした。

「どんどんコツが掴めてきたじゃない。近場ならそろそろ出かけても良さそうね」
「そうか。じゃあ僕、お弁当を持っていきたいな。せっかくだし僕も料理を手伝ってみたいんだけど……いいかな?」
「まあっ、ファブリス殿下から言い出すなんて驚きだわ。もちろんいいわよ。ふふふ。楽しくなってきた!」

 消極的でおとなしい優等生。
 そんな印象だったファブリス王子は、おそらくアイリーンの影響によってずいぶんと変わってきた気がする。

 何よりの変化は、毎度のように幼く可愛く美しい彼の笑顔が拝めるようになった点だろうか。
 それが密かに私にとっての最大の支えであり、どんなにアイリーンに振り回されて困らされてもその笑顔があるだけでこの先も頑張ろうと思える――なんてことは、私の他には誰も知らないだろう。



 アイリーンとファブリス王子と、そして影のように寄り添う私は、それから何年もの月日を共に生きた。

 本当にはちゃめちゃな毎日だった。
 和菓子と和食を広めて庶民の食を改革した。ドレスじゃ動きづらいからとジーパンコーデを取り入れようと試みて色々あって失敗した。アイリーンと二人でダンスレッスンという名の苦行に悲鳴を上げた。

 その一方で乗馬中に賊に襲われて危うく殺されかけたし、それでなくてもやんちゃをして命を危険に晒したことも何度かあった。
 でもそんな度にアイリーンの機転で切り抜け、あるいはファブリス王子の剣で守られ、どうにか平和は保たれたのだった。

 結果論だが、最初はあれほどなよなよだったファブリス王子も程良い筋肉と剣の腕を手に入れられたので、悪くない経験だったと思う。

 そんなこんなで私たちはいつの間にか十五歳を迎え。
 子供の時期が終わり、悪意やら多くの人間の思惑やらが入り混じった戦場――社交界に顔を出すための準備段階に入るらしい。

「学園ねぇ。そんなところに行っていたら自由でいられなくなるじゃないの」

 アイリーンは心底嫌そうな顔で言った。
 貴族学園。十五歳から十七歳までの貴族子女が通う施設へ、アイリーンも行かなければならないのだとか。
 当然ファブリス王子も一緒だ。

 ファブリス王子はすっかりおとなびた。
 幼い頃も相当だったがその美しさは年々増す一方で、現在は例えようがないくらいに素晴らしい顔面に仕上がっていた。

「王侯貴族の必須科目だからね」

「まあ仕方ないわね。ファブリス殿下が通うなら通ってあげないこともないわ」

 謎の上から目線。
 でも入学拒否されるよりはずっといいので黙っておこう。

 間違いなく問題を起こしそうでハラハラしているのが私の本音だが、行くしかないものは行くしかない。
 もし何かあってもファブリス王子がなんとかしてくれるはず。何せ約五年の付き合いになっているので、それなりに信頼していた。

(それにアイリーンだってもう十五歳なんだもの。大丈夫、きっと大丈夫よ。……破天荒な行動だって学園に行って人目があれば多少は落ち着くはず)

 そうやって自分に言い聞かせる私はまるで保護者だ。
 保護者面の割には未だにアイリーンの手綱を握るのはできていないのだが。

 この先ますますヒヤヒヤさせられっぱなしになりそうだ。
 どうか平穏な学園生活になりますように、と、おそらく届かないだろう祈りを天に捧げるばかりだった。
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