黒髪令嬢と百年前の約束

ミカエル

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出番

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 「続きまして──九条院家の令嬢、九条美緒様!」

 司会者の声が響いた瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねた。
 会場の視線が一斉に私に突き刺さる。わかってはいたけど、この瞬間がいちばんキツい。

「……あ、はい。来ちゃいましたよね、やっぱり」

 心の中でつぶやきながら、一歩踏み出す。
 照明の熱が全身を包み込み、シャンデリアの光が黒髪に反射する。足元がぐらつきそうなのを必死にこらえながら、私は「九条家のお嬢様」としての完璧な笑顔を作った。

「本日は、このような光栄な場にお招きいただき、ありがとうございます。九条美緒と申します」

 練習してきたセリフを口にする。声はちょっと震えそうになったけど、なんとかごまかせた。
 深く一礼して、ゆっくりと顔を上げる。

 客席の人たちは拍手してくれている。けど、その拍手はエリカのときみたいに熱くはない。どっちかというと「ふーん、名家のお嬢さんね」くらいの、当たり前の反応。

「……うん、そうなるよね。やっぱりエリカのあとに出るのは無理ゲーすぎ」

 内心で泣きながら、笑顔は絶対に崩さない。
 父に仕込まれた通り、礼儀正しく、落ち着いて見せなきゃいけない。

「九条家は古くから学問と礼節を大切にし、社会に貢献することを家訓としてきました。私自身も、その教えを胸に日々を過ごしております」

 また用意してきた言葉を並べる。自分でも思うけど、なんかつまんない挨拶だなって感じ。でもこれしか言えない。だって私の本音なんて、この場では一文字も出せるわけない。

「本日は、このような素晴らしい機会をいただき、心より感謝申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします」

 最後にもう一度会釈して、一歩下がった。
 会場には穏やかな拍手。けどやっぱり、エリカのときみたいに盛り上がることはない。

「……うん、まあそうだよね。歌姫のあとに“借金まみれの没落名家のお嬢さん”が出ても、こうなるに決まってる」

 舞台袖に戻りながら、心臓はまだバクバクしていた。汗が背中をつたっていく。ほんの数十秒の挨拶なのに、マラソンしたくらい疲れていた。

 ふと視線を前に向けると、奥の席に座っている黒瀬雅人と目が合った。
 高そうなスーツに身を包み、涼しい顔でこっちを見ている。周りのざわめきなんて気にしてない、余裕しゃくしゃくの感じ。

 私は慌てて視線をそらそうとした。
 ──そのとき、彼の口元がわずかに動いた。

 声は聞こえない。
 でも確かに何かを言っている。

 しかもその顔は、優しさなんて一ミリもない笑みを浮かべていた。
 まるで「これから何が起こるのか、全部知ってます」って言いたげな、ぞっとするような笑顔。

「……え、なに、今の」

 背筋に冷たいものが走る。
 次の候補者の紹介の声が聞こえているはずなのに、頭の中にはその笑顔しか残らない。

 心臓の鼓動が耳にまで響き、視界が揺れる。
 空気が薄くなったみたいに呼吸が苦しくなって──

 その瞬間、視界が一気に暗くなった。

「……っ!」

 会場の音も光も全部遠ざかっていく。
 最後に頭の中に焼きついたのは、あの冷たい笑みと、動いた口元。

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