黒髪令嬢と百年前の約束

ミカエル

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浅草

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「お姉ちゃん、こんなところでそんな恰好してたら、襲ってくださいって言ってるようなもんだよ」

 小さな男の子が真剣な顔で言った。十二、三歳くらいに見える。服は泥で汚れているのに、まっすぐな目だけは印象的で、私をまるで叱っているみたいだった。

「ヨシ」

 横に立つ青年が低い声でその名を呼ぶ。
 ──ヨシ。
 なるほど、この子の名前はそうなんだ。呼び止められたヨシは「……でもさ」と言いかけて、しぶしぶ黙り込む。

 私は深く息を吸った。ついさっきまで震えていたのに、今は不思議と落ち着いていた。彼がそばにいるだけで、安心感が全然違う。だからこそ、今の状況を知りたくなった。

「……あの、ここって……どこなんですか?」

 声は思ったより落ち着いていた。震えもなく、冷静に聞けた。

 ヨシが不思議そうに眉をひそめた。
「え、何言ってんの? ここは浅草だよ」

「……浅草?」

 その名前に頭がくらくらした。
 だって浅草は私が普段から知っている場所。電車に乗ればすぐに行けるし、友達とも遊びに行ったことがある。人でごった返していて、観光客が食べ歩きをして、スカイツリーだって見える──そういう場所のはずだ。

 でも今、目に映っているのはまったく違う景色。

 黒ずんだレンガ造りの建物が道の両側に立ち並び、道は石畳。着物姿の人々が風呂敷を背負い、荷車を引いている。洋服を着ている人も少しはいるけど、見たこともない古い型のスーツや帽子ばかりだ。
 灯りはガス灯で、看板もネオンもない。もちろん、スマホを見ながら歩いてる人なんて一人もいない。

「……うそでしょ」

 思わずつぶやいてしまった。
 浅草なのは確かなんだろう。でも私が知っている浅草じゃない。

 心臓がドキドキして、足元がふわっと浮くみたいに頼りない。

 ヨシが首をかしげてこっちを見る。
「お姉ちゃん、ほんとに変わってるな。浅草知らない人なんているわけないのに」

「いや、知ってるよ……知ってるけど、これ……」
 そこまで言って、言葉が続かなかった。だってどう説明すればいい? 「私が知ってる浅草と違う」なんて、意味不明だ。

 もう一度まわりを見渡す。屋台からは焼き芋の甘い匂いが漂い、道端では男たちが新聞を広げて立ち読みしている。聞こえてきたのは「ラジオ放送」だとか「関東大震災からの復興」なんて言葉。学校の教科書でしか見たことがない単語が、当たり前みたいに飛び交っていた。

「……え、ちょっと待って」

 胸がざわざわする。
 どう見ても、私がいた時代じゃない。テレビもスマホも自動車もない浅草。

 ──まさか。

「……タイムリープ、ってやつ?」

 自分でも信じられない言葉が口から出た。冗談みたいに軽く言ったつもりだったのに、声は少し震えていた。

 ヨシは「たいむ……なに?」と首をかしげる。
 青年は何も言わず、ただ静かにこちらを見ていた。

 本当にここが浅草だとしたら、私は過去の東京に迷い込んでしまったのかもしれない。
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