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50 二人きりのお出かけと、様子がおかしい幼馴染
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スーパーを出て明希が向かった先、そこは俺と明希がよく遊んだ公園だった。
夏休みの晴れた日とだけあって、大勢の子供たちがはしゃいでいる。
その中に入り込んだ明希と俺は異物でしかなく、小さい子供を遊ばせているママさんたちの視線が容赦なく刺さって来た。
「なあ明希、なんでこんなところに来たんだよ」
注意を引かないよう、なるべく小声で俺は問う。
しかし明希は答えず、たまたま空いていたブランコにどっしりと腰を下ろしてしまった。
「どうしたんだ、こんなところに来て」
「いいからいいから。誠哉も座りなよ?」
「俺はいい。この歳になってブランコだなんて恥ずかしい」
俺は隣のブランコに乗らず、遠くから明希の姿を眺めることにした。
そのまま数十分、いやもしかすると一時間くらいは無言なままで時を過ごしたかも知れない。
ブランコに乗る明希を見るのが久しぶりで、ついつい見入ってしまったのだ。気がついた時には、子供たちはどこかへ行ってしまっていなくなっていた。
ちょうど二人きりになった時、明希が口を開いた。
「懐かしいね、ここ。夏休みは暇さえあればここに来てたよね」
「……そうだな」
「たまにちょっと意地悪な女の子たちがいて、私をいじめてきてさ。そんな時、誠哉はいっつも庇ってくれた」
「……そうだったか?」
「そうだったよ。まあ、喧嘩ではいつも誠哉が負けてたけど。男の子なのに」
明希は小学生の頃、所謂いじめられっ子だった。
周囲に溶け込むのが下手というか、何というか。幼馴染の俺にしか心を開けないでいたのだ。
女子たちに絡まれることはしょっちゅう、たまに男子にいじめられることもあって。
そんなつまらない現実から逃げるため、彼女が二次元を好み始めたのも知っている。
まあ、今となってはただ楽しんでいるだけなのだろうが。
そんな風に俺が懐古していた時だった。
「じゃあ次、川辺に行こっか」
そう言うなりブランコから立ち上がってズカズカと歩き出したのである。
俺は彼女の行動についていけず、唖然とするしかない。
しかし明希は俺を待たずに行ってしまう。慌てて彼女の後を追った。
「ちょっと待てってば。一体、何なんだよ!」
今日の明希はおかしい。
急に出かけたいと言い出したり、ここ数年寄り付いていなかった公園に足を運んだり、かと思えば急に歩き出したり。
そして――これまた長いこと行っていなかった、この街と隣町の間を流れる川のほとりにやって来た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
川のほとり。そこは、公園と同じで小学生の頃に俺たちがよく来ていた場所。
当時は柵はなかったが、近年川遊びでの事故が多いせいか隙間なく柵が取り付けられている。明希は柵の前に立ち、川面を見下ろした。
「ここは公園と違って随分変わったね。柵もあるし水も綺麗になってる」
「明希、たまにこの川に靴を落としたりして大変だったよな。俺が何度溺れ死にかけたことか。もうやるなよ?」
「やらないよ。でもこんなに綺麗な水なら泳いでみたいなぁ」
「死ぬぞ」
そうして俺たちは、しばらく軽口を叩き合った。
しかしすぐに自分が明希を追いかけた理由を思い出す。
――早く聞かなければ。
でももしかすると聞かない方がいいのかもと思う。
明希は頑なに何かを隠している。ならばそれを暴かないでおくべきなのではないか。
俺があの時、明希に悩みを打ち明けなかったのと同じで、誰にでも隠しておきたいものはあって当然なのだ。
でも、今聞かなければきっと後悔する。この明希とのお出かけを無駄にしたくはなかった。
悩んだ末、俺は口を開こうとして――。
「……ねえ誠哉、覚えてる?」
明希の唐突な質問に遮られた。
「何をだよ。いい加減にしろよ、はぐらかしてばっかりは」
「はぐらかしてなんかない。私、誠哉にたくさんヒントをあげたでしょ。無粋なくらい。それでもわからないから、わかってくれないから、今から答えを教えてあげようとしてるの。
覚えてる? ここでさ、私たち、約束したんだよ」
「――――――」
約束。
その一言が俺の胸にずしりとのしかかる。
この川辺で、約束。何か思い出せそうな気がする。しかし俺は、悩んだ末に首を振った。
「覚えてない」
「そうだよね。うん、知ってた。でも私はちゃんと覚えてる。
『大きくなったら結婚しよう』――誠哉、私にそう言ってくれたんだよ」
明希は、うっとりとした顔で言った。
大好きなオタク話をする時でも、手を繋いで歩いた時でも見せなかった顔。それに俺はドキリとして、同時に記憶の彼方にしまっていた出来事を思い出す。
ゆらゆら揺れる川面にあの日の情景が浮かび上がったような気がした。
夏休みの晴れた日とだけあって、大勢の子供たちがはしゃいでいる。
その中に入り込んだ明希と俺は異物でしかなく、小さい子供を遊ばせているママさんたちの視線が容赦なく刺さって来た。
「なあ明希、なんでこんなところに来たんだよ」
注意を引かないよう、なるべく小声で俺は問う。
しかし明希は答えず、たまたま空いていたブランコにどっしりと腰を下ろしてしまった。
「どうしたんだ、こんなところに来て」
「いいからいいから。誠哉も座りなよ?」
「俺はいい。この歳になってブランコだなんて恥ずかしい」
俺は隣のブランコに乗らず、遠くから明希の姿を眺めることにした。
そのまま数十分、いやもしかすると一時間くらいは無言なままで時を過ごしたかも知れない。
ブランコに乗る明希を見るのが久しぶりで、ついつい見入ってしまったのだ。気がついた時には、子供たちはどこかへ行ってしまっていなくなっていた。
ちょうど二人きりになった時、明希が口を開いた。
「懐かしいね、ここ。夏休みは暇さえあればここに来てたよね」
「……そうだな」
「たまにちょっと意地悪な女の子たちがいて、私をいじめてきてさ。そんな時、誠哉はいっつも庇ってくれた」
「……そうだったか?」
「そうだったよ。まあ、喧嘩ではいつも誠哉が負けてたけど。男の子なのに」
明希は小学生の頃、所謂いじめられっ子だった。
周囲に溶け込むのが下手というか、何というか。幼馴染の俺にしか心を開けないでいたのだ。
女子たちに絡まれることはしょっちゅう、たまに男子にいじめられることもあって。
そんなつまらない現実から逃げるため、彼女が二次元を好み始めたのも知っている。
まあ、今となってはただ楽しんでいるだけなのだろうが。
そんな風に俺が懐古していた時だった。
「じゃあ次、川辺に行こっか」
そう言うなりブランコから立ち上がってズカズカと歩き出したのである。
俺は彼女の行動についていけず、唖然とするしかない。
しかし明希は俺を待たずに行ってしまう。慌てて彼女の後を追った。
「ちょっと待てってば。一体、何なんだよ!」
今日の明希はおかしい。
急に出かけたいと言い出したり、ここ数年寄り付いていなかった公園に足を運んだり、かと思えば急に歩き出したり。
そして――これまた長いこと行っていなかった、この街と隣町の間を流れる川のほとりにやって来た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
川のほとり。そこは、公園と同じで小学生の頃に俺たちがよく来ていた場所。
当時は柵はなかったが、近年川遊びでの事故が多いせいか隙間なく柵が取り付けられている。明希は柵の前に立ち、川面を見下ろした。
「ここは公園と違って随分変わったね。柵もあるし水も綺麗になってる」
「明希、たまにこの川に靴を落としたりして大変だったよな。俺が何度溺れ死にかけたことか。もうやるなよ?」
「やらないよ。でもこんなに綺麗な水なら泳いでみたいなぁ」
「死ぬぞ」
そうして俺たちは、しばらく軽口を叩き合った。
しかしすぐに自分が明希を追いかけた理由を思い出す。
――早く聞かなければ。
でももしかすると聞かない方がいいのかもと思う。
明希は頑なに何かを隠している。ならばそれを暴かないでおくべきなのではないか。
俺があの時、明希に悩みを打ち明けなかったのと同じで、誰にでも隠しておきたいものはあって当然なのだ。
でも、今聞かなければきっと後悔する。この明希とのお出かけを無駄にしたくはなかった。
悩んだ末、俺は口を開こうとして――。
「……ねえ誠哉、覚えてる?」
明希の唐突な質問に遮られた。
「何をだよ。いい加減にしろよ、はぐらかしてばっかりは」
「はぐらかしてなんかない。私、誠哉にたくさんヒントをあげたでしょ。無粋なくらい。それでもわからないから、わかってくれないから、今から答えを教えてあげようとしてるの。
覚えてる? ここでさ、私たち、約束したんだよ」
「――――――」
約束。
その一言が俺の胸にずしりとのしかかる。
この川辺で、約束。何か思い出せそうな気がする。しかし俺は、悩んだ末に首を振った。
「覚えてない」
「そうだよね。うん、知ってた。でも私はちゃんと覚えてる。
『大きくなったら結婚しよう』――誠哉、私にそう言ってくれたんだよ」
明希は、うっとりとした顔で言った。
大好きなオタク話をする時でも、手を繋いで歩いた時でも見せなかった顔。それに俺はドキリとして、同時に記憶の彼方にしまっていた出来事を思い出す。
ゆらゆら揺れる川面にあの日の情景が浮かび上がったような気がした。
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