黒髪令嬢と百年前の約束

ミカエル

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街並み

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 最初に感じたのは、焦げ臭いようなにおいと、土ぼこりの混ざった重たい空気だった。

 頭の奥がぼんやりして、体もうまく動かない。しばらくして、ゆっくりとまぶたを開いた。

「……ここ、どこ……?」

 目に入ったのは、さっきまでいたホテルのシャンデリアでも、拍手していた観客でもなかった。黒ずんだレンガの建物、石畳の道、そして人々のざわめき。

 頭がぐらぐらして、足に力が入らない。
「私……舞台にいたはずなのに……」

 周りを見渡すと、人々の服装は見慣れないものばかり。男は古い帽子に和服、女は着物に風呂敷。スマホなんて誰も持ってなくて、代わりにリヤカーを押している人の姿がある。

「……なんで……こんな場所に」

 心臓がバクバクして、呼吸が浅くなる。

 ふと自分の足元を見た。舞台に立っていたときと同じピンヒール。視線を下ろせば、光沢のあるドレスがそのまま広がっている。

「服……変わってない……?」

 思わずドレスの裾を握りしめた。こんな派手な格好で下町の真ん中に立ってるんだから、そりゃ浮くに決まってる。

 案の定、通りの人たちがちらちらとこちらを見てきた。買い物帰りの女の人が目を丸くし、子どもは指をさして何かを母親に言っている。みんなの視線が「なんでこんな服着てるの?」と突き刺さってきて、息が詰まった。

「……やだ、完全に場違いじゃん」

 そのとき、道端に座り込んでいた二人組の男が目に入った。地面にツバを吐き、気だるそうに体を揺らしている。けれど目線だけはこちらをじろじろ。

 ぞわっと嫌な予感が走った。

 すると次の瞬間、二人が同時に立ち上がった。

「……え……」

 にやついた笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに向かって歩き出す。

 鳥肌が立ち、急に怖くなって顔を伏せ、足早に通りを離れた。

 でも足音が消えない。むしろ私の歩調に合わせて近づいてくる。背中にじわりと冷たい汗が広がった。

「……ついてきてる……?」

 心臓がさらに速く打ち出す。無意識に足が速くなり、人の多い通りを抜け、人気の少ない細い路地へ。昼間なのに薄暗く、じめっとしていて、足元は泥でぬかるんでいた。

 ──けど。

 振り返ると、やっぱりさっきの二人がそこにいた。

 一人は背の高い痩せ型、もう一人はずんぐりした体格。髪はぼさぼさで、よれた着物。にやにや笑いながら私を見ている。

「嬢ちゃん、迷子か?」
「へぇ……いいもんつけてんな」

 視線が胸元に落ちた。そこには、花嫁選考会のときにハイブランドから借りていたペンダントと、指に残っていたリングが光っていた。

 本当は自分のじゃない。九条家じゃ絶対に買えないような値段の、本物の宝石。ブランドが宣伝のために「ぜひ着けてください」と貸してくれたもので、もし盗られたりしたら、後でどうなるか考えるだけでゾッとする。

「……っ」

 逃げようとした瞬間、痩せた方が素早く前に回り込み、がっしりした方が背後に立った。完全に挟まれた。

「な、なんですか……?」
 声を出そうとしても、喉が震えてうまく出ない。

 痩せた男がニヤリと笑った。
「ちょっと貸してもらおうか、その首飾り」

 次の瞬間、背後から肩越しに腕を回され、体をぐっと押さえ込まれた。
「やっ……!」

 ごつごつした手がネックレスのチェーンを引っ張る。。

「助けてっ……!」

 必死に腕を振りほどこうとしたけど、びくともしない。背中を押さえつけられ、足も動かない。
 恐怖で胸がいっぱいになった、そのとき──
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