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51 ある夏の懐かしい思い出とファーストキス。

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 ――それは夏休みのある日、ちょうど今と同じとある夕暮れ時の話。

 その日も例によっていじめっ子にたかられた明希は、川辺まで逃げ込んでベソをかいていた。
 当時の明希はよく泣いていて、それを収めるのが大変だった。

『ほら泣くなって。ほんと、明希は泣き虫だな』
『……だって』
『そんなんだから、舐められるんだよ。それにおれ、明希の泣き顔なんて見たくないし』

 思い出すだけで悶絶してしまいそうな、臭いセリフ。
 その当時の俺はそれを格好いいと思っていたのだからさらに恥ずかしくなる。

 そして俺は当時小学校低学年にして厨二病か!と言いたくなるような言葉を放った。
 ――それはついこの間、明希の口から聞いたのとほぼ同じもので。

『泣きそうになったら、おれを頼ってくれ。おれは明希に頼られたいんだ。そしたらきっと明希の力になる。約束するからさ。だから明希は、元気で笑っていてほしいんだ』
『ほんとに?』
『もちろん。だっておれは、明希のことが好きなんだから』
『好き……? 誠哉、わたしのこと、好きなの?』
『うん。大きくなったら、結婚しよう』

 俺は、好きという言葉の意味さえよくわかっていないガキンチョだった。
 確かに今でも俺は明希のことが好きだし、一緒にいて安心する。でもそれは恋愛的な好きの意味とはまるで違っているのだ。
 でもその時は、その好きの意味を勘違いしてやらかしてしまったのである――人生初の告白を。

 けれど、明希は返事をくれなくて。
 夕暮れの空と同じくらい顔を真っ赤にして、それきり黙ってしまった。

 その日の夜は俺の家に明希を泊めて、添い寝した記憶がある。
 そして、俺が寝入る寸前……明希の声が聞こえてきた。

『やっぱりわたしも誠哉が好き。愛してます。お嫁さんに、してください』

 あれは、寝ぼけていたからの妄想でも夢でもなく、確かな現実だったのだ。
 ただ、あの日から明希がその話をしようとしなかったから、俺の都合のいい夢だったんだと思って記憶の彼方へ追いやってしまっただけで。

『誠哉の浮気者!』
『浮気してねえよ!?』

 こんな会話をいつかしたが、彼女にとって俺は事実、浮気をしていたのだった。

 ――ああ、どうしてたった今まで忘れていたのだろう。

 俺の初恋は、ダニエラ・セデカンテだ。
 でも、俺が初めて告白して、婚約したのは、明希なのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……思い出してくれた?」

 振り返り、俺の目をまっすぐ見つめながら明希は宣言する。

「私、あの日の約束を忘れた日はないよ。こうやってはっきり言うのは恥ずかしくてなかなかできなかったけど――私は今でも誠哉が好き。愛してます」

「――――」

「だから絶対、誠哉にもまた私のことを好きって言わせてみせる。もちろん今度はちゃんと恋愛的な意味でね。その時を覚悟してて」

 そう言いながら彼女は、俺にぎゅっと抱きついてきた。
 女性らしい凹凸はあまりない明希だけれど、直接触れると柔らかくて、理性が溶けそうになる。
 何するんだ、と言う余裕さえない。そしてその一瞬の隙を突くように、次の瞬間、俺の唇は彼女によって塞がれていた。

「ん……っ」

 それは彼女の愛が込められた口付けだった。
 自分が口付けられたのだと理解した途端、俺の全身は燃えるように熱くなる。一体何をされているんだ、と思いながら、それを嫌がっていない自分がいた。

 しばらくの間唇を触れ合わせていたが、明希の方から唇を離し、長い口付けは終わる。
 悪戯っぽく彼女は笑って言った。

「キス、しちゃった」

「俺の……俺のファーストキスが」

 初恋の相手ではなく、幼少の頃わけもわからず口約束で婚約してしまった幼馴染とファーストキスを経験してしまった。
 ダニエラとしたいと思っていた。彼女の桜色の唇は魅力的で俺を惹きつけていたはずだった。
 なのにどうして今、明希の化粧っ気のない唇がこれほど美しく見えるのだろう。わからないが、明希の顔から、唇から目が離せなかった。

「あっ、ごめんね。これ、ファーストキスじゃないの」

「……は?」

「あの日私、ベッドの上で寝てる誠哉にこっそりキスしたんだ。つまりこれは私にとって二回目で、誠哉にとっては初めての――そう、二度目のファーストキスなんだよ?」

 そんな時、さらに明希から投げ込まれる衝撃の事実。
 俺はそれにとうとう眩暈がしてしまって……その後のことはもう、よく覚えていない。
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