8 / 21
出番
しおりを挟む
「続きまして──九条院家の令嬢、九条美緒様!」
司会者の声が響いた瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねた。
会場の視線が一斉に私に突き刺さる。わかってはいたけど、この瞬間がいちばんキツい。
「……あ、はい。来ちゃいましたよね、やっぱり」
心の中でつぶやきながら、一歩踏み出す。
照明の熱が全身を包み込み、シャンデリアの光が黒髪に反射する。足元がぐらつきそうなのを必死にこらえながら、私は「九条家のお嬢様」としての完璧な笑顔を作った。
「本日は、このような光栄な場にお招きいただき、ありがとうございます。九条美緒と申します」
練習してきたセリフを口にする。声はちょっと震えそうになったけど、なんとかごまかせた。
深く一礼して、ゆっくりと顔を上げる。
客席の人たちは拍手してくれている。けど、その拍手はエリカのときみたいに熱くはない。どっちかというと「ふーん、名家のお嬢さんね」くらいの、当たり前の反応。
「……うん、そうなるよね。やっぱりエリカのあとに出るのは無理ゲーすぎ」
内心で泣きながら、笑顔は絶対に崩さない。
父に仕込まれた通り、礼儀正しく、落ち着いて見せなきゃいけない。
「九条家は古くから学問と礼節を大切にし、社会に貢献することを家訓としてきました。私自身も、その教えを胸に日々を過ごしております」
また用意してきた言葉を並べる。自分でも思うけど、なんかつまんない挨拶だなって感じ。でもこれしか言えない。だって私の本音なんて、この場では一文字も出せるわけない。
「本日は、このような素晴らしい機会をいただき、心より感謝申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします」
最後にもう一度会釈して、一歩下がった。
会場には穏やかな拍手。けどやっぱり、エリカのときみたいに盛り上がることはない。
「……うん、まあそうだよね。歌姫のあとに“借金まみれの没落名家のお嬢さん”が出ても、こうなるに決まってる」
舞台袖に戻りながら、心臓はまだバクバクしていた。汗が背中をつたっていく。ほんの数十秒の挨拶なのに、マラソンしたくらい疲れていた。
ふと視線を前に向けると、奥の席に座っている黒瀬雅人と目が合った。
高そうなスーツに身を包み、涼しい顔でこっちを見ている。周りのざわめきなんて気にしてない、余裕しゃくしゃくの感じ。
私は慌てて視線をそらそうとした。
──そのとき、彼の口元がわずかに動いた。
声は聞こえない。
でも確かに何かを言っている。
しかもその顔は、優しさなんて一ミリもない笑みを浮かべていた。
まるで「これから何が起こるのか、全部知ってます」って言いたげな、ぞっとするような笑顔。
「……え、なに、今の」
背筋に冷たいものが走る。
次の候補者の紹介の声が聞こえているはずなのに、頭の中にはその笑顔しか残らない。
心臓の鼓動が耳にまで響き、視界が揺れる。
空気が薄くなったみたいに呼吸が苦しくなって──
その瞬間、視界が一気に暗くなった。
「……っ!」
会場の音も光も全部遠ざかっていく。
最後に頭の中に焼きついたのは、あの冷たい笑みと、動いた口元。
司会者の声が響いた瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねた。
会場の視線が一斉に私に突き刺さる。わかってはいたけど、この瞬間がいちばんキツい。
「……あ、はい。来ちゃいましたよね、やっぱり」
心の中でつぶやきながら、一歩踏み出す。
照明の熱が全身を包み込み、シャンデリアの光が黒髪に反射する。足元がぐらつきそうなのを必死にこらえながら、私は「九条家のお嬢様」としての完璧な笑顔を作った。
「本日は、このような光栄な場にお招きいただき、ありがとうございます。九条美緒と申します」
練習してきたセリフを口にする。声はちょっと震えそうになったけど、なんとかごまかせた。
深く一礼して、ゆっくりと顔を上げる。
客席の人たちは拍手してくれている。けど、その拍手はエリカのときみたいに熱くはない。どっちかというと「ふーん、名家のお嬢さんね」くらいの、当たり前の反応。
「……うん、そうなるよね。やっぱりエリカのあとに出るのは無理ゲーすぎ」
内心で泣きながら、笑顔は絶対に崩さない。
父に仕込まれた通り、礼儀正しく、落ち着いて見せなきゃいけない。
「九条家は古くから学問と礼節を大切にし、社会に貢献することを家訓としてきました。私自身も、その教えを胸に日々を過ごしております」
また用意してきた言葉を並べる。自分でも思うけど、なんかつまんない挨拶だなって感じ。でもこれしか言えない。だって私の本音なんて、この場では一文字も出せるわけない。
「本日は、このような素晴らしい機会をいただき、心より感謝申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします」
最後にもう一度会釈して、一歩下がった。
会場には穏やかな拍手。けどやっぱり、エリカのときみたいに盛り上がることはない。
「……うん、まあそうだよね。歌姫のあとに“借金まみれの没落名家のお嬢さん”が出ても、こうなるに決まってる」
舞台袖に戻りながら、心臓はまだバクバクしていた。汗が背中をつたっていく。ほんの数十秒の挨拶なのに、マラソンしたくらい疲れていた。
ふと視線を前に向けると、奥の席に座っている黒瀬雅人と目が合った。
高そうなスーツに身を包み、涼しい顔でこっちを見ている。周りのざわめきなんて気にしてない、余裕しゃくしゃくの感じ。
私は慌てて視線をそらそうとした。
──そのとき、彼の口元がわずかに動いた。
声は聞こえない。
でも確かに何かを言っている。
しかもその顔は、優しさなんて一ミリもない笑みを浮かべていた。
まるで「これから何が起こるのか、全部知ってます」って言いたげな、ぞっとするような笑顔。
「……え、なに、今の」
背筋に冷たいものが走る。
次の候補者の紹介の声が聞こえているはずなのに、頭の中にはその笑顔しか残らない。
心臓の鼓動が耳にまで響き、視界が揺れる。
空気が薄くなったみたいに呼吸が苦しくなって──
その瞬間、視界が一気に暗くなった。
「……っ!」
会場の音も光も全部遠ざかっていく。
最後に頭の中に焼きついたのは、あの冷たい笑みと、動いた口元。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる